即席狼団Ⅱ②
殲滅したサハギンは大漁だった。
アガロさんがサハギンの死骸を滝つぼに落としながら言う。
「……サハギンが襲ってくるとは聞いてねえ」
「これくらいなら誤差よ」
「んなわけねえんだけどな」
ちなみにサハギンは焼いても煮ても食えず。
剥ぎ取り部分は無く、討伐部位を持って行っても雀の涙にもならない。
そして、そういう無駄なダンジョンの魔物が何種類か居るらしい。
「でも雑魚だったわ」
「そりゃあそうだけどよ」
「どうかしたんですか」
僕はふたりに尋ねる。
アガロさんは頬を掻いて。
「ウォフ。おまえ。このサハギンの群れをどう考える」
「ひょっとしたら作業員と護衛が襲われたと思います」
この大群だ。襲われたら無事では済まない。
「ああ、だがこれくらいでやられるヤツらじゃねえ」
「やつらって護衛はパーティーなんですか」
「そうだ。4人組。第Ⅲ級の『タルタロスの蓋』だ」
それはまたなんとも凄いパーティー名だな。
第Ⅲ級というと『トルクエタム』と同じか。
第Ⅲ級は何組かパーティーがあるのは知っている。
でも詳しくないんだよな。第Ⅳ級も第Ⅱ級もあんまり知らない。
「ふーん。とにかく遺跡に行ったほうがいいんじゃない?」
「そうですね」
「あの、わん。はい」
「なんであんた今吠えたの?」
「わふ?」
こんなところで突っ立ていても仕方ない。
僕たちは遺跡へ入った。
遺跡の中は何もなかった。ビックリするぐらい何もない。
しかも地面は土だ。
まるでガワだけが立派なハリボテみたいに感じる。
「なによ。この手抜き。もう拍子抜けするわね」
ナーシセスさんはガッカリしていた。
アガロさんは慣れたように言う。
「人工物の再現も忠実にってわけじゃねえんだろう」
ダンジョンの人工物は元々地上にあったモノが再現されている。
だが完璧に再現されているわけじゃない。
それにしてもオープンワールドゲームの手抜き感覚のような内部だな。
「あの、あのあの、アガロさん。どこへ向かうんです?」
「ドームみたいなのがあったろ。あそこだ」
そのとき【危機判別】に赤い点が無数、遺跡の奥から表示された。
それと念の為に【フォーチューンの輪】を使っていたら、黄色い光が見えた。
しかもそれは赤い点と重なっていた。敵が何か持っている。とにかく。
「敵です」
「いいわね」
「またサハギンか?」
「そこまではなんとも」
【危機判別】は危機を判別できるだけだ。赤い点の詳細までは不明だ。
「あの、あの、敵の気配がします」
奥は暗くて分からない。光球を向ける。
「それ本当に便利だよな」
「今度ハイヤーンが商品として販売しますよ」
「なにっそれは必ず買わないとな!」
「ナ!」
いやダガアは買わなくても。
「そんなにこの光の球が欲しいの?」
ナーシセスさんが首を傾げる。
「そりゃあ探索者としては……第Ⅰ級のセリフじゃねえなぁ」
それは今更だ。
少し奥まで照らすと何か動いているのが分かる。
なんだ。二本足でゆっくりと来ているのは―――探索者……のゾンビ達だった。
顔の一部や体の一部から腐肉や骨が見える。腐った匂いがする。
ぞろぞろぞろぞろと10体以上は居た。またか。
「うえぇっ」
ナーシセスさんが呻いた。
ジューシイさんは嫌な顔をして矢を番えて弓を構える。
矢の先端がうっすらと光っていた。
僕はアガロさんに聞きづらいことを尋ねた。
「知り合いは居ますか」
「見覚えねえけどさすがに全部は確認できねえな」
フレイムタンを抜く。
「倒すわよ」
「ああ、それでいい」
「あのあの、あの、撃ちます!」
「やってくれ」
「矢なんかでアンデッドを倒せるの?」
「心配いりませんよ」
ジューシイさんの放った矢は手前の女性探索者ゾンビに当たった。
その瞬間、女性探索者ゾンビは光と共に消えた。
「なにそれっ!」
「あの、わん。エリクサーボウです」
「エリクサー……?」
「まあアンデッド特攻です」
「ふーん。まっいいけど」
ナーシセスさんは【バニッシュ】をメイスに変化させた。
半透明のトゲトゲした凶悪なヤツだ。
ひょっとして彼女のレリックって―――そうだ。僕はポーチから小瓶を出した。
それを分厚くやや折れ曲がったククリナイフにかける。
ククリナイフが真っ白になった。これでアンデッド特攻のナイフが出来た。
ジューシイさんが何体か倒し、ナーセスさんが会敵する。
【バニッシュ】のメイスがゾンビを消失させていく。
アガロさんはフレイムタンを熱してヒートソードにしてゾンビを焼き切る。
威力は抜群。ただ焼けて腐った臭いがするのは難点だ。
僕のところに来るまで終わりそうだけど、黄色い光のゾンビが気になった。
エリクサーククリナイフを構え、手前のゾンビから斬っていく。
斬ったところから浄化していく。
それにしてもやはり過剰戦力だよなあ。ゾンビの群れがあと数体で終わる。
そりゃあ第Ⅰ級がふたりもいるからそれはそうなんだけど。
更に言うと【疑似化神レリック】持ちもふたりいる。
アガロさんだって例の形態になれるし、ナーシセスさんはなんだろう。
ふと魔女とアレキサンダーさんたち第Ⅰ級だけのパーティーがあったのを思い出す。
その第Ⅰ級が集まっても苦戦どころか瀕死になった魔物がいる。
至宝級———その上位は余りの強さと存在から神々とも呼ばれている。
決して神々が至宝級の魔物ではない。
ああ、でもナイフの女神様が至宝級の魔物といわれたら頷いてしまいそうだ。
その結果、魔女も僕と同じように世界を少しだけ変えた。
今もひょっとしたら誰かが世界を少しだけ変えているのかも知れない。
「これで終わり。トドメっ!」
ナーシセスさんが大剣持った大男ゾンビの上半身を【バニッシュ】メイスで潰した。
あっ、そいつだ。大男ゾンビが倒れると黄色い光が零れ落ちた。
「片付け終わったか」
「一匹ずつだったらつまんないけど、沢山いるのは退屈しのぎにいいものね」
無双ゲームみたいな感想を呟くナーシセスさん。
実際、彼女にとってはこの探索全てが暇つぶしだろう。
さすが考え方が神様の再来だ。
「あの、あのあの、わん! あたくしもすっきりしました!」
ジューシイさんも同意する。
耳も尻尾もフリフリと振っている。散歩終わりの実家の犬かな。
「今なんで吠えたの?」
「わふ?」
僕は大男ゾンビから落ちたモノを拾う。
アガロさんは大男ゾンビを見下ろして首を傾げる。
顔の大部分に火傷跡があって剃髪だ。いかにも悪党という感じである。
「お知り合いですか」
「……ああ、知り合いっていうか、なんつーか。こいつは盗賊団のボスだ。顔の火傷あるだろ。これ俺がつけたやつだ。なんでこんなところでゾンビになってやがる?」
聞けば致命傷を負わせたが逃げられて数年経過しているらしい。
懸賞金も結構な額で出ているとか。僕は拾ったモノを見る。
黄色い光を放っているのは小さな銀色の長方形だった。
金属っぽいような感触だ。
「それなんだ?」
「アクセサリー……でしょうか」
そうも見えなくはない。
だが、なんとなく前世の記憶にあるメモリープレートに見える。
まあいいか。貰っておこう。アガロさんが首を傾げながら呟く。
「……なんでこいつがこんなところに……あいつら……無事なのか」
「知り合いはゾンビの中に居ましたか」
「確認したがこいつだけだ」
「ねえ、先に行かないの?」
「そうだな」
それから数体のゾンビとサハギンと戦う。
ちょっと不思議だったのはサハギンとゾンビは敵対していたことだ。
まあどっちも敵なのは変わらない。そんな感じで撃退し、無事にドームに着いた。
ドームは半円型の空間で台座があるだけだった。台座には見覚えあるコンソール。
「あの、あの、ラボに似ています」
「そうだな。ウサギんところに似ている」
「ラボ? ウサギ?」
ナーシセスさんは知らなかったか。
まあいい。僕は台座に立ってコンソールに触れる。ウィンドウが出た。
なんとなくわかる。前世の記憶か。操作してみる。
「ふむふむ。異常は無いみたいですね」
エラーも故障個所もない。浄化装置も貯水も正常だ。
アガロさんが聞く。
「おい。分かるのか」
「ハイヤーンのところで学んでいますから」
嘘をつく。アガロさんはそれで納得して頷いた。
「ウォフ。こんなのも分かるのね」
「あの、あのあの、さすがウォフ様です!」
「ナ!」
褒められると照れる。よく分からない前世の記憶のおかげなのに。
しかしこれ一体いつの時代の遺跡なんだろうか。ハイヤーンのラボと同じか。
ふと、台座に差し込み口を見つけた。大きさ的にさっき拾ったのが入りそうだ。
やはりメモリープレートか。入れてみる。
別のウインドウが表示され、何か図面……いや地図が出てきた。
どこだろうか。地図には赤い〇や×が付いている。
「これは宝の地図ね」
ナーシセスさんの断言に確かにと思う。




