心からのブレスレット③・シャルディナとミノスドールズ。
タサンの別邸つまり『トルクエタム』のアジトに転移ゲートが設置してある。
なのでもはやゲート中継点と化した僕の家に皆で帰った。
そのまま戻るかと思いきや、魔女の家の風呂に入ってから戻るのだという。
なんというか便利になったなあと実感する。
そこでふと僕はハイヤーンにずっと会っていないことに気付いた。
とはいえ、2週間ぐらい。とはいえ一昨日も昨日も今日も会っていない。
「死んでいるんじゃないよな」
ちょっとだけ心配になった。死んでいたら、それはそれでまあ夕飯にでも出すか。
そんな冗談を思いつつ、ラボへの転移ゲートをくぐる。
最初はゲートキーが無いと入れなかったが最近は開けっ放しだ。
それはさすがにどうかと思う……んん?
転移ゲートの先に僕は思わず絶句した。
ラボまでは通路になっている。通路には左右にふたつずつ計4つのドア。
正面に大きなラボの入り口=扉があった。
実はくぐってすぐ下に階段があるが瓦礫で通れない。
4つのドアのひとつが開いていた。
しかもトレーニングルームがある右じゃない。左手前のドア。それも全開だ。
「解放できたのか……」
すると正面の扉が開いた。
黒い牛角の生えた金髪で青い肌のメイドが木箱を軽々と抱えていた。
左手前に入っていく。
「あれはミノスドール……?」
長い金髪を三つ編みにしていた。顔は今のムニエカさんより若くした感じだ。
すぐに出てくると扉の中に消え、また木箱を運んでいく。
途中で僕に気付いた。軽く会釈する。僕も会釈した。そのまま持っていく。
何をしているんだろう。不思議に思いながら近づく。
開けっ放しのドアの先は小さな部屋だった。いや、部屋なのか。
何もない。本当になんにもない。
真っ白い部屋で、床に四角く区切りの線……これってひょっとして。
木箱を持ったミノスドールのメイドが出てきた。
邪魔にならないようにすると、木箱をその区切り線に置く。
すると線で区切られた部分がガコンっと下がった。
「やっぱり」
昇降機だ。それも搬入用だ。
「あ、あの」
ミノスドールのメイドに声を掛けると立ち止まる。
「?」
「ハイヤーンはどこにいるんですか」
ミノスドールのメイドは昇降機を指差した。なるほど。
僕は礼を言って、ああ、そうだ。彼女にブレストレットを見せた。
青い輪で黒い宝石が填め込まれているブレスレットだ。
「……」
まるで不思議そうにしている。
「あの、腕を差し出してもらえますか?」
「……」
スッと彼女は腕を差し出した。僕はブレスレットをつける。
「感謝の気持ちです。いつもありがとうございます」
ミノスドール。
彼女たちはミノスユニットを元にムニエカさんをモデルに再構成されたドールだ。
ムニエカさんがメイドだから彼女達もメイドである。
そしてムニエカさんのご主人様になってしまった僕の身の回りの世話をしている。
家も不在時は彼女達が掃除してくれていた。
現在はタサン家に仕えているはず。
「……」
腕のブレスレットを首を傾げながらしきりに見ている。
気に入ったのかな。僕を見た。頭を下げる。僕も下げた。
それからブレスレットを見ている。
運ばなくていいのかなと思いながら、僕は昇降機を使って降りた。
下の階にはベルトコンベアがあった。等間隔に木箱が運ばれている。
この木箱、中身はなんだろう? そしてなんでこんな大量にあるんだ。
「どこに運んでいるんだ?」
なにしてんだ。あのウサギ。ベルトコンベアの後を追う。
真っ白い大きな空間に出た。倉庫のようだ。
シロさんが喜びそうだが、よく見ると壁に無数の黒い線が引いてある。
なんともメカニックだな。分かっていたけど。
倉庫にはベルトコンベアから運ばれた木箱が積んであった。
別のミノスドールのメイドさんがベルトコンベアから運んでいる。
そして奥のコントロールルームらしきところに白衣を着たウサギがいた。
ハイヤーンだ。
「ハイヤーン」
「ウォフっ? どうやってここに?」
「昇降機を使って、それより何をしているんですか。その木箱には何が?」
「忘れたのか。木箱にあるのは例の光球だ」
「まさか全部……」
ラボを使って何か大量生産できる商品をつくりたいと相談された。
そのとき僕はリヴさんから貰った光球はどうかと言ったことがある。
「そうだ。全部で1万個以上はある」
「1万!?」
「とりあえずだ」
「いやいや、多すぎるのでは?」
「ウォフ。吾輩もそう思った。だがドヴァは言ったのだ」
「ドヴァって、タサンの? え? タサン家と一緒にやっているんですか」
「『トルクエタム』のルピナスから紹介された」
「なるほど……」
「彼女は言った。ああ、うん。売れる。これは絶対に売れる」
「まぁそうですよね」
探索者なら絶対に欲しい。
「だから在庫を充分に確保する為に1万個は欲しいと言われた」
「それがこの木箱の山ですか」
「そうだ。だが問題が発生した」
「問題? まさか品質が」
「いいや。品質は問題ない」
ハイヤーンは木箱のひとつから球を取り出した。
それはふわりと浮かんで光る。
「……光球だ」
まさしく光球だ。ハイヤーンは言う。
「ラボの一番古いデータベースにあった。作成は容易だった」
「じゃあ何が問題なんです?」
「それは発注個数を間違えて10万個にしてしまった」
「は? なんて?」
「発注1万を間違えて10万にしてしまった」
「…………」
絶句する。それ新人がやる間違えだ。
しかしこの規模は滅多にない。ハイヤーンは苦笑した。
「幸い、10万だろうが100万だろうがスペースはある」
「それより10万も製造できるんですか」
「貴重素材を使わないからラボにある無限物質で作成できるのだ」
「む、無限物質……?」
「ラボで生成できる物質だ。大したモノじゃない」
それでも無限に造れるのか。
つくづく規格外だなこのラボ。扱い間違えたら世界終わりそう。
「生産は止められないんですか」
「ラインの停止方法が分からん。データベースにも載っていなかった。なので終わるまでラボは使用できない」
「前も自動生産したことが無かったんですか」
「大量生産はしていないな。今回が初めてだ」
自嘲してハイヤーンはコップを手にした。ウサギの手で実に器用だ。
「それは?」
「コーヒーだ。飲むか」
「あいにくブラックは」
「無糖の苦さは頭をスッキリさせてくれるぞ」
カフェイン中毒か。このウサギ。
初っ端からこんな調子で大丈夫なのか。
「そうだ。トレーニングルーム借りていいですか」
「構わないが、なにをするんだ?」
「これの練習をしようと思って」
僕は『木閃』を見せた。
「ほう。槍か」
「扱ったことがあまりないから練習したいんですよ」
「いいだろう。確かプログラムで槍術があったな」
「本当ですか。それならお願いします」
「よし。上に行こう」
昇降機を使って上に行くと、なにやら騒がしい。
通路にミノスドールたちが集まっていた。なんだ。
するとブレスレットをあげたミノスドールのメイドさんが僕にささっと近付く。
そしてとても自然な流れで僕の頬にそっとキスした。
「えっ」
「なぁっ!?」
彼女たちがざわっとする。
キスすると彼女はささっと離れ、ニコニコしている。
「……」
「どういうことだ。ウォフ!」
「マスターっ!」
黒い角が生えているがひとりだけ肌色のミノスドールが吼えた。
シャルディナだ。ひとりだけカトラスを腰に提げている。
怒っているみたいだ。




