心からのブレスレット②・トルクエタム。
彼女は細く深い青目で凛と整った顔立ちをしていた。
可愛いと綺麗のちょうど真ん中な感じだ。
長身で薄汚れた作業着から今にも零れそうな豊満な胸が際立つ。
髪の隙間から見覚えがある黒い角がみえる。そうミノスドールの牛の角だ。
ふと細長く先端がコブみたいな尻尾が揺れていた。
ひょっとして牛人種? それ以前に確かドワーフは男しか生まれなかったはず。
「おうよ。改めて紹介するぜ。俺の娘のキッカだ」
「……どもっす」
「ウォフです」
キッカさんは怪訝に僕を見下ろしている。
「キッカ。このぼうずは魔女の弟子だ」
「あっ、あの!?」
「あの魔女の弟子です」
「つーことはオイが前に造ったナイフの」
「ナイフ?」
「二重刃のやつだ」
「あっ……そのナイフ……」
言い辛いなあ。キッカさんの細い眼が更に細くなる。
「ナイフどうした」
「ア、アルヴェルドに折られました」
嘘は言ってない。
キッカさんは不機嫌に唸る。
「あ? アルヴェルド……?」
「アルヴェルド・フォン・ルートベルト。第Ⅰ級探索者じゃ」
「『破壊の崩者』と呼ばれてますわ」
「ん……でも外見は……耽美系……超絶イケメン……」
まぁ確かにそうだな。ヴェレントさんが言う。
「そいつは『クーンハント』のボスじゃねえか。なんでそんなヤツに」
「その色々とありまして……」
ほんと気まずいなぁ。
「おうよ。そういえば籠手はどうした?」
「魔女に預けています。改良の余地があるとかで」
「ほお。そいつは楽しみだな」
「……おめえ。第Ⅰ級探索者とやりあったのか」
キッカさんが僕を睨むように尋ねる。
「は、はい」
「やるじゃん。それでなんだ。武器か」
ニッと笑う。僕はホッとする。
「ナイフが欲しくて」
「剣はどうだ」
「それが僕は呪いで剣が持てなくて」
「呪いだぁ?」
「は、はい」
「おうよ。厄介だなそいつは」
「だからナイフなら扱えて」
「槍や斧は扱えませんの?」
ルピナスさんが聞いてきた。
「たぶん扱えると思います。槍は全くで、斧は武器として使ったことなくて」
村で薪割りのとき使ったことがあるくらいだ。
「それなら試してみたらどうですの」
「そうじゃな」
「ん……試す……人生……どんとこい」
「そ、そうですね」
槍と斧か。別の武器を扱うなんて考えたこと無かった。
「おうよ。だがボウズなら斧は重くねえか?」
「重いです」
薪割りは苦労した。武器で使うのはちょっと。
キッカさんが言う。
「ならよぉ、槍か。槍はあっちで、ナイフはそこの棚だ。それとよぉ。ウォフだったか。おめえ。いくらある?」
「40万……ぐらいです」
「あらまあ、持ってますわね」
「あれじゃろ。 従依士の報酬」
「ええ、はい」
「そういえばパキラもそれぐらい貰っていましたわ」
「ん……金持ち……」
あれ? 80万のはず。
そう思うとパキラさんは察したのか意味深に僕を見る。
「ならよぉ。防具もどうだ」
「あら、いいですわね」
「おうよ。さすが俺の娘。革のプレートならそんなに重くねえ」
「プレート……」
防具か。考えたこと無かった。
「オヤジ。クロコダイルタートル製のプレートがあったなぁ」
「おうよ。確か……プレート置き場に……」
ヴェレントさんが頭を掻きながら防具が飾ってある棚へ向かう。
その間にパキラさんがいくつか槍を持ってきた。
空いているカウンターに並べる。
「どうじゃ?」
「……これ」
ひとつ。気になるのがあった。
木製の柄で片刃の槍。装飾も華美もない。武骨な造りだ。
「それが気になったんですの」
「へぇ、おめえよぉ。そいつがいいのかぁ?」
キッカさんがどこか挑戦するような笑みを浮かべる。
「これだけ気になります」
「ふむ。確かに他の槍とは何か違うのう」
「ん……木の柄……高級感……オーダーメイド……」
「ウォフさん。目利きが出来るんですの?」
「いえ、なんとなくこれが気になっただけですよ」
これだけ木製の柄というのが珍しいなというのもある。
他は金属製が多い。それに片刃で片側の矢印みたいな独特なカタチをしていた。
「そいつはぁ、いわくつきっていうほどじゃないけど、まぁ理由があるもんでなぁ」
「なにか謂れがあるんですか」
「そこまでじゃねぇけど、ワケアリではあるんだよ。そいつは頼まれてオイが造ったんだけどよぉ。頼んだヤツが受け取る前に死んじまったんだ」
「ああ……そういう」
「前金だけ受けとっているからぁ、それでも保管や置きっぱなしっていうのはなぁ」
「そうですわね」
「困ったもんじゃのう」
「だからよぉ。死んだヤツには悪いが売り物にしている。売れねぇけどな」
「いくらですか」
「そいつはぁ、6000オーロだな」
「安いのう」
「本当はもうちょっと掛かるんだけどよぉ。あんまりに売れなくてなぁ。そういうワケだから店にずっと置いてあるのもなんだかなぁってわけよ」
「持っていいですか」
「おう」
槍を持つ。思ったより軽い。柄の長さも悪くない。
これで6000か。よし。買おう。
「まいど。そいつの銘は『木閃』だ」
『木閃』か。特製の穂先カバーと槍用のホルダーもサービスで貰った。
それからナイフを吟味して3本購入。
真っ直ぐの質素な両刃の直ナイフ。
鋸の刃みたいなナイフ。
分厚くやや折れ曲がったククリナイフ。
パキラさん達もナイフをそれぞれ1本ずつ買った。
真っ白い綺麗なナイフだ。『トルクエタム』の証にするという。
「ヴェレントさん。遅いですわね」
棚に無かったので在庫を調べると行って戻ってきていなかった。
「オヤジ。奥に行ったきりだなぁ。ちょっと見てくる」
キッカさんも店の奥へ行ってしまった。
僕たちは待たされる。まあ武器見たり防具見たりと飽きない。
「あっ、そうだ。皆さん。目を閉じて腕を前に出してくれますか」
「なんじゃ」
「なんですの」
「ん……」
きょとんと小首を傾げつつ、彼女達は素直に目を閉じて腕を差し出した。
僕はポーチから三つ取り出し、ひとりずつ付けていく。
ちゃんと付けるので彼女たちの手をつい握ったり触ったりしてしまった。
「な、なんじゃ」
「くすぐったいですわ」
「……えっち」
「す、すみません。もういいですよ」
目を開くと彼女たちはそれを見て目を見張った。
パキラさんには白い輪と青の宝石が嵌められたブレスレット。
リヴさんにはピンクの輪と赤い宝石が嵌められたブレストレット。
ルピナスさんには金色の輪と白い宝石が填め込まれたブレスレット。
「なな、なんじゃこれは」
「それはブレスレットです」
「分かっておるわ。じゃがこれは」
「綺麗ですわ」
「ん……きゃわわ……」
三者三様に反応する。
「お世話になっている感謝の気持ちです。受け取ってください」
「む、むう。良いのか」
「とっても素敵ですけれど……」
「……むしろ……お世話になったのは……こっち……」
戸惑う『トルクエタム』に僕は言う。
「僕の方も沢山色々と皆さんにお世話になっています。貰ってくれたら嬉しいです」
彼女たちは僕の言葉に見合わせ、小さく頷いた。
「ふむ。そうじゃのう」
「とても嬉しいですわ」
「ん……気に入った……」
「「「でも」」」
「?」
「……ん。さくせーん……タイム……」
「あっはい」
なんだ? 『トルクエタム』が円を組んでヒソヒソと話している。なんだ。
「な、なんじゃと!」
「そ、そんなことを……?」
「おぬしなぁ」
「あなた。何を言って」
「ん……リヴは……」
「む、むうぅ……」
「それが一番……ですの……? 確かにお礼は……したいと思っておりましたが」
「じゃ、じゃがのう」
「リヴを……信じて……パキラと……ルピナスは……なの?」
「そうではないが」
「ええ、そうではありませんが」
「ん……なら……問題……なっしんぐー」
「ならば……のう。ルピナス」
「そうですわね。パキラ」
「ん……お礼……しよ」
おっ、このナイフ。いいな。これエンスさんに。
「ウォフ」
「ウォフさん」
「少年」
「は、はい」
異口同音に名前を言われて、ドキっとする。
パキラさんが何故かモジモジしながら言う。
「その、ブレスレット。ありがとう。これはお礼じゃ」
そっと右頬にパキラさんの唇があたる。
「え、パキラさん……?」
パキラさんは俯いて顔が猫耳と尻尾まで真っ赤になっている。
「ウォフさん。あなたの感謝にお礼もうしあげますわ」
「ルピナスさ」
左頬にルピナスさんが唇を当てた。
ルピナスさんは離れてそっぽを向く。尖った耳が真っ赤になっている。
僕は唖然としていると、リヴさんが真正面の眼前に立った。
「……真打ち……登場……とう」
「リヴさん」
「ん……目を閉じて……痛くしない……から……」
「えっ、ちょっと、あの顔が近いんですが、あの頬をなんで両手で掴んでいるんですか。あの、なんで目を閉じているんですか」
「ん……だいじょうぶ……天井のシミを……数えていたら……終わるから……」
「なに言って、ちょっと」
リヴさんの桃色の潤う唇が僕の口に……あっ。
「なにやってんのじゃぁっ!」
「さすがにそれは見逃せませんわっ」
「いたっ……」
パキラさんがリヴさんの頭をチョップして、ルピナスさんが離した。
「まったく油断も隙もないのう」
「本当ですわ」
「……むう……失敗……」
残念そうに呟くリヴさん。
その艶やかな桃色の唇を見てドキドキっとする。
「おうよ。すまねえな。プレートの在庫切れていたんだった」
「悪いなぁ。ん? どうしたおまえら」
ヴェレントさんとキッカさんが戻ってきた。
なんでもないです。




