グレイトオブラウンズ⑫
な、なんでこのふたり。互いを罵りながら取っ組み合いの喧嘩しているの?
母と娘の心温まる話とかどうなったの? ハートフルボッコなの?
「こうなったら決闘よ!」
「いいわね。また負けたツラ拝ませてもらうわ」
「はぁん?」
「あ?」
「な、なにしているんですかふたりとも」
メンチ切り始めたので堪らず僕は介入するが。
「ちょうどいいわ。ウォフ。あんた。立会人ね!」
「いいわね。それと勝ったほうがウォフさんを」
「このクソババアっ!」
えっ今なんて言った? というかいったい全体なにがあったんだ?
その疑問にふたりは答えてくれず、中庭で決闘することになった。
闘技場ほどじゃないが、それなりの広さはある。
ルリハさんは黒いスピアー『シャドウダンサー』。
ミネハさんは青いスピアー『妖星現槍』。
互いに睨み合って、僕は困惑しながら合図をする。
「始め!」
ルリハさんはさっそく影のルリハさんを沢山出した。一気に勝負を決めるつもりか。
だがミネハさんは怯まず影のルリハさんに果敢に向かっていって倒していく。
「だあああああぁぁっっっっっっ」
接近して突進力の高いスピアーを剣振るみたいに扱う。
スピアーは先端が尖っているが槍身は刀身みたいに切れ味があるわけじゃない。
横に振っても棒みたいな打撃がくるだけだ。
しかし不思議なことに影のルリハさんは2体~3体まとめて倒されている。
「ど、どういうことっ!」
さすがの威力にルリハさんも焦る。
よく見るとミネハさんのスピアーに九つの『星』がくっついていた。
しかも八つの星自体が回転しながら『妖星現槍』の槍身に螺旋状に沿って廻る。
九つ目の星はスピアーの先端にあり、スパイラルしていた。
全体で高速回転するとまるでドリルだ。いやそれはもうドリルだった。
ドリルに敵うわけがない。影のルリハさんはどんどん消されていく。
「そんなのさっき使ってなかったじゃないっ!」
確かに使ってなかった。ミネハさんの奥の手なのか。
それと、さっきと違って勢いがある。ありまくる。
思い返せば、さっきのエキシビジョンマッチのミネハさんは勢いが無かった。
もっと言えばいつものミネハさんらしくなかった。
躊躇いというか戸惑いというか。緊張していたというか。
積極性が無くて防戦になっていた。
たぶんルリハさん。お母様が相手だったからだ。
だが今は違う。ぜんぜん違う。
あのお母様をクソババア呼ばわりしたことからか。遠慮が無くなった。
絶対に勝つ気満々だ。
影のルリハさんは全滅し、ルリハさんは追い詰められる。
「くぅっ、なによ。さっきとぜんぜん違うじゃないっっ!!」
ルリハさんは吠えると、バチッルリハさんの槍が光った。
ミネハさんは瞬時に下がる。なんだ。
「あんただって、それ使ってこなかったわよね」
ミネハさんが指摘する。
ルリハさんはスピアーを変えていた。
お母様からクソババアで今はあんた。目まぐるしい変化だな。
黄色いスピアーで柄頭と先端に丸い半透明の玉が付いていた。
柄は黄色と黒の縞縞模様になっており、スピアーの槍身には銛みたいな返しがある。
「あまり使いたくないのよ。『サンダーソニアのドンナー』は手加減できないから」
そう言うルリハさんのスピアーにいきなり雷が落ちた。
バリバリバリバリバリバリっと大電流が流れ、先端と柄頭の玉が幻想的に放電する。
あれだ。前世の記憶にあるテスラコイルの放電現象みたいだ。
ひょっとしてルリハさん。レリック【雷】を所持しているのかな。
「決着つけるわよ」
ミネハさんも覚悟を決めた。
『妖星現槍』に沿って回る八つの星と先端の九つ目の星が高速回転を超える。
ついには火花を散らしそれが瞬く星の輝きにみえた。
互いに切り札を出してふたりは睨み合って構える。
「これが最後の一撃よ。ミネハ」
「ええ、これで決めるわ」
う、うーん。できればエキシビジョンマッチでみせて欲しかったなあ。
じゃなくて……ふたりのスピアーからチカラを感じる。
尋常じゃないほど凄まじいチカラだ。
嫌な予感がして【危機判別】を使う。絶句した。
ここが真っ黒。こ、これはヤバイっ!!
「———スターライト―——」
「……雷霆……」
あっ。ふたりが同時に駆けだした。
「———ブレイバーァァァッッ!!!」
「……インディラァァァァッッ!!!」
絶叫して激突する寸前、僕はふたりのスピアーを止めた。
【レーヴムーヴ】で二人の間に入る。
ルリハさんのスピアーは『静聖の籠手』で止めた。
電流で砕け散った。またかよ!
ミネハさんのスピアーは『分厚いナイフ』で止める。
ドリルでバラバラになった。ちくしょうっ!
「えっ?」
「へっ?」
可愛らしくきょとんとするふたり。ふたりのスピアーからチカラが抜ける。
なんとか止められて良かった。
「あらあら、なにしているの。ウォフさん」
「どういうつもりよっ」
「あ、危ないところだったんです」
「あらまあ、なにが?」
「は? どういうこと?」
僕はふたりが激突するとこの辺一帯が消滅していたことを伝える。
消滅は大げさかも知れないが、僕たちが死んでいたかも知れない。
僕の説明に笑っていない微笑みを浮かべていたミネハさんは苦笑。
不機嫌だったルリハさんは微苦笑して誤魔化した。
やれやれ。
『静聖の籠手』は自動的に復元するとして、ナイフは買わないとなあ。
はあ、またあの女神の謁見が近づく。
「それでどうして喧嘩なんかしていたんですか」
「それは内緒よ」
「色々とあるの」
ふたりとも言わないつもりらしい。
「それなら今度からは穏便に喧嘩してください」
「そうね。そうしよう。お母さん」
「ええ、穏便に、ね」
ミネハさん。自然にお母さんと言っている。
ルリハさん嬉しそうだ。良かった。
それからふたりは見張り塔の屋上へ戻った。
もうちょっと色々話をしたいらしい。大丈夫かな。
僕は家を出てアリファさんの店へ寄る。
アリファさんと今日の会議の話をしてから、ナイフについて相談する。
「あんたもよくよくナイフを折るね」
「まったくです。それで頑丈で分厚いナイフはありますか」
「うーん。頑丈で分厚い―――あっ、ちょっと待ってな」
「は、はい」
アリファさんはカウンターの奥に行く。
少しすると木箱を抱えて持ってきた。
木箱を床に置く。蓋がしてあった。
「こいつはかなり前にアガロから送られてきた未整理品でね」
言いながら木箱の蓋を開けた。
色々ゴチャゴチャと中に入っている。
「アガロさんというと盗賊団の戦利品ですか」
「さあてね。ダンジョンの掘り出し物もあるかもしれないよ。確かナイフ類がいくつかと、ああ、ほら木箱の蓋に書いてある」
木箱の蓋にボロボロの紙が貼り付けてあった。
汚ない文字で『変な指輪』や『銀の首飾り』や『鉄の塊?』とか書かれている。
その中に掠れて『分厚いナイフ?』とあった。
それにしても大雑把だな。アガロさんらしい。
「本当だ。あの探してもいいですか」
「その為に持ってきたからね。ご自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
僕は【フォーチューンの輪】を使った。
緑の光がいくつか見える。黄色いと青い光は無いか。
分厚いナイフはすぐ見つかった。
木箱の中身で一番大きく緑の光を放っていたからだ。
取り出すと柄は歪曲して鉈のような形状だ。
革の鞘に納められていて抜くと真っ黒く四角い刃が出てきた。
分厚い鉄板みたいな刀身だ。
持つと少し重い程度。うん。カタチは変だけどちょうどいい。
これにしよう。
「これ、いくらですか」
「そうだねえ。【鑑定】……なら、5000でいいよ」
今の反応。ひょっとして意外と高かった感じかな。
けっこう値引きされたような気がする。
いいのかなと思いつつ5000オーロ払った。
「今度はすぐ折るんじゃないよ。あんまり折るとナイフの女神が夢に出るよ」
笑いながらアリファさんは言った。
「えっ、ナイフの女神?」
もう会ってます。
「そうだね。夢の中で怒られるって昔からの迷信だよ。アブドラの貧民窟に住んでいたとき、よく聞いたんだけどね」
「アブドラ……?」
「アブドラール帝国。あたいとアガロの故郷さ」
「へえー……」
「ここからだとかなり離れているね」
「ひょっとして砂漠の?」
「おや、よく知っているね」
なんとなく響きがアラビアンっぽかった。
それにアリファさんとアガロさんもそっちぽい風貌なんだよね。
「ターバン巻いた露天商の人が言っていました」
「あの辺は沢山の民族が群れで暮らしているんだよ。大きいのは藩国って言ってね。アブドラ。アブドラールはその中でも最大の藩国で帝国を名乗っているのさ」
「へえぇ……勉強になります」
「もっともここからだと馬車とか使っても1年以上は掛かるところさ」
「遠いですね」
「しかも平坦な道ばかりじゃないからね。大河を渡り山脈も超えないといけない。そればかりか凶悪な魔物も盗賊も潜んでいる」
「大変ですね」
「ああ、命掛けだった。この国。ハイドランジアに辿り着けて良かったよ。あの頃のアブドラは内乱続きで荒れていて、今はだいぶ静かになったらしいけどね」
「故郷に帰りたいとかないんですか」
「ないね。貧民窟に持ち家があったわけじゃない。持ち物なんてわずか。おまけに逃げるとき友達や知り合いとは散り散りで行方不明。なにも残ってないんだよ。あたいにとってはここが故郷さ」
「なるほど…………」
「あんたはどうなのさ。ウォフは故郷に帰らないのかい」
言われて僕は即答する。
「無いですね。僕の故郷はここから2か月ぐらいの辺境のド田舎の村なんですけど、
それで父も母も兄弟も健在だとは思います。だけど僕はよくある長男じゃないから出てきたんで、もうあの村には僕の居場所はないんですよ」
「なるほどね」
元々、村を出ることは決めていた。
ハイドランジアに来たのは叔父さんの隠れ家があるからだ。
それをくれるとあったから来た。
「だから僕もある意味ではここが故郷といえますね」
家もあるし、友達も大切なひとたちもいる。
ここ最近、毎日が大騒ぎだけど、それが楽しいと思う僕がいる。
大変だけどね。




