グレイトオブラウンズ⑪
エキシビジョンマッチが終わり。
立ち上がるとエミーさんから言われた。
「ねえ。ミネハのこと頼んだわよ」
「え、あっ、はい」
とりあえず、ミネハさんのところに行ってみるか。
でも闘技場の控室には居なかった。
「あら、ウォフさん」
ルリハさんが入ってきた。大きい状態だ。
鎧を脱いでいて軽装な白いドレス姿になっている。
気付かなかったけど彼女の背丈は僕と同じぐらいなのか。
「ルリハさん。あのミネハさんは?」
「……知らないわ。でもあなたなら知っているはず」
「僕が?」
「ええ、だから行ってあげてね」
くすっと、ルリハさんはどこか寂しそうな笑顔をする。
僕だけが知っている―――ひょっとして。
「わかりました。でも、あの、ルリハさんは大丈夫ですか」
「あらあら、ワタシは平気よ。分かっていたことだから」
「平気じゃないですよね。だって今にも……その泣きそうにみえます」
今にも崩れ落ちそうな気がした。
彼女は健気に無理して笑う。
「……あらあら、そんなこと」
「僕は、女のひとに泣いて欲しくないんです。泣かせたくもない」
そう言うと、ルリハさんはちょっと驚いたような顔をした。
どうしたんだろう。
「あら、あら、ウォフさん。そういうこと、無闇に言っては駄目よ」
「でも僕は……あの、どうしてルリハさんはそんなに悲しんでいるんですか」
挑んだのはミネハさんだ。勝ってアドバイスもした。
それなのに、どうして負けたみたいにルリハさんは悲しんでいるんだ?
「悲しむ……そうね。ワタシ。あの子。ミネハを褒めたかったの。特例で探索者になったこと。新しいオーパーツのスピナーを手に入れたこと。とても……綺麗になったこと。沢山褒めて抱きしめて褒めたかったの」
「それなら褒めればいいじゃないですか」
なんでそんなことで迷っているんだろう。
母親だよな。母と娘。親子だよな。
「それなのにあの子と戦って負かしてしまったわ」
「それは仕方なく」
「もっと方法があったはずなの。あったはず……だけどそれを模索しなかった。それにワタシね。ずっとお母様って呼ばれているの知っているでしょう」
「は、はい」
「お母さんって呼んで欲しかった。一度も呼ばれていないの……小さい頃、あの子にミネハには、フェアリアルの長の娘として立派になって欲しくて、だから厳しくしてしまったの。それがあの子のなかでずっと今も続いていて……どうすればいいのか。分からないのよ。それにお母様って、どこか壁があるの。だからお母さんって呼んで欲しいの」
「なんでそれを言わないんですか。ミネハさん言ってくれますよ」
「……ええ、あの子はきっと無理して言ってくれる。無理して、お母さんって、ね」
「———それは……ルリハさん」
ああ、もうやっぱり親子だよ。このふたり。
「ワタシ。ダメね」
「ルリハさん!」
僕は思わずルリハさんの肩を掴んだ。
「ひゃいっ? あっ……ん……ウォフさん……?」
「……それでも、それでもルリハさん。ルリハさんの気持ちをぶつけたほうがいいと思います。本心をルリハさんの想いを全部ミネハさんに言ってくださいっ」
「そ、そんなことでも今更」
「今更も何も言わないから分からないんです。言わないから壁が出来るんです。別に恥ずかしくても不格好でもなんでもいいじゃないですか。情けなくなって呆れるかも知れません。でもいいじゃないですか。ルリハさんの中にあるミネハさんの気持ちは、ミネハさんに間違いなく届くんです。そしてそれが分からないミネハさんじゃなありません。彼女は必ず分かってくれます」
ミネハさんは必ず分かってくれる。彼女はそういう子だ。
「そ、そんなこと……どうしてそんなまっすぐに言えるの……なんであなたは」
ルリハさんは不安と恐怖の入り混じった潤んだ瞳を僕に向ける。
どこか睨んでいるようにもみえる。
まっすぐって、そんなの簡単だ。
「僕が信じているからです」
「……」
ルリハさんは僕を見つめたままひとしずくの涙を零した。
「ルリハさんっ?」
やばい。泣かしたっ!?
「ずるい」
ルリハさんはいきなり僕に抱きついた。え。
「え」
「ずるい……ずるいわよ……なによ……なによ。まだ会ってそんな経ってないのに……子供のくせに……ちょっと肩が座りやすくて…ていうか久しぶりに旦那以外で座ったわよ……ミネハと仲が良くて……仲が良いっていうか……それなのに魔女とかシロとかチャイブとかおまけにムニエカ……他にも……色々と聞いているんだから……なのになのに……ずるい……ずるいずるいずるいずるい……ずるい」
「えっと、ルリハさん?」
「ずるい……ばか」
「ええっと」
「ばか」
「あ、あの」
「ばか」
「……ごめんなさい」
「ばか」
「……すみません」
「ばか」
なんだこれ。
ルリハさんは子供みたいにムッとして僕に抱きついている。
なに言っても、「ばか」しか言わない。
「えーと……良かったらミネハさんのところに一緒に行きませんか」
「ばか……いいけど、このまま連れてって」
「このままって、さすがにこのままは……無理ですよ」
「じゃあキスして」
「えっ、えっ、な、なにを?」
なにを!?
「キスして」
「あ、あの……」
「して」
「……」
僕が彼女をこうしてしまったのは分かる。
なにかこう僕はとても致命的な何かをやってしまったんだろう。
なにをやったのか全く分からない。
だけど前世の記憶が言っている。大人の女性をこんなにしたらダメだ。
もうダメだ。なんてことしてしまったんだ。
いつもいつも僕はやってしまう。
何故だろう。僕は叔父さんの言うとおりにしているだけだ。
小さい頃、叔父さんは僕に言った。
『いいか。ウォフ。これだけは覚えておけよ。女の子は泣かせてはいけない。女の子は悲しませたらいけない。いいな。何があってもそれだけは忘れるな』
『うん。わかった』
それはそうだ。僕も強く納得してそう思うから、そうしないように頑張っている。
だけどそれが……何かこう……なんでだろうな。間違っているときがある。
だからといってだ。
僕は悲しむ女の子や泣きそうな女の子を放って置けない。
放ったりしては、それはしちゃいけないんだ。
皆には幸せになって欲しい。皆には笑顔になって欲しい。
だから僕はルリハさんの……唇はさすがに悪いので、頬に唇を当てた。
「ん……」
「これでいいですか」
「やさしいキス、ね」
ルリハさんは僕から離れた。
抱きつかれたとき、気持ち良かったし良い匂いもしていたから少しだけ惜しかった。
「行きましょう。ミネハさんのところに」
「そうね」
ルリハさんは僕の頬にキスして微笑んだ。
不意打ちすぎる。
僕の家。見張り塔。
その頂上にミネハさんは居た。
「ウォフ……お母様……」
ミネハさんは大きいままで座り込んでいた。
僕たちを見て驚いている。ミネハさんの視線が僕の肩に座るルリハさんに止まる。
ルリハさんはフェアリアル状態だった。
「ミネハ」
「……」
「ルリハさん」
僕が促すと、ルリハさんはミネハさんの傍へ飛んだ。
「お母様……」
「ミネハ。話をしましょう。ワタシ。あなたに伝えたいことが沢山あるの」
「お母様がアタシに?」
「ええ、あのね。アタシね。ミネハ。あなたのことが大好きよ」
「えっ……お母様……?」
ルリハさんはミネハさんを熱く抱擁する。
僕は邪魔にならないようその場を後にした。
自然と笑みがこぼれた。
母娘っていいよな。
そろそろいいかな。久しぶりに自分の部屋で休んでから見張り塔へ行く。
何やら声が聞こえる。まだ話しているのか。
うん。いいことだ。どんな楽しい会話をしているのかな。
「このクソババアぁっっ! いい歳してなに言ってんのよっ!」
「だったらあんたがそのエロさでなんとかしなさいっ!」
「なんですって! 10歳の実の娘になに言ってんの!」
「あんた。王都の高級娼婦もぶっちぎりで負けるほどエロいのよっ! ドチャシコドスケベなのよっ! 10歳って絶対にウソでしょっっ!」
「嘘なわけないでしょっ、自分の娘の年齢疑うとか耄碌しすぎよっ!」
「なんですってっっっ!!」
「なによっっっ!!」
えーと……なにこれぇ……どうなってんの?
ルリハさんとミネハさんが罵り取っ組み合いをしていた。
なぜ。




