グレイトオブラウンズ⑩
3日目。
会議は回る。会議は踊る。
今回の議題は第Ⅰ級探索者たちの実績などの発表だった。
まあ退屈なのを除けば成果発表も大事なのは分かる。
そして実は昨日からアガロさん。メガディアさん。エンスさんが参加している。
ということは、メガディアさんの 従依士パキラさんも控えていた。
退屈で寝てしまうかと思ったが、第Ⅰ級探索者たちの成果発表は驚きの連続だった。
さすがという最高難易度の成果の数々。
特に『剣の剣』の『山喰い』と呼ばれる宝石級の首が五つある巨大なヒュドラ討伐。
聞けば山々のような巨体。下位~中位の五つの多彩なレリックを所持した首。
そんなのを剣一本で倒す。さすが世界最強の一角。
当の本人は僕の横で寝そべりながらデカい魔物の骨を齧っている。
そういうところ犬だよなあ。いや犬だけど。
他にも『ストレンジ料理人』ジェフが入った聖樹の森ダンジョンの木の枝パスタ。
『オモキチカラヲエタモノ』グラビスさんの全世界執事選手権の話は面白かった。
あの爺さん。執事だったのか。
メイドとか執事とか、なんで探索者をやっているんだろう?
それを言うとアルヴェルドのルートベルト家も王国内でも有数の貴族だと聞いた。
褒めたくないけど本人もかなり優秀だ。探索者をする必要無いのでは?
ああ、でも彼がトップを務めるクーンハントはこの街最大だけど評判が悪い。
僕も敵だと思っている。
人を率いるのが下手なのか。それとも率いる気が無いのか。
なんだか後者のような気がする。依頼で頼まれたのかも知れないな。
こうして3日目の会議も波乱なく普通に終わった。
ちなみに魔女は古代ポーションである『ロストソーマ』の精製の成功。
それと国宝級のレジェンダリー『世界図時計』の復元の成功を発表していた。
チャイブさんは探索者用の新製品の発表。
それとカヘ沼という湿地帯を支配していた蔦魔リエールの討伐を発表。
これによりカヘ沼に封じられたカヘのダンジョンが復活するという。
カヘってなんだ?
シロさんは幻の素材の採取といくつかの未踏ダンジョンの発見を発表していた。
特にいくつかの未踏ダンジョン発見は他の第Ⅰ級探索者も色めき立った。
ムニエカさんは大盗賊団の殲滅。
ケリアという宝石級下位の魔物の討伐の発表。半寄生の魔物って怖ぁ。
だけど一番驚いたのはナーシセスさんだ。
「うらはなにもしていない!」と正々堂々言えるのは彼女ぐらいか。
成果が無くてもすぐ降格とか除籍とかそういうのは無いらしい。
あと『千面相』の「国家機密とか諸々あるので秘密でゲス」はアリなのか?
レリック的に言えないことが多いのは分かるけど。
闘技場。
今日も満席で賑わっていた。
今回もVIPエリアで見学させてもらっている。
斜め前の席にはエミーさんがいた。僕の隣に魔女とムニエカさんが座る。
エンスさんの姿がない。アクスさん達はどこかで見ているはずだ。
シロさんとチャイブさんは欠席だ。
さっそくミネハさんとルリハさんが闘技場に現れると歓声の渦が巻く。
ミネハさんとルリハさんの名前が連呼される。
ふたりはフェアリアルではなく大きい状態だった。
これは仕方ないと思う。フェアリアルの状態だと小さくて見え辛い。
ミネハさんはいつもの鎧姿。最近ちょっときつくなったと言っていた。
ルリハさんも鎧姿だ。ミネハさんのより気品があって豪華な鎧を纏っている。
ただその鎧は肩と腰に隙間が空いていて輪っかになっていた。
『エキシビジョンマッチ。『妖精女皇』ルリハ・対・ミネハの母娘勝負を始める。勝敗は降参するか。気絶するか。相手を殺すようなことは禁止とする。よいか?』
「はい」
「はい」
『それでは開始!』
合図と共にふたりは手にしたスピアーで打ち合った。
ミネハさんのは『妖星現槍』だ。
白い三角形の模様が螺旋状になっている青いスピアー。
対するルリハさんは真っ黒いスピアーを手にしていた。
スピアーは前世の記憶でいう馬上槍だ。どうもフェアリアルの主武器らしい。
「やっぱり、『シャドウダンサー』を使うのね。お母様」
遠慮なく突いて、ミネハさんが言う。
その突きを軽く往なしてルリハさんが笑う。
「強くなったわね。ミネハ」
ルリハさんのスビアーから妖しげな黒い霧のような煙のようなモノが出てくる。
それが次々にヒトのカタチをとる。
そのカタチはルリハさんに似ていて、あっという間に4体に増えた。
全員が黒いスピアーを持っている。
「分身っ?」
「あれはあれは、『シャドウダンサー』だねえ。制限時間とクールタイムがあるけど、思考で自由自在に操れる影の分身体をつくりだすことができるんだねえ。さしずめ影のルリハだねえ」
影のルリハさんか。
影絵みたいになっているけど顔の輪郭とか身体のラインとか全く同じだ。
「思考で自由自在は羨ましいです。メノスドールたちもそうやって扱えれば、さぞや楽でしょう」
「……大変そうですね」
「他のメノスドールは素直なのです。最近発覚したのですが、彼女達もそれぞれ自我がありました。ですが基本はドールなので命令に忠実で優秀なメイドです。ただシャルディナが問題なのです」
ああ、やっぱり。他のメノスドールも自我があったか。
それとシャルディナはなんとなく分かる。今度、会いに行ってみようかな。
色々と気になることもある。
試合は、ルリハさんと影のルリハさん4体に囲まれ、ミネハさんは苦戦していた。
彼女たちのスピアーの連撃を避けて受けてそれで精一杯の様子だ。
おかしい。『星』を使わないのか?
「ミネハ。誘い込んでいるわね」
「え?」
思わずエミーさんの呟きに反応する。
「なるほどなるほどねえ」
「誘い込むって」
「おそらく、誘い込んでから仕掛けるのでしょう」
「そしてそれもルリハにバレているわ。あえて誘いにのっているのね」
ついにルリハさんと影のルリハさんたちにミネハさんは包囲された。
そのときミネハさんのスピアーが光る。
スピアーの槍身の白い三角形の模様が三角形の物体として分離。
九つの『星』として空に浮かぶ。
この三角形は元々短剣『オリアネス』の刀身だったものだ。
ミネハさんが『星』と称する三角形は分離して回る。
「あらまあ、いけない」
ルリハさんは後退し、影のルリハさんたちを下がらせようとした。
だが遅かった。影のルリハさんの1体が『星』の攻撃で消えた。
「あら」
「行きます。お母様」
九つの三角形の星が舞うと、湧くように様々な歓声が上がった。
ミネハさんのスピアーの動きに合わせて星が動く。
星の螺旋を描く突撃でまた1体、影のルリハさんを消した。
星はミネハさんのレリック【スパイラル】と【遠隔操作】の合わせ技だ。
その威力は恐ろしいほど高い。特に三角形は螺旋を描くとドリルみたいになる。
特に突破力が段違いだ。影のスピアーごと影のルリハさんが貫かれた。残り1体。
「あらあら」
「お母様。これがアタシの星です」
最後の影のルリハさんも星の援護攻撃で消滅させた。
残るはルリハさんだけだ。
「……本当に強くなったわ。ミネハ。でも」
『シャドウダンサー』からまた黒い霧のような煙みたいなモノが出る。
ミネハさんは阻止しようと全ての星を突撃させた。
しかし一歩、遅かった。
いいや、ひょっとしてたら無駄だったのかも知れない。
「…………お母様」
数十体を超える影のルリハさんが現れた。闘技場の半分を埋め尽くす。
そしてルリハさんはポーチから黒い四つの翼が生えた銀色のスピアーを出した。
黒い文字が刻まれた黄色の帯に巻かれている。不思議なスピアーだ。
両手にスピアーの二刀流になった。
「あなたに足りないモノを教えてあげるわ」
一斉に影のルリハさんが襲い掛かってくる。
ミネハさんは『妖星現槍』を掲げた。八つの星が影のルリハさんの周囲を巡り回る。
少しずつ取り囲んで回り出す。
「スターライト、ボルテックスっっっっ!!!!」
降り下ろすと九番目の星が一直線に影のルリハさんのたちの中に堕ちた。
途端に激しい光り輝く渦が発生し、影のルリハさんたちは飲み込まれていく。
「『妖精条例』第2条:『妖精女皇』の名において、ミネハの星よ。堕ちなさい」
唱えて、もうひとつの奇妙なスピアーをルリハさんが地面に突き刺した。
すると『妖星現槍』の『星』が落ちた。
「……『妖精条例』っっ!」
「これでもう星は無い」
「そ、そんな!?」
残った影のルリハさんたちがミネハさんに向かってくる。
果敢に抵抗するが、ミネハさんは鎧を砕かれ、スピアーを取られる。
そしてとうとう両手足を掴まれて地面に押さえ付けられた。
ルリハさんが『シャドウダンサー』の切っ先をミネハさんに突き付ける。
見下ろして言った。
「ワタシの勝ち」
「……はい」
「ミネハ。よくやったわ。でもね。あなたの敗因は手札の少なさ。ワタシはこのふたつの槍と同等のオーパーツのスピアーをまだいくつか持っている」
「そんなに……」
「あらあら、手札は多いほどいいものよ。もちろん。使いこなすことが前提ね。だからまずそれと同等か、もっと強いスピアーを手に入れなさい。それがあなたのこれからの課題よ」
「……はい。お母様。次は勝ちます」
「ええ、期待しているわ」
「アタシの負けです」
『———勝者。『妖精女皇』ルリハっ!」
闘技場に歓声の大渦が巻き起こる。




