グレイトオブラウンズ①
思ったより白熱した議論も終了した。
二つ名が第Ⅲ級や第Ⅳ級に使用されるのは、特に問題が無かったので可決された。
ただし二つ名の権利を種族別ではなく統一するのは反対多数で廃案になった。
それはしょうがないかな。
でも施行されたらパキラさんたちやアクスさんたちも二つ名が付くのか。
パーティー名だけじゃなくなるんだな。
そうだな。バキラさんなら、どういう二つ名が付くか。
うーん。『白猫姫』や『白猫天』とか? アクスさんなら、なんだろう。
ホッスさんは『雑肉料理人』かな。
僕は―――いいや。そんなことを考えながら昼飯を食べる。
そして闘技場へ。
闘技場はハイドランジアグランドホールの目玉だ。
普段から決闘や戦車レースなど色々行われているらしい。
見た目は前世の記憶のコロシアムまんまらしい。
闘技場は満員の満席でとてつもなく騒がしかった。
なんだなんだ。こんなにどこからってほどの人の大波だ。
「ほらーはやくーはやくー」
チャイブさんに引っ張られて連れて行かれたのは特別席エリアだった。
闘技場の三階に位置して見渡しやすい。
そこには第Ⅰ級探索者の為に用意されたVIP席が並んでいた。
全部で27席で、従依士の席はない。
ほらーほらーっとチャイブさんの隣の席に座るよう促される。
「い、いいんですか」
「空いているからーいいんだよー」
確かに27の席は空席が多い。僕が座ったのは魔女の席だ。
魔女は仕事があると家に戻り、ムニエカさんはタサンとのメイド契約で別邸へ。
シロさんは興味ないと部屋に戻った。
第Ⅰ級探索者のエキシビジョンマッチの閲覧は自由だ。
そして殆どが観に来ない。アルヴェルドもいない。
「あら、ウォフさん」
「エミーさん。こんにちは」
「ええ、いい天気ね」
よいしょっとエミーさんが手前の席に座る。
エンスさんの昇級式を観に来たんだろう。
お腹……膨らんでいて、大丈夫かな。チャイブさんは興味深々だ。
「うわー、いつみてもお腹ーすごい。赤ちゃんいるんだねー」
「そうよ。それもね。双子なの」
「ふたりもー!?」
「だ、だいじょうぶなんですか」
「ええ、安定期に入っているから平気よ」
「あ、あのアクスさんは?」
「来ないって言っていたけど、どこかに居ると思うわ。なんだかんだ言ってもね」
「……そうですよね」
とても複雑だけどアクスさんなら観に来ると思う。
「おや、ウォフじゃないか」
「アリファさん。こんにちは」
「そういえば従依士だったね」
「はい。あのアガロさんの昇級。おめでとうございます」
「あははっ、いいってそういうの。でもまあ、あの馬鹿が第Ⅰ級か。なんだか気恥ずかしいねえ」
照れくさそうにするアリファさん。
「なに言ってんだか、昨日は遅くまで祝杯していたじゃないか」
そうアリファさんの後ろから言うのは、赤い髪に眼帯を付けた大柄な女性だ。
どこかアリファさんに似たフォーンの迫力ある美女。
僕を見てニッと笑う。
「あんたが噂のウォフかい」
「は、はじめまして」
「あたしゃ、ドラロフだ。ドラロフ=フレイムタン」
「彼女は、あたいたちの叔母にあたるんだよ」
「叔母さん」
「お姉さんって言いな」
豪快に笑う。なんか親戚のおばさんって感じだ。
「『竜眼の女傑』―――最も有名なのは疑似化神レリック【エンシェントドラゴン】の使い手だねー」
「疑似化神……」
ジューシイさん以外のひとか。しかもただのドラゴンじゃない。
エンシェントドラゴン……古龍。
ドラロフさんは言ったチャイブを胡乱げに見る。
「黒い獣が言うじゃないか」
「ただのでかいトカゲのくせしてーだから婚期もー」
「燃やしてやろうか」
「んじゃーエメラルドの屑にしよーかー」
チャイブさんはエメラルドの剣を出して、ドラロフさんの口元に火が見えた。
そして炸裂する殺気。周囲も騒然とする。ど、どうするんだ。
「お二人方、そこまで。始まりますぞ」
そう言ったのはシルクハットが似合う老紳士だった。
パリッとした黒いスーツに白髪のナイスミドルな紳士だ。
「グラビス」
「はぁーおじいちゃんが言うならしょうがないねー」
「ほっほほほっっ、開会式が始まりますぞ」
よっこいしょっと老紳士はステッキを置いて席に座る。
チャイブさんもドラロフさんも大人しく席へ。
どこのどなたか知らないけど、助かった。
見ているとラッパが高らかに鳴った。
『静粛に』を連呼するとシーンと闘技場が静かになる。
アルハザード=アブラミリンが闘技場の中央に立った。
『これより。『グレイトオブラウンズ』を開催する!』
宣言すると割れんばかりの歓声が闘技場を揺らす。
もうとっくに開催されているのに改めて宣言するのはどうなんだろう。
チャイブさんが頬杖ついて呆れるように呟く。
「はー相変わらずのパフォーマンス」
「ああ、そういう意味ですか」
「まあーいーんじゃないの。退屈な会議なんて彼等には関係なーいし」
「そうですね」
最初期は『グレイトオブラウンズ』とも呼ばれていなかった。
ただ会議や集会と呼ばれ、会議しかやらなかった。
ひっそりと集まってひっそりと終わる。そんなものだった。
だが『グレイトオブラウンズ』と名付けてエンタメ的な演出を行うようになった。
理由は様々だがひとつは財政難があげられる。
祭典的で興行的なビジネス要素を加えることによって莫大な利益を得る。
それが今日まで続く『グレイトオブラウンズ』だ。
『続いて、昇級式を始める。アガロ。メガディア=メガロポリス。エンス=ハイランド。呼ばれた3名は前へ』
言われた通りに3人が出てきた。
アルハザード=アブラミリンの手前で跪く。
彼は真っ白い金属の杖を手にしていた。
先端に大きな水晶玉が取り付けられている。
その杖を掲げる。
『全ての探索者。全ての探索者ギルド。その頂点たるグランドギルド。そのグランドギルドマスター・アルハザード=アブラミリンが承認する』
杖の水晶玉が光り輝く。
「あの杖は?」
「あーあれはー儀礼用のレジェンダリーだね。『光臨の杖』だったっけ。それとーあの光は害の無い光だよー」
「……演出ですか」
「そーだねー」
まあ、そういうのはあったほうがいいか。
『アガロ。メガディア=メガロポリス。エンス=ハイランド。汝らを第Ⅰ級探索者に昇級させて任命する。それぞれが胸に秘めた大いなる夢へ向かって、これからも探索せよ。グレイトグローリィ』
水晶玉から光が天空へと放たれた。
それは遥か上空で破裂し、キラキラと無数の光の雨となる。
闘技場がざわざわとする。光は触れると消えた。
『汝らに祝福あれ』
唱えるように言ってアルハザードは杖を下ろした。
同時に3人は立ち上がって会釈する。
『以上で昇級式を終わりにする』
先程より大きな歓声が本当に闘技場を揺さぶった。
さて、次はいよいよエキシビジョンマッチだ。
『土ッハ』の土ッハVS『海元卿』ギムネマ=シルベスター。
アフロで星型サングラスで派手で変な格好を堂々している男性。土ッハ。
魚が一匹丸ごと頭部になっている燕尾服の男性。ギムネマ=シルベスター。
見た目からどう考えてもイロモノ対決だ。
「ふっふふーウォフっち。あのふたりの戦い。よーく見ててー面白いよー」
チャイブさんは悪戯っぽく笑った。
もう既に面白いのではと思ったけど、僕は小さく頷いた。




