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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season3

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216/284

前夜祭④


ジューシイさんは僕を見ている。

僕もジューシイさんを見ている。


「あの、あのあの、ウォフ様。こんばんはです」

「こんばんは」


挨拶した。ぺこりと頭を下げたジューシイさんは尻尾を振りながら犬耳を動かす。

それから僕に接近して鼻をスンスンっと鳴らした。ムッと不満顔をする。


「あのあの、ウォフ様。他の雌の匂いが沢山です」

「えっ」

「あの、それは前々から、わん。なのですけど、最近は特に深いです」

「そ、それは……」


するとジューシイさんは僕の腕を掴んだ。そのまま引っ張っていく。

着いたのは物置だった。この館に沢山ある物置のひとつだろう。


入ると薄暗く布団や枕やシーツなどの寝具が山積みで保管されていた。

真っ暗じゃないのは、窓から星や月の明かりが差し込んでいるからだ。


「わんっ」


ジューシイさんは小さく吠え、僕に抱きついた。

ふわふわっと柔らかくそれでいて充分な肉感のある気持ちいい感触が僕を襲う。

そのままジューシイさんは身体をスリスリスリスリっと擦り付け始めた。


「じゅ、ジューシイさんっ?」


何も言わず声を押し殺したまま強引に抱き着いて擦り付ける。

あっこれマーキングだ。えってかジューシイさんの髪と耳と尻尾が真っ白になった。

まさか嘘だろっ!


「わ、わんっわんっわわんっ、くうぅんっ、ウォフ様っ……」


疑似化神レリック『フェンリル』―――こ、これはヤバイ……っ!?

僕も咄嗟に『ジェネラス』になった。


紫髪と瞳をした『ジェネラス』の僕が『フェンリル』のジューシイさんをみつめる

フェンリルのジューシイさんが更に強く抱きついた。

尻尾が千切れんばかりの大振りだ。


「……ジューシイさん」


僕はゆっくりと彼女の頭を撫でた。真っ白い髪と大きな犬耳に触れる。

僕の胴体に強く押し付けられている胸。服越しでもとろけそうな弾力だ。


その他も色々と……心地良いぬるい体温のシロさんと違う。

ジューシイさんは暖かい。


時間切れになるまでこうしているしかない。

僕もそうだけど知られるわけにはいかない。


なんだか熱くなってきた。

ここは締め切っていて布団などもあるからか熱がこもる。


それはジューシイさんも同じだ。

汗を出して僕に抱きついたまま尻尾以外は動かない。


僕の額からも汗が滲み出てきた頬を大粒の雫となって伝って落ちる。


「ぺろっ……」


いきなりジューシイさんが僕の頬をひと舐めした。


「っ!?」

「わん、あの舐めちゃいました……しょっぱいです」


上目遣いで紫の瞳を淡く潤ませ照れたように微笑む。


「しょっぱいのは汗だから」


混乱して変なことを言ってしまう。


「あの……あの、ウォフ様…………わんっ……ずっとこうしていたかったです……」

「……ジューシイさん…………」


頭を撫でる。耳を優しく触る。

そして抱き締め合う。


やがてジューシイさんが元に戻り、次に僕も戻る。

ふたりして笑った。


それから座って話をした。

日々のたわいないこと。火のダンジョンとEVENTのこと。

ハイヤーンの商売のこと。


「あの、あの光球を量産するんです?」

「あれなら需要は高いと思いまして」

「あの、わかります。さすがウォフ様です!」

「それほどでもないですよ。そういえばタサンの別邸はメイドを募集しているとか」

「あの、はい。なかなか集まらなくて困ってます」

「それなら、たぶん。もうムニエカさんが話をしたと思いますけど、メノスドールをメイドとして雇わないかと『トルクエタム』から提案されまして」

「あの、あのあの、メノスドールとはなんです?」


僕は掻い摘んで説明する。


「そういう感じなんですが、どうでしょう」

「あの、わん。それはとても心強いです。よろしくおねがいします」

「それに伴って別邸と僕の家をゲートで繋げます」

「えっ、あの、ウォフ様の家と!?」

「はい。ダメですか」

「あのあの、あの、それなら大歓迎です! ぜひ、あの、ドヴァ姉様と『トルクエタム』の方々を必ず説得してみますっ!」

「よ、よろしくおねがいします」


何故か燃えている。並々ならぬ気迫を感じるので大丈夫だろう。

流れ的に姉妹の話になった。スュウさんとセディチちゃんのことだ。

僕がふたりに会ったことを言うと、ジューシイさんは知ってますと答えた。


「あの、スュウちゃんとセディチちゃんから聞きました」

「ふたりは今日パーティーにいないんですね」

「あの、セディチちゃんは寝る時間なので寝ています。あのあの、スュウちゃんはあの容姿なのでパーティーとかは無理なのです」

「あぁ、あの容姿は確かに」

「はい。わん。スュウちゃんはあの容姿ですから小さい頃から誘拐されたり襲われたりも多いのです……それに確実に手が出ます」

「大変なんだなぁ」

「あの、あのあの、わん。スュウちゃん。魔女さんのファンなんです」

「えっ、魔女のファン?」

「は、はい。あの、だから探索者になりたいのです。実力もあります。スュウちゃんはレリックがないですけど素手で死にそうになりましたが、黄金級下位の魔物を倒したこともあります」

「えっ、素手で……黄金級下位を……!?」


化け物じゃないか。あの容姿にそんな実力。どう考えても第Ⅰ級の才能がある。


「は、はい。あの、ですがあの性格なので、なかなか許可が出ないのです。もうちょっと大人しくなってくれたら許可が出ると思います。」

「確かに言葉遣いとかあまり良くないですけど、それはシェシュさんも同じですよ」

「あの、あのあの、シェシュちゃんは大人しい性格なのですけれど、スュウちゃんは気に入らないとどんな立場でも階級でも殴ってしまうのです。前にスュウちゃんに権力使って強引に婚姻関係を迫ってきた第四王子を……その取り巻きと護衛もろとも殴り殺す寸前までやってしまいました」

「……な、なるほど」

「あの、あのあの、しかもそういうことが何回かあるんです」


チンピラすぎる。

例え相手が完全に悪くてもそれだけの地位なら半殺しで留めるべきだ。

僕ならそうした。そうしてそうする。


それにしてもあの美貌で本当に苦労しているんだな。

男嫌いになっていても当然だと思う。


「そういえば、えっとセディチさんなんですけど」

「あの、はい。わん。セディチちゃんですか」

「渦って言われたんだけど、何のことかわかります?」

「わん。それはあたくしも言われたことがあります」

「ジューシイさんも?」

「はい。あの、星の空に優雅に漂う渦と言われたことがあります。ウォフ様はなんといわれました?」

「えーと、大きくも小さくも形が変わる渦でしたね。なんでも詠み難いとか」

「あの、あの、ウォフ様。わん。あたくし。そのウォフ様の渦に寄り添う渦になりたいですっ!」

「今も寄り添ってますよ」

「わんっ!」


満面の輝く笑顔をみせる。やっぱりジューシイさんの笑顔は元気が出る。

他の姉妹の話が続いて、自然的にアルヴェルドと一緒に居た理由の話になる。


「顔見せですか」

「あのあの、はい。この街で一番のクランなので、タサン家として挨拶などをしていました。あたくしはその付き添いです。だからビックリしました」

「僕も驚きました」


本当に吃驚してショックもあった。

だが、まあ確かに好き嫌いはともかく『クーンハント』はこの街で一番のクラン。


それは残念ながら事実だ。僕は嫌いだ。

アルヴェルド抜きにしても色々とあったので嫌いだ。


「あのあの、ウォフ様を襲ったのは……アルヴェルドなんです?」


ジューシイさんは完全な敵対の様子を見ている。

それに僕が倒れたことも知っている。

分かってしまうか。正直に言う。


「はい。僕は彼に襲撃されて、そして完膚なきまでに負けました」

「あの……ウォフ様」

「でも次は勝ちます。必ず勝ちます」


その為にこれまで必死に会得して鍛えて、ようやくここまで来た。

だけど―――それでも彼には勝てないかもしれない。


経験も技術も悔しいけどアルヴェルドの方が遥かに上だ。

それを補うまでも彼に一歩でも届く最後のピースがまだ見つからない。


もう再戦までの時間は少ないように思う。

確実に迫ってきているのはわかる。


それを感じているのは僕だけなのか。

ひょっとしたらアルヴェルドも感じているのかもしれない。


「あのあの、わんっ、ウォフ様なら大丈夫です。絶対に勝てます!」

「ありがとう」


うん。勇気出た。

太陽のように眩しくやさしい微笑みのジューシイさんは改まって向き直る。


「あの、今日は、わんっ、ウォフ様と会えてとっても良かったです。ウォフ様の身体。ウォフ様の匂い。とってもとっても、わわんっ、とっても楽しかったです!」

「それなら僕も嬉しいです」


やましいことは何もしていないはずなのに……なんだろう、この背徳感。

何も? 抱き着いているのはやましくない? あれどうなんだ?

ハグしているだけなんだが……どうなんだろう?


「あの、ウォフ様……?」


きょとんと僕をみつめるジューシイさん。

僕は苦笑した。


「そろそろ戻りましょう」

「わんっ」


ジューシイさんは吠えた。



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