前夜祭②
ようやっと地獄を抜け出して部屋へ戻る。はぁー疲れた。
だが部屋ではシロさんとチャイブさんとムニエカさんと魔女が睨み合っていた。
それぞれ四方のベッドに座ったり寄り掛かったりして睨み合う。
「あ、あの……」
「おやおや、ウォフ少年。おかえりだねえ」
「おかえりなさいませ。ご主人様」
「帰ったわね」
「おーおかえりー」
「た、ただいま。シロさん。戻ったんですね」
「ええ、面倒掛けたわ。それにしても『千面相』の変身を見破るなんて」
「どこからどう見てもシロさんじゃなかったんです」
「……そうなのね。シロじゃ無かったのね」
「はい。だからすぐわかりました」
「…………そ、そう」
シロさん。どうしたんだろう。俯いてしまった。
「うわー、シロのああいう姿、初めてみるー」
「なんだか少し妬けます」
「はは、はは、ああ言われたらコンでもああなってしまうねえ」
苦笑する魔女。
「? なんのことです。というか何をしていたんですか」
「んーんー、ウォフくん。何か気付かないかなー?」
なにか……四つのベッド。同じ造りのベッドだ。
右から魔女。チャイブさん。ムニエカさん。シロさん。4人。
「あれ、ひとつ足りない?」
「はい。その通りでございます」
「だったら僕は寝袋で」
「はいはい。ウォフ少年。それが許されないのは分かっているよねえ」
さも当然と魔女が言う。えっなんで。
「ウォフくん。君はもう日替わりで『グレイトオブラウンズ』が終わるまで交代で添い寝することが決まっているのよ」
「決まって……?」
「はい。もう決まっております」
「ええぇ……」
僕の意志が全く無いんですが!?
「あー安心して、ウォフっちはまだ未成年だから変な事はしないよー皆もいるしー」
「変な事……」
頭に浮かぶのは尻尾の毛づくろいだ。
あれは忘れられない。
「こほん。このようにやましいことはありません」
それなら僕は床で寝袋でもいいのでは?
そう思ったけど言わなかった。どちらにせよ。僕に勝ち目はない。
彼女達がしたいようにさせるだけだ。
決して僕も彼女達と添い寝したいとかそういうのではない。
したくないのかと聞かれたら、したくないわけない。
さすがの僕でもここまでされたら彼女達が僕に好意を持っているのは分かる。
ただ、なんで僕にこんなに好意を持っているのか、それはわからない。
分からないからこそ僕が積極的になれないところはある。
それ以前に積極的になっていいのかというのもある。
もちろん。好意をもたれるのは嫌じゃないし、僕に出来ることならしてあげたい。
僕は彼女たちに笑って欲しい。楽しくなって欲しい。嬉しくなって欲しい。
その為に優しくありたい。強くありたい。悲しませたくない。
「それでそれで、その最初の夜を誰がするのか決めているところだねえ」
「決めているんですか?」
最初の夜って言い方。
それと睨み合っていただけのような?
「気配の圧力の潰し合いよ」
「……いやここは普通にジャンケンで決めましょうよ」
すると四人はきょとんとする。
「ジャーケン?」
「それはなんでしょう」
あれ? この世界ってジャンケン無かったか?
そういえば一度も誰かとジャンケンした覚えがない。
無いのか。ジャンケン!?
ビックリだ。まさかジャンケンが無いなんて。
「ほうほう。面白いねえ。それでこの場を収めることか出来るんだねえ」
「できるの?」
まっとりあえず答えておこう。
「出来ます」
さっそく僕はジャンケンについて説明する。
実は前世の記憶からジャンケンは国ごとで勝敗が違う。
だけどこの世界にはジャンケンが無いのでそんなのは関係ない。
だから前世の記憶から最もスタンダードなジャンケンを教えた。
ジャンケンを教えるとか、なんか変な気分だ。
「ふむふむ。これは面白いねえ」
「平和的に勝敗を決めることができます」
「これ、売れる」
売れる……?
ジャンケンって売れるのか。
「とっとと始めるわよ」
「うんうん。これは権謀術数の手法。ずばりコンが勝つねえ」
まあそういう要素が無いわけじゃない。
「私めの本気、味わわせてあげます」
「さーいしょーはグー」
「「「「ジャンケン」」」」
ちなみに僕も参戦して僕が勝ったら寝袋とか一瞬だけ思った。
でもやめた。さすがに野暮過ぎるし、そこまで僕は良い子じゃない。
そうだ。戸惑いつつも迷惑だと思うところもありつつも。
僕は今の状態を楽しんでいるところがある。それはハッキリと分かる。
あいこの次にチョキが1人でパーが3人。
勝ったのはチョキを出したシロさんだった。
嬉しそうに僕へ振り向いてピースする。
「よ、よろしくお願いします」
なんだか緊張して言うと、シロさんは急接近して僕の鼻に指をチョンっと触れた。
「落ち着いて、まだ寝ないわ」
「そ、そうでした」
後ろで3人が優しそうにクスクスっと笑った。
恥ずかしい。
部屋には驚いたことに風呂があった。
このハイドランジアグランドホールの宿泊施設、凄いな。
魔女が一緒に入るとか聞いたけど、さすがにそれは断った。
そうだ。今のうちにムニエカさんに言っておこう。
「ムニエカさん。ちょっといいですか」
「なんでしょう」
「実はミノスドールにタサン家の別邸でメイドとして働かないかと打診されまして」
「タサンですか」
「はい。メイド兼護衛とし雇いたいと言われまして」
「ご主人様はどうお考えですか」
「正直、僕の家も魔女の家も狭くやることは少ないです。ムニエカさんがシャルディナたちをメイドとしてしっかり扱うのなら今回の話は最適だと思います」
屋敷だから広い。
ムニエカさんは小さく頷いた。
「その話、お受け致します。ただし条件がひとつあります」
「なんですか」
「ご主人様の家に別邸とゲートを繋げて欲しいのです」
「僕の?」
「はい」
「それは、さすがに向こうと話してから」
「ご主人様の方はよろしいのですか」
「向こうがいいって言ったなら僕は構わないですよ。しかしどうして?」
「まずご主人様の家の掃除などを常に行いたいのと、もうひとつはミノスドール達に何かあったらラボへの最短ルートになるからです」
「なるほど……とにかく向こうに確認をとってから設置しましょう」
「はい。わかりました」
「たぶん大丈夫ですよ」
なんとなくあっさり許可されるような気がする。
タサンか。タサンといえば気になるのはジューシイさんだ。
なんでアルヴェルドと一緒に居たんだろう。シェシュさんも。
魔女が風呂からあがる。
次にチャイブさんが入ってムニエカさんが入ってシロさんが入る。
最後は僕だった。魔女の家の風呂と比べるのは残酷だけど、壺風呂が恋しくなる。
それからカードゲームしたり、本を読んだりしていると、眠くなってきた。
もうすっかり真夜中になっていることに気付く。ついあくびが口から洩れた。
「ウォフくん。眠いのかしら?」
「は、はい。眠いです……あれ、魔女たちは?」
「あの3人なら下で飲んでくるって出て行ったわ」
まだ寝ないのか。僕は寝る。うとうとしてきた。
「シロさん。寝ましょう」
「ええ、こっちよ」
シロさん。いつの間にか真っ白いワンピースみたいな薄着になっている。
薄くて透けそうだ。それにしてもうーん。本当にどこもかしこも白い。
あと……気のせいかな。
ワンピースの下に何も着けていない気がする。
まさかまさか。
「ほら、シロのところにおいで、ウォフくん」
シロさんが先にベッドに入って布団をあけて僕を呼ぶ。
横になったシロさんは不思議な色っぽさがあった。
「は、はい。よろしくおねがいします……」
緊張気味に僕が入ると、シロさんは布団を閉じた。あっなんかひんやりしている。
ベッドは狭いから……シロさんの体温……身体が……密着する。
微妙に冷たくて軽く肌が暖かい。ぬるい。
なんかぬるくて好き。ぬるま湯の感触と空気に似てて、なんかいい。
微かに甘い匂いがする。花の香りだ。
「おやすみなさい……シロさん」
「おやすみ。ウォフくん」
シロさんに頭を撫でられ、心地良いぬるさの中で僕は眠りに落ちた。




