アークラボ⑪
その絶世の美女の黄金の髪は伸ばし放題で、身体に纏わりついていた。
鬱陶しくないのかと思ったが本人は平然としている。
真っ白い肩が出ているドレスを着ていて、それがまた良く似合っていた。
ただ色々と出ていて目のやり場が困る。ハイヤーンがこそっと言う。
「魔女並みのボディと美貌であるな」
「でも方向性が違う」
魔女は傾国。
彼女は絶世。
どこか娼婦のような淫靡な妖艶さがあるのが魔女。
自然の天真爛漫な美しさがあるのが彼女。
魔女が闇なら彼女は光だろう。
「あ? んだよてめえら」
涼やかな声なのにチンピラみたいな口調だ。
「ひょっとしてタサンの方ですか」
「あ? そうだよ。それがどうしたってんだ。おい」
なんでいちいち凄むんだこのひと。
本当にチンピラか。
「レルさんにはお世話になっていて」
「んだてめえ。レルのダチか」
チンピラの魂が入って乗り移ったのかな。
「は、はい。ウォフといいます」
「ハイヤーンである」
「あたしゃ、スュウ。スュウ=タサンだ。よろしくな」
ニッと笑う。太陽みたいな明るい笑みは惚れ惚れする。
リヴさんの部屋ではなくリビングに通された。
「じゃあな」
「は、はい」
去っていくスュウさん。
リビングにはルピナスさんもいた。パキラさんはメガディアさんと一緒だろう。
彼女はメガディアさんの従依士だ。
リヴさんが言う。
何故か妙に色っぽい感じで。
「ん……御指名……ありがとう……リヴ……です」
「いやまあ指名はしましたけど」
そういうのじゃない。
「まあまあ、ウォフさん。ハイヤーンさん。座りなさいな」
ルピナスさんが誘うので遠慮せずソファに座る。
ルピナスさんは僕たちにお茶をふるまう。
ハイヤーンはルピナスさんに挨拶した。
「ルピナス嬢。魔物の絶叫サンプル採取の調子はどうだね」
「順調ですわ。もう少しでお渡しできますわ」
「ん……色々な声……集めた……ルピナスの悲鳴とか……」
「あれは消しなさい忘れなさいっ!」
真っ赤な顔で怒鳴るルピナスさん。
ハッとして咳払いする。
「こほん。大変、失礼しましたわ。それでリヴにどのようなご用件ですの」
「はい。実はラボで大量生産できるモノを作って販売しようと思いまして」
「それは面白いですわね」
「アーク……ラボ……正直……今までの使い方……もったいなかった……」
「これからは金も必要だ。研究するにも金がいる」
「そうですわね」
「はい。なので出来れば量産して販売する許可をもらいたくて」
「ん……なんの……?」
「光球です」
光球。リヴさんに貰ったものだ。
ふわりと浮かんで光を発する。ただそれだけだが、ダンジョンで重宝する。
ダンジョンは基本的に苔とかで薄明るいが、たまに真っ暗なところも存在する。
そういうとき光球が役に立つ。真っ先にハイヤーンは気付いた。
「なるほど。あれか。あれなら確かにあれなら量産できるっ!」
「はい。光球は欲しい探索者が多いと思います」
「そうですわね。量産出来たらそれだけで強みですわ」
「ん……なるほど……いいよ」
あっさり許可が出た。ルピナスさんが怪訝になる。
「よろしいんですの?」
「うん……別にあれは……リヴがつくったもの……じゃない……」
確か惑星緊急サバイバルキットの道具だったっけ。
それでも持ち主はリヴさんだ。
「リヴ嬢。使用料は払うぞ」
「……ん……それなら……頼みがある……少年に」
「僕ですか」
「……ミノスドール……メイドとして雇いたい……ここで」
「えっミノスドール?」
予想外だった。
「いきなり何を言い出すかと思えば、でも悪くない話ですわ。実はタサン家の方とメイドを雇うみたいな話はしていまして」
「なるほど。でもミノスドールですか」
「ん……ミノスドール。とても良い。強いのもいい」
「ほう。確かに彼女達は護衛としても充分に使える」
「あー、確かに」
ミノスユニットが素体で同じくらいの強さだから並大抵よりはマシだ。
メイドとしてもムニエカさんが指導しているので仕事は一通り出来る。
何より教えたことは必ず間違えず覚え、正確無比に動くことができる。
完璧じゃないか。
「ん……ムニエカの……『オートドール』の……ご主人様として……命令して」
「さすがにそれは……でも伝えますよ。これから戻るので」
「従依士でしたわね」
「はい」
「正直、パキラのことは心配ですけれど、メガディアが居るなら安心できますわ」
「僕もミネハさんもいます」
「そうでしたわね」
ちょうど喉が渇いて僕はカップを手に取る。
「ん……でも……『難攻不落』の攻略で少年は……忙しいのでは……?」
盛大に茶を噴いた。
「あらまあ、だいじょうぶですの」
ルピナスさんがハンカチを出して拭いてくれる。
「げほっごほっげほっ、な、なにを言っているんですかっ!?」
「……攻略王に……僕は……なる……」
「なりませんよっっ!」
リヴさんは、もうーまったくもう。
ルピナスさんもなんで笑っているんですか。
ハイヤーンは笑い過ぎだ。吊るすぞ。
こうしてあっさりと許可を得た。
ハイヤーンをラボに送り、戻る僕。
その途中の近道に使う細道でフェアリアルを目撃した。
なんだか困っているような……ここは結構、危ない。
「あの、どうしました?」
「あら」
声を掛けられてフェアリアルは振り返った。
かなり年上の凄い美人だ。かなり年上と思ったのは彼女の雰囲気からだ。
見た目は20代後半ぐらい。丁寧にまとめた蜂蜜色の髪をして紺碧の瞳をしていた。
へえー髪の色はミネハさんと同じだ。
クールな印象を受ける人形のような整った顔立ち。
身体に張り付く様な紅のドレスを着ていて、それがまた色っぽい。
クールな感じとおっとりさが同居している感じだ。
「この辺は物騒ですよ」
『グレイトオブラウンズ』が始まるのでハイドランジア全体が騒がしくなっていた。
それに伴って外から入ってくる者も急増しており、色々な犯罪が増えている。
衛兵たちも数を増やして対応しているが追いついていない。
特に探索者問わず女性に対する犯罪が多い。
最近だとどこかの貴族令嬢が襲われたというから酷い話だ。
「あら、ご親切にどうも」
「それで、どうかしたんですか」
「実は道に迷ってしまいまして、ハイドランジア中央公園の英雄像噴水前に行きたいのですけど」
「それなら正反対ですよ。地図は持ってないのですか」
「あります。けれど見方が分からなくて」
そういうひと居るよな。
「それなら案内します」
「あら、よろしいの?」
「はい。困っているのは見過ごせませんから」
「あらまあ、それならお願いします」
「はい。まずは、こっちです」
僕は道を示しながら案内する。
「ごめんなさいね。探索者なのに地図が読めないなんて」
「探索者だったんですか」
「ええ、役割で近中距離の攻撃なのよ。そういうのは夫が得意だったわ」
「旦那さんですか」
「ええ、もう亡くなって随分経つけれど」
「そうなんですか」
「でも知っているところは、こう見えて分かるの。フェアリアルの里の近くにダンジョンがあるって、そこは地図を見なくても平気なの。ダメね。地図を読めるようにならないと、恥ずかしいわ」
「慣れないところが分からないのは無理ないですよ。そういうときは誰かに尋ねるのが一番です。僕も最初この街に来たとき何も分かりませんでした。それから誰かに聞いて少しずつ分かるようになったんです」
「あらまあ、うちの娘もそうやって素直ならいいわね」
「娘さんが居るんですか」
「ええ、同じ探究者。ワタシに似て意地っ張りなところがあるの」
「でも優しい子な気がします」
「あら嬉しい」
「着きました」
ハイドランジア中央公園。
フェアリアルの女性はきょろきょろとする。
「英雄像噴水はあそこです」
「あらまあ立派な。後は大丈夫。ありがとう」
「いいえ。それでは気を付けて」
僕は早々と立ち去った。
それにしてもフェアリアルで娘が探索者なんてミネハさんみたいだ。
意地っ張りなところとかまさにそう。
まさか…………まあ、いいか。




