アークラボ⑩
『千面相』―――あらゆる者になることができるレリックを持つ。
その正体は不明。第Ⅰ級探索者の中でも異色の人物だ。
「拙はこんなに早くバレたのは初めてでゲス。どの時点で分かったんでゲスか」
「最初から」
「…………ゲス?」
「会議室に入って見た瞬間からシロさんじゃないって分かりました。それで本物のシロさんは?」
「ねーシロになにかしたのー?」
正体を現しても首筋にチャイブさんの刃はあてられたままだ。
「さすがにそういう事態ならば容赦はしません」
「おっと、まずは先にそこから伝えないと拙の命が危ないでゲス。まずシロさまには何もしてないでゲス。シロさまの依頼を受けて身代わりになったんでゲス」
「ほうほう。身代わりとはねえ」
「ねーそれならーそっちはどうなのー? 『千面相』だって居ないとー」
「その辺は心配ねえでゲス。弱みを握った第Ⅱ級の女探索者にこの恰好をさせているでゲス。きっと今頃、恥ずかしそうに語尾にゲスを付けてバレないように必死に応対しているところでゲス」
「ゲスだ」
「ゲスです」
「ゲスめー」
「ゲスであるな」
「おやおや、ゲスだねえ」
満場一致のゲス。
「いやあ、照れるでゲス」
「褒めていません」
「さてさて、どうするかねえ」
「黙ってくれると嬉しいでゲス。あと剣を引いてくれるともっと嬉しいでゲス」
「おっとっとー」
チャイブさんは剣を仕舞った。
『千面相』は、はぁーと息を吐く。
「今回はさすがに予想外でゲス」
『千面相』は僕を見る。たぶん。仮面なんでよく分からないけど。
「それもそれも、あるねえ」
「そもそも、この状況が異常でゲス」
「そうだねー」
「そうであるな」
「なんなんでゲスか。君は」
「そう言われても」
「『千面相』。ご主人様に対する無礼は許しませんよ」
今度はムニエカさんが手刀を『千面相』の首にあてる。
「そ、そういうつもりはないでゲス。拙はただショックでゲス。今までこんなに早くバレたのは無かったでゲス。一体、拙に何の落ち度があったでゲスか」
なんか縋るように僕に尋ねるけど、うーん。
「落ち度というか、なにもかもシロさんじゃなかったのですぐ分かったとしか言いようがないですね」
「そ、そんな…………」
『千面相』はガックリとする。なんか思ったよりダメージ受けているなあ。
申し訳なくなってきたけど、本当にそうなんだ。すまん。
「まあまあ、擁護するわけじゃないけど、コンには分からなかったねえ」
「はい。私めも同じくです」
「ボクもだねー」
「我もだ」
「……本当ゲスか」
「ウォフくんが変なだけだからー」
「変って」
否定したいけど、認めてしまっている自分もいる。
「はぁーしょうがないでゲス。さすが魔女の弟子で『難攻不落』の陥落者でゲス」
「いや僕は別に『難攻不落』がどうとかしてないですし、するつもりないですよ」
なんか女性陣の視線が怖くなって慌てて言う。
本当だよ。なんでこうなったのか僕がむしろ聞きたいし知りたい。
『千面相』は立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。
いいのかなって思ったけど、特に引き留めることもない。
「さて、我はそろそろラボに戻るか」
「じゃあ送っていきますよ」
「我だけで充分だが?」
「また捕まって売られそうになってもいいなら」
「よろしく頼む」
前に捕まったことがある。見世物小屋に売られそうになった。
売ろうとした連中は、半分は生きていたから衛兵に持っていってもらった。
「うむうむ。気を付けてだねえ」
「いってらっしゃいませ」
「あー……気を付けて、ね」
「はい。いってきます」
「では頼むぞ」
僕は部屋を出た。
肩にハイヤーンを乗せながら歩く。
「さっきのタリスマンの悪戯の話……あれって卵のことですか」
「いかにも、タリスマンの永世卵。その液体を飲めば不老になれる」
「三つのたまごのひとつですか」
「ただし不老になれるにはなれるが、タリスマンの悪戯と呼ばれる副作用がある。服用して不老になった者を変容させてしまう」
「だからアルハザード=アブラミリンは黒豹の頭に」
「変容は己の魂を現わすという。大体は動物の頭になったやつが多い」
「副作用って、それってフェニックスの蘇生卵もあるんですか」
「ある。ウォフ。いいか。死んだ者は決して生き返らせてはいけない。生き返ってはいけないんだ」
そのときのハイヤーンの声は無機質で感情が一つも込められていなかった。
淡々と禁じられていると語っているだけなように感じる。
かつて三つのたまごはハイヤーンが所持していた。
そのとき色々と実験したのは分かる。
「……じゃあエリクサーも……副作用は」
「それはない」
「ないんですか」
「しいて言えば飲み過ぎに注意だ」
「あはは」
それはそう。どんな良薬も飲みすぎると害になる。
用法容量は守って服用しよう。
「そうだ。ウォフ。我はそろそろ金を稼ぐことにした」
「稼ぐって」
「やはり世の中は金だ。ラボを維持する為にも必要だ。かつて我が活躍していたときラボは国営だった。だが今は違う」
「まあ、そうですね」
「ラボを使えば難しいことではないが、あまり目立つのは良くない。簡易で量産できて便利なモノが良いんだか」
「ポーションとかは?」
「既存商品だとバランス崩壊で余計に目立つ」
「いや崩壊させない程度にすればいいだけでは」
「それくらいならラボはいらんだろう。ラボでしか作れないものがいい」
「また無茶な……」
「無茶は承知だ。だがな。ラボはその為にある」
「それはそうだけど」
ラボでしか作れなくて量産できて簡易で役に立つモノ。
そんな欲張りセットなんてあるわけ。
「あ、ある。ある!」
「なんだと」
「ただ、ちょっと確認というか許可が必要です」
「誰にだ?」
「だからちょっと寄り道しますよ」
僕は家路のルートから外れた。
辿り着いたのは屋敷だ。
「ここは?」
「ハイヤーンは来たことありませんでしたか?」
「無いな」
そういえばそうだったか。
「『トルクエタム』のアジトですよ」
「ほう。ここが」
説明して慣れたように屋敷のドアのノッカーを叩く。少ししてドアが開いた。
僕たちの前に現れたのは、光り輝く黄金の髪に包まれた絶世の美女だった。
「……え」
「あ?」
すぐさま絶世の美女はメンチ切った。怖ぁ……美女の睨みは美しく怖い。
ハイヤーンも飛び込もうとしたが睨みで固まった。
「あの、リヴさん居ますか」
「おぅ、なんだてめえ。客か?」
「友人です」
「……待ってろ」
「は、はい」
僕たちは呆然とする。
すると今度は小さな灰色髪の可愛い幼女が出てきた。
狐耳と尻尾をしている。彼女も知らない子だ。僕を金色の瞳でみつめる。
「星空を乱す渦の主よ」
「へ?」
星空を……なんて?
「む。我か」
「そこな錬金兎も渦に巻き込まれる哀れな瞬く星に過ぎない。星空を乱す渦の主よ」
「ぼ、僕のこと?」
僕をジッと見ているのでそうなんだろうけど。
「いかにも。此方も所詮は輝く星のひとつ。魂の海に漂う凡百の魂に過ぎない」
「は、はあ」
「だが主は違う。どのような大小の輝く星すらも巻いて己に飲み込む渦の主」
「えーと」
「だが渦は主だけではない。大小の渦がある。我が姉も渦のひとつ。だが主は不可解な渦だ。大きくも小さくも浅くも深くも移り変わる不可解な渦。こればかりは此方のレリックでも読むことができない」
「……レリック?」
「左様。これは家の秘密だが此方は未来を予測できる。星も渦もある程度は読める。だが主は読めない。絶えず変化して渦の奥を見せぬ」
家の秘密は喋ったらダメだろう。
ハイヤーンは驚く。
「未来予測だと!? 世が世なら国宝級ではないか」
「現在もそうだ」
「……ひょっとして、君はタサン家の子?」
家の秘密というのでピンっときた。
ここはタサン家の別邸にもなっている。
「いかにも此方はセディチ。セディチ=タサン。齢8歳」
両手で3本指と5本指で8をあらわす。
どんな8歳児だ。
「最近の幼女は変わっているのだな」
「む。時間だ。また話そう。渦の主よ」
「ウォフです」
「知っている。では離脱する」
そう言ってセディチは急いで走り去った。
なんだったんだあの幼女。
間もなくあの黄金の絶世美女が戻ってきた。
「入れ。リヴが会う」
「は、はい」
ひょっとして彼女もタサンかな。
なんとなくそんな気がする。




