第Ⅰ級探索者③
ハイドランジアのスラムに近い歓楽街周辺は廃墟が多い。
潰れた店がどうしようもなくそのままなのはどこの街も変わらない。
その廃墟に微かだがバイオリンの音が聞こえる。
音源を探すとやがて白い小さな三階建ての廃墟の建物に辿り着く。
建物の地下から聞こえてくる。
地下には潰れたBARがあった。ここは珍しく小さな舞台がある。
全盛期は新人の吟遊詩人や音楽家の活躍の場として賑わっていた。
今は誰もいない。
誰もいないはずの寂れた舞台にひとりの女性が立っていた。
バイオリンを奏でている。
薄い黒髪だが前髪の両端だけ金色に染められて光っている。
前髪が長くて瞳が隠れており、いわゆるメカクレだった。
身長は平均的で身体は枯れ枝のように細い。
ヒラヒラとしたあまり華美ではないコンサート衣装を身に纏っている。
スカートは真っ赤で三枚の花びらのように広がっていた。
それに合わせた白花のベレー帽を被る。
そしてピンッとまっすぐ立った白い兎耳と丸い尻尾があった。
なんとも悲しそうな演奏が終わると観客席から声がした。
「ねえ。ここはこんなに暗くジメジメしているの」
「…………」
「ここは汚くて埃臭いの」
「……」
「もう4日もこんなところにいるの」
「…………」
「高級で綺麗で清潔な宿に泊まりたいの」
「…………」
「外に出て晴れやかな空の下で演奏したいの」
「……」
声が聞こえるのは観客席に置いてある小さな人形だ。
女性をディフォルメしてソックリだが、髪の色も逆で服装は明るいドレス。
兎耳と尻尾も黒だ
「なんでいつもいつも。ディメロちゃんはボッチ大好きなの?」
「………………」
「パプリカは曲も明るく楽しいのがいいの」
「……」
ディメロはバイオリンを構えて、また演奏する。
低く重苦しく悲しそうな調べ。パプリカは仕方なそうにし、思い出した。
「ねえ、ディメロちゃん。従依士の希望表は見たの?」
「……!」
演奏が乱れて止まる。パプリカを睨んだ。
「やっとパプリカを見たの」
「……」
「パプリカ。興味があるの」
「…………」
「魔女の弟子。興味があるの」
「……」
ディメロは無視するようにバイオリンを構え直し調整し、演奏し直す。
動揺しているのか。曲調は同じだが先程より音が僅かに乱れていた。
「難攻不落の半分を堕とした女誑しに興味があるの」
バイオリンの曲が激しく乱れ、更にあやうく転びそうになる。
ディメロはパプリカを睨む。
「………………」
「ディメロちゃんもいっそ誑されたほうがいいの」
「……っ!?」
ディメロはムカっとして地団太を踏んだ。荒く息をする。
「ディメロちゃんはもっと大人の女になって欲しいの」
「……」
ディメロはバイオリンをバイオリンケースに仕舞った。
「もういい歳なんだからなの」
「…………」
パブリカを無視してディメロは舞台裏に入った。
『無口の音楽家』・ディメロ=サイレンス。
ハイドランジアの森林公園の奥には森がある。
小さな森で鎮守の森だ。森の中心には綬樹がある。
セイホウ教の聖地・綬都から植えられた樹であり、鎮守の森には必ずある。
大木の部類であり木の枝は雄々しく人が並んで歩けるほど太い。
その木の枝に粗末な白いテントがあった。
そのテントに大きく何故か『森王』と粗末な字で描かれている。
テントの近場に座り、何か布袋から出して食べている女の子がいる。
ショートカットにした緑色の髪に銀の瞳。
幼く愛らしい顔立ちで耳が尖っているのでエルフだ。
ツタが絡まった緑と白の衣服を着て、スカートは葉で優雅に愛らしく出来ていた。
頭には青白い羽飾り。幸運を呼ぶブルーオーロラバードの羽飾りだ。
「モッチャモッチャ、モッチャラ、ムッチャラっ、クチャラクチャラ」
布袋から木の実グミを出して行儀悪く音を発しながら食べている。
クチャラーだった。
ぼぉーと焦点の合わない目をしてひたすらクチャクチャ食べている。
たまに水筒で蜂蜜水を飲む。
蜂蜜とレモンのさっぱりとした飲料だ。水筒には半月が描かれていた。
正式名称を半月の器という。
魔女が所有している満月の器とウォフが持つ三日月の器。
いわゆる『ムーンウォーターシリーズ』のひとつだ。
世界でも珍しいレリック【ヴェルデ】を所持する彼女は魔女に匹敵する調合師。
その才能の大半をグミづくりに費やして食べている才能の無駄遣いでもある。
「あっ、ああ、あー……三日月の器……弟子に渡したって聞いたなぁ……クチャクチャ……弟子か……」
独特の心地良い声で独り言をつぶやく。
「相変わらずさ。こんなところに居るなんてね」
男の声がしたので見ると、黒いローブとフードを被った人物が居た。
肩にフェアリアルが乗っている。
「ジークス。エアー」
「相変わらず木の実グミ?」
エアーはふわっと浮かぶ。
桃色のふわふわしたサイドテールに結んだ髪と瞳。着ているのは青いドレスだ。
背中に弓を背負い、腰には奇妙な形のナイフと棒を差していた。
ふたつとも同じぐらいの長さだ。実はこれ分離型の槍である。
「ほうらけふひほ」
「食べ終わってから話して」
「クチャモチャパチャ」
「音を立てて食べるのやめなさい」
「ふっはは、相変わらずさ。ゼレナ」
「んごくっん。ジークス。おかあさん。どうしてここに?」
「誰がお母さんよっ」
ジークスはポーチから三つの剣を出した。
赤い鞘と青い鞘と緑の鞘に納められた三振りの剣だ。
形式は全部同じだが柄頭の宝石が違う。それを見てゼレナは思い出す。
「頼んでいたの忘れていた」
「ふっははは、だと思ったさ」
「でもこんな一発こっきりの属性剣なんて何に使うの?」
エアーが不思議そうに尋ねる。ゼレナは空を見上げて。
「えっと今、余が攻略しているダンジョンに三つ首のドラゴンがいて、あのクッソトカゲにぶつけようと思って、モッチャクチャ」
「あんたねえ……」
「ふっはははは、だったらもっと投擲しやすい形も出来たさ」
「モッチャクッチャラテッチャラ……ほもは投へるほも」
「投げないわよっ! あと食べながら喋らないっ」
「ごくんっ、繰り返し使うから」
「それほど強度ないんだけどさ」
「それならそれで」
ゼレナは受け取って自分のポーチに仕舞う。
既に前金で全額払ってある。一本辺り100万オーロだ。
300万オーロを使って倒すがそれがプラスになるかは不明だ。
だがそんなのは気にしない。ゼレナにとって障害物が消えるならそれでいい。
そもそもゼレナにとってダンジョン探索は趣味だ。
趣味には金をかけるタイプだ。
『緑の護り仔』・ゼレナ。
彼女は『難攻不落』のひとりでもある。
『難攻不落』の八人はそれぞれが隔絶した美貌を持っている。
それをまず目当てに数多の男たちが挑むが全滅した。
まさに『難攻不落』だ。
だがそもそも『難攻不落』は遭遇率も極端に低い。
何故ならピアニー以外は人があまり好きではなく、人見知りで常に孤独でいる。
大抵ダンジョンの深層に潜って滅多に人里に現れない。
また町や村から離れたところに住んでいるのもいる。
人と出会うことを避けているので会うことすら難しい。
また『探索者騎士団騎士団長』のピアニーはその肩書ゆえに周囲のガードが堅い。
見知った者でさえハルスという監視が常にある。
ちなみに『難攻不落』で一番の難関は魔女だ。
魔女は自分に対して何かしらの気持ちがほんのちょっとでもあると勘付く力がある。
それが例え好意であれ、自分に対しての気持ちがあると一ミリでも察するとだ。
絶対拒絶防壁をつくる。そうなれば誰も踏み込めない。
ただひとりだけ、その防壁を更に上回る防壁を常時発動している少年がいた。
自分が魔女の命の恩人なのにそうでも関わらず絶えず拒絶する姿勢。
すみません。ごめんなさい。何も悪くないのに謝る姿勢。
それには溜まらず魔女から一歩、踏み込んだ。
このままだと命の恩人が死ぬからだ。
それと自分自身も傷つける棘のような拒絶の態度に魔女は悲しくなった。
自分の命の恩人なのに恩着せするならともかく、完全に拒絶するのに憤りを感じた。
それが後の魔女と弟子の出会いだが、それはまあ此処までとしよう。
ゼレナと別れたジークスとエアー。
「そういえばさ。エアー。友達と会えるんだったか」
「友達といえば……そうね。ルリハ様の娘で名前があったから」
「ふっははは、会いたくないのかね」
ジークスはエアーの気乗りしない様子に聞く。
「前に喧嘩してね。あの子。ミネハっていうんだけど、オーパーツの槍を持っているのよ。でも弱いオーパーツなの。だけど父の形見だからってそれをずっと使っていて、大切に持っているならいいんだけど、普段使いするようなのじゃなくて、だからそれで喧嘩したの」
「気まずいんさ?」
「……そうとも言うわ」
「ふっはははは」
「笑うなっ!」
『六属性使い』・ジークス。
第Ⅱ級探索者でジークスの相棒。『風落とし』のエアー。




