アクス最大の厄日④
探索者ギルド。鍛錬所。第18鍛錬場。
鍛錬場なんだから鍛錬なのは決まっている。
しかしこう全く予想外から更に予想外は展開についていくのがやっとだ。
そしてやっとでもついていけるのは当事者じゃないからだ。
エンスさんは木剣を手にして、僕は木のナイフを持つ。
ふとこの木のナイフって折ったら回数に入るのだろうか。
「さて、まずはどこから話そうか。こういうのは苦手でね。剣を振っているほうが楽だよ」
「そういうところ。アクスさんにそっくりです」
「おや、そうかい。ああ、アクスの武器は剣だったね。男の子だったらアクスというのは決めていたけど、僕と同じ剣を持つか」
そういえばアクスさんの名前の由来。
エミーさんが斧を愛用の武器にしているからだっけ。
「それで魔女に頼まれたんですか」
「君のことは魔女に色々と聞いているよ。アルヴェルドという第Ⅰ級探索者に勝ちたいのだろう」
「はい」
「いい返事だ。まさか20年経っていたら魔女にしかも異性の弟子が出来るなんて思わなかったよ」
「ははは……よく言われます」
「それはとても良いことだよ。まずアルヴェルド。彼のことは良く知らないが、レリックを技術的に効率的に使ってくるとは聞いている。それはね。レリックが無い僕が言うのもなんだけど、レリックの本質を知っているとても厄介な相手だ。今のままだと勝つのはかなり難しいだろう。いいや。たぶん無理だ」
「は、はい」
ハッキリ言われたけどそれは分かっていた。
同じ技術を扱えるようになったけど、それだけでは勝てない。
「だからそんな相手と対等に渡り合うにはふたつ。同じぐらいレリックを扱えるか。もしくは戦える技を扱えるか」
「技……」
「そう、これから君が覚えるのは技だ。かつて『剣の剣』から伝授された全てに通じる基本中の基本の技だ」
「『剣の剣』から……あの『剣の剣』ってその本当にあの犬なんですか」
「そうだよ。驚いたかい」
「それは、まぁ、驚きましたけど」
「しかも最古参だ」
「えっ、犬なのに?」
「どうしてそんなに長生きなのかは分からないけど、アブラミリンさんよりも古いんじゃないかな」
「それってもう魔物じゃないんですか」
「そうなのかな。まあ今も昔も厳しくも優しい偉大な方だよ。さて、始めようか」
「えっと、その技を僕は学んでいいんですか」
「いいんだよ。許可は貰っている。元々資格はあるんだ。魔女の弟子というね。まあ君の場合はそれだけに留まらないようだ。それとアクスとも仲が良いみたいだ」
「……すみません」
「謝る必要はないよ。僕が言えたことじゃないけど、これからもアクスと仲良くよろしく頼む」
「はい」
スっと剣を構える。その所作や雰囲気にアクスさんを感じた。
やっぱり親子だ。色々と複雑で難しくて、だけど親子なんだな。
「行くよ。これが君が覚える技―――」
エンスさんの姿が消え、目の前に現れた。振り下ろされる木剣。
「っ!?」
ギリギリ受けに間に合ったのは奇跡だ。それでも弾かれてしまった。
木のナイフが空を舞う。
「ワンステップだ」
犬だから? そう思ったけど黙った。
ワンステップ。急にエンスさんが消え、気付いたら目の前に居た。
この一連の動きがワンステップなのは間違いない。レリックじゃなく技だと言った。
ワンステップ。ワン……犬……あっ。
「飛び掛かりですか」
犬のワンステップ。それとあの動き―――間違いない。飛び掛かりだ。
エンスさんは笑う。
「へえ、もう気付いたのか。やはり魔女の弟子。理解力が鋭い」
飛び掛かり。よく実家の犬がやっていた。
ジューシイさんもたまにする。最近は我慢できている。
「犬の飛び掛かりを技にしたんですか」
「『剣の剣』は犬だから当然といえばそうなんだけどね。たった一歩の跳躍で間合いを一瞬で詰める。覚えたら奇襲としてこれほど頼りになるものはない」
「奇襲技なんですか」
「そうも使えるってだけだね。応用はいくらでもあるよ。極めたら繋げることもその場で連続も出来る。じゃあ次は実演するから横から見てみようか」
「はい」
エンスさんの実演を見て確信する。
ワンステップ―――これはとても、とても使える技だ。
絶対に覚えて会得したい。そこでふと思う。
その本家本元と模擬戦しているアクスさんもワンステップを教わるのだろうか。
ああ、きっと教わるのだろう。アクスさんなら僕よりも習得が早いはずだ。
何が起きたのか分からなかった。
気付いたら俺は倒れていた。そして手にある木剣は綺麗に切断されていた。
同じ木剣で真っ二つに切られていた。木剣で……木の丸い剣で……?
「な、なんだべあれは」
「見えなかった。なにも……」
「あれはワンステップ。『剣の剣』の剣技の基本中の基本であり全てに通じる技よ」
「…………ワン」
「ステップ?」
「言いたいことは分かるけど名付けはセレストだからね」
「ワンステップ……」
おふくろが言うともっとふざけた名前に思えるが、妙にしっくりくるのもある。
ワンステップ。いい名前じゃないか。
へっと笑って俺は立ち上がった。身体に怪我はない。派手に転んだだけだ。
そういうのも『剣の剣』は考慮している気がする。
大剣を背負った青い犬。どうも信じられないが本物の『剣の剣』らしい。
俺と同じレリック無しだが、なんかもうそんなのどうでもいいくらいに強い。
どう見ても青白くて普通より大きい犬にしか見えない。
犬だから剣を持つのは口だ。剣の柄を咥えて持つ。
どう考えても剣を振る可動部は首だけなのでとても狭く扱いづらい。
というかそもそも犬が剣を振るというのが分からない。
だが何度か剣を交えさせてくれて、分かった。
そう交えさせてくれていた。
本当なら剣を交えることすら今の俺だと実力不足で無理だろう。
それをわざわざ合わせてくれている。
第Ⅰ級探索者で最強といわれるのは頷いてしまう。
だが今のは何が起きた?
「……一瞬で」
『剣の剣』が、犬らしく座っていた『剣の剣』が立ち上がったんだ。
この場合は四つん這いになった。それから横に剣を構え、前のめりになった。
そして消えた。反射的に受けたら木剣が切断され、俺はすっ飛んだ。
「いや木剣が木剣で切れるってなんだよ」
切れねえよ普通は。とんでもねえな。さすが『剣の剣』だ。
「ワンステップ。つまりこれを覚えれば、あいつを殴れそうだな」
とりあえずまずは代わりの木剣だな。
そう思ったら『剣の剣』から新しい木剣を投げ渡された。
「ど、どうも」
手にして構える。
「うん。アクスはもう1回ぐらいでワンステップを習得できるわ」
「そうなんだべか」
「アクスだからな」
「ねえ、ちょっといい。アクス。レルちゃん。ホッスちゃん」
「あ?」
「なんだ」
「なんだべ」
「ミネハのことなんだけど、あの子。会わないうちに見違えるぐらい10歳とは思えないほど艶々してキレイになっているんだけど、なにかあったの?」
なに聞いてんだあのおふくろ。ミネハ?
そういえば大きくなっていることが増えたな。
新しいオーパーツが凄いんだよな。
「知るかよ」
「そうなんべ?」
「さあ?」
「元々カワイイ子だったわ。でも今は絶対に以前より間違いなくキレイなのよ。この数か月でカワイイからキレイになっているの。そういえば……一緒に暮らしていると手紙にあった…………まっいいわ。それはルリハの領分ね」
「なんなんだよ」
「なんなんだべ」
「なんなんだ」
まったくおふくろは……俺は木剣を構える。どうせならやってみるか。
「その律儀に待っていてもらって悪い」
『剣の剣』に俺は謝った。何も言わない。さてとワンステップか。
確か身体を前のめりにして一気に相手と間合い―――ああ、そうか。
わかった。これって犬の飛び掛かりか。
なるほど。そうだよな。『剣の剣』って犬だよな。
「よし。やってみるか」
なんとなく、うまくいけそうな気がする。
エンスさんの指導も終わり、アクスさんたちとも別れて家に着く。
「ふう。疲れた」
ワンステップ。意外に早くモノにできそうだ。
それにしてもあれがエミーさんか。なかなかに強烈だった。
汗をかいたので風呂に行こうと、まずは着替えを取りに部屋へ戻る。
「…………え……?」
僕のベッドに大人のお姉……ミネハさんが寝ていた。
それは、まあ、うん。最近よくある。たまにある。
ただ今回はいつもと違う。
大きいままなのはいつもだけど、全裸だった。
なにもかも生まれたままを晒している。
それだけではない。妙に布団が乱れて、濡れたタオルが落ちている。
それと部屋に濃く甘い蜜のような匂いが充満していた。
「……………」
ミネハさんは僕の布団を抱き枕のように横向きで抱いて、半裸が外に出ている。
魔女より小さいけどそれなりに大きい胸。くびれ。見事な丸みを帯びた美尻。
むっちりとした太腿にスラリと伸びた脚。
彼女は10歳って絶対ウソだという少女じゃない女性の艶やかな肉体をしている。
正直、容姿も並み以上なので女として魅力的すぎる。
「……?」
元々子供離れした可愛らしさだった。
だけど最近は可愛らしさではなく妙に綺麗になっていっている気がする。
それは朝食をつくるようになった辺りぐらいか。
「…………」
もし、もしも彼女が10歳じゃなくてもっと年上だったら。
「……なんて、もしそうだとしてもミネハさんはミネハさんだ」
笑って僕は部屋の手前の壁に寄り掛かって座る。
ふう。疲れた。なんか色々とあったなぁ。
明日もエンスさんの指導がある。たぶん明日で会得できる。
帰り際に聞いたらアクスさんはもうワンステップを会得していた。さすが。
明後日は 従依士で来週はいよいよ『グレイトオブラウンズ』だ。
アルヴェルドとの再戦も……あとは風呂入らないと……ぐうぅ。




