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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season3

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204/284

アクス最大の厄日③


探索者ギルド。鍛錬所。第19番鍛錬場。


アクスさんが素早く接近し、跳躍して、その背に大剣を担いだ青い犬に切り掛かる。

最初と二度目と違って今度の斬撃は微塵の躊躇も無いように感じた。


「ぜぇあぁぁぁぁっっっっっ!!!」

「………」


青い犬はノーモーションで木剣を口で振り上げ、受け止めた。


「ぐううぅっ」


奇妙な光景だった。

青い犬がちょこんと座り鍛錬用の木剣を軽く口に咥えていた。

それでアクスさんの木剣を軽々と受けている。


アクスさんはすぐ離れて一気に接近。

果敢に切り掛かって猛攻する。


「ぜぇあっ! てぇっあっ! ぜぃあっ! てぃってぃってぇいっっ!」


四方から上下左右に剣を振るう。荒々しく重く鋭い連続斬撃。

だがその全てがちょこんと座る青い大きな犬の口の木剣に捌かれた。

しかも青い犬は開始から一歩も動いていない。ちょこんと座ったままだ。


「……」


青い犬は木剣を軽く振った。

ウソみたいにアクスさんは簡単に弾かれる。だが倒れずよろめくだけで済んだ。


「はぁっはぁっ……はぁっ……な、なんなんだこの犬……!?」

「なんなんだろうな」

「なんなんだべな」

「……」


僕はこの模擬戦闘を眺め、チラッと後ろの椅子に座っているエミーさんを見る。

エミーさんはお腹を擦り、黙ってアクスを見ていた。

ちなみにアクスさん達は最強の酔い覚め(エリクサー)を飲んでいるのでアルコールゼロ。

エミーさんは驚いていたなあ。


アクスさんが力任せの剛剣を叩き込む。

だが青い犬にあっさり往なされて弾かれる。


まるで相手になっていない。

あの犬。僕は知っている。セレストさんが探していた犬だ。

セレストさんは第Ⅰ級探索者の『剣の剣』の弟子だ。

だからあの犬も何かしらの関係があるのだろう。大剣背負っているし。


でも、なんでこうなったんだっけ。


あれは確か……1階だと目立つから2階のVIPルームを借りたんだ。

そしてみんな移動した。















VIPルーム。

テーブルを挟んでアクスさんと母親のエミーさんが座る。


「とても良い部屋ね」

「……まぁ、VIPルームだからな。入るのは初めてだ」

「アクス。オレたち居ていいのか」

「なんか居た堪れないべ」

「僕も」

「……悪い。居てくれ」

「ごめんなさいね」


エミーさんがすまなそうに謝る。

僕たちは了承した。ふたりっきりだと間が持たないのは分かるから。


このVIPルームは左と右でテーブル席がふたつあった。

アクスとエミーさんが右側。僕たちが左側だ。

それぞれお酒じゃない飲み物とかを一通り頼んでから。


「そういえば自己紹介をして無かったわね。アクスの母のエミー=ハイラントです」

「レル=タサンだ」

「ホッスだべ」

「ウォフです」

「レルちゃんとホッスちゃんは『雷撃の牙』よね」

「ちゃん……そうだべ」

「ああ、そうだ」

「こちらのウォフちゃんもそうなの?」

「いえ僕は、アクスさんの友達です」

「あら、よろしくね」


そう自己紹介が終わり、アクスさんは言った。


「俺たちの手紙が無視されていたのは……家宛てだったからか」

「ええ、ごめんなさい。帰れなかったの」

「だとしてもだ。妊娠とかオヤジのこととか、一言ぐらい手紙を送ってくれてもいいだろ。それがあれば、俺とミネハは少なくともこんな反応と反発じゃなかった」


それはこの場の誰もが感じて思っていた。

そう、一通でも手紙があればこんなに拗れることは無かった。


「ごめんなさい。それが出来なかったの」


エミーさんは頭を下げた。


「おふくろ。その理由が知りたい」

「もう終わったから言ってもいいけど、機密情報保持があったの」

「……機密情報……保持……?」


アクスさんは眉根を寄せる。

まさかこの世界でその言葉を聞くとは思わなかった。


機密情報保持。または秘密情報保持。

重要情報を契約などに基づいて外部に漏らさない処置だ。


「今まであなたのお父さんについて、私の我儘で何も教えて無かったこと、本当にごめんなさい」

「あ、ああ……そうだな。俺は何もオヤジについて知らなかった……オヤジに何があったんだ?」

「エンスは第Ⅰ級探索者になって間もなく王家から指名依頼を受けたの。それが雪の果てと呼ばれる高難易度ダンジョンの探索」

「そこで行方不明になったんだよな。待て。王家?」

「そうよ。でもそのことについてはもう終わっているわ」


それについては話すつもりは無いみたいだ。

アクスは続けてくれと促す。


「私は諦められなかった。墓参りと称して毎年そのダンジョンを探索していたの」

「そんなことしていたのか」

「15年かかって、やっと見つけたわ。最下層で氷漬けになっていたエンスと一緒に探索していた仲間たち」


仲間も氷漬けになっていたのか。


「それで解凍したのか」

「いいえ。簡単に解凍できなかった。あれは普通の氷じゃないわ。魔凍と呼ばれる特別な氷のレジェンダリー。正直、氷の中でエンス達が生きているかどうか分からなかったわ。だけどこのままにしておけない。私は解凍する方法を探すことにした。だけどいくら第Ⅱ級とはいえ個人では限度がある。そこで魔女を頼ってスチールランド伯爵家を紹介してもらったの」

「スチールランド!?」


思わず僕は声に出した。

全員の視線が集中する。


「どうした?」

「なにか」

「すみません。ついその知っている名前が出たので」


スチールランド伯爵家。

かつてそこの三男が『ドラゴン牙ロウ』とかいうクランのボスをやっていた。

僕たちが見つけた金庫の中にあったヤバイ資料が原因で取り潰しになったはず。

かなりあくどいブラックな貴族だった。それを魔女が紹介した?


ちなみに僕がこの名前を知ったのはムニエカさんからだ。


「話を続けるわね。いくつか条件を結んで情報と資金をスチールランドから得ることが出来た。ただし機密情報保持の契約。魔凍に関連する情報の漏洩禁止。これがあったからエンスのことも妊娠のことも話せないし、手紙も送れなかったの」

「そういうことか」

「それでどうなったんです?」

「情報からついに魔凍を解凍できるレジェンダリーを手に入れたわ。そして解凍してエンスたちを出すことが出来た。殆ど諦めていたけど彼等は生きていた。魔凍の中で20年以上もずっと眠っていたの」

「氷漬けで眠っていた……にわかには信じられん話だが」

「事実なんだべな」

「実際、エンスがいるからな」


アクスさんたちが呟く。

僕は前世の記憶から『コールドスリープ』という言葉を浮かべた。

冷凍保存することにより仮死状態となって永遠に近い時間を超えることができる。


だが実際は課題が多い。ただ単純に凍らせればいいというわけじゃない。

魔凍は明らかに完全な『コールドスリープ』だ。


「それからいくつか検査をしてエンス達だと証明するのに時間が掛かったわ。ああいうのは中身が別のナニカ、魔物になっていてもおかしくないから……」

「ああ、そうだな」


「……あのひとに再会できたのは夢のような日々だったわ。もう逢えないと思っていた愛しい人とずっと過ごせていたから……でも、あれはいきなりだった。解凍で協力してくれたスチールランドが裏切ったの。私たちは突然の出来事にどうすることも出来ず彼らの拠点に軟禁された。抵抗しようとしても解凍した仲間のひとりが人質になっていてなんとかしたくても……うまく出来なかったの。それでも私達は諦めなかった。そんなとき転機が訪れたのは、ほんの今から数週間前、探索者騎士団が彼らの拠点を襲撃した。雇い主は不明。まあ誰だかは分かっているわ。それで私達は救出されて自由になったの。それから衰弱した仲間たちを入院させた後、家に帰って手紙のことを知ってすぐ馬車でハイドランジアへ。とても急いでいたし、ここまで来ると手紙が届くより着いてしまうから……ごめんなさい。そういうわけで事情を教えることが出来なかったの」

「……あー、おふくろは入院しなくて、その大丈夫だったのか」

「ええ、わたしは身重だったから軟禁状態でも待遇は良かったの。心配してくれてありがとう」

「そうか。それなら……それで、いい。手紙が出せなかった理由は分かった。大変だったというのも分かった」

「ええ、ちゃんと話せてよかったわ」


ホッとして飲み物を飲むエミーさん。

僕は謝った。


「その、魔女がすみませんでした」

「どうしてあなたが謝るの」


エミーさんは目をぱちくりとさせる。


「その、すみません。言い忘れてました。僕、魔女の弟子です」

「あっそういえば、魔女の弟子。ウォフだったわね。つまりあのウォフ」

「あのウォフだべ」

「あのウォフだな」

「あのウォフだ」

「は、はい」


あのウォフです。はい。


「このたびは師匠が大変なご迷惑をおかけしました」


再度、頭を下げて謝るとエミーさんはくすっと笑った。


「安心して。紹介したのは確かに魔女だけど、彼女も騙されたようなモノよ」

「騙された? なんで魔女はそんな奴等と取引を?」


いや魔女だからそんなのと取引するぐらいはある。

だけど明らかな地雷を踏むのは魔女らしくない。


「ただのお得意様のひとつで魔女とは誠実な取引関係を続けていたの。魔女も後ろ暗いところがあるのは知っていたけれど、紹介した私に危害を加えるとは思っていなかったみたいね。さすがに騙されたままじゃないのは弟子なら知っているでしょう」

「キッチリと片を付けたんですね」

「ええ、そう思うわ」


魔女ならそうする。僕もそうする。

あっ、ひょっとして雇い主って。


「まあ魔女ならな」

「ウォフに失礼だべが、やられたら百倍以上に返しそうだべ」

「実際そう」

「魔女は魔女だな」

「家は取り潰されたけど、そんなことあの魔女には関係ないわ。あるいは取り潰したのも魔女の仕業かも知れないわね。彼女ならそれくらいはするから」


それはえーと取り潰しはレオルドで、それは概ね僕の所為です。

まあ潰されて当然だと思うから後悔も何もない。


「さすが魔女だべ」

「さすが魔女だな」

「ええ、魔女ね」


まあ、それが魔女です。全員が納得する。

そのタイミングで飲み物とか食べ物がきた。

飲んで食べて、アクスさんは特大ジョッキを飲み終わり静かに尋ねた。


「おふくろ。エンスなんだが、あいつ。なんであんなことを?」

「エキシビジョンマッチのことね。あのひと、あなたのこと息子として扱うのがどうしても無理と言っていてね。実の親子なのはもちろん分かっているんだけど」

「まぁ、ぶっちゃけ難しいべ」

「しかも息子が年上だからな」

「親子として接するのは無理がありますよね」


これはしょうがない。

あまりの特殊ケースだからなぁ。


「そうなのよね。これに関しては私も何も言えないわ」

「ああ、それでいい。オヤジだと思えないのは俺も同じだ。年下の実の父親とかわけわかんねえよ」


うん。そうだ。聞いているこっちもわけがわからない。

エミーさんはコップを持ったまま微苦笑する。中身は甘露水だったか。


「それでもあのひとなりに、どうにかあなたと親しくなりたいと思っているのよ」

「ああ、まあ、それは……俺も……気に食わねえけど、複雑だけど、敵対したいわけじゃねえ」

「ただあのひと不器用だから……」


その不器用がエキシビジョンマッチなのか。


「どういう不器用さだべ」

「7番目の姉なみに無茶苦茶な不器用さだな」

「それとどうしてアクスがあのひとを殴りたいのか分からないけど、このままでは一発も当たらないわよ」

「分かっている。相手は第Ⅰ級だ。というか、おふくろ的には殴るのは別にいいのか……?」

「相手がアクスじゃなければ止めるわよ」


親子喧嘩と言ってしまえば確かにそう。


「……そうか」

「だから私が模擬戦の相手をして」

「……今のおふくろを相手に出来ねえよっ?」

「あら、どうして?」

「いやいや、妊娠しているだろ」

「それなら、もう安定期に入ったから激しい運動をしなければ大丈夫よ」

「そういう問題だべか?」

「そういう問題じゃない気がするな」

「えーと、エミーさん。やめたほうがいいと思います」


思わず僕は注意した。エミーさんはきょとんとする。


「大丈夫よ。それくらいなら激しい運動にならないわよ。模擬戦闘ぐらいの軽い運動はしてもいいの」

「模擬戦闘は軽い運動だべか?」

「軽い運動ではない気がするな」

「軽い運動ではないですよ」

「おふくろ……頼むからやめてくれ……」


アクスさんは懇願する。エミーさんは苦笑して頷いた。


「そうまで言われたら、分かったわ。そうね。それならどうしよう……あっ、そうだわ。さっきね、1階に知り合いが居たの。ちょっと頼んでくるわね」


そう言うなりエミーさんはVIPルームを出た。

唖然とする僕たち。それを眺めて、アクスさんはしみじみと言った。


「悪いな……その、おふくろが迷惑かけた」

「アクスが好きだけど苦手なのは分かったべ」

「迷惑というほどじゃないが、まあ、あれだ。大変だな」

「元気なお母さんですね」

「……おふくろ。今年で340なんだ」

「300歳超えていたのか」

「それでもまだまだ若い部類だべ」

「確かに若い部類だな」


同じエルフでまだ100歳もいってないレルさんの言葉は重い。

千歳生きるからそう考えると若い……よな。


「それもそうなんだが……はしゃぐ母親を見るのがキツイ」

「ああ、なるほどだべ」

「分かる」

「だけど可愛いじゃないですか」

「見た目はな。というかそこでおふくろを可愛いとか言えるところがウォフ凄い」

「えっ?」

「お待たせ。了承とってきたわ」


そう言って戻ってきたエミーさんの隣に居たのは、大剣を背負った青い犬だった。

そのときのアクスさんの表情はたぶん3日ほど忘れない。











アクスさんが半回転して吹っ飛ぶ。

あの青い犬が器用にアクスさんの剣の側面に突きを入れたらそうなった。

軽くチョンって感じなのになんだあの威力。


「まるで相手になってねえべなぁ」

「なんなんだ。あの犬」

「なんなんでしょう」


本当になんなんだあの異様な強さ。

アルヴェルドと同等―――いやそれ以上……そんな馬鹿な。


「しょうがないわね。まあ相手が相手だから仕方ないけど」


エミーさんの言葉に僕は、前々から思っていた疑問を口にする。


「ひょっとしてあの犬は」

「でも運が良かったわ。『剣の剣』が鍛えてくれるなんて、良かったわね。アクス」

「…………」

「……」

「……」


全員黙る。

ああ、うん。やっぱり、そうなんだ。

あれが『剣の剣』……というか剣の犬? 


「やあ、やっているね」


唐突に僕の隣に男性が立った。見て驚く。

アクスさんに面影がそっくりな青年だったからだ。

そこですぐに察する。


「エンスさんですか」

「ああ、エンス=ハイラントだ。『剣の剣』か。うん。アクスは良い訓練相手を見つけたようだね」

「あら、あなた」


微笑んでエミーさんが小さく手を振る。

エンスさんも応える。


「やあ。エミー。アクスのこと頼むよ。僕は頼まれていてね。ウォフ君だね」

「はい」

「君の事を魔女に頼まれていてね。隣の訓練場までいいかな」

「わ、わかりました」


魔女に? 

疑問符を浮かべながら僕は大人しく付いていった。

その背後でアクスさんが錐揉み空中三回転していた。

すげえ。


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