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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season3

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202/270

アクス最大の厄日①


ハイドランジアの中心は政事の中心だ。

貴族の別邸だけじゃなく様々な関連施設が並んでいる。

その中央付近に大きく目立つ円形の建物がある。


『ハイドランジアグランドホール』だ。


「目玉は闘技場。その他に大中小の劇場。大中小の会議室。各種レストランや商店から宿泊施設などがある複合施設というやつだ」

「なんか沢山あるんだな」

「詰め込み過ぎな気がするけど」

「鍋みたいだべな」

「その例えはどうなのよ」


分かりやすいのは確かだが、オレたちは二階の外苑部を歩いている。

神殿のような柱が等間隔に並び、眺める景色は素晴らしい。


「手紙だとこの先の……」


誰か正面からやってくる。小柄のエルフの女性か。

長い緑色の髪。大きな橙色の瞳。長く尖った耳。顔立ちはエルフらしく美形だ。

例外なくエルフは男女ともに顔立ちが整っていてそれが当たり前だ。


しかしエルフでも実は美醜の差がある。

それに当て嵌めると彼女はエルフでも可愛らしい部類に入る。


見た目はエルフなので実年齢と乖離している。

まあ外見でいうなら10代後半~20代前半ぐらいには見える。

彼女が現れた途端、アクスとミネハは叫んだ。


「おふくろっ!」

「師匠っ?」


なんと。

彼女はふたりを見るとにこやかに手を振って近付く。

そしてオレたち全員は彼女の姿を見て固まった。

彼女は気にせずオレたちに近付き、にこやかに言う。


「久しぶり。アクス。ミネハ」

「お、おう……」

「師匠。お久しぶりです……」

「そちらがアクスの?」

「あ、ああ」

「レルです」

「ホッスだべ」

「アクスの母のエミーよ。ミネハの師匠でもあるわ。よろしくね」

「はい」

「だべ」


オレたちは挨拶したが……こ、これは。

アクスは汗だくになるほど動揺しつつ声に出す。


「お、おふくろ」

「なあに?」

「そ、その腹……なんだ……?」


するとエミーは照れたように頬を少し赤くし、うふっと言う。


「できちゃった」


エミーさんのお腹は誰もが分かるほど膨らんでいた。

それは太ったという感じではなく、明らかに孕んでいるふくらみだ。


「えっ、あっ、えっ?」

「お、おめでとう……おめでとうございます……?」

「えへっ、ありがとう」

「おめでとうございます」

「めでたい……だべな」

「ありがと」


恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしているエミーさん。

オレはアクスを見る。信じられないという顔だ。無理もないが。


「ど、どど、どういうことだよっおふくろ!?」

「どうって妊娠したの」

「だ、だから、なんで……?」

「なんでと言われても」


アクス。違う。そうじゃない。


「ど、どど、どうしよう。レル。師匠が妊娠しちゃった」

「ああ、そうだな」


さすがのミネハもひどく動揺している。


「ねえ、どうしようどうしようっ! アタシもウォフの子供産めばいいのかな!?」

「落ち着け。おまえ。とんでもないこと言っているぞ」

「ウォフの子供何人産めばいいのかなっ!?」

「落ち着け。気持ちは分かるが、おまえ。いま凄いこと言っているぞ」


一緒に暮らしているのは知っているがまさかそういう関係か?


「しかしミネハは10歳。ウォフは13歳…………いけるか」

「レルも落ち着くんだべ」

「あ、ああ。すまない」


オレとしたことが。

アクスはエミーさんを責め立てている。


「どういうことだよっ! なんなんだよっ! いきなり妊娠だなんてっ!」

「お、落ち着いて。ちゃんと話すから」

「ずっと手紙を無視してなにやってんだよ、おふくろ!」

「それも説明するから」

「やっとおふくろと向き直ろうと、ちゃんと話そうとしたんぞこっちは!」

「アクス……」

「なのにてめえは呑気に知らねえヤツと子づくりかよっ!」

「そ、そんなつもりは、お願いだから、ちゃんと話を聞いて」

「聞けるかよっっっ!! おい。レル。ホッス。帰るぞ」

「アクスっ!?」

「おい」

「いいんだべか」

「もう知るか。こんなやつ。二度と会わねえよ」


そう低い声で言うとアクスは後ろを向いて歩き出す。

オレたちも仕方なく従う。今は何を言っても無駄だ。


そのときだった。


「待ってくれ。アクス」


誰かが声を掛ける。

気付くと震えて俯くエミーさんの隣に見知らぬ青年が立っていた。

そのときオレは奇妙な感覚を覚えた。


青年は亜麻色の髪に薄い茶色の瞳をしていた。

白い小さな角が生えている。フォーンだ。

中肉中背で20代ぐらいに見えた。


「あ? なんだてめえ」

「エンス。エンス=ハイラントだ」

「てめえが……」


エンス。今回、昇級する探索者か。

それにしてもなんだこの感覚は……?

エミーさんが力無い声で言う。


「お父さんよ」

「そうかよ。もう俺には関係ねえ。新しい家族で勝手にやってろ」

「違うの。あなたのお父さんよ」

「だからっ! その新しい旦那と勝手によろしくやってろよっっ!!」

「そうじゃないの! 聞いて! 彼はあなたの本当のお父さんよっっ!!」

「…………は?」


そうだ。似ているんだ。

彼は、エンスはアクスにとても良く似ているんだ。

エンスは複雑な表情をして言う。


「アクス」

「ど、どういうことだよ。俺のオヤジは死んだって」

「ええ、そうよ。23年前。ダンジョンで行方不明になってそのまま帰らなかった。それは事実。でも……数か月前に墓参りに行ったとき見つけたの。ダンジョンの深層で氷漬けになっていたお父さんと仲間たちを」

「氷漬けですか」

「ええ、なんとか解凍できたの。そうしたら彼等は生きていた。その後も色々あったけれど、こうして無事に居る。一緒に居るの」

「…………ウソだろ」

「師匠。つまり彼はアクスの……」

「ええ、実の父親よ」

「うわおだべ」

「そんなこともあるのか」

「師匠。だからって妊娠……ですか」


ミネハは呆れながら怒っているように見えた。


「それは……だって……どうしても止められなくて、どうしても……」

「まあ、なんともいえんべ」

「そうだな」


20数年来の夫と妻の再会。

それで子を授かってしまっても何もおかしくないし、仕方がない。


「知るかよ」

「アクス。エミーは妊娠が分かってすぐに降ろそうとしたんだ」

「……だからなんだよ」

「君に申し訳ないとね。でもそれを止めたのは僕だ」

「てめえが?」

「降ろすことはアクスをむしろ苦しめることになる」

「なに言ってんだてめえ」


アクスはエンスを睨みつける。殺気があった。

ミネハが尋ねる。


「師匠。どうして手紙の返事が無かったのですか。手紙で一言あったら……正直、納得がいきません」

「ごめんなさい。エンス達の事があって、ずっと家に戻れなかったの。ここに来る前に寄って手紙を渡されたわ。だから夫の事も妊娠の事も故意に黙っていたわけじゃないの。事情があったのよ」

「そうでしたか」

「だから悪く無かったと言いてえのか」


アクスが唸る声で言う。


「そうじゃないわ」

「おい。エンス」

「なにかな」

「てめえの従依士ツカエシってやつ。俺は絶対にやらねえぞ」

「わかった」

「だから一発殴らせろぉっっっ!」


アクスはエンスに殴りかかった。しかしそのコブシは受け止められる。

思いっきり殴っても易々と止められた。


「アクス。僕を殴りたいだけじゃ物足りないだろう」

「てめえぇ……」


アクスは今にも剣を抜きそうな雰囲気があった。

だがエクスはそれに気付きながらも平然としている。


「あなた……?」

「『グレイトオブラウンズ』の開催中に『エキシビジョンマッチ』がある。そこで戦おうか。親子喧嘩をしようか」

「いいぜ。やってやるよ。あと親子じゃねえ」


アクスはこぶしを引いた。

オレとホッスはため息を吐く。


ふとミネハとエミーが少し離れて話をしていた。

師匠と弟子だ。積る話もあるだろう。


「ミネハ」

「なんでしょう」

「あなたは私を軽蔑する?」

「軽率だとは思います」

「そうね」

「でも分かる気はします。だからといって納得はしていません。それでもアタシは師匠の弟子をやめることはないです。でもアクスは分かりません」

「ええ、そうね。そうよね」

「アクスは歩み寄ろうとした」

「ええ、手紙を読んだわ」

「だけど本当に今度こそ……それでいいのですか」

「ミネハ。例え絶縁されるほど母親失格でもどれだけ軽蔑されて嫌われても、もう二度と会いたくないと拒絶されても、それでも私はあの子を愛しているわ。あの子の母親なのはずっとずっと忘れないわ」

「―――師匠。アタシは伝えませんよ。なにひとつアクスには伝えません」

「ええ、それでいいわ。ごめんなさい。ミネハ」

「いいえ。師匠。改めてご懐妊おめでとうございます」

「ありがとう」

「おい。ミネハ行くぞ」

「では師匠。また」

「ええ」


かくしてオレたちは途中、ミネハと別れてアジトに帰った。

なんとも、なんともいえぬ気分だ。酒が飲みたい。

それはアクスもやはりそうだったのだろう。


俺たちはすぐアジトを出てシードル亭に向かった。

それが駄目なら別のところがある。


とにかく浴びるほど酒が飲みたい。

飲んで飲んで飲みまくりたい。





















家に戻ってなんだかとてつもなく疲れた。

家に入ると安堵するのが救いだった。


「ナ?」

「ああ、あんた。いたのね」

「ナ!」


ダガアが寄ってきたので抱きしめる。

モフモフして気持ちいい。そのまま塔へ行かず、ウォフの部屋へ。


なんか最近お気に入りなのよね。ここ。狭いのに。

よく朝食つくっているからかな。

ウォフは居なかった。ラボかごはんか魔女の家か。


「便利になったのはいいけど」


魔女の家と転移ゲートで繋がってお風呂入り放題はありがたい。

まあでもウォフの部屋の前で身体を洗うのも嫌いじゃない。


「よし。ダガア。お風呂行こうか」

「ナ!」


転移ゲートを通って魔女の家。

風呂場へ向かう途中で家主の魔女にバッタリ出会う。


「おやおや、ミネハ。お風呂かねえ」

「ええ、今日。凄く疲れることがあって」

「ほうほう。何があったのかねえ」

「師匠の妊娠報告とアクスのお父さんが生きていたこと」


魔女は微苦笑した。

その反応で察する。ああ、知っていたんだやっぱり。


「それでそれで、どうなったんだねえ」

「拗れてアクスは本気で絶縁しそうになって、そのお父さんとアクスがエキシビジョンマッチで戦うことになった」

「やれやれ、最悪はどうにか免れたカタチだねえ」

「どうかしらね。ねえ魔女は最初にそれを知ってどう思ったの」

「うーんうーん。まずはおめでとうだねえ」

「そうね」

「それからそれから、軽率だと思ったねえ。ミネハと同じように今度こそ駄目だとは思ったねえ」

「師匠は覚悟していたわ」

「それはそれは、それくらいは腹を括らないとねえ。エミーは決して良い母親じゃない。残念だけどそれは事実だねえ。アクスのことは息子として愛しているのは間違いないし事実だろう。それと優秀な探索者。あんなことが無ければ第Ⅰ級なのは間違いなかった。ただ母親としては良く無かったねえ」

「そうね。息子と向き合わずに逃げたのは事実だわ」


あのとき。師匠が覚悟して愛してるとか忘れないとか言ったとき。

アタシは師匠……エミーの頬をおもいっきり引っ張叩きたくなった。

よく我慢できたと思う。その代わりに睨みつけたから師匠はたぶん理解した。


魔女は尻尾を振って腕を組む。


「おやおや、辛辣だねえ」

「それくらいは言いたくなるわよ。恩人だけど尊敬しているけど、だから言いたくなるの。どうしてって、なんで妊娠なんかしたのって」

「まあまあ、エミーも苦しんだのも事実だねえ。そこに最愛の夫が生きて現れたらどうなるかなんて考える暇もないねえ」

「どっちの味方よ」

「どっちもどっちもだねえ」


魔女は笑う。

本当にこのひとは―――にやっとアタシは笑う。


「ねえ魔女。話は変わるけど」

「なになに、なにかねえ」

「アタシ。ウォフのベッドで寝ているわ」


魔女が固まった。面白いくらいに挙動が変になる。


「そ、そ、そ、そそ、それはそれは、それはそれは、どういうことかねえ!?」

「そのままの意味よ。じゃあお風呂借りるわね」


まだ後ろで何か言う魔女を無視する。

アタシはほんのちょっとだけスッキリした。


だけど気持ちは不安定でどこかモヤモヤしてムカムカする。

入浴後ろくに拭かずタオルのままウォフの部屋のベッドに飛び込んで潜り込んだ。


「妊娠って……子供を産むって……好きなひとって……」


ああ、もう! なんかなんか。ああ、もう! ああ、もう!


やっぱり師匠……あの女の幸せそうな顔をあのときひっぱ叩けばよかった!

おもいっきり叩いておけばよかったぁっっ!!


むかつく寝る。



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親父が生きていて何故喧嘩になるのか分からない。親父と母親に弟ができて憤るのが理解出来ない。
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