第Ⅰ級探索者②
ハイドランジアにはいくつか自然公園がある。
周囲に自然があれど魔物や山賊や盗賊の危険性はある。
特に東の森は奥深く魔女が住む。
なので自然公園は人気だ。
英雄記念像があり英雄噴水像もある。英雄勢ぞろい像は圧巻である。
その自然公園にいこいの広場がある。
ほのぼのとした名前の割りに広大で祭りの会場によく使われる。
その広場に三角形のテントと丸いコテージが無数に設置されていた。
大型の天幕もある。完全に野営地だ。
統一された鎧姿の男女が稽古をしたり備蓄の確認をしたりと仕事をしている。
彼等は探索者の異端中の異端集団。『探索者騎士団』だ。
その見様や有様は完全に騎士団そのもの。
元騎士や騎士家系出身者も何人もいる。
その騎士団の中でひとりだけコック姿の男がいた。
黒い分厚いバンダナを巻いた筋肉質の男だ。
野外で満足ともいえない環境で鼻歌交じりで何かを調理している。
「フンフン♪ フフーン♪」
とても太くウネウネした黒い何かの触手の皮を剥ぎ、割いて、ぶつ切りにする。
それを沸騰した寸胴鍋に入れる。
次に圧倒される肉の塊を丁寧にトリミング処理し、脂身だけを取り出して鍋へ。
すると鍋から大量の灰汁が沸く。それを丁寧に取って取って取って取る。
灰汁が沸かなくなると火を止めた。
「フフーン♪ フーン、フーン♪」
次にボールに大量の卵黄と小麦と調味料をいくつか入れて素早く掻き混ぜる。
丸めるように混ぜると、そこにドロドロとした液体を加え、また掻き混ぜる。
「ジェフ殿。さっきから何を……」
調理担当がおそるおそる尋ねた。
掻き混ぜるとそれを練って麺棒で平らにして均一に整えて切り始める。
その途中で彼は答えた。
「クラーケンって食べたことあんか?」
「く、クラーケン?」
「うまいぞ。待ってろ。いま食わせてやる」
麺を伸ばして玉にして別の沸騰させた鍋に入れ、その間に器を用意する。
器に火を止めた鍋の中身を入れ、麺が出来るとのせて掻き混ぜる。
「出来た。ほらよ」
器を調理担当に出す。
それは黒い何かがべったりと絡まった麺料理……だった。
どっぷりと黒い何かが太い麺に絡まっていて他に具材が見えない。
「……こ、これは」
「クラーケン麺だ」
「……」
調理担当は困惑する。そのビジュアルはどうしても食べ物にみえない。
しかし相手はあのジェフだ。調理担当はフォークを手にしておそるおそる食べた。
彼の世界が飛んだ。
「まあああああああぁぁぁっっっっっっっっ!?」
頭の中も飛んだ。手が止まらない。口が止まらない。気付くと無くなっていた。
食べ終わって調理担当は戦慄する。
自分が今まで食べていたものはなんだったのか。
この調理担当は元プロの料理人だ。いくつもの有名店や高級店で働いてきた。
料理の腕に自信があり、その自信を裏打ちする料理をつくってきた。
その彼は初めて料理が恐ろしいと思った。
自分は料理について何も分かっていなかった。
入り口にすら立っていなかったのではないか。
彼には見えた。深く果てしない闇。
それは足を踏み入れたら二度と戻れない料理の美味さの闇である。
だが当の本人はただうまいものをつくっただけとしか思っていない。
「なっ、うめえだろ」
彼は笑った。
『ストレンジ料理人』・ジェフ。
なお、クラーケン麺で何人か美味さの闇に落ちてしまい。
やりすぎだと後で怒られることになる。
その野営地の巨大な天幕。
一枚の紙を手にしてみつめると深いため息をつく女性がいた。
「なんなんだこれは」
悩ましげに声を吐く。
金と銀が混ざった長い髪。燃えるような黄金の瞳。
凛として麗しくも雄々しい顔立ちは、自然と圧倒される激しい美しさがあった。
ゴージャスといわれるとその通りだが刀身の鋭く斬れる輝きでもある。
他と少しだけ豪華で意匠の違う鎧を身に纏う。
それもそのはずだ。彼女こそまさに『探索者騎士団』そのものだからだ。
『探索者騎士団騎士団長』・ピアニー=モンクシュッド。
彼女が先程から見ているのは従依士の希望表である。
彼女自身は従者の少女ハルス=ビンドウィードを従依士にしている。
普通はこうして同性もしくは家族を従依士にする。
「いったい何を考えているんだこいつらは」
こいつらとは、ウォフを選んだ者たちで女性たちを示す。
特にピアニーと共に『難攻不落』と称される者の半分に言っていた。
自分を含め第Ⅰ級探索者の女性8人が『難攻不落』と称されている事は知っていた。
良い意味ではないが、彼女は探索者騎士団の騎士団長として色恋は捨てている。
「ウォフ。魔女の弟子ということは知っていたが……」
魔女に弟子と初めて聞いたときピアニーは何かの冗談と一笑した。
しかしどうやら本当の事だと分かり、更に異性というのに耳を疑った。
ピアニーと魔女はビジネスつまり探索者としての依頼での仲だ。
魔女は『探索者騎士団』のお得意様で有力な雇用主のひとりである。
正直、駒のように扱われているのは否めないが、それでも魔女とは友好的な関係だ。
ここ数か月は闇の賊党討伐の長期遠征をしていて魔女の依頼を受けていなかった。
「だが問題はそこではない」
そう呟く。ピアニーが憂いているのはそれに連なる事だ。
同じ第Ⅰ級探索者のアルヴェルドが魔女の弟子を襲った。
魔女が報復してアルヴェルドのクランの総本部を半壊させた。
これだけで頭が痛い。
『グレイトオブラウンズ』の開催が近いのに第Ⅰ級同士で何をしているのか。
ハルスが天幕に戻ってきた。
「団長。先程から……何を熱心に?」
「従依士の希望表だ」
「拝見しても?」
「ああ」
ピアニーはハルスに希望表を渡す。
彼女は黒い猫耳を生やした幼さが残るジト目が標準装備の女の子だ。
真っ黒く細長い尻尾をピンっと伸ばしている。ジト目が更に鋭くなった。
「パキラ……?」
「どうかしたか」
「いいえ。こんな希望表。初めて見たような?」
「まったくだ」
「アブラミリン氏もウォフを選んでいるが?」
「そこはあえて無視した」
「気持ちは分かるかも? それとジェネラスの再来も選んでいるのは?」
「それも無視した。エッダには関わりたくない」
「よくわかるかも?」
ハルスは紙を机の上に置いた。
「ダッハハハハハハハハハ!! 邪魔するぞー!」
豪快な笑い声と共に上半身裸の大男が入ってきた。
逆さにした金色の髪。笑顔が眩しいケツ顎の四角い顔。
筋肉が盛り上がって腹筋が見事に六つに割れていた。そして下半身が狭く小さい。
「ヴォーバン。ヴォーバン=フォルトゥレス」
「ダッハハハハハハハハハハ!! よう。ピアニー。ハルス。元気か。オレは元気だ。今日も筋肉が熱い。ダッハハハハハハハハハ!!」
ヴォーバンは豪快に笑う。ハルスはジト目を深くする。
「こんにちは。ヴォーバン。何の用?」
「とくに用はない!」
キッパリと言い切るヴォーバン。
ピアニーとハルスはなんともいえない顔をする。
ヴォーバンは気にせず笑う。
彼が『人間要塞』・ヴォーバン=フォルトゥレス。
シードル亭。
「ち、ちくしょうが……」
酔いが回ってアガロはテーブルに突っ伏した。
その瞬間、勝者が決まった。周囲は騒然となる。
「相変わらず弱いぞ。坊や」
対面の派手で荒々しい赤髪の女性はシードルの瓶を手にする。
真っ赤というほど真っ赤で背中を覆いつくすほどのクセ毛と剛毛の髪。
その剛毛は風が吹いてもまったく動かない。
見た目の年齢は30代ぐらい。
その髪型と同じぐらい荒く野性味があり、その中でギラリ光る美しい顔をしていた。
そしてすぐ際立つのは彼女の両目の色が違う。
左目は真っ赤で爬虫類の様に線が縦に入っていた。魔物の目だ。
もう片方は黒い瞳。ごく普通の目だ。
服は軽装で特に胸はあまりに大きく常に大胆に開いていた。
ボロボロのズボンには鎖が巻かれ、後ろ越しの曲刀の柄頭に繋がっている。
そして右腕に黒い籠手を嵌めていた。指先から肩までスーツのような籠手だ。
頭部には似た質感の黒い小さな角が生えていた。
「ぼ、坊やって言うな…………」
「坊やは坊やだよ。まあ、でも少しはマシになったけど、あんたはまだまだアリファより弱い。オイがやったフレイムタンが泣くぞ」
「ちっ……クソが……」
悔しそうにアガロは酔い潰れる。
その顔を見て彼女はシードルを飲み干した。
『竜眼の女傑』ドラロフ=フレイムタン。




