従依士《ツカエシ》⑤・ムニエカ。
2階の突き当りの客室。
ムニエカさんが借りている部屋に通される。
本棚とクローゼットとベッド。借りている部屋だからか。
私物は見当たらない。ベッド脇に使い古された白いトランクが置いてある。
「座る場所は無いのでベッドへどうぞ」
「は、はい」
僕は勧められてベッドに座る。座るとムニエカさんが僕の前に立った。
そして床に膝を崩して座ろうとしたので慌てて止める。
「ちょっ、ちょっと何を!?」
「ご主人様より目上はメイドとして失礼に値します」
「そ、それは、ああ、もう好きにしてください」
ムニエカさんは小さく頷いて正座する。
「それではお話について、です。ご主人様はもう気付かれていると思いますが、私めは現在、誰にも仕えておりません。護衛という件についてもです」
「レオルドの護衛はやめたんですよね」
「元より『フォーカット』のひとりです。必要ありません。体裁の為の護衛でした」
「『フォーカット』?」
「クーンハントの大幹部。アルヴェルド=フォン=ルートベルトの腹心です」
「あー四天王的な」
強いのは知っていたけど、そこまでだったか。
「体裁?」
「ああ見えてもこの国の第3王子です」
「あ、あれが!?」
あんなくたびれたおっさんが?
「もっとも王位継承権を放棄した放蕩王子です」
「……それでも王族ですか」
「守秘義務があるので詳しくは言えませんがあれはあれで仕事はちゃんとしています。それで話を戻します。私めは例のクーンハントの総本部襲撃の際に辞表を提出しました」
「それは聞きました」
「それが無くても私めは辞めていました。理由はお判りでしょう」
ムニエカさんは髪飾りを取って僕を紫の瞳でジッと見る。
蠱惑的な紫の瞳だ。至高種族エッダの証でもある。
何かと目立つから彼女は髪飾りで隠していた。
僕は疑問を吐露する。
「どうして僕なんですか」
「運命を感じたからです」
「それは」
「始めは興味でした。あの魔女に弟子が出来たという噂を聞いて、動揺したことからです。しかもそれが男と聞いたとき、この世の終わりがついに来たかと本気で思いました」
「そ、そこまで……?」
「ご主人様には想像がつかないと思います。魔女は第Ⅰ級探索者の中でも最も深い孤高でした。今までずっとそうでした。これからもそうだろうと誰もが思っていました。でも違ったんです。それがずっと信じて憧れて崇拝してきた者たちがどう思うでしょう」
「ムニエカさんもそうだったんですか」
「崇拝はしていませんが、尊敬はしていました。ほんの少しだけです。孤独に強く生きたかったというのはあります。何故か分かりません。私めは誰かと一緒に生きるというのは、どうしても考えることが出来なかったのです。それについて悩んだこともあります」
「それなら、どうしてメイドに?」
仕えるなんてまるで正反対だ。
というか、これムニエカさんのかなり深いところ話していないか。
「だからかも知れません。私めは独りで生きていけないことが分かったから。それでも誰かと一緒に生きていくことは出来ないと思います」
本当は誰かと一緒に生きていきたいと思っているのかも知れない。
誰かと生きていきたいけど、誰かと生きていけない。
その苦悩は彼女にしか分からない。
「それで最も苦悩したのがシャルディナのとき。4年前です。21のときメイドが天職だと思いました。それ以来ずっとメイドをしてきました。なによりも仕える喜びを知りました。ですが主従はどうしても出来なかったのです」
「え……」
ムニエカさんは僕を見上げてハッキリと言った。
「ご主人様と呼んだのは旦那様が初めてなのです」
僕は震えた。身も心も戦慄する。
「な、なんで、どうして、それが僕なんだ……?」
信じられない。どうしてそれが僕なんだ。
なんで特別なのが続いているんだ。
それを考えたとき、ひょっとしたらと思ってしまった。
思いたくない。そう思いたくなんてない。
好かれているのは、好かれるようになっているのは【ジェネラス】があるから。
「ご主人様?」
「ムニエカさん。僕はそんな特別になるような人間じゃないですっ」
「―――ご主人様。初めて出会ったときを覚えてますか」
「はい。『ドラゴン牙ロウ』の本部です」
「あのとき、ご主人様は隠し部屋を見つけて金庫も発見しました。その手際の良さに感心しました。魔女の弟子。それを認めてしまったのです」
「それはレリック。僕自身は大したことないですよ」
「レリックも力です。何を不安に思っているんですか。私めが惹かれたのはご主人様自身です」
嬉しい言葉だけど僕は顔を顰めた。本当にそうなのか。
「…………ムニエカさんは【ジェネラス】を知っていますか」
「はい。もちろん。エッダの神です。私めも一応はエッダ六家のひとつ。エルドラド家ですので他よりは関わり合いがあります。それがなにか」
僕は【ジェネラス】を使った。紫の髪と瞳になる。
ムニエカさんを見る。驚いているだろうと思った僕は逆に動揺した。
彼女は平然としていた。
「お、驚かないっ!?」
「実は以前に見ております。そのときは驚きました」
「以前……?」
「つまり知っているということです」
ムニエカさんは淡々と語る。
それなら、それならいいか。僕は心の中に溜まっていることを語る。
「考えて思ってしまった。僕が好かれているんじゃなくて、【ジェネラス】が好かれているんじゃないか。だから僕自身は本当は何もないんじゃないか」
「なるほど。そういうことですか」
「もしそうなら僕は―――」
「そんなこと微塵もありません。【ジェネラス】は別にそういう効能やレリックも司ってはいません。もちろん。神なので崇拝者はいます。ナーシセスのようなのも居ます。ですが【ジェネラス】はそうではありません。それに疑似化神レリックは疑似的に神に似ることが出来るだけであり、ソノモノにはなれません」
「そう……なんですか……」
僕は安堵して力が抜けた。でも素直に喜べない。
それを察してかムニエカさんは優しく尋ねる。
「ご主人様。どうして【ジェネラス】になったんですか」
「……自分でもよく分からない。ただコイツが原因なら、ムニエカさんはエッダだから、僕じゃなくコイツに惹かれたってことを伝えればきっとムニエカさ」
いきなり唐突にムニエカさんは僕を抱きしめた。
まるで咄嗟に反射的に無意識に、そういう突発的な感じで僕を胸に抱く。
「……誰にも内緒。本当の事を教えてあげる……」
囁くようないつものムニエカさんとは違う声。口調。耳元で囁かれる。
そしてギュっと体格的にムニエカさんは僕を胸に密着させる。
気持ちいいほど柔らかく温かく、ほんのり花の香りがする。
「ほ、本当?」
「……ひとめぼれって言ったら信じる……?」
「信じます」
即答する。
こんな状態で冗談っぽく言われたけど、全くそうは聞こえなかった。
むしろムニエカさんの心の奥に触れた気がして、僕は納得した。
ムニエカさんはゆっくり離れると愛らしく微笑んだ。
「旦那様のそういうところが凄いんです」
な、なにが?
えーと、じゃなかった。
僕は全部を曝け出した。醜くみっともなく、それでもムニエカさんは応えてくれた。
ムニエカさんも自分の心の奥まで見せてくれた。
僕はそんな彼女に応えたい。ムニエカさんに向き合いたい。
「あ、あのムニエカさん。こんな僕でいいんですか」
「貴方だからいいのです」
「それなら、その、よろしくおねがいします。僕も頑張ります」
「はい。旦那様」
「ご主人様で勘弁してください……」
こうして僕はムニエカさんと主従関係を結ぶことになった。
昼食前。
ムニエカさんは昼食の準備。
チャイブさんは珍しく仕事へ。シロさんは仮眠室。
僕は水筒・三日月の器を使って久しぶりにお茶を調合していた。
そして魔女は戻ってきたが。
「パキラさん!? ハイヤーン……?」
「ほう。ここが魔女の住処か」
「久しいな。ウォフ」
何故かパキラさんと、ハイヤーンが一緒だった。
驚く僕を後目にパキラさんは見回して呟く。
「女が多いのう」
「パラダイスではないかっ!」
「おぬしは黙っておれ」
「どうしてパキラさんが?」
「久しぶりじゃな。ウォフ。色々と大変と聞いた。寝ているとき見舞いも行ったんじゃが、無事で良かったのう」
「ありがとうございます」
「我は?」
「ああ、うん。居たのか」
「ちょっ!?」
塩対応になるのは仕方ない。
だってハイヤーンだもの。
「実はのう。おぬしの力を借りたいのじゃ。キマイラの亜種の調査に苦戦しておってのう」
「……苦戦ですか」
なにがあったんだ。
あとなんで来たんだハイヤーン。




