従依士《ツカエシ》④・シャルディナと。
シャルディナ。
最初に出てきたミノスドールだ。
真っ白い肌の女性。髪は金色で長い。
実はこの白い肌は初期設定のミスで、以降のミノスドールは青い肌だ。
容姿をベースにしているからムニエカさんに似ている。
青い牛の角を生やし、ムニエカさんと同じ白黒のメイド服を着ている。
ムニエカさん曰く4年前の姿になっているという。
その頃のムニエカさんは……迷走期・暗黒期だったらしい。
珍しくムニエカさんはその頃の事は話したくないと言った。
そしてシャルディナ。彼女は色々と怖いので僕が出禁にした。以降、会っていない。
なのに……なんで出てきたんだ。
「おわー? 出禁のシャルディナだー、ムニエカ呼んだのー?」
「いいえ。呼んでいません。カルタロヴェダを呼んだはずです。シャルディナは、ご主人様に言われてから出してません。だから出て来れるはずがありません」
そう。出て来れるはずがない。
なのに出てきている。
「おやおや、なんだか面白いことになっているねえ」
「あのミノスドール。意志を感じるわ」
「ほうほう。それはそれは、出禁にするのも頷けるねえ」
外野がうるさいなぁ。
やや後方でティータイムしていて呑気なことだ。
シャルディナは目を開いて僕をジッと見ている。
その瞳は僕を睨んでいるような気がした。
出禁に恨んでいると感じたが何か違う気がする。
……挑んでいる?
そうだ。彼女は現れてからずっと僕に負け続けている。
負け続けているんだ。悔しいじゃないか。
僕もアルヴェルドに負けて悔しい。とても悔しい。
でもそれは感情があるからこそだ。ミノスドールには感情がない。
だが今のシャルディナを見て、僕はそう言えない。
「……」
【静者】を使う。
聞こえるはずだ。彼女の心の声―――それがあるならば。
( 押シ倒ス……押シ倒ス押シ倒ス……押シ倒ス押シ倒ス……押シ倒ス……デス)
「待て待て、待てぇいっっ!」
思わず僕は叫んだ。
皆、びくっとする。シャルディナもビクッとした。
「そ、それは違うと思います。シャルディナさん」
(……何ガ?……デス?)
小首を傾げ、返事して聞き返した。
何がってそもそもなんで押し倒すになるんだよ。
「シャルディナ。戻りなさい」
ムニエカさんが静かに言う。
シャルディナは一瞬だけムニエカを見て、それから僕に視線を戻した。
従う気がないみたいだ。
ムニエカさんは彼女にしては珍しく表情に感情をのせた。
「シャルディナ!」
それでも無視する。意地で無視しているみたいだ。
ムニエカさんは実力行使と言わんばかりに彼女へ一歩。
「ムニエカさん。ちょっと待ってくださいっ!」
僕の声で足を止め、ムニエカさんは不満そうにする。
「ここは僕に任せてくれませんか」
「かしこまりました」
「……シャルディナ。僕と勝負しよう。ただしいつもとは少し違う」
(何ヲスルデス?)
「これから僕は君にレリックを使う。それに耐えたら君の勝ちだ」
(勝ッタラ何カ褒美ガ欲シイデス)
「まあいいけど、何が欲しい?」
(……考エテ無イノデ、勝ッタラ考エルデス)
「ま、まぁ、それでもいいけど」
「んーねー、ウォフっち。さっきからーひょっとしてシャルディナと会話しているー?」
「あっ、あーまぁ、そうですね……」
しまった。シャルディナは喋っていない。心の中で言っている。
僕は【静者】が心を読めるのは魔女にも言っていない。これだけは誰にも言えない。
「ふむふむ。ウォフ少年にだけ聞こえる声……ねえ」
「おそらくマスター権限を有しているからでしょう」
「えっ? いやいや、ムニエカさんが普通はマスターでは?」
「私めは次の権限のサブマスターでございます」
「なんで……?」
「ご主人様がマスター権限を持つのは当然でしょう」
「えぇ……」
というかどこまで僕をご主人様にするつもりなんだ。
ずっとムニエカさんは僕をからかっているとばかり思っていた。
だけどここ最近、薄々と感じている。
本気で僕と主従関係を結んでいる気で接しているようだ。
なんでだか分からない。何故そんなに……?
「ご主人様。後で話があります」
「は、はい」
ムニエカさんは僕の様子にそんなことを言ってきた。
なんとなく何の話か分かる。
(……勝負シナイノデス?)
どこか拗ねるように聞こえた。
「ああ、ごめん。始めよう」
そう僕が言うとシャルディナは両腕を胸の前で合わせた。
防御の構えだ。見た感じ堅固なのは分かる。
僕は手をかざす。
覚醒水を通じて本来の【バニッシュ】の使い方を思い出した。
それを解き放つ。
「【バニッシュ】」
唱えて発動する。瞬間、衝撃が空気を震わせて空間を消した。
一瞬だった。
この一瞬でシャルディナとその周辺全てが消去された。なにもなくなっている。
その範囲は僕が見える範囲で、後ろの木々もまとめて消えていた。
「………………」
僕は思い出した。なにもなくなる。
これは初めて【バニッシュ】を使ったときの光景だ。
恐怖してこんなもの使えないと怯えて叫んだとき、そうだ。
近くに居た叔父が笑って言ったんだ。
『そんならよぉ。使えるようにしようぜ。いいもんあるんだ。とっておきだぞ』
そのとき、叔父が取り出したのは―――『覚醒水』……?
僕が【バニッシュ】を使いやすいようにしたのは、そう出来たのは叔父の覚醒水で?
というか叔父さん。なんでそんな途轍もない貴重なモノを持っていたんだ?
魔女が感想を述べた。
「これはこれは、凄まじいねえ」
「危険極まりないわね」
「うーはぁー……こいつはやばいねー、ゾモロドネガルでも切れるかどうかーってところかなー」
ゾモ? なんだろう。ムニエカさんが口を開いて呼ぶ。
「シャルディナ」
あっ、シャルディナ!?
「シャルディナっ!」
完全に消去されて影も形もない。
僕は愕然とする。こんなはずじゃ……こんなはずじゃ。そのときだ。
ムニエカさんの隣に浮いているミノスドール有限増殖コアシステムが光った。
地面からシャルディナが生成される。
「シャルディナっ!?」
シャルディナは自分を見回し周囲を見回すと僕と目が合った。
目が合うなり僕に向かってきて涙目でポカポカと僕を叩く。
(押シ倒ス……モウ押シ倒ス押シ倒ス押シ倒ス押シ倒スオシタオスデスっ!)
「いたいっいたいっ、悪かった。悪かったっ」
地味に痛いし、シャルディナの方が僕より背があるので頭に当たる。
ムニエカさんはため息をつく。
「シャルディナ。その辺でやめてあげてください」
シャルディナはムニエカさんを見てピタリと止めた。
そして悔しそうにこぼす。
(次ハ勝ツデス)
僕をひと睨みすると消えていった。
シロさんがぽつり。
「コミカルで面白かったけれど、でもこれは使えないわね」
「……ですね」
どうしようか。難問か出来た。
ふと魔女は腕を組んで、狐耳を立たせると三つの尻尾を並んで横に振った。
そしてニヤリと笑う。
「それはそれは、なんとかなるかも知れないねえ」
「本当ですか」
「うんうん。ウォフ少年。ここまで来たらあと一歩だねえ。その一歩、ちょっと確かめてくるねえ」
「確かめる?」
そう言うと魔女はちょっと出掛けてくると出て行った。
シロさんがその後姿を見て言う。
「万年引き籠もりがえらくアグレッシブになったものね」
「あはははっー、でも変わったよねー魔女ー本当にさ」
「あら変わったのは魔女だけかしら」
「……さぁーてねー。そういう誰かさんこそーいつも独りなのに珍しいねー」
「なんのことかしら」
「ボクー知っているんだけどなぁー君がウォフっちの」
「死にたいみたいね。いいわ。白く甘い死を教えてあげる」
「ちょっまっ」
なんか向こう。穏やかにバチバチしているような。気のせいかな。
「ご主人様」
ムニエカさんが僕の前に三歩下がった位置に立つ。
そこまでするかと苦笑してしまうが、彼女は本気だ。
それがその立ち居振る舞いから伝わる。




