モーリュ草②
薄暗い森の中。
僕はレリック【火】を放つ角を生やした三つ目の鹿を仕留める。
銅等級上位の魔物。ファイアーケルウスだ。
ファイアーケルウスは火を角に纏いながら突っ込んで戦う魔物だ。
角に気を付ければ対処はそう難しくない。
厄介なのは銀等級下位のフレイアーだ。ファイアボールを放つ。
火はとても強力だ。最悪の場合、一撃で死に至る。
それはこの世界でも変わらない。
レリックの【属性】は何よりも威力が高い。
火に当たれば燃える。
水に包まれれば窒息。
風に吹き飛ばされ切れる。
土に流され埋められる。
緑に絡まれて拘束される。
雷に直撃すれば感電。
光に照らされて浄化し消却される。
闇に沈めば黒く染まり呪われる。
他にも【属性】はあるが大まかな例だけでも恐ろしい。
魔物が所持するレリック。
その殆どの殺傷力が高い。
ちなみにレリック【魔法】というのは、たぶん無い。
火や雷などを【属性】と現している。だから魔法使いは属性使いだ。
だがレリック【魔法】が絶対的に無いとはいえない。
レリックに関しては何も分からない。
「……うーん」
ファイアーケルノスの角を見て、僕は剥ぎ取りを断念した。
角は真っ黒で炭化してしまっている。
これでは使いモノにならない。
仕留めるとき失敗してしまった。
「角は薬の材料になるのになぁ」
つまり高く売れる。
帰ったとき魔女に売ろうと思ったがダメになってしまった。
魔物の対処によって討伐部位や剥ぎ取りが出来なくなることもある。
そう聞いたことがある。
「僕はまだまだ未熟だな」
苦笑して先に進んだ。途中で地図を見る。
魔女が渡してくれた地図は手書きだった。
おそらく魔女の手書きだろう。
お世辞にも精巧な地図とはいえない手作り感満載。
でも、とても分かりやすかった。
魔女はこの森の主だ。森の隅々まで知っている。
道と目印が特長立って描かれていた。
だから分かりやすい。
「……これがモーリュ草……なのか」
魔女は絵心があるとはいえない。
だからなのか。特徴立てて描いている。
尖っているモノはより尖って、丸いモノは丸々という具合だ。
しっかり描かれていて分かりやすくはある。ヘタだけど。
だからモーリュ草も一発でなんだか分かる。
分かるんだけど、これが本当に?
「実際に見て確認しないと分からないけど……でもこれって」
僕の前世の記憶に知っている花によく似ている。
この世界ではまだ見たことないから、無いんだなと思った。
もう少しでゴブリンの巣に到着する。
「……」
周辺から視線と気配を感じる。
何の視線と気配か分かっている。
ゴブリンだ。
銅等級以下の魔物。等級外の魔物だ。
ゆっくり振り向く。
レリック【危機判別】を使う。
複数の赤いポイント。殺意がみえる。
殺気が肌で伝わる。動く赤い点は敵だ。
僕はナイフを抜いてレリック【バニッシュ】を現出させた。
草むらが揺れて、ゴブリンが姿をあらわす。
緑色の小さな身体。
子供ぐらいで腹が少し膨らんでいる。
僕より少し小さいか同じぐらい。
瘦せ細った腕と脚。劣悪な貌。紫の瞳。
黒い牙だらけの口。ボロボロの布を纏い。錆びだらけの剣と槍を持つ。
醜悪な小鬼だ。体臭もきつい。
「……どっかで見たことあるんだよな」
前世で、いや前世にこんな生き物は存在していない。
だが似たようなのを何処かで見たことがある。
どこでだ?
僕がゴブリンと戦うのは2度目だ。
1度目はこの森。2度目はこの森。
そして今3度目もこの森だ。
そのたびに僕はゴブリンに既視感を覚える。
ギャギャっとゴブリンは低く鳴いて素早く4匹ほど接近してくる。
僕は手前から順番にバニッシュした。
目の前で仲間の半身が消える。
普通なら恐怖して逃げるだろう。
しかしゴブリンは違う。
何も起きなかったように向かってくる。
同じ目に合わないという保証は何も無い。
恐怖心が無いのか。
「……」
1匹目は【バニッシュ】で腹部を消す。
2匹目はナイフで顔を刺し、3匹目は腕を消して首を斬る。
あっさりと僕は3匹仕留めた。
「……本能しかないのか」
【バニッシュ】で遺体を消す掃除しながら思う。
ゴブリンの行動は単純だ。
男なら襲い殺し食う。
女なら襲って犯して産ませる。
これだけだ。
そうして魔物の中でも莫大な数になる。
小さなゴブリンの巣だけで何十匹も居る。
大きいのだと数百は楽に超え、あるダンジョンだと何千匹も蠢ている。
「まるでネズミか。ゴキブリか。餓鬼か」
あっ、それだ。そうだ思い出した。
前世の記憶に地獄堂だったか。死後の世界から地獄を回って現世に戻る。
そういう巡りお堂が寺にあった。
そのときの地獄を描いた絵に描かれていたのが餓鬼だ。
餓鬼道あるいは餓鬼界に住む鬼。
このゴブリンそっくりだった。
だからといって何か関連性があるとは思えない。
色々と考えることは出来るがどれも推測や憶測でしかない。
なのでこの考えはここで終わりだ。
餓鬼。
ようやく何に似たのか思い出せてすっきりした。
「さて洞窟に行くか」
巣に近付いている。
これからもゴブリンは襲来してくるだろう。
ナイフを身構える。
慎重に【危機判断】を発動させたまま進む。
たかがゴブリンと油断はしない。
あれは大型のネズミでゴキブリだ。
魔物というより害獣だ。
臆病なほど警戒して容赦なく殺す。
魔女に頼まれたとき、もう決めていた。
そして魔女もそれが目的で僕に頼んだのだろう。
ゴブリンの殲滅。巣の壊滅。1匹残らずだ。
出来ないことじゃない。それだけの力もある。
だけど……葛藤がある。これはあくまで僕の持論だ。
レリックに頼りすぎるのは良くない。
しかし戦いのを経験を積む方法としてレリックを使うのは有効な手だ。
もうすぐ巣になった洞窟が視界に入る。
きっと入り口や周辺にゴブリンどもがわらわらと群れているんだろうな。
「……え」
だが僕はそこで予想外な光景を目にした。
数十匹を超えるゴブリンの死体の山。
それを築いていたのは―――桃白く光る髪の美少女。
リヴ。
なんでだ。




