魔女の修行③
シロさんが仮眠室で寝ている。
変な寝言を呟いていて近寄りがたい。
何故ここに寝ているのか。
ムニエカさんに尋ねてみた。
「シロがそんなところで寝ているのですか」
「そもそもシロさん。居たんですね」
「私めは知りません。何も聞いてはいないのです」
「魔女なら知っていると思いますか?」
「どうでしょう。知っても知らなくても魔女はあまり気にしないです」
「それは確かにそう」
「邪魔なら退かせば良いのでは? なんなら一緒に寝るとか」
「そんなこと出来ませんよっ!?」
なに言ってんだこのひと。
「シロはそんなこと気にしませんよ」
「僕が気にするんですっ! というか気付いたら誰かが添い寝とか怖いですよっ!」
めちゃくちゃ怖い。というか気持ち悪い。
「それでは私めの部屋とかどうでしょうか」
「寝るところならリビングのソファで充分です!」
僕はリビングの黒いソファにリュックを置く。
「それならばそれで良いのです。ご主人様。それでは私めはお料理の準備をいたしますので、お風呂に入ってきてください。汗くさいです」
「わ、わかりました」
魔女の家には風呂がある。めんどくさがり屋だが、魔女。風呂だけは好きだ。
1日3回入るほどで、だから入浴後を裸で出歩くことが多い。
脱衣所で脱いで全裸になる。ちょっと恥ずかしくなってタオルを腰に巻く。
浴場の戸を開けると湯気が流れてきた。
魔女の風呂はこだわり満載だ。
まず風呂場は地下だ。
入ってすぐのなだらかなスロープ付きのカーブした石段を下りていく。
石段は湯気で湿って滑らないように特殊加工をしてある。
さて到着。魔女自慢の風呂場だ。
濃い湯気が漂い、10人以上は余裕で入れる大風呂。
奥に大きな白と黒の壺がある。壺の中には絶えず湯が沸いている。
壺風呂は前世の記憶にあった。
アイディアを伝えるといたく気に入り、1週間もしないうちに出来た。
風呂が壊れてしばらく健康ランドに通っていたときがあった。
そのとき壺風呂にハマった。
風呂上がりにランドに併設された食堂でビールと油淋鶏定食は鉄板だったな。
かくいう魔女もハマった。
いきなり壺風呂に入るのは我慢だ我慢。
まず身体を洗って、それから壺風呂だ。
洗い場へ。僕の部屋みたいに大きなタライがひとつあるだけっというのじゃない。
僕の前世の記憶のアイディアを取り入れた結果、ちゃんとした洗い場になっている。
まず正面に鏡台。さすがにシャワーは無いがお湯の入った樽がある。
風呂椅子と風呂桶。そしてシャンプーに香油に石鹸。
「あれ、石鹸がない」
「あーごめんごめん。ほーい」
「あっどうも」
石鹸を受け取ってタオルに擦り付ける。かなり泡立ててからまずは背中を擦る。
「へー背中からなんだ」
「ええ、まあ」
「ボクはねーそうだなあ。前からだねー胸とか割と意識してないかもー」
「そうなんですね」
背中から洗うって珍し――――――――僕は気付いた。
すぐさま隣を見る。灰色の髪の女の子がいた。
僕より背丈は小さく、白い肌をしている。全裸だった。
それはそうだ。風呂場なんだ。風呂なんだ。裸じゃないならなんなんだ。
小さく丸みを帯びた身体は所々泡で隠れているが、脇腹の骨とかが見えている。
やや不健康な痩せ方だ。
暗くジメジメしたところでずっと引き籠もっているとこうなる。
その瞳は灰色で爬虫類のような網膜をして、目の下に隈がある。
顔立ちは小さく整っていて間違いなく美形だ。
胸は無いしお尻も小さいけど男の子には絶対に見えない身体だ。
ふと僕の方を向いた。ニッと笑う。
「おーいい身体してんねえー」
「ちゃ、ちゃ、ちゃ、チャイブさんっ!?」
おっさんみたいなことを言って笑う。
「おーチャイブだよー」
陽気に手を振る。僕は愕然とする。
「な、なな、なんでここに!?」
「なんでって、そりゃあーいるからー?」
「っていうか、は、恥ずかしくないんですかっ?」
そう吠えるように尋ねると、チャイブさんは小首を傾げる。
「んーほらボク。女として魅力ないよー?」
そう言いながら泡だらけの裸体をみせる。
んな馬鹿な。
「ありまくりますよっっ!」
「ふえーっ?」
僕は思わず彼女の両肩を掴んだ。
ビクッとするチャイブさん。
「チャイブさんはとっても可愛いです!」
「えっーえっー、ちょっ、ちょっとウォフっち!?」
チャイブさんは顔を真っ赤にする。
僕はその細く小さな肩を掴んだまま言う。
ハッキリ力強く言う。
「チャイブさんはとても魅力的です! 可愛くて優しくて、心配してくれて、おちゃめで、楽しくて、それに良い身体しています!」
胸も無いしオシリも小さい。不健康な痩せ方もしている。
だけどチャイブさんの身体はしっかり良い女の子のからだをしていた。
ちゃんと肉体全体が丸みを帯びている。それはどこか好ましかった。
「ひゃんっ! あーわーあわーあわわーあわわわーあわわわわーっっっっっっ」
目をグルグルとさせて奇声をあげる。
顔どころか身体全体が茹でたタコみたいになってしまう。
「だ、だいじょうぶですかっ」
倒れそうになったので彼女の身体を支える。
ひょっとしてチャイブさんのぼせたか。すると弱弱しく呟く。
「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい……風呂にいるのは偶然ですが……ウォフっちをからかってやろうと思ってました……ごめんなさい……それで、あの、本当にお願いするんだけど……今すごく恥ずかしいので離れてください……ごめんなさい……おねがいします……」
「す、すみませんっ」
慌てて僕は離れた。そして自分と彼女の格好を思い出した。
なにやってんだ僕っ!
「うっうぅぅ……はずかしい……」
「僕、もうあがりますんで」
「ダメっ!」
チャイブさんは吠えた。
熱っぽい灰色の瞳で僕をみつめる。
「ウォフっちまだ入ったばかりじゃんー」
「だけど」
「ボクが悪いのに……だから出たらダメ」
「は、はい」
有無を言わせない迫力があった。
背後にうっすらと鎧を着た黒い獣が見えた気がした。
「隣に座って」
「えっ」
「まだ身体、洗ってないでしょー」
「で、でも」
「しょうがないじゃん。ボクが悪いんだから……だから……そのこれは罰……オシオキ……からかおうとした僕が悪いんだから……だから……み、見たければ好きなだけ……見ていいよーからだ……」
なん、だと……!?
いやいやいや。いやいや、さすがにそんなことは。
でもまあ、からかうのは良くないよね。
僕は彼女に反省の意を込めて隣に座る。
大義名分が出来たとか思っていない。
「男に……見られるの……はじめてだけどー……」
「それなのに、偶然とはいえ、からかったんですか」
「ご……ごめんなさい……」
「もうやらないほうがいいですよ。いや、絶対にやらないほうがいいですよ」
「うん……」
「他の人にやってどうなっても知らないですからね」
「や、やらないよーもう二度と! 今もめっちゃくちゃ、恥ずかしい……ううぅっ、恥ずかしい……こんなに恥ずかしくなるなんて……思わなかった……普段は裸とかー別に平気なのに……なんで急にウォフっちがいるだけで……はずかしいぃ……」
チャイブさんは隠すように身体を丸めた。
僕はそんな彼女に呆れつつ身体を洗い始める。
それから僕は隣のチャイブさんを気にしつつ身体を洗った。
チャイブさんも大人しく僕をチラチラとみながら頭を洗う。
洗い終わって僕は念願の壺風呂に入った。
黒い壺へ入浴。ふぅーこれだこれ。
「……ふぅぅ」
「あーきもちいいー」
隣から声がする。チャイブさんが白い壺に入ったみたいだ。
僕は一瞬だけ隣を見た。チャイブさんとバッチリ目が合う。
ゆっくりと頬を紅潮させながら逸らされた。
僕も気まずくなる。
「……ねえー……ウォフっち」
「な、なんですか」
「……今日のこと絶対ナイショにしてくれるー?……おねがい」
「もちろんですよ」
というか言いふらして何のメリットがあるのか全く分からない。
ヘタしたら僕が断罪される事案だ。
「魔女にバレたら……ハーブティーに漬けられる……」
「……」
ハーブティーに漬けるってなんだ。
チャイブさんが照れたようにぼそっと言う。
「黙っていたら……ボク。ウォフっちを選ぶからー」
「だから言いませんよ」
選ぶってなんだ?
ふと疑問が浮かぶ。からかうとか言っていたけど、本当は違う気がする。
僕が入った時点で出るに出られなくなったからああ言ったんだろう。
まぁ誰にも言わす勝手に入っていたチャイブさんが悪いんだけど。
それにしても、なんて1日だ。




