穏やかなハイドランジア⑥・犬探し。
興味が沸いたので犬探しを手伝うことにした。
「僕はウォフといいます」
「私はセレストです。本日は捜索協力。誠に有り難うございます」
丁寧に言って丁寧に頭を下げるセレストさん。
「いや僕は興味があったので、それに慣れない街で探すのは大変ですから」
「すみません。来たばかりなので右も左も分からず仕舞いでして」
「犬なんですけど他に特徴はありますか」
「黒い大きな首輪をしています」
「また目立ちますね」
「はい。目立つはずなのですがいつも探すのに苦労しまして」
セレストさんはしきりに頭を下げた。
律儀なひとなのか。しかし気になるのは。
「どうして犬が大剣を背負っているんですか?」
「それは……もうしわけございません。理由は言えないのです」
「いえ、そうであれば、それでいいですよ」
「もうしわけありません」
「いえいえ、とりあえず目立つはずですので、セレストさんがやっていたように聞き込みをしましょう」
「はい。よろしくお願いしますっ」
深く頭を下げるセレストさん。さて、手前から聞いていこう。
僕は片っ端から尋ね回ったが、ひとりも知らなかった。
中にはそんな犬いるわけねえだろって怒って怒鳴られた。
僕も実際に見たわけじゃないから反論出来なかったけど。
「あれ? セレストさん?」
一緒に終始、下手で聞き込んでいた彼女が居ない。
見回すと、居た。えーと。
なんかいかにもな男たちと人気が無いところへ移動している。
あの細道は路地裏だ。
まさか。僕は追い掛ける。って居たあっっっ!!
青い毛並みの大きな犬だ。黒い首輪をして大剣背負ってるっ!
本当に大剣背負っている……すげえ。ファンタジーだ。
平然と歩いて街角を曲がる。どうする追い掛けるか。
でもセレストさんが! 急がないといけないのは、どっちかなんて選ぶ必要はない。
僕は細道へと走った。そこから路地裏に向かう。
「セレスト……さん……?」
路地裏のぽっかり空いた空間に男たちの死体が散乱していた。
その中心に血まみれの女性が立っている。
血濡れの曲剣を無造作に持って、こんな凄惨な状況なのに僕は綺麗だと思った。
彼女は僕を見ると、頬に付いた返り血を親指で弾くように拭いて微笑む。
ゾクっとした。彼女が恍惚としていたからだ。
「ウォフさん」
「……あの、これは」
聞かなくても分かる。セレストさんが路地裏に連れて行かれた。
それだけでなんでこの男たちが死んだのかなんて、考えるまでもない。
首が無い死体がいくつもある。その首はあっちこっちに飛散していた。
「すみません。路地裏で見たっていうから付いていったらいきなり襲い掛かってきたんです。軽く抵抗したら剣を抜いたので、申し訳ありませんけど、悉く死んでもらいました。ちゃんと首だけを刎ねたので苦しまずに死んだはずです。申し訳ありませんが、これぐらいが私に出来る最後の慈悲です」
剣を仕舞って頭を下げる。
異様な光景だなと思いつつ、そうだ言わないと。
「あの、犬。見つけました」
「それは誠に本当ですか?」
「はい。歩いてました。ただ、セレストさんの方を優先して見逃してしまいました。すみません」
「いいえ。私こそご迷惑をかけてしまって申し訳ありません。それでどちらへ行きましたか」
「えーと西の街角を」
「ああ、すみません。その必要はないみたいです」
「えっ……あ!?」
ハッとして僕は振り向いた。犬がいた。座っている。
青い毛並みの大きな犬だ。黒い首輪をして背に大剣を背負っていた。
さすがに犬種は分からないが狼と言われるとそう見えるが、犬だという。
その背にある大剣は犬と同じぐらいの長さの剣だった。
幾重も布が巻かれた黒い柄と銀色の横に伸びるナックルガードが印象的だ。
大剣が収められた鞘は金属製かな。模様が彫り込んである。
立派だけど、なんとなくこの剣はオーパーツじゃないと思う。
むしろセレストさんが持っている曲剣はオーパーツだろう。
犬は僕を見ている。灰色の瞳だ。
確か犬の視界は白黒だと前世の記憶にあった。この犬もそうなのだろうか。
「もう、心配しました。勝手に出歩かないでください」
セレストさんが犬に話しかける。
犬はセレストさんを見ると立ち上がり踵を返して歩き出した。
「待ってください。待って、本当に勝手なんだから。す、すみません。すみません。ウォフさん。誠に本日は捜索に手伝っていただきありがとうございます。このお礼は必ず致します。ですが今はこれで失礼いたします」
「は、はい。お気をつけて」
大変だなと呑気に思い……さすがにこのままだとマズイよな。
そう【バニッシュ】で死体の後片付けをしていた。
そのときだった。
「そのやりかたは便利だな」
いきなり背後から声をかけられ、僕は吃驚する。
「だ、誰ですか……? えっ」
そこにいた人物に二度ビックリした。
緩やかに流れる光る黄金の髪。
鋭く黒い瞳を宿した凛々しく美麗で精悍な顔立ち。
右目の下に泣きホクロがある。
まるでなにかの神秘さも感じられる雰囲気を漂わせていた。
天才彫刻家が最高傑作として彫られたような美青年が立っていた。
赤いマントに真っ白い芸術品のようなでも実践的な鎧を着ている。
そこにただ佇むだけで、その背景ごとひとつの名画になる。
そんな男性だった。
「ど、どなたです……?」
どう考えても貴族か王族。どこかの国の白馬に乗っていそうな美王子だ。
なんでこんなところに……?
「俺はアルウェルド=フォン=ルートベルト」
「苗字……貴族ですか」
「似たようなものだがそれに意味はない。ウォフだな」
「は、はい」
「魔女の弟子だな」
「は、はい」
「魔女の弟子か……君に恨みはない。因縁もない。これは依頼だ。【インパクト】」
「―――っ!?」
僕は咄嗟に飛び下がった。
「ほう。気付くか」
「な、なんですかっ」
今、なにをしようとしたんだ、このひと。
一歩も動いていないがなにかをしようとした。
そう感じた。なんだ。なんなんだ。なんなんだこのひと。
僕は背筋が凍る。戦慄する。
途方もない恐ろしく険しい山を見上げている気がする。
「案ずるな。殺しはしない。依頼は君を気絶させて連れて行くことだ」
「僕を? どこへ。何の為に、誰に頼まれてっ?」
「残念だがそれらに答えることは出来ない」
「誘拐ですよね。犯罪じゃないですか。そんな依頼あるはずがない!」
「指名依頼だ」
淡々とした口調でアルヴェルドは言う。
僕は貰ったばかりの短刀を抜いて、【バニッシュ】を発動させる。
臨戦態勢の僕を見てもアルヴェルドは微動だにしない。
黙って見ている。逃げる選択肢はあるが、彼に背を向けたら終わりだ。
立ち向かうしかない。
僕はアルヴェルドに向かって渾身の【バニッシュ】を放った。
「【クラッシュ】」
彼が口にしたその一言。たった一言で【バニッシュ】が消えた。
驚きつつも僕は無我夢中で短刀をアルヴェルドへ振る。
「【クラッシュ】」
短刀が砕ける。動揺しつつ、僕は【静者】を使った。
「不思議だ」
「……なにが」
「何故、形作る? 見て呼べばいい」
「なにを」
「同じタイプのレリックだろう」
意味が分からない。
出し惜しみすると絶対に負けることを悟って【ジェネラス】になる。
紫の髪と紫の眼になる。アルヴェルドを睨む。
「ほう」
アルヴェルドは目を見開く。
今だ。僕は間髪入れず発動させた。
「―――【ファンタスマゴリア】―――」
無数の【バニッシュ】がアルヴェルドを襲う。
【バニッシュ】は不可視だから彼には分からない。
あっという間に彼は消去され尽くすだろう。
でもその手前で止める。鎧は粉々になるが身体には触れない。
誘拐犯だが殺すまでじゃない。それに聞きたいこともある。
だがアルヴェルドは落ち着いて唱えた。
「―――【クラッシュランブル】―――」
え……【ファンタスマゴリア】が激しく揺れて次から次へと消えていく。
そんな馬鹿な。
見えているのか。見えていたとしても何をしたんだ!?
レリックなのは間違いないが……練度が違う。圧倒的に……強い。
唖然としているとアルヴェルドは僕の眼前に居た。
反射的に二枚刃のナイフで切り掛かる。
「【クラッシュ】」
二枚刃のナイフが砕け、構わず【宙の腕】を振り上げる。
「【バスター】」
大きく弾かれると同時に『静聖の籠手』がバラバラに破壊される。
なにもかも―――僕のなにもかもが壊されていく。
「っ!」
「【ランブルインパクト】」
ゴッッ!! 突然、腹部に響く打撃と衝撃が重く伝わり、僕は血を吐いて倒れた。
「……がはぁっ……はぁっ……はあぁぁっ…………!?」
激痛で身体が動かない。腹の痛みが身体全体に浸透していく。
強く睨むように見上げると、アルヴェルドの頬に一筋の傷がついた。
彼はその傷に二本の指を当てる。
「見事だ。傷が付いたのは何年振りか。なるほど。だからなのか。だがこれは聞いていないぞ。ナーシセス」
か、身体が……痛みで……指一つも……動かない。意識も段々と薄れていく。
ダメだ。目の前が暗くなっていく。
ああ、僕は負けたのか。負けた。完敗だ。ああ、負けた。
くっ……アルウェルド=フォン=ルートベルト…………っ!
僕は思いっきり彼を殺意込めて睨み上げた。
生まれて初めてだ。こんな怒り。憎しみ。悔しさ。
アルヴェルドは僕を見据えて言う。
「眠れ。【インパクト】」
衝撃が全身を痙攣させ、僕は意識を失った。




