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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season3

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穏やかなハイドランジア⑤・幸せな朝の風景。


トン、トントントントン~♪ 


音がする。


トン、トトン。トトン。トントン~♪


軽やかなリズム。この音、好きだ。

どこからか香ばしい匂いがする。


「……ん……んん……」

「ナ!」


ダガアが鳴いた。ペシペシっと僕の額を叩く。地味に鬱陶しい。

起きろってことだろう。


「ナ!」


だがニューベッドの藁じゃない真新しい白いシーツと羽毛布団が心地良すぎる。

ああ、でも分かったよ。起きるよ。だからそんなに叩くな。

しかも叩くのが楽しくなっているだろ。


「ナ?」


トン、トントン。トントントン~♪


またあの音だ。これは叩く音。いや切る音だ。

包丁か。そうか。そうか。


「……んん……ん……?」


僕はゆっくりと目を開けると、目の前に二つの臀部があった。

ぷりんッと丸みを帯びたふたつの異性のオシリが並んでいる。


「????」


ひとつなら分かる。ミネハさんだ。

相変わらず大きく柔らかそうで無邪気に揺れている。


とても10歳の少女のオシリだとは思えないほど色っぽい。

大人のお姉さんのオシリだ。


しかも今朝はズボン。くっきりと嘘みたいにカタチが分かる。

見慣れてはいるがずっと見ていたい絶景のオシリだ。


だが今日はもうひとつあった。ミネハさんと並んでいる。

こっちは白いスカート。しかもそのスカートから伸びるものがあった。


長短の白い猫の尻尾が、ふわりふわんと無造作に揺れている。

すぐ分かった。パキラさんだ。まさに尾尻である。


「………お、おはよう……ございます」

「おはよう」

「起きたか」


僕がボソッとした感じで挨拶するとふたりは振り向いた。

ミネハさんとパキラさん。

稀なくらい『綺麗』と『可愛い』がこの狭い部屋に居るのは何の奇跡だろう。


「パキラさん……?」

「うむ。炊事場、借りておるぞ」

「は、はい。どうぞ」

「もっとも、わらわはミネハの助手じゃがな」

「結構、手際いいわよ」

「ほう。ならば習うとするか。わらわも楽しくなってきたぞ」

「ルピナスに習うの?」

「あやつの料理は確かに旨いが、庶民の味ではないからのう。わらわはこういうのが好きじゃ。特にジャガイモは故郷を思い出す」

「パキラの故郷ってどういう料理?」

「そうじゃのう。故郷は寒いところじゃったな。思い出すのは、暖かいジャガイモのスープ。揚げたパイ包みじゃのう。中身が野菜とベーコンの濃いスープでな。硬いパンを付けて食べるんじゃ。変わったところでいえば、大鍋に沢山の卵とトマトと肉の大きな塊を入れて煮込むのがあったのう。特別なスパイスを入れながら、かき混ぜて、入れて、かき混ぜを繰り返すのじゃ。肉が溶け込んでスープになるまでのう」

「大変そうですね」

「疲れるわね」


僕たちの感想にパキラさんは笑った。

そして出来た朝食を食べる。

今日のメニューは揚げたパン豆の黒と白の二種。目玉焼きと分厚いベーコン。

トマトと玉ねぎのスープ。ピクルス。塩味のスクランブルエッグ。


「あっこの揚げパン豆」

「驚いたでしょ」

「キュウリと肉団子を詰めるとはのう」


ちょっと変わった肉まんみたいで美味い。

さて、パキラさんたちは今日も依頼の続きだ。


ちなみにパキラさんが朝早くから居るのは、集合場所変更を伝え忘れたから。

1時間前くらいに来たとか。


「皆が追っている魔物ってなんですか」

「キマイラの亜種じゃ」

「それって」


目を見張る僕にパキラさんは頷いた。

キマイラの亜種。かつてパキラさんたちが敗北したダンジョンの魔物だ。


僕が倒して、瀕死の彼女たちを見つけたばかりのエリクサーで助けた。

それが全ての始まりともいえる。


「……大丈夫なんですか」

「うむ。敗因は分かっておる。【邪視】じゃ」

「?」

「視界系レリックよ。見ただけで相手に効果を与えるの」


答えたのはミネハさんだ。

小さくならず、大きいままでベッドの端に座って食べている。

おかげで僕のベッドは満員だ。


「キマイラ亜種の【邪視】は見た相手の動きを数秒だけ止める……というものじゃ」

「最悪ですね」


たった数秒。されど数秒。強制的に動きを止められるのは致命的だ。

知らずに相手をしていたら敗北してもおかしくないが……なんで僕、勝てたんだ?

結構見られていたと思うんだけど、よく覚えていない。


「じゃが案ずるな。対策はバッチリじゃ」

「気に食わないけど、あのエロウサギに相談して、人数分の【邪視】防止の眼鏡を作ってもらったの。4回で壊れるレガシーだけどね」

「そんなのがあったんですか」

「さすがにレジェンダリーは素材関連で無理じゃったがのう」

「それだけ防げれば充分よ」

「そうじゃな」

「……あれ、そういえばハイヤーンは?」


居ないことに気付く。ふたりは厨房の下の青銅製の壺を見た。

またそこか。つくづく天才と馬鹿は紙一重なんだな。


「ハイヤーンで思い出したんじゃが」

「なに?」

「第Ⅰ級の集まりの開催地になった所為で治安が乱れてきておるのう」

「そうね」

「えっと、どういうことです?」

「言ってなかったわね。昨日の帰りにワタシたち男共に襲われたのよ」

「は? えっと、ミネハさんと『トルクエタム』が? えっ襲われた!?」

「そうじゃな。信じられぬじゃろ?」

「吃驚したわよ。分かっていたからワザと人気がないところに誘い込んだらいきなり飛び掛かってきて、魔物より頭が悪かったわ」

「それでどうしたんです?」

「仕方ないのは始末したけど、捕縛して衛兵に引き渡したわ。そのとき聞いたけどよそ者が大量に入ってきて、こういう被害や窃盗とか色々と多発しているみたいなの。襲われたのもワタシたちだけじゃない。被害も出ているって」

「……被害も」

「運び出される前に見つけてひと先ずは最悪だけは阻止したようじゃのう。お陰で衛兵の人手も足りず探索者に護衛と巡回の依頼を出す始末じゃ」

「にしてもいきなり襲うとか……」


新手の自殺志願者かな?


「これでもハイドランジアは治安が良いほうよ。他のところではよくあるわ。もちろん犯罪だけど、それが犯罪として取り締まれているかは難しいところとかね」

「護衛依頼の途中で泊まった村は夜這いの風習があるとかで酷かったのう」

「貴族が裏で手を回しているところとかあったわね。師匠が壊滅させたけど」

「うわぁ……そういうのって普通に女性は暮らせないですよね」


その辺どうなっているんだ。


「普通に暮らしていて被害にあうのも居ると思うけど、大体は探索者狙いなのよ。探索者って自己責任が強くてダンジョンで命を落とすこともあるから、それを利用されてしまうこともあるのよ」

「前提がそれじゃからな。捜索隊なんて稀じゃ」

「結局は強くなるしかないわね」

「そうなるのう」

「……」


なんだか話を聞いていると理不尽さを感じる。

同じ男として、なんだか自分を責められるようで居た堪れなくなる。


「ウォフは今日どうするの?」

「えっ、あっ、えと、僕は弓の練習ですね」

「弓じゃと?」

「今ジューシイさんに習っているんです」


この話の次がこれなので『構え重ね』に罪悪感が生まれる。

楽しみにしていたけど、でも約束しているしジューシイさんも楽しみにしている。

なので絶対に行く。


「ああ、ジューシイは確かに弓を扱うのう」

「意外にもビッドとは違って正統派よね」

「いやビッドさんも正統ですよ……」

「あやつは最近、剣に執心じゃな。誰かさんのせいでのう」


皮肉めいた言い方で僕を見るパキラさん。


「はははっ……」

「まぁのう。別に悪いことじゃなく、むしろ良いことじゃ。あやつは、ほれ。パーティー解散してからすっかり落ち込んでしまって、一時期は探索者を辞めて田舎に帰ろうかと悩んでおったからのう」

「そうだったんですか」

「おぬしのおかげで今のところ探索者は辞めそうにない」


パキラさんはフッと微笑む。


「よかったです」

「……パーティー解散か。堪えることがあるわ。ヘタすると何十年もね」


何か思い出したのか。急にミネハさんが言い出した。


「なにかあったんですか」

「おぬしのことではないのは確かじゃな」

「―――師匠のことなんだけど、旦那さんが亡くなってからもうずっとソロなのよ」

「それって魔女と組んでいたっていう」


アクスさんのお父さん。亡くなっていたのか。


「ええ、母様と父様と魔女と師匠と、師匠の旦那さんと、あともうひとりと組んでいたときよ。パーティー名は確か『ホワイトダフニー』だったわ」

「豪華なメンツじゃのう」

「破竹の勢いで活躍していた伝説のパーティーね。ただ、ある高難易度のダンジョン調査で師匠の旦那さんが不慮の事故で亡くなって解散したのよ。それから師匠はパーティーを組んでないの。助っ人やソロばかりね。もう組めないって言っていたわ」

「無理もないのう」

「師匠はエルフだけど、たぶんもう一生、結婚しないでしょうね」

「……千年も、か」


唸るパキラさん。

エルフの平均寿命は1000年といわれている。

ミネハさんは苦笑する。


「たぶんね。ワタシの母様もそうよ」

「愛じゃのう」

「…………そういえばアクスさんから父親のこと聞いたこと無いです」

「アクスが生まれて間もなく亡くなったの。師匠ショックを引きずっていて彼には父親のことあまり話していないって言っていたわ。それに仲違いしているから話す機会が無くなったのもね。今なら別だと思うけど、師匠まったく連絡無いのよね」


まったくとミネハさん。ため息をこぼす。


「アクスさんも言っていました。手紙を何通送っても返事が来ないと」

「それは心配になるのう」

「最悪……ですか」

「―――師匠のことだからその辺は平気だと思うわ。もし死んでいたら、そういう訃報はもう来ているはずだから」


確かに。

それとなく魔女に聞いてみるか。


「その話はわらわにも堪えるのう。もしルピナスかリヴのどちらか亡くなって『トルクエタム』が解散したら、わらわはもうパーティーを組むことは無いじゃろうな」

「そうなりますか」

「ルピナスとリヴはどうか知らんが、わらわはそうじゃな」

「あいつらもきっとそうね」

「なんのことじゃ」

「?」

「『雷撃の牙』。アクスたちよ」


僕とパキラさんは納得した。

朝食が終わって僕たちは準備する。


「あっ、ウォフ。帰りにいつもの肉、買ってきて」

「雑肉でいいんですか」

「ええ、それとベーコン。今日ので使い切ったから」

「はい。他には?」

「そうね―――キュウリ。玉ねぎ。ジャガイモ。キャベツ。ネギ。パン豆はまだあるから、そうね。特に玉ねぎとキュウリは大目に買ってきて。ねえパン粉と小麦粉はまだあるわよね?」

「ありますよ」

「じゃあそれだけでいいわ」

「わかりました」


矢継ぎ早の指示。

今日の夕食か明日の朝食に何か思いついたみたいだ。


ミネハさんは料理に目覚めたらしく、レシピを買ってくるほどになった。

そればかりか最近、僕に任せきりだった家事も率先してやり出した。

成長したなあ。いいことだ。


「そうだ。それで思い出したんですが干し肉。新し」

「いる!」

「是非に!」


食い気味だった。はははっ……大量に作ったんで大目に渡しておこう。

あっ、塩。そろそろ壺単位で買わないと。


ところでなにか忘れている。

そういえば、ダガア。珍しく静かだな。って食べ終わったら寝ている。

まあ今日もミネハさんたちのところに行くんだろうな。


あっ、ああ、思い出した。ハイヤーンだ! 僕は慌てて壺から取り出した。

















弓の練習が終わってどこか満足している帰り道。

まず肉屋だなと進路を決めたとき、ふいに声を掛けられた。


「あの、すみません。この辺で犬を見掛けませんでしたか?」


ハスキーボイスでおずおずと斜め下から話しかけられる。

長い青髪をひとつに束ねた褐色肌をしたエルフの女性だった。


青い軍服みたいな恰好をして帯剣している。薄緑色の瞳が不安げに揺れた。

僕の髪より鮮やかな青い髪だ。どこか鍛えられた透き通る美しさがあった。


「犬ですか。どういう特徴なんですか」


犬探しか。今はともかくハイドランジアは治安が割と良いほうだ。

でも野良犬とか野良猫は他の都市と同じぐらい多い。

たまに依頼で犬や猫探しはあるが容易ではない。


「はい。あの青い毛並みのとても大きな犬で、背に大剣を背負っています」

「そ、それはまた忘れられない特徴ですね」


すぐ見つかりそうだった。



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