穏やかなハイドランジア⓪・彼女たちのベッド。
ラボやらミノスユニットやらの騒動がひと段落したからか。
焼肉パーリー以後、ここ最近は穏やかな日々が続いている。
ただ最近、大きな変化というなら新しいベッドだ。
ようやく重い腰を上げて僕は藁のベッドを卒業した。
始まりはハイヤーンだった。あのウサギだ。
最近ミネハさんが朝食をつくりにきている。
それで藁のベッドはさすがに男として恥ずかしくないかと?
最初はなに言ってんだこのウサギと思った。
それと我も寝辛いと苦情を入れられてしまった。
そもそもなんでこのウサギ、僕と一緒に寝ているんだ?
でも言われると、確かに女の子が部屋にいる状況が増えてきた。
それで藁というのは…………なんだが恥ずかしくなってきた。
だが僕はそういうのあまり知らない。
寝具なら詳しいのは女性だとハイヤーンが自身満々に言った。
半信半疑だがとりあえず僕は【トルクエタム】の拠点の屋敷に行く。
リヴさんに通されてパキラさんに会った。
「わ、わらわのベッドじゃと? また妙な質問じゃな。スライムを使っておるぞ」
「スライムが素材なんですか」
「スライムブロックという素材を使ったベッドじゃな。柔らかくて良いぞ」
前世の記憶にあるウォーターベッドみたいなのかな。
そういえばスライムクッションってあったな。
「高いですよね」
「そうじゃなあ。それとサービス込みじゃが半年に一度、入れ替えがあるのう」
「あーそういう……」
「季節によって入れるスライムブロックも替えないといけないのもあるのう。もちろん有料じゃ」
「な、なるほど……」
面倒だな。
これは無いな。
「ちなみにルピナスのベッドも値段的に無理じゃと思うぞ」
「なんとなく分かります。リヴさんのはパイプベッドでしたね」
「あれはあやつの自作……なんで知っておる?」
「あっいや、さっき聞いたんです」
「ふうむ。そうか」
咄嗟に誤魔化せた。
部屋に入ったことやどうして入ったかとか話さないといけなくなる。
リヴさんは内緒と言っていた。それはパキラさんでも話せない。
次にちょうど居たのでビッドさんに聞いてみた。
「へっ、えっ、ウチの使っているベッドっスか……?」
なんか戸惑って頬をうっすら赤くしながら警戒された。
僕が説明すると、ビッドさんは微苦笑する。
「あー、そういう。それならウチは参考にならないっスね」
「ひょっとして藁ですか」
「違うっス。ウチは、その…………な、内緒っスよ。寝袋っス」
「えっ、なんで」
ベッドですらないとは予想外だ。
「……えっと、んと」
ビッドさんは恥ずかしそうにしながら僕に近寄ると耳打ちする。
「こ、これも内緒っスよ。ウチ、ギュって身体を挟まれて寝るのが好きっス……」
「……だから寝袋ですか」
顔が近い顔が近い。甘い匂いがする。
あと耳に通った声が色っぽくて可愛かった。
ビッドさんは羞恥で兎耳の先まで真っ赤っかだ。
僕をやや責めるように潤んだ瞳で見上げる。
ご、ごめんなさい。いたたまれなくなって、そそくさと後にした。
な、なんか。これ聞いていいことなのか……疑問が湧く。
でもまあせっかくだ。ジューシイさんにも聞いてみよう。
今、この屋敷の半分はタサン領の別邸になっている。
その関係でジューシイさんもここに住んでいる。
聞いた話だと別邸の件は『トルクエタム』にとってかなり良い条件だったらしい。
元々部屋もたくさん余っていたのでちょうど良かったのだとか。
「ウォフさん?」
「ドヴァさん」
ふと白いスーツの美女と出会った。
ドヴァ=タサン。ジューシイさんとレルさんのお姉さんだ。
長い銀髪を流した褐色肌のエルフの美女。
緑の左目に片眼鏡をつけている。
レルさんもそうだけど。
タサン家のエルフは他のエルフより美麗度が段違いな感じがある。
タサン領の領主代行としてこの別邸に住んでいる。
最初に出会ったときはメイド姿だったのは遠い昔だ。
あっそうだ。彼女にも聞いてみよう。
「こんにちは」
「ああ、うん。こんにちは」
口元に付いた食べかすを拭いて挨拶を返す。
「ドヴァさんに僕、聞きたいことがあるんです」
「ドヴァに? なんでしょう?」
「ドヴァさんってどんなベッドで寝ているんですか」
「え……? ベッド?」
「はい。どんなベッドで寝ているのかなって」
「ああ、うん。えーと……興味あります?」
「はい」
「…………」
「ドヴァさん?」
「それならドヴァについてきてください」
「え?」
ドヴァさんは歩き出した。僕はとりあえずついていく。
なんだ。なんだろう。渡り廊下を通って1階の曲がり角の部屋。
やや奥まった部屋。ドヴァさんはドアに手をかけながら。
「どうぞ。ドヴァの寝所です」
「は、はい」
ドアを開ける。ふわりと花の匂いがした。
まず白いレース柄のカーテンが掛かった窓が見えた。
次に大きな天蓋付きのベッド。その隣に化粧台があってクローゼットと並んでいる。
「すごっ」
「これがドヴァがいつもひとりで寝ているベッドです」
言いながらベッドの天蓋を開けて座る。
手で来い来いされたので緊張しながら寝所に入る。
「キングサイズですね」
その幅は僕が4人か5人は横に並べられるほどだ。
ベッドは部屋の大部分を占めていた。まさに寝所だ。
ドヴァさんは自分の隣をぽんぽんっと軽く叩いた。
座れというジェスチャー。僕は素直に腰を下ろす。
「実家は天蓋だけどこれよりは小さいんですよ」
「じゃあなんでこんな大きな」
「ああ、うん。別邸記念に貰いました」
「……貰いものですか!?」
凄い。さすが大貴族。いったいいくらするんだろう。
金貨100枚でも無理そうな豪華さだ。
ドヴァさんはぼそっと言う。
「嫌味ですよね。独り身でこんなサイズ。ホント嫌味」
「……」
「あのですね。ドヴァは好きで独身じゃないんです。結婚願望はあります。恋愛もしたいし、彼氏も欲しいし、寂しいし。というかですね。ウォフさん。ドヴァもそうですけど姉妹全員が結婚どころか彼氏も居ないのです。それに関しては欲しい欲しくないは自由ですよ。昔はそういうの関係なく政治の道具として扱われた時代もありましたけど、でも今はそうじゃないんですよ。少しずつだけど民意が強くなり貴族権威も薄れてきています。それは大陸全体で起きつつあるのです。まあ、ああ、うん。今でも昔からの貴族権力振り翳す馬鹿はいます。特に王都周辺とか。ウォフさんは知っていると思いますけど、タサン家に敵対していたある大貴族がタサンの邪魔と並行して三流クランを使って『トルクエタム』を狙っていました。そう。『ドラゴン牙ロウ』です」
「……僕もちょっかいをかけられました」
「ああ、うん。そのリーダーはそのとき死にました。貴族の三男でおちこぼれで色々とやんちゃをしていたことも知っています。探索者として死んだので罪には問われません。もっとも追放同然でした。それから親切な誰かさんがその大貴族の誰も知らない闇を親切丁寧に証拠付きで暴き、その大貴族スティールランド伯爵家は取り潰されました。その家の稼業であった鉄工業関連は民間企業になりましたよ」
「そうだったんですか」
「だからドヴァはタサンは感謝しています。あなたには感謝してばかりです」
僕に微笑むドヴァさん。素直に照れる。
ベッドの参考にはならなかったな。そうだ。ドヴァさんなら知っているはずだ。
「あの、聞きたいことがあります」
「ああ、うん。なんです」
「シェシュさんとジューシイさんってどんなベッドを使っているんですか」
「えっ、それはどうして」
「実は僕、部屋に新しいベッドを置きたくて、その参考にしたいんです」
「……それでドヴァのベッドのことも聞いたんですか?」
「はい」
「…………それって他の方にも?」
「はい。聞きました」
「ひょっとしてここに来たのもその為ですか」
「そうですね」
「…………ウォフさん」
ドヴァさんは僕に困ったような表情を向けて言った。
「女の子に普段使っているベッドを聞くのはさすがに……どうかと思いますよ」
「……そ、それは、ハイヤーンが女子は寝具に詳しいって」
「ああ、うん。あのエロウサギをまともに信じてはダメですよ。確かに寝具に拘りを持つ子はそれなりに居ますけど、だからって女の子に自分が普段から寝ているベッドのことを聞くのは、ドヴァはあまりお勧めできません……下着の色を聞いてくるよりは、そのマシですけど、やっぱり恥ずかしいです」
言い切ったドヴァさんは頬を赤くしてうつむいてしまう。
「す…………す、すみません」
僕も薄々とは気付いていた。
ビッドさんに聞いたとき、彼女の反応からこれなんか違うと思った。
でも参考とは別で聞いていくうちに興味を持ったのも事実だ。
「ああ、なんか僕、恥ずかしいぃ……本当にすみません」
「いいですよ。マニアックだなとは思いました」
「そ、そういうのではないですっ!」
「ちなみにシェシュは普通のベッドですね。面白味も何もないです」
「へえー」
「あの子は見た目よりずっとまともですから。ジューシイは床に寝ています」
「えっ床に?」
「ああ、うん。床に大きく布団を敷いて細長い枕とかクッションを沢山置いて寝ていますよ」
「ベッド使わないんですね」
「あの子、使わないです。昔からそうでしたよ」
前世の記憶にある実家の犬もそうだったな。まあ犬はベッド使わないか。
なるほど。ベッドを使わないという手もあるのか。まあ僕はベッドで寝るけど。
僕はもう一度ドヴァさんに謝って礼を言って屋敷を出た。
よし。あのウサギ。殴ろう。




