プレリュード②
深い深い巨大な樹木が乱立し、空を見上げると水晶が光り輝く。
その神秘的な森の中をひとりの男が走る。
そこはキャンプだった。多くのテントが並ぶ。
男は一番大きなテントに入った。
「ボスは?」
「おいおい。どうした」
「フォーカードは? ボスは? キャンプにいないのか?」
「ああ、キャンプから離れている。ここから先の西の森の奥だ」
「一緒にいるはずだぞ」
「西の森の奥だな」
「お、おい」
男は走る。
不思議な森の中を一心不乱に駆ける。
この辺のダンジョンの魔物は一掃してあるが、それでも危険なのは変わりない。
それでも男は目指して走る。
やがて倒壊した巨木の上で大きな斧槍で素振りをするフォーンの男に出会った。
上半身裸で汗が凄い。
「む。止まれ」
「ああ、トレボルさん。ボスは?」
「ボスに何用だ?」
「伝言だ。グランドギルドからの」
「それならボスはもっと奥だ」
「わかった」
男は走る。
やがて着いたのは巨大な水晶。その手前でエルフの双子が並んで本を読んでいる。
ふたりは同時に男を見た。
「そこの男」
「止まりなさい」
「クオーレさん。アルマースさん。ボスは?」
「この先だけど」
「ボスに何の用?」
「グランドギルドからの伝言だ」
「それならこの先にある泉」
「そこにいるわ」
「わかった」
男は走る。
そろそろ疲れてきた。走る速度も遅くなる。
そして息切らせてようやく着いた小さな泉。
木々に囲まれて澄んだ水を湛えていた。そこにひとりの男が佇む。
「ボス」
振り向いた男は緩やかな黄金の髪。鋭く黒い瞳。凛々しく美麗な顔立ち。
神聖さも感じられる中性的な雰囲気を漂わせていた。
何処も精巧に造られた彫刻のような美青年だ。
赤いマントに真っ白い鎧を着て、ただ佇むだけで絵画になる。
そんな男だ。
「どうした」
「グランドギルドから伝言です。『グレイトオブラウンズ』を開催する。以上です」
「そうか。もうそんな時期か。了承した。地上へ戻るぞ」
「へ、へい」
この美青年がボスこと、アルウェルド=フォン=ルートベルト。
ハイドランジア最大のクラン・クーンハントのクランマスターであり。
第Ⅰ級探索者にして『破壊の崩者』そのひとである。
大陸最北部。グレートプロスフォラマウンテン。
中腹にまるで割れた卵のような巨大な建造物があった。
建造物の内部には巨大な白・青・赤の三角柱が建っている。
三角柱の中心には黒い巨大な金属製の輪が浮いており、中央に白いドームがある。
その白いドーム。それが探索者ギルド総本部グランドギルドだ。
ドームにあるグランドギルドマスター執務室。
アルハザード=アブラミリンが書類に老眼鏡越しに目を通す。
黒豹の貌に真っ白い髭を生やす。
既にグランドギルドでは巻物から紙束や本に移行していた。
傍らに控える気品ある黒コートと制服姿をした褐色肌の女性が尋ねた。
「グランドギルドマスター。そろそろ『グレイトオブラウンズ』の準備を進めなければなりません」
「そうか。今年だったな」
『グレイトオブラウンズ』は5年に一度行われるグランドギルドの大行事だ。
例外なく第Ⅰ級探索者が一堂に会する大会議のことである。
「はい。今年は第Ⅰ級探索者に昇級する者が3名おります」
「ようやく27の呪縛が解かれるか」
アルハザードは苦笑する。ここ何十年も27名だった。
特に27という縛りはないが増えても5年間で何人か死に、27になることが多い。
「3名はアガロ。メガディア=メガロポリス。エンス=ハイラントです」
「アガロは名を知っておる。『滅剣』じゃったな。メガディアはエッダか。メガロポリスはエッダ六家で古い家柄だったな。エンス? まさか。いやだが彼は……どういうことかね」
アルハザードは顔をあげた。
「はい。こちらの資料をご覧ください」
渡された資料をアルハザードは受け取って読む。
「……ふうむ。ダンジョンはまこと摩訶不思議よ。こんなことがあるとはな」
「はい」
「それで開催地であったな」
開催地はグランドギルドではなく各都市と決められていた。
「はい。それと申し訳ありません。失念しておりました。それとは別件ですが至急、判を頂きたい書類が2枚あります」
「どれかね」
「先日、発生したミノスユニットの事後処理の臨時予算申請書です」
「確かハイドランジアであったな」
「はい。発生地点である街のダンジョン12階は完全に崩落し、立ち入り禁止となりました。転移陣の接続は完了しております」
「チャイブか」
「はい。その請求書も添付してあります」
アルハザードは書類の金額を見て眉根を寄せた。
「……少し高くないかね」
「これでも最初よりはかなり安くなりました」
「そうかね」
アルハザードは仕方なく判を2度押す。
女性は受け取った。
「ありがとうございます」
「それで開催地か」
「はい。候補はこちらに」
「ふむ。ふむ。悪くはないが」
アルハザードは渡された資料を眺め、しっくり来ないと呟く。
どれも何回か開催した地で、安定感はあるが面白味はない。
「楽しむことではありませんが」
「それでも探索者としての魂は必要だ。我らは探索者なのだからな」
立場的なのもあるが、ここ数十年ほどダンジョンを探索していない。
ふと彼は思い出した。
「魔女の弟子」
「はい?」
「魔女はハイドランジアに居たな」
「はい」
「ミノスユニットが出没したのはハイドランジアだったな」
「はい。そうですが」
「資料はあるかね」
「はい。こちらです」
差し出された資料にアルハザードは老眼鏡をクイッとあげた。
「出没地点は12階。箱舟遺跡―――あの見張り塔の壁画……魔女の弟子と会話してそれほど経過していないのに、これか。これは偶然で片付けるか否か。実に面白い。なるほど魔女の弟子。まったくもって、楽しいではないか」
「なにか?」
「決めたぞ。今年の『グレイトオブラウンズ』の開催地はハイドランジアだ」
アルハザードは何年ぶりにとても満足そうだった。
ハイドランジアにかつてないほどの大祭が訪れる。
王都。
歴史古き都の北東に不自然な穴が開いている。
その穴の底にあるのが『エッダ貴族荘園』だ。
そこは自然あふれる地下世界。
森の中や湖の畔や山の峰などに無数の豪邸や城がある。
その中に古い神殿がある。
エッダ六家で祭事を司るユートピア家の神殿だ。
祭っているのはそうエッダ神の【ジェネラス】であった。
「あのガキ……」
彼女しか入れない古代祭殿でひとりの少女が苛立っていた。
紫の髪。紫の瞳。褐色の肌。見目麗しさに幼さがまだ残った顔立ち。
青い布を幾重にも巻いた白い祭事用ローブを着ていた。
腰から足首までに深いスリットが入って太腿が丸見えだ。
彼女は彼女だけが礼拝できる神像に舞う。
そして【バニッシュ】で両隣の紙垂を消す。
目を閉じて小さく息を吸い、大きく息を吐く。
「こんなにも……偉大なのに偉大なのに……この世界で最も偉大なのに……それなのに、あいつめ。あのガキ。あの子供。己を知らぬタダビド。己を弱いと思い込んでいる恥知らず。許さん……許さない……許しはせぬ。思い知らせてやる。ウォフ」
『ジェネシスの再来』であるナーシセス=ユートピアは固く誓った。
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ありがとうございます。
Season2はここで終了です。
このままSeason3といきたいところですが、しばらくお休みします。
その間にSeason2のキャラ紹介や設定などをまとめます。
更にSeason3のストックも現在ゼロ。
ある程度は安定して更新したいので5話か10話ぐらい溜めたいです。
休みは1週間か2週間ぐらいを予定しています。
しばしお待ちください。
よろしくおねがいします。




