モーリュ草⓪
ついにダンジョンが閉鎖された。
当分ゴミ場を漁って稼ぐことが出来ない。
比較的安全なゴミ場にミミックやパペットボックス。
あんなのが出たから、それは仕方がないと思う。
だが今の僕は余裕がある。
節約すればしばらく働かなくても済む。
しかし僕は働きたい。
身体を動かしたい。
前世の記憶からどうやら社畜根性だったようだ。
この世界でもそれが受け継がれるなんて、苦笑する。
だけど稼げるなら稼ぐ。動けるなら動く。それはこの世界の真理だと思う。
何もしないのは死んでからでいい。
そこでダンジョンのゴミ場漁り以外の仕事をすることにした。
ツテもアテもある。
ハイドランジアの周囲にはダンジョンと森が広がっている。
森は点在していて樹海みたいな感じではない。
北は山脈で東には谷がある。その更に先は大リーヴ川が流れている。
その遥か上流にあるのはラヴ湖と貿易都市ハイゼンだ。
ハイドランジアを出て南西に進む。
この周辺で2番目に大きな森に辿り着く。
この森は奇妙に木々が密集しており昼でも薄暗い。
当然、魔物も出没する。
それも銅等級の中位や上位の魔物が生息している。
こんな森の奥に人が住んでいた。
ぐねりと曲がった大木の根元の洞に煉瓦の家がある。
木のドアの斜め上の呼び鈴を鳴らす。
チリンチリン。
ドアがゆっくりと開いた。
「おやおや、ウォフ少年じゃないかねえ」
大きな狐耳を揺らしながらひょっこりとドアの隙間から美女が顔を出す。
「どうも」
「さあさあ、入りたまえ」
銀髪の狐の獣人。その妖艶な容姿から20代前半にみえるが実年齢は不明だ。
彼女は魔女だ。
それとなんというか、こう魔女ってそういう服装の決まりでもあるのか。
真っ黒い柄のローブに真っ黒い柄のドレス。という黒ずくめ。
それだけではなく胸元が大胆に開いてスカートも短く、もふもふの尻尾が三つもある。
ほんの少し屈むだけで胸もスカートの中身が見えそうだ。
いけないいけない。
狐といえば九尾。後は稲荷か。
というか三つの尾って鵺を連想させるなあ。
こっちは柔らかそうで、あっちは危険極まりなかったけど。
魔女は家の中に僕を入れる。
相変わらず色々なモノでゴチャゴチャしている。
本棚に入りきれない本の束。
何に使うか分からない怪しい道具類。
杖入れの筒からはみ出した沢山の杖。
何故か絵画と壺と彫像やネックレスや指輪などが転がっている。
かろうじて無事なのはテーブルとソファのみだ。
ゴミ屋敷である。
「いやいや、もうしわけないねえ。来客も多いところじゃないのでねえ」
「いえ、おかまいなく」
お茶を持ってきた魔女に僕はやんわりと断る。
「まあまあ、実は最近ハーブティーに凝っていてねえ」
そう魔女は木のカップをテーブルの上に置く。
滑らかで分厚く匠の腕前を伺える。
僕はカップの取っ手に指を絡めて持ち上げた。
カップの中には青々とした液体が入っていた。
青々とした液体は波打って、何か背びれのようなモノが泳いでいる。
きっと気のせいだろう。
「……それより薬草採取の仕事ってありますか」
そのまま飲まず木のカップを置いた。
「おやおや、ひょっとしてあれかねえ。ダンジョンがまた閉鎖したのかねえ」
「そうなりました」
「ふむふむ。それはまた奇妙だね。閉鎖は滅多にないんだがねえ」
「異変が原因って言ってました」
「うんうん。それは魔物だねえ。おそらく銀等級の上位かねえ」
「銀等級の下位と上位の魔物は出ました」
「ほうほう。どんな魔物かねえ」
「下位は一つ目の白い猿で白い獅子の身体と尻尾が三つありました」
「ほほう。ほほう。それはキマイラだねえ。しかもアルビノ体とはねえ」
鵺じゃなかったのか。
「上位はパペットボックスでゴミ場に潜んでいました」
「おやおや、ゴミ場とはねえ。ひょっとして遭遇したのかねえ」
「はい。アガロさんに助けて貰いました」
「ほうほう。【滅剣】だねえ。それなら異変もなんとかなるねえ」
「パペットポックスもアガロさんが討伐しました」
「うんうん。【滅剣】は金等級下位もソロで倒せるからねえ」
「金等級下位を……!?」
「そうそう。ドラゴンが金等級下位だからねえ」
さすがドラゴンスレイヤー。
それにまだ実力を隠しているような気がする。
「それで薬草採取の仕事をしたいんですが」
「そうそう。そうだったねえ。それならちょうど欲しいのがあるんだねえ。ただちょっと厄介なところにあってねえ」
「厄介ですか」
「うんうん。実はこの森の奥にゴブリンの巣が出来たんだよねえ」
「ゴブリンですか」
「そうそう。そのゴブリンの巣の奥にだねえ。モーリュ草があるんだよ」
「モーリュ草?」
初耳できょとんとする。
聞いた覚えもない。
「またまた。モーリュ花ともいうねえ。実はゴブリンの巣になる前はモーリュの群生地だったんだねえ。モーリュは貴重な薬草でねえ。在庫が切れて困っていたんだねえ」
「それを取ってくればいいんですか」
「うんうん。よろしく頼むねえ」
魔女はニコニコと微笑む。
僕はジト目で言う。
「そうするとゴブリンの巣の中に入らないといけないんですよね」
「うんうん。そうなるねえ」
魔女は微笑んだままだ。
暗に討伐しろと言っているのは間違いない。




