アークラボ⑧
そこは巨大な鉄の箱が山のように積んである倉庫のような場所だった。
薄暗く、赤い光が所々に点滅していて、とてつもなく広い。
積んであるのは鉄だけじゃない。木・銅・銀・金と見たことない鉱物製の箱もある。
棚も迷路のように並んでいて、様々な箱が無造作に並べられていた。
箱の世界かここは?
ハイヤーンが見回して叫ぶ。
「なんだここは!?」
「ふふ、ふふ、ここはねえ。ブラック&ダーク商店。金を積めば手に入らないものは意外とあるけれど、それでもまあまあ色々と手に入るところだねえ」
「えーとつまり?」
「色々と色々と手に入る店だねえ」
ただの店じゃないことは理解した。
ブラック&ダーク商店……名前がダサい。
しかし購入するといっても、魔女が歩き出したので僕たちも後に続く。
「……ここで簡易転移陣を買うんですね」
「うんうん。それだけじゃないけどねえ」
意味深に言葉を止める魔女。
こういうとき、あんんまり良い思い出が無いんだよな。
急に僕の頭の上にのっているハイヤーンが言った。
「すばらしい眺めだな。ウォフ」
「箱だらけのここが?」
「何を言う。魔女の尻だ。いや尻尾か。いや尻だ」
どこ見てんだよ。僕はため息をつくと、魔女が止まった。
後ろに手を回してタイトスカート越しのお尻を隠すようにして小さく振り返る。
恥ずかしそうに頬が赤くなっている。聞こえていたか。
「こらこら、コンのそういうところ見てるんじゃないねえ。ウォフ少年っ」
「なんで僕!? 見ていたのはこのウサギです」
「ウォフ。男なら眺めても仕方ない」
絞め殺すぞこのウサギ。
魔女は三つの尻尾をふりんっとわざとらく振って歩く。
尻尾をだらっと下げてお尻か見えないようにはしていた。
「それで、どこに向かっているんですか」
「それはそれは、カウンターだねえ。もう少しで、見えてきたねえ」
そこに、突然ポツンと半円型の弧を描いたカウンターが現れた。
カウンターの周囲にも鉄の箱が積んである。
カウンターには呼び鈴が置いてあった。魔女が鳴らす。
「はいはーい。いらはいって、ゲッ、魔女」
黄色いローブとフードを深く被った背の低い人物がカウンターの下から現れた。
魔女を見て嫌そうに鳴く。僕よりも小さい。声も甲高い。
子供か。いや子供じゃないよな。椅子を使ってカウンターから顔を出す。
「おやおや、常連に対して素晴らしい接客態度だねえ」
「いやーだってねー、魔女の買い物は色々と怖いってーうえぇっ、男!?」
「は、はじめまして」
「うはぁー魔女が男を連れてきたぁー」
カウンターから乗り出して僕を愉快に見ている。
フードの奥はにーランランと輝く灰色の瞳をしてる。
なんだろう。人の目じゃない。
「まてまて。コンの弟子だねえ」
「うっはぁー、魔女の弟子が男とか聞いてないんですけどー」
「それはそれは、言ってないからねえ」
「そっかー魔女もお年頃……あれ魔女っていくつだっ、ちょっちょっーやめてー冗談だからーそのハーブティーだけはぁっっーあっ!!」
魔女に年齢は聞いてはいけない。
やたらドロドロとしたハーブティーを飲まされる前に土下座し、許してもらえた。
「はぁっはぁっーまったくぅー酷いもんだ。あっ、ボクは『良識ある獣』のチャイブだよ。ダーク&ブラック商店の店長やっているんだ。あと第Ⅰ級探索者ー、よろしくーねっ」
「だ、第1級……」
なんかあっさりと説明されて戸惑う。
チャイブさんは笑って尋ねた。
「そだよー、それで魔女の弟子くんの名前は?」
「ウォフです」
「へえー、いい名前だねー」
「ど、どうも」
「我はハイヤーンである」
「うわっひゃんーびっくりしたぁーウサギが喋って。ん。ハイヤーンって三つのたまごのー?」
「やっぱっそれかぁっ!」
「まぁそれですよねって、僕の頭の上で絶望しないでください」
というか人の頭や肩をなんだと思っているんだこのウサギ。
「なんかー愉快なメンバーだねー魔女」
「ふふ、ふふ、そうだろうねえ。さてチャイブ。買い物がしたいんだねえ」
「んーいいけどーなんか、やーな感じがするんだけどー」
「心配心配いらないねえ。欲しいのはふたつ。簡易転移陣とその接続が出来る技術者だねえ」
ぴくっとチャイブさんが僅かに反応した。
「んー……なにする気ー?」
「なあになあに、ちょっと封鎖されたダンジョンに弟子が入るだけだねえ」
「……ウォフっち。どーいうことー?」
ウォフっち!? あっでも灰色の瞳が怖い。いやなんか獣みたいだ。
ハイヤーンもそれを感じ取ったのかブルブルと僕の上で怯えた。
肉食獣に睨まれた草食獣か。
「どうしても行かなければいけないんです」
僕はまっすぐチャイブさんを見て言った。
チャイブさんは戸惑うように魔女に言う。
「おたくの弟子ーキラキラした決意ある瞳で違法行為するってー堂々と言っているんだけどー? どうなってんのーこえぇんだけどー」
「うんうん。まぁそういうわけだねえ。金はしっかり払うねえ」
「うへぇー質問にぜんぜん答えてねぇーなんなのこの師弟ー」
「お願いしますっっ!」
僕は頭を下げた。
チャイブさんは考えるように黙って。
「しゃーない。もーキラキラしてまぶしいーし。あーもういいや。理由はきかないよー、知らない方が幸せなこともあるからねー。んで商売優先さねー。簡易転移陣はひとつ500万オーロ。接続の技術者ってそれ出来るのボクじゃーん。つーことはリンクデザインもボクにさせる気か」
「うんうん。よろしく頼むねえ」
「うへぇー、どこから、どこまで?」
「ふむふむ。1階から12階だねえ」
「んあーそれならーあーそれでもー……1階かそこらに簡易転移陣を設置できる場所があればーだけど」
「ふむふむ。外部から接続は無理なのかねえ」
「むーりー、ダンジョンの中にどうしても設置しないとーむーりー」
「むむうむむう。難しいねえ」
ハイヤーンはふたりは何の話をしているんだと僕に尋ねる。
さすがに伝説の錬金術師でも分からないんだ。
ならば僕にも分からな……いや、なんとなく分かった。
前世の記憶に似たようなのがある。
そこで僕は疑問が沸いた。
「元々ある転移陣をハッキングできないんですか」
「んへぇー、ハッキング?」
「ああ、えっと、違法接続できないかということです」
「あー、出来るけど痕跡が残っちゃうーバレたらまずいーだからー簡易転移陣同士で接続させたほうがー簡易転移陣は消えるから痕跡すらー無くなるってわけ」
「ええっと……それどうやって設置するんですか」
話を聞いて、どうやってダンジョン内に簡易転移陣を設置するから分からなかった。
簡易転移陣を設置しながら移動だとする。
その簡易転移陣の移動先はどうやって決めるのか。考えて気付く。
「……元々設置された転移陣を使う? いや利用する」
僕の呟きにチャイブさんは目を見張った。えっなに?
「魔女ー魔女っー弟子のウォフっちーすげえねーすごかない?」
「うむうむ。コンの弟子は凄いよねえ」
何故か今日で一番のドヤ顔をする魔女。なんか恥ずかしい。
チャイブさんはねだるように言った。
「だからーウォフっち。ボクにちょーだい」
「えっ!?」
「はは、はは、寝言は寝てから言って欲しいねえ」
魔女は笑った。目が全く笑っていない。
「あははーあははー、冗談だよーじょーだんだからそのハーブティをただちにすぐさま仕舞ってください。いやマジでしまって!」
逃げるチャイブさんにハーブティーを持って追い掛ける魔女。
そんなほほえましい追いかけっこを眺めながらハイヤーンが僕にきく。
「さっきのはどういう意味だったんだ?」
「封鎖されているダンジョンに入る方法は転移陣で転移するしかないのは分かりますよね」
「ああ、それは理解できる」
耳をぴょこぴょこ動かす。
「ダンジョンには各階層に転移陣が設置されています。主に脱出の為です」
「それも分かる。その転移陣はレジェンダリーだな」
「はい。簡易転移陣はレガシーです。その転移陣をハッキングつまり違法に接続して使うと、その使った痕跡が残ってバレるみたいです」
「ふむ。専門外だがその理屈は分かる」
「簡易転移陣は使い捨てだからその痕跡の心配はありません」
「ふ、ふうむ。確かにな。だがそれだと、どうやって設置をするんだ?」
「そう。それです。設置もそうだし転移先も分からない」
「ならば、どうするんだ」
「元から設置されている転移陣を利用するんです」
「だが違法接続は」
「《《簡易転移陣に転移陣を接続するんです》》。そして簡易転移陣を使うんです」
「なに…………!? それは……そ、そうか。それなら転移した先も分かるし、接続の痕跡も消えるということか」
「たぶん。それで合っていると思います」
実際、転移陣がどういうものか僕は知らない。
だけどまあ、たぶんこうなんじゃないかという推測を立ててみた。
どうやらそれが正解だった。
うん。まあ、どう考えても外法だ。
それでも僕は。
「む。ウォフ」
「なんです」
「いや、今ポーチが……気のせいか」
「?」
やがて戻ってきたふたりは買い物と取引を再開した。
こうして封鎖されたダンジョンへの侵入という違法行為の準備が進められていった。
そこでなにが待っているか全く知らず。




