アークラボ④
恐る恐ると僕たちが降りた地下2階は……物置なのか。
石畳の通路に木箱や樽が乱雑に置いてあるだけだった。
試しにビッドさんがひとつかふたつ木箱を壊したけど、中身が無かった。
一応使ったレリック【フォーチューンの輪】には何の反応もない。
ただ緑の光の線が奥へと伸びている。
これ、どうなっているんだ。まあ今は信じるしかないか。
歩くとバキッバキっと何か踏んだ音がした。
「なんだ」
「なんっスか」
足元を見ると木の板がある。木箱の木片だ。
ああ、これを踏んだからか。ホッとして進む。
しばらくしてけっこう長い通路だなと思ったときだ。
「あ、あのっスね。ウォフくん」
「どうしました」
振り向くと、ついてきているビッドさんが、なんかそわそわしていた。
やや頬を赤くして軽く俯いている。
あれ、これ水のダンジョンのときにもあったような。
「……本当に、こ、此処に何かあるっスか……隠されてたっスけど」
「はい。あの、ひょっとしてビッドさん」
「な、なんっスか」
「怖いんですか」
「へ?」
「いやその、光球ありますけど、ここ薄暗いですし、こういうところ怖いのかな」
光の球は便利なモノで場所によって光量を加減してくれる。
ここは狭いので、足元を照らしてくれるがその先までは照らせない光になっていた。
だから薄暗い。
「…………あー、まあ、そうっスね。襲われたのもこういうところだったっスから」
その発言に僕は罪悪感を覚えた。そ、そうか。そういうのも。
「す、すみません」
「あはは、ウォフくんが謝る必要はないっス。ただ、ウチ。前もそうだけどウォフくんと一緒にいると、人の気がないところばかりだなって、ちょっと思ったっス」
「ああ、そういわれると」
水のダンジョンのときも人がいないところに進んでいったからなぁ。
あまり気にしなかったけど、そう言われると男女だよな僕たち。
ひょっとして僕……疑われている?
いや、そういうのじゃないな。異性だからか。
意識してしまうと、申し訳なさと気まずさを感じていく。
そんな僕にビッドさんは苦笑した。
「ごめんっス。ウチの態度でなんだか困らせてしまったっスね」
「いえ、こちらこそ配慮が足らなくて」
「なんっスかそれ。子供の対応じゃないっスよ」
くすくすっとビッドさんは笑った。
これで彼女の気持ちが晴れたのかもしれない。
僕の横に並び、どうせならなんもないしお喋りするっスと雑談が始まった。
ちょっと気になったことがあったので尋ねた。
「パキラさんたち。タサン領に行ったんですよね」
「そうみたいっスね。ウチも詳しくは知らないっスけど」
「支援がどうのとか言ってました」
「女性探索者パーティーの支援制度っスね。タサン家の新規事業って聞いたっス。タサンは有名な女系貴族っスからね。そういえばジューシィちゃんもそうっスね」
「知っているんですか」
「ミネハからの紹介で、たまに雇い仔してたっスよ」
「そうだったんですか」
「今は姉たちと一緒に、たぶんパキラたちと一緒にタサン領に帰っているっスね」
「なるほど」
そんな当たり触りのないところから会話は弾む。
だが唐突にウォフくんにウチのこと知ってほしいっスと言われた。
なので僕は無難に好きな食べ物や嫌いな食べ物。音楽や趣味などを聞いた。
「好きな食べ物は、そうっスね。トマトやリンゴが好きっスね」
人参じゃないのか。
「果物が好きなんですか」
「そうっスね。でも臭いものとかも結構好きっス」
「それってチーズとかの発酵食品ですか」
「そうっスね。ウチの故郷の伝統料理に海鳥をトゥカランという海の魔物の内臓を抜いた体の中に入れ、しっかり空気を抜いて縛って脂を塗り、雪の土中に入れて数か月ぐらい放置してつくるのがあるっス」
「……凄い伝統料理ですね」
料理? あっキビヤックか。アラスカのエスキモーのトンデモ発酵食品。
この世界にもあったのか。
「それが好きっスね。内臓の汁とか硬いパン豆によく合うっス。嫌いな食べ物は魚とタコっスね。魚は骨が苦手っスよ」
「ああ、それは僕もわかります。タコは触感ですか?」
するとビッドさんは顔を真っ赤にして軽く俯く。なんだ。
「昔……別のところっスけど、水のダンジョンでタコの魔物に……襲われたっス」
「あ、ああ……す、すみません」
「いやもうしっかり倒したんで別にいいっス。気にしてないっス。う、ウォフくんは好きな食べ物は、バターライスっスよね。嫌いな食べ物は?」
「嫌いなのは……なんだろう。特に無いですね」
「ウチ的に好き嫌い無いのは好感もてるっスね」
「あ、ありがとうございます。音楽は―――」
こうして雑談は思ったより盛り上がった。
退屈も緊張もせずに通路の一番奥に到着。緑の光の線は真横のドアに当たっている。
「部屋?」
「部屋っスね」
鍵はなくドアが開いた。
部屋は狭く、木箱と樽と棚と机があるだけだ。
緑の光の線はモノが置いていない壁を示しているた。
「ここに何かあるのか」
壁か。あっ、穴だ―――鍵穴だ。
僕は手にしていた鍵束からひとつずつ試す。
7つ目で入った。捻ると、真上の天井が開いていく。
近くに脚立があってそれを使って天井に入った。
下の部屋と同じぐらいの部屋。ただしモノがなにひとつも無い。
ただ床下に淡く光る転移陣があった。
ああ、そういうパターンか。
さすがにこれは入るわけにはいかず、僕とビッドさんは皆を呼んだ。
そして狭い隠し部屋に5人と1匹がいる。
「よりによって転移陣かよ」
「決して安くはないモノです」
「……」
「ん……やっかい……なり」
「問題は誰が先陣切るっスかね」
この先に行かないといけない。でも誰が?
ところで気になっていることがある。
「……あ、あの、ムニエカさん」
「なんでしょう」
「その手にあるウサギは」
彼女は何故かハイヤーンの片足を掴んで雑に持っていた。
逆さまになったハイヤーンから返事はない。ビッドさんが言う。
「ウチ、そうやって小型の獲物を紐に結んで腰に付ける狩人。見たことがあるっス」
「腰に付ける趣味はありませんが、このウサギ。私めに飛びついてきたので仕留めました」
「お手数おかけします」
なにやっているんだこのウサギ。よりによって一番セクハラしちゃいけないだろ。
ムニエカさんがハイヤーンを見て提案する。
「魔女の弟子。これを放り投げるのはどうですか」
「いいですね」
断る理由はない。セクハラの被害者のビッドさんとリヴさんも頷く。
なおレオルドに拒否権はないし、彼は酒を飲んでいた。おい。
決定するとムニエカさんが素早い手刀でハイヤーンの首筋を叩く。
ウッとハイヤーンが目覚めた。
「ハッ、ここは!?」
「いってらっしゃい」
ムニエカさんはひょいっと放り投げ、ウサギは転移陣に消えた。
少し待つと、ハイヤーンが戻ってきた。
「いきなり何をする。この野蛮人どもめえぇっ」
彼は怒っていた。本気で怒っていた。
当然だ。何が出るか起きるか分からないところに放り込まれたんだ。
激怒するは当然だ。しかし何の罪悪感も申し訳なさも感じない。
「セクハラ野郎に言われたくないっス!」
「ん……セクハラ……即斬……」
「死にたいのですか」
「は、はい。すみません」
蔑むリヴとビッドとムニエカさんに気圧され、ハイヤーンは謝った。
レオルドさんがやれやれという感じで言った。
「それでなんかあったのか」
「……危険はない。ひょっとしたらお目当てのモノがあるかもしれないぞ」
「じゃあ、行ってみるか」
レオルドが散歩するように転移陣を通る。
続いてムニエカさん。僕とハイヤーン。リヴさんとビッドさん。
転移陣を通った先は少し大きな空間だった。
正面には真っ白い壁があり、中心だけ黒い菱形になっていた。
菱形の真ん中には何か紋章が彫られている。
「こいつは……」
「予想外にもほどがあるのでは?」
さすがのレオルドもムニエカさんも当惑していた。
よく見ると菱形は金属製でぐるりと溝がある。動くのかこれ。
レオルドさんがうめくように言った。
「こいつは金庫扉だ」
「これが金庫ですか?」
そうすると金庫室……なのか。