アークラボ③
レオルド。
彼とはピエスというクーンハントの雇い仔でちょっとした縁がある。
クーンハントの下っ端の酒びたりのフリをした凄腕の探索者だ。
くたびれたオッサンである。
でも僕は実際にその強さの一端を見たことがある。
あのとき、拾い忘れたナイフも忘れていない。
レオルドはスキットルを口に含んでから言った。
「聞いたぜ。探索者になったんだってな」
「ええ、まぁ……」
「おめでとうさん。まっ、才能あるヤツはそうなるよな」
「そうでしょうか」
「ウォフくん。おふたりと知り合いっスか」
「いえ、知っているのは彼だけです」
メイドの方はさっぱりだ。
こんなに綺麗なくらい怖いメイドは始めた見た。
「…………」
メイドの方は僕をジッと睨んでいる。背筋が冷える。
「ん……実にやっかい……」
「ひょっとして裏でこいつらを使っていたのは」
「あー、待て待て。そういうのはねえよ。クーンハントは関係ねえ」
「あんた。クーンハントっスか」
ビッドさんは瞬時に警戒した。その冷たい眼差しにレオルドは微苦笑する。
「いやぁ、こいつは嫌われたもんだな」
「自業自得では」
メイドが鈴のなるような声で冷たく言う。
「そりゃあそうだけどよぉ、おっと、そうだ。ウォフ。死の墓では馬鹿どもが世話になったな」
「ええ、まったく」
馬鹿ども。
手柄目当てに雇い仔たちを連れて死の墓に行ったクーンハントの探索者ども。
後にクーンハントから無許可で独断で行ったと大々的に発表された。
ただ世間ではトカゲの尻尾切りと揶揄されていた。
「あいつらの顛末、知りたいか」
「いいえ。興味ありません」
どうせ死んでいる。
生きていてもろくなもんじゃないだろう。
それ以前に本当に興味がない。
あいつらは最低だった。
助けたのに雇い仔たちを人質にして魔女とジューシィさんを要求してきた。
とち狂っているとしか思えなかった。実際そうだと思う。
「そっか。あーところで、これはおまえらの仕業か」
「ん……そうかな……そうかも」
「まぁ、そうっスね」
レオルドはため息をつく。
「一応、理由はなんだ?」
「実は―――」
僕は説明する。なんか最近、説明してばっかだな。
ふむふむとレオルドは頷く。
「なるほどなぁ」
「正当性はあるのでは」
「……まぁ、それは、まあな」
メイドの言葉に渋々とだがレオルドは頷く。
ハイヤーンがあるか?と首を捻るが無視する。
「ん……それで……クーンハントが……何の用……」
リヴさんは警戒している。
レオルドは頭をかいた。
「あー、一応この辺を任されている関係でな。ああ、俺はレオルドだ」
「……リヴ」
「ビッドっス」
「我はハイヤーンである」
「うおっ、ウサギが喋った。なんだこれ魔物か」
「魔物では?」
レオルドとメイドがジロジロとハイヤーンを見る。
僕は咄嗟に言った。
「あ、アレキサンダーさんみたいなもんですっ」
言ってから知らないよなって思った。ところが。
「なるほど」
「なるほど」
ふたりは納得する。
あれ、アレキサンダーさん。意外と知られていたり?
ああ、でも目立つよな。喋る陸ナマズなんて。
さて、最後に残ったのはメイド。
彼女はひらりとスカートを翻し、その裾を摘まんで優雅に頭を下げる。
「メイドのムニエカと申します」
「ん……やはり……」
「なんでメイドさんっスか?」
「仕えているからです」
「それはそうっスけど、えっこのオッサンに!?」
「おい。なんだその目は、違うからな。いやあまり違わないか?」
レオルドは難しい顔をする。
ムニエカさんはそんなレオルドを一瞥した。
「ところで一帯を任されている。やっぱり、あなたが黒幕では?」
何故かムニエカさんが指摘した。
「ちげぇよっ!」
そのメイド、味方じゃないのか?
「でも連中を放っておいたっスよね。ウチもダンジョンで襲われたことがあるっス」
「マジか……」
「もちろん全員……この世から消えてもらったっスね」
それはまぁしょうがない。そこで僕は気付いてはいけないことに気付いた。
「……ひょっとしてこの建物の中に襲われたり攫われた女のひとが」
僕のこの一言で女性陣がレオルドの敵になった。
そしてハイヤーン。そんなにムニエカさんをジッと見るな。
惚れたとか冗談じゃないぞ。このウサギ。
もし彼女と敵対したら僕は迷わずおまえを差し出す。
それはともかく、レオルドさんは慌てた。
「ま、まて、それはない」
「何故、断言が出来るのです?」
ムニエカさんがレオルドを睨んで聞く。
彼の味方はひとりもいない。
「そ、それは……分かった。話す。こいつらは監視対象だった。だからずっと監視していたんだよ」
「監視?」
「ああ、こいつらの……スポンサーを探る為だ……だから女性が襲われたときも陰から助けていたんだ」
「ウチは?」
「実力差があり過ぎるのは放置でいいだろ」
「それはそうっスけど、そういうの嫌っスね」
ビッドさんはハッキリ言う。そうだよな。女性陣も頷く。
それからビッドさんはチラっと何故か僕を見てからレオルドに言う。
「実力差とかじゃないっスよ。ウチは多数の男の人に襲われ、それで怖い思いをしたのは事実なんっスから、倒せても……襲われたのはトラウマになるっス……」
さすがのレオルドも切実なビッドさんの言葉にショックを受けたみたいだ。
でもなんで僕を見てから言ったんだ?
「悪かった。俺もいつまで泳がせるんだって思ったが、こいつら。なかなか尻尾が掴めなくてな。そうしたら、こうなっちまったわけだ」
「ん‥…遅かれ……早かれ……だった」
「そうだろうな。だからこの結果に関しては、起こるべくして起きたから文句はねえし、殲滅したことについて何か言うつもりはない」
「それより、もっと早めに潰しておくべきだったのでは」
「……さっきからおまえはどっちの味方だよ」
レオルドさんが苛立ってムニエカさんに愚痴る。
ムニエカさんは眉一つ動かさず反論した。
「女ですから。女の味方なのは当然でしょう」
そりゃそうだ。レオルドは項垂れる。
「連れて来なければよかった……」
「結果論を論じてもしょうがないのでは」
「チッ、そうだな」
どんな関係なんだこのふたり。
ムニエカさんは僕を見る。
「さて私めは無駄な時間は嫌いです。魔女の弟子」
「は、はいっ?」
「行きましょう。必要な書類はこの奥にあるはずです」
「……書類って、あっ」
ムニエカさんは歩き出す。僕たちはその後を困惑しつつ付いていく。
というかなんで僕に言ったんだあのひと。
家探しして1時間ぐらいか。
書類や手紙などはあったが、どれも大したモノじゃなかった。
この建物は地上2階。地下1階。部屋数も多い。だから期待しても良かった。
なのに宝も何も無い。小銭しかない。
ただ残党はいなかった。エントランスに総出だった。
本当に殲滅したんだなぁと実感する。
「ん……なにもない……シケて……やがる」
「どうなってるっスか!」
「……」
そう不自然だ。あまりに不自然なほど重要なモノがなにひとつない。
レオルドは察する。
「こいつはつまり、隠されているってことだ」
「あるいは元から重要なモノはここには無かったという事も考えられます」
「それだったらお手上げだな」
「ん……無駄骨…そんそん……」
あきらめムードが漂い始める。
「おい。ウォフ。気をつけろ」
ハイヤーンが僕の肩の上で言った。
「気を付けるのはあなたのハレンチ行為では?」
このウサギ。1時間弱の探索中。リヴさんに抱き着いて胸を揉んだり尻を触ったり。
ビッドさんのお尻に飛びついたりと、何回もセクハラ三昧しやがった。
彼女たちも優しいからか最初の1回や2回は許した。
だが調子乗ったエロウサギにふたりが殺意を芽生えるのも時間は掛からなかった。
なんとか何故か僕が宥めてふたりに謝った。
そして僕の肩の上から出ない条件を付けられた。
僕、なにかしたか?
ミネハさんの件が無ければ……出来なかったら覚悟しろよ。
「ムニエカ嬢。姿を偽っているぞ」
「……どういうことです?」
「確証はない」
「……確証あってから言ってくださいよ」
「というわけでその確証を得る為、ムニエカ嬢に我を抱っこにするように頼んでくれないか?」
「…………」
僕は無言でハイヤーンを一番高い本棚を見つけその上に置いた。
なにか言っているが無視して次の部屋へ行く。そこで干乾びていろ。
おや、ビッドさんが僕の方をなにか言いたそうに見ている。
ウサギ耳をぴくぴくさせて、あっ近付いてきた。
「なにやっているっスか? あれ、エロウサギは?」
『瞬足剣』を構え、周囲を見回すビッドさん。
特に足元や後ろを注意する。
「あれは置いておきました。当分、悪さできません」
「そうっスか」
ビッドさんは剣を仕舞うと右見て左見て、僕にそっと耳打ちする。
「ねぇ例のアレ……使わないっスか? バレる心配があるならウチが協力するっス」
「……例のアレ?」
彼女が近くて耳に甘い吐息がかかって、なんかドキドキした。
しかもビッドさん暖かくて、ふわっと花の匂いがする。
いかんいかん。僕は心の中で頭を大きく振る。
ハイヤーンじゃないんだ。
「もぉ、レリックっスよ。ほら宝を見つけることができるやつっス」
「あっ、ああ、忘れてました。そうか。その手があったか」
「うっかりっスね。ウォフくん」
ビッドさんは間近で悪戯っぽく笑う。
「色々ありすぎなんですよ。僕の周り」
「それもそうっスね」
納得された。そしてビッドさんはサッと離れた。
「どうしました?」
「あ、あははっー、えっとほら使うっス」
「そうですね」
気を取り直してさっそく僕は【フォーチューンの輪】を使う。
この部屋なし。あの部屋なし。その部屋なし。うーん反応なし。
「あっ、ビッドさん。そこのツボに何か入っています」
「これっスか。なんすか。鍵の束っス」
緑に光っている。な、なんだ。緑の光から緑色の光線が伸びていった。
こんなの初めてだ。
「ウォフくん?」
光の線は地下へ続いている。地下は……牢屋だったな。
暗くので光の球で照らす。牢屋には誰もいない。
居たらレオルドがどうなっていたか。
光の線は牢屋の奥の壁を差す。
この壁に何か……真ん中に小さくてわかり辛いが、妙に不自然な感じの穴がある。
あっ、これ、これは―――鍵穴だ。
鍵? ひょっとして、僕はビッドさんから鍵束を貸してもらう。
鍵をひとつずつ試して4つ目で入った。捻ると近くの床が四角く消える。
消えたところには下へと続く階段があった。
そして緑の光の線が階段の下へと伸びていく。