即席狼団⑥・星月夜②
夜。
ここに来るのは随分と久しぶりだ。
見張り塔の最上階は僕の部屋よりも狭い。
だから置けるモノも木箱と椅子ぐらい。
年期入った汚れだらけの石床と石壁。
だからミネハさんはどこが気に入ったのか不思議だった。
しかも吹き抜けだ。激しい雨の日は容赦なく雨風が入る。
折れた巨木の枝が入ってきたこともあった。片付けるのが大変だった。
「…………」
そんな粗末な塔の最上階が……なんともオリエンタルになっていた。
まず目に入ったのは石床を覆う色鮮やかな絨毯だ。隙間無く敷き詰められている。
石壁にも綺麗な壁紙が貼られ、天井にはヴェールが吊るされていた。天幕だ。
吹き抜けの柱と柱の間にも何かある。
部屋の真ん中にはゆったりとしたシーツ。
それと丸いクッションと細長いクッション。少し離れたところにランプがあった。
明かり用じゃないよな。天井にリヴさんから貰った光の球がある。
ひょっとしてアロマか。精油。ちょっと驚いた。
大きくなったミネハさんがシーツに体育座りし、隣をポンっと叩いて言う。
「座って」
「は、はい」
僕はミネハさんの隣に座った。
ミネハさんは簡素な白いシャツにズボンというラフな格好だ。
明らかな男物というかシャツは僕のものだ。
前に洗濯して服が無いと言われたときに貸したシャツ。
それ以来、何が気に入ったのかラフな格好といったらこれだ。
今更返せとはいわないけど、どこが気に入ったんだろう。
それにしても大きい姿のミネハさんは、とても10歳とは思えない容姿だ。
橙色の髪を艶やかに流し、綺麗な顔立ちに幼さは僅かもない。
背丈は僕より頭ひとつ分も高く、10歳とも思えないほどの豊かな胸とお尻だ。
パキラさんやビッドさんよりもずっと年上に見え、妙に色っぽい。
アロマ効果なのか柑橘系の仄かな香りがする。
この香り、好きだな。
その効果なのか僕は勇気を出して謝った。
「あの、その、すみませんでした」
「なにが?」
ミネハさんはこてんっと首を横にして僕を見る。
蜂蜜色の瞳が幼い無垢な表情をみせた。
「あの、僕のせいでスピアーが……」
「いいのよ。別に」
「だけど僕を守る為に」
「だから、あんたを守れたからいいの」
そう僕をみつめる。
「……ミネハさん」
「それに『オリアネス』も貰ったし」
クスっと笑う。
「だから、これでこの話はおしまい。いいわね」
「は、はい」
頷き、僕は何かを誤魔化すように最上階を見回した。
「……凄い部屋ですね。見違えて、驚きました」
「実家を再現してみたのよ」
「ミネハさんの実家はこういう感じなんですか」
オリエンタルなのか。意外だな。
「うん。あのね。ウォフ。今更だけどこの塔を勝手に使ってごめん」
ミネハさんが謝った。僕は呆気にとられて笑った。
「今更ですよ」
「そうよね」
「ひょっとして気にしていたんですか」
「……それは、そうよ」
「それなら早く言ってもらえば」
「だって、そんなの……恥ずかしいし…………」
ミネハさんは頬を僅かに赤くして自分のふとももに顔を埋めた。
それが理由だったのか。まあ僕は不法と分かっていて放置していたからなぁ。
「そ、そういえば、大きい姿のままって大丈夫なんですか」
「……苦手だったけど練習して慣れてきたわ。前は1日ぐらいしか保てなかったけど、今は3日ぐらいはなんとかね。本当は探索者をするならもっと保てないといけないんだけど」
言いながら彼女は一指し指で絨毯をぐりぐりといじる。
「練習すれば保てるんですか」
「練習というか慣れというか、元に戻る消費エネルギーも慣れれば減るのよ。だから長く大きくなれるの」
「へえー、苦手って、どうしてなんです?」
「感覚よ。大きくなると元の身体と感覚が色々違うのよ。本当にダメな子もいて、そのギャップで吐いちゃうのも居るのよ」
「そんなに違うんですか」
大きくなるって嘔吐するほど感覚が違うのか。
「個人差が大きいわね。ワタシはまあマシなほうだから」
「……なるほど」
「楽なのは元の方だけど、便利なのは大きい方なのよね」
まぁフェアリアルのときは移動時に僕の肩とかダガアとかに乗っているからなあ。
苦笑しながら僕は吹き抜けから空を見る。
雲が少ない満天の星空だった。夜の帳を埋め尽くさんばかりに輝いている。
そして夜の母である月も今宵は銀光を纏っていた。
母に付き添う衛星・シスターズも幻想的な美しさを現わしている。
「…………」
「綺麗ね」
「はい」
気付くとミネハさんも僕と同じように夜空を見ていた。
「……ワタシ。この塔に初めてきたとき、後悔したの。だって汚いし狭いし、とにかく汚くて」
「……なんで塔へ?」
「フェアリアルは高いところが好きなのよ。実際住んでいるのがそうだから」
「そうなんですか」
「それに我が侭だけど、あんたと顔を合わせたくなかったのもあるわ」
「えっ」
ミネハさんは顔を真っ赤にしたまま何故か僕を睨んだ。
僕は戸惑う。何か怒らせることをしてしまったのか。
「……気付いたの。泊まるところ無いからって男の家に自分から上がり込んだって」
「……」
初めて聞く真実。気にしていたんだ。
「泊まるところなんて宿とかあったのに、あのときは……不安だったの」
「不安?」
「出会い頭にアクスたちと喧嘩したじゃない。あれは悪手だったわ」
「それはまあ」
「それからもどうしようもなくて」
「……」
意外だ。あのとき、少なからずどうにかしたいと思っていたのか。
僕に声を掛けたのも改善する為だったのか。
「だからあのときは、どうにかしようとそれしかなくて、あまり考えてなくて、無理矢理に押し入ったわ。だけど冷静になったらとんでもないことしていた。だから塔を見つけてすぐに逃げたのよ。それで後悔したわ。あまりにも汚くて」
「あ、あはは……」
「だけどもう夜で自業自得で、塔に泊まることにしたの。あのときワタシは……悔しかったわ。自分の馬鹿さに惨めで悔しくて……そのとき、この星空を見たの」
ミネハさんは夜の星空をみつめる。
今にも吸い込まれそうな―――心を揺らす震わせる。
「星月夜」
ぽつり僕が呟くと、ミネハさんは振り向いた。そしてゆっくりと口を動かす。
「ねえ。ウォフ。ワタシね。分かったの。なんで今日あんたに……隠し事されてあんなにも……悲しさと寂しさを感じたのか」
「ミネハさん……」
「ウォフ。あんたのこと家族だと思っていたの」
「……家族ですか」
動揺する。でも言われるとシックリきて不思議に腑に落ちた。
そうか。家族か。そうだったのか。ミネハさんは僕から視線を逸らす。
「そう。一緒に暮らしてごはん食べて家族みたいに思っていた」
「……」
「変よね。そんなに長く居たわけじゃない。ほんの数か月。でもあんたと一緒に暮らしていた。正直……こんなこと言うの恥ずかしいけど、ワタシ。今の暮らし……ね。とても好きよ。この塔と同じぐらい気に入っているわ」
「僕も今の暮らし……ミネハさんとダガアと、一緒にご飯食べるの。かなり気に入ってます」
食事をつくるときもリクエストは、ほぼ肉だけど、そういうのも悪くなかった。
誰かの為に作る食事が楽しかった。美味しいという言葉に胸が躍った。
「よかった。恥ずかしいのもあるけど、これ言うの。怖かったから」
ミネハさんは言って体育座りした脚を両手で抱きしめる。
「怖かったって、どうしてですか」
「だってこんなこと……否定されるかもしれないわ。だって変だから」
「否定しませんよ。僕もそう言われて、納得しましたから」
「ウォフ……」
「僕はこのままミネハさんと過ごしたいです。ダメですか」
ハッキリ言うとミネハさんは顔を上げた。僕をみつめる。
「別に、ダメじゃないけど……」
「よかったです」
「うん」
ミネハさんも小さく照れ隠しみたいに頷く。
僕は安堵した。彼女と暮らせることに嬉しかった。
「よかった」
もう一度、無意識に呟く。
「ウォフ。星が綺麗ね」
ミネハさんは言って星空へ顔を向ける。
「はい。綺麗です」
僕は笑った。




