即席狼団⓪・最後のひとり。
当日2週間前。
最後のひとりがまだ見つからない。
ビッドさんは【瞬足】がとてつもなく嬉しかったのか。
修行といって遠征に行ってしまった。お土産期待してっスと言われた。
僕は初めての依頼を終えた後、次の依頼は受けていない。
最近はずっと魔女のところに行っている。
魔女はようやく修復の仕事がひと段落した。
なので来てもいいと使い魔の手紙にあった。
それは好都合だ。魔女にはどうしても教えてほしい技術があった。
それを魔女に頼むと承知してくれて、その技術を学んで護身術の訓練もする。
いつ最後のひとりが見つかってもいいように準備はする。
まあ出来ることは少ないけど、僕はこの機会に装備を整えた。
丈夫でなおかつ軽い魔物の革鎧と真新しいジャケット。静聖の小手。
ナイフは増やしたいが、動ける限界というのがある。
今も4本でかなり重い。
なので増やせない。それと1本たりとも折ってはいけない。
誓ったんだ。もう僕はナイフを折らない。
しかし装備重量は実際、馬鹿に出来ない。
僕は体が小さい。13歳だから当然だけど、同年代と比べても少しだけ背が低い。
でも悲観はしていない。まだ成長期が来ていないだけだ。
そうまだ成長期が来ていないだけだ。
「……おなか空いたな」
今日も魔女の修行でヘトヘトだ。
よしシードル亭に行くか。大きくなる為にバターライス大盛を食べるぞ。
シードル亭は今日も賑わっている。空いている席に座って注文する。
ふと声が聞こえてきた。
「おい。そろそろらしいぞ」
「なにがだ?」
「街のダンジョンだよ。調査団の報告結果でそろそろ解禁されるらしい」
「やっとか。結構、依頼溜まってんだろ」
「商会の指名依頼もあったよな」
「なんだかんだ。あのダンジョンでしか採取や討伐できないモノもあるな」
「それでいつぐらいなんだ?」
「早くて1週間。長くて2週間か1か月」
「んじゃあ、まぁのんびりと待つか」
「そうだな。おーい。こっちにエールをふたつ」
「あいよー」
街のダンジョンが解禁される。そうすれば12階へ行ける。
箱舟遺跡か。その前にゴミ場の聖室か。
「ふう」
「あれ。アクスさん?」
僕の横を通り過ぎるフォーンの男性。アクスさんだ。
「ウォフか」
「どうも」
「……そこの席、いいか」
「えっ、どうぞ」
アクスさんは僕の対面に座る。
「レルさんたちはいいんですか」
「あ、ああ、今はソロだ」
「え? 雷撃の牙として活動してないんですか」
「解散したわけじゃない。その、なんというかふたりは……逃走中だ」
「へ……?」
「ああ、なにか犯罪をしたわけじゃない。すまん。特大エールをひとつ」
「あいよー」
アクスさんは通り掛かったウエイトレスに注文する。
「なんで逃げているんですか」
「なんで、というか。レルの姉から逃げているんだ」
「あー……シェシュさんですか」
ジューシイさんは妹。ドヴァさんは体力無さそう。
そうするとシェシュさんだ。有名な傭兵で護衛。
アクスさんは驚いた。
「知っているのかっ」
「はい。僕も彼女たちとは、妙な縁がありまして」
「そうなのか。さすがウォフだな」
「え?」
「それならタサンだって知っているのか」
「はい。もちろん。えっと、レルさんならまだしもホッスさんもですか」
何も関係ないのでは?
「あいつ。咄嗟にレルの姉の剣を受け止めてしまってな」
「あー……」
やっちまったわけか。
「だからしばらくふたりは街から出ている」
「それでソロなんですね」
「まぁな」
「お待たせしました。特大エールです」
「お待たせしました。バターライス大盛です」
僕とアクスさんの注文品が同時に来た。
アクスさんは特大ジョッキを掴むとエールを豪快に飲む。
「ぷはぁっ、やっぱこれだな」
「うぅーん。これ。これ」
僕はバターライスを食べて満足に頷き、アクスさんに言った。
「それなら今は依頼とかなにもないんですか」
「そうだなぁ。今は特に無いなぁ」
「それなら、指名依頼があるんですけど、どうですか。参加してみませんか」
「指名依頼?」
「あっ、その前に僕、特例で探索者になったんですよ」
「マジか!?」
「ああ、でも第Ⅴ級ですよ」
「……魔女か」
「はい」
さすがアクスさん。すぐに察したなぁ。ははは。
「にしても第Ⅴ級に指名依頼か。その物好きは誰なんだ」
「アルハザード=アブラミリンです」
「……ん?」
「ですからアルハザード=アブラミリンです」
「―――それって……近所の肉屋のおっさんとかじゃねえよな。ほらアンブラミカルビタンとか」
なにその焼肉。
「は、はい。グランドギルドマスターのアルハザード=アブラミリンです」
「…………………―――マジで?」
目が点になるアクスさん。
「はい」
素直に頷くとアクスさんは残ったエールを無言で飲み干す。
特大ジョッキを空にすると、また同じのを注文し、僕に言った。
「経緯、聞かせてくれるか」
「はい。ことの起こりは―――」
パキラさんたちのときとほぼ同じように語る。
アクスさんは再々注文した特大エールを飲んで頷いた。
「なるほど……なんだが」
「どうしました?」
「その発端となった屋敷……トルクエタムの拠点なのは知っている」
「知っていたんですか」
「ああ、そりゃあトルクエタムは有名だからな。あれだけの美少女が3人だぞ。女が苦手の俺でも耳には入る」
「まぁ確かに」
なにかと目立つのはあるけど、まだ女が苦手だったのか。
アクスさんは尋ねた。
「それで屋敷に入ったんだな」
「そうですね。リヴさんに誘われまして」
「……さすがウォフだな」
「え?」
「いいぜ。俺で良ければ、参加したい」
「あ、ありがとうございます」
さすがってなんだ。
さっきからこうなんか。
「それで他のメンバーは?」
「はい。ミネハさんとリヴさんです」
「リヴってトルクエタムの?」
「はい。そうですが」
「ああ、なるほど」
「ミネハもか。そういえば、あいつ。どこに住んでいるんだ?」
「えっ、知らないんですか。僕の家ですよ」
「……ウォフの?」
「はい。さっき話した中庭の塔に勝手に住んでます」
「なるほど……さすがウォフ」
「え? あのさっきから僕が何を?」
だから、さすがってなんだ。なんか誤解していないか。
アクスさんはやや言い辛そうにしてから口を開く。
「あー、相変わらず女と仲が良いんだなあと」
「……否定はしません……」
僕は苦笑いする。それはさすがに否定できない。
アクスさんはすまんと謝って。
「いや俺もいつまで女が苦手っていうのは、その自覚はしているんだ。それに苦手だけど嫌いっていうわけじゃない。俺も男だからな」
「はあ、まあ、わかります」
「だから、そのさすがウォフってつい言ってしまった。わりぃな」
「いえ、まあ別に……理由が分かったんですけど、アクスさんってその女性の好みのタイプとかあるんですか」
「いきなりだな。そ、そうだな……エルフかな」
「エルフが好きなんですか」
「……おふくろがエルフなんだ」
「あー……」
エルフなのか。へえー。
「いや待て。変な意味じゃないぞ。その、身近の女性がエルフだから」
「じゃあルピナスさんとか」
「あれはない」
即答された。
「えっでもエル」
「あれはない」
「はい」
喰い気味に否定された。
「それで、おまえはどうなんだ?」
「え? 僕は、その、まだそういうのはよく分からないので」
「おいおい。じゃあこの話はやめよう」
「はい」
アクスさんはエールを飲む。
僕も喉が渇いたのでレモネードを飲んだ。ぷはっ。
「なんにせよ。楽しみだ」
「はい」
「まずはウォフが探索者になったことに」
「ありがとうございます」
「そしてアブラミリンの爺さんの指名依頼が成功するように」
「はい」
そうアクスさんは乾杯して一気飲みした。
次の日。
シードル亭で僕たちは集まった。
テーブル席に僕。ミネハさん。リヴさん。アクスさんの順で座る。
エールとか頼んでからアクスさんが微苦笑した。
「まぁ今更、自己紹介しなくてもいいな」
「そうね。アクス。久しぶり。師匠と連絡取れた?」
「まだだ。おふくろ。まだ戻っていないらしい」
「師匠らしいわね」
「まったくだ。それで、えーと久しぶりだな。リヴ」
「ん……アクス……知り合い……ホッとする」
「まぁ、今回の依頼は知り合いしか頼めませんから」
「それもそうね」
「そうだなぁ。さてと、じゃあまずはパーティーの名前からだ」
「やっぱりそうなりますか」
ちょっと僕は呆れる。ろくな思い出がない。
ミネハさんが尋ねる。
「それで案はあるの?」
「ん……ウォフ様調査隊」
リヴさんが真っ先に言う。どこか聞き覚えがあるなぁ。
つか却下だそんなの。
「まあまあ、良い案ね」
「いやいや、なんで僕の名前が」
「そりゃあ、これはおまえの指名依頼だからな。でだ。即席狼団ってどうだ?」
「どういう意味?」
「ん……狼……って?」
少なくともウォフ様調査隊よりは100億倍マシだ。
アクスさんはエールを飲んでから言う。
「ウォフとミネハ以外、俺とリヴはパーティーに入っているが今はソロだ。ソロってことはつまりロンリーウルフだ。そんなロンリーウルフが即席に集まっている。だから俺たちは即席狼団だ。どうだ?」
「いいですね。とってもいいです!」
僕は大賛成した。そのロンリーウルフっていうのはよく分からなかったけど。
狼っていうところから格好良い。ウォフ様調査隊よりは1000億倍マシだ。
ミネハさんは自分の体の倍もある骨付き鶏肉を食べて言う。
「悪くないわ。リヴは?」
「ん……恰好良い……からよし……グッド」
「決まりだな。俺たちは即席狼団だ。ウォフ団長頼むぞ」
「やっぱり僕ですか」
「そうよ。団長」
「よっ……団長」
「よし。全員、ジョッキを持て」
僕たちはアクスさんの言われた通りにする。
「ウォフ団長。乾杯の音頭をお願いします」
「は、はい。えっと、即席狼団に乾杯!」
「かんぱい!」
「乾杯」
「ん……乾杯」
「ナ!」
杯を打ち鳴らした。
こうして即席狼団が誕生した。
僕は全く思わなかった。
まさか、これから何度も即席狼団の名前を使うことになるなんて。




