第V級探索者⑤
振り返った彼女はやはりビッドさんだ。
黒髪で青い瞳。幼さなさのある顔立ちにはそばかすがある。
黒髪から伸びるのはホーランドロップイヤー。垂れたウサギの耳だ。
彼女は獣人種の兎人種だ。青いジャンパーに黒いシャツ。
ジャンバーにはナイフが装着されていた。
相変わらず黒いスパッツみたいなピッチリタイプのズボンを履いている。
つまりスパッツだ。
スイカのような大きい尻で白く丸い尻尾がみえる。
背が小さく革製の籠手を右腕に装着。
後ろ腰に矢筒。横にクロスボウを付けていた。
第Ⅲ級探索者。
つい最近まで新進気鋭の『ザン・ブレイブ』というパーティーのメンバーだった。
しかし『ザン・ブレイブ』は解散。今はソロだ。
「ウォフくん!? どうしてここに!? 誰かの雇い仔っスか?」
「いいえ。僕もなったんです」
探索者タグを見せる。
ビッドさんは大きく目を見開いた。
「ひょっとして特例っスか」
「そうなります」
「はぁー……さすが魔女の弟子っスね」
ビッドさんは感心するように頷く。
僕は尋ねた。
「休憩ですか」
ビッドさんは組んだ脚を入れ替え伸びをしながら答える。
「んぅー、そうっスね。依頼終わって一息ついたところっス。ウォフくんは?」
「僕はこの回復の泉の調査です」
「調査っスか……?」
頷いて調査キットを取り出す。
調査キットには3枚の細長い紙と3つの小瓶がある。
まずこの細長い紙を泉の水に浸ける。次に小瓶に入れる。
軽く振る。すると紙の色が変化する。青だ。
「異常なしですね」
「ふぅーん。そうやっ調べるんっスね。全部回るっスか?」
「はい。残り2カ所ですね」
「ねえ、良かったら一緒について行っていいっスか」
「いいですけど」
「ありがとっス。後は帰るだけってなんか味気なくて」
「ナ?」
「お? ダガアもいるっスか」
「ナ!」
ナイフから変化するとビッドさんの膝上に乗る。
たまにダガアはミネハさんの仕事についていくこともある。
だからよく組むビッドさんのことも知っている。
ダガアはビッドさんの膝に座り、頭を撫でられると、「ナ!」って鳴いた。
それから僕の元に戻って頭に乗ってから、ナイフになって鞘に収まる。
ビッドさんは、よっと立ち上がる。
「んじゃあ行こうっス」
「はい」
「次は3階っスね。ウチ。知っているから案内するっス」
「おねがいします」
経験者がいるのは頼もしい。
2階。アクアカエルという大きな水色のカエル。
魔水カニという人と同じぐらいの大きさで、片方のハサミが肥大化したカニと戦う。
ちょっと手強かったのは水蛇だ。水の蛇。それも何匹も襲い掛かって来る。
「この辺っていつもこうなんですか」
「そうっスね。でも核を撃ち抜けば楽っスよ。こんな風にっス!」
そうビッドさんは6匹の水蛇の核を【範囲射撃】で正確に貫く。
核は個体差があって必ず同じ位置には無い。
それに【範囲射撃】は必中じゃない。
1本の矢が複数になってバラバラの核を撃ち抜くのは至難の業だ。
でもビッドさんは見事に当てる。
レリックを使いこなすというのは、こういうことだと思う。
水蛇の巣みたいなところに青い宝箱があった。
【フォーチューンの輪】で確認したら緑だ。罠も無い。
開けると瓶が入っていた。ビッドさん曰く聖水かポーションだとか。
まあ、そんなものだろうな。
そんな感じで3階に到着する。
3階は遥か遠くに大瀑布がうっすらと見え、向こう岸が見えない大河があった。
海を知らないひとが見たら海と錯覚するだろう。
ここは岸辺だ。林がある。
「ここはっスね。大河に島が点在しているところっスよ」
「島ですか」
「そうっス。岸辺と島しか陸地はないっスね。でもこの階は便利っスよ。4階や5階や6階に行くことができるっスから」
「複数のルートがあるんですか」
「そうっス。全部、各島にあって、あそこの桟橋に舟があるっス」
「回復の泉も島にあるんですね」
地図をみる。どうやらこの点々としているのが島らしい。
桟橋には沢山の舟があった。色々なカタチの舟がある。
慣れたように乗り込んで出発する探索者たちがちらほらといる。
ソロだからかタライに乗っているひともいた。ツワモノだ。
「ビッドさん。どれかお勧めありますか」
「そうっスね。大河の水棲魔物に即座に対応できるのが良いっスね」
「じゃあ、このイカダはダメですね」
「それはもう見るからにアウトっス。黒があればいいんっスけど」
「黒ですか」
「黒は底が深いので魔物の攻撃を避けたり防御しやすいんっスよ」
「なるほど。それはいいですね」
舟という限られた場所での戦闘は厄介だよな。少しでも有利にしたいのは分かる。
黒か。それにしても陸に打ち上げられて林の方にも舟があるんだな。
奥にも沢山ある。うーん。そうだ。【フォーチューンの輪】を使ってみるか。
緑に光る舟が沢山あるな。光が無いのは破損している舟だ。
そうすると乗れるから緑なのか。おおっ、林の奥に黄色の光がひとつあるぞ。
黄色かぁ……まあ悪いようにはならないだろう。
「ちょっと……ウォフくん。いったい、どこ行くっスか?」
「ええっと、この林の奥へ黒い舟みたいなのが見えたんです」
「林の奥っスか? あんまり行ったこと無いんっスよね」
まあ桟橋にあるからわざわざ林の中の舟を持ち出す奴もいないか。
林の中に入る。
「……」
なんていうか。木々の合間に色々な舟が放置してあるのはシュールか変な感じだ。
ビッドさんもそう感じているんだろう。気味悪そうに周囲を見回す。
幸いにも魔物がいないのは、それはそれでより不気味さを増す。
「……ウォフくん。その、どこまで行くっスか」
ビッドさんが不安そうに尋ねる。
「もう少しです」
「けっこう奥まで入っているっスけど……」
「もうちょっとですから」
「ねえ……ほんとうにあるんっスか……」
そう疑うのは分かる。ビッドさんの声にも不信感があった。
かなり奥まで来ていた。普通はここまで来ないだろう。
とにかく黄色の光には近付いているのは間違いない。
もう少しあともう少し……急に開けた場所に出た。
そこには大河の支流か。川が流れていて、半壊した奇妙な祠があった。
その祠の前に何かいる。
長い水色の髪と顔。この時点で人間じゃないと分かる。
ご丁寧に水のスカーフで顔の半分を隠していた。
目は閉じているが、顔立ちから美女だとは分かる。
水のようなナイフを手にしていた。その手も水で出来ている。
スラリとした手と足。胸も尻も大きくスタイル抜群だ。でもこれはなあ。
しかも水のヴェールを何枚も纏ったビキニ姿をしていた。
「水妖の踊り子っ!?」
ビッドさんは驚いていた。
「水妖?」
「40階層以下で大体、宝箱の前にいる番人っス。水で出来た水妖人形シリーズで、あれは水妖の踊り子っス」
「40って、そんな魔物がこんなところに……?」
「どうやら、あの祠を守っているみたいっスね」
「……」
黄色の光は祠の中だ。
つまりこの水妖の踊り子とやらを倒さないといけない。
「ちなみにレリックが無いので銅等級っスけど強さは銀等級下位っス」
「銀等級―――勝てると思いますか」
「―――本当はもうちょっと人手が欲しいところっスね。核を撃ち抜けばいいっスけど、ただ水妖人形の核はランダムで複数あって動きが素早いっス。うちのレリック【身軽】でも対応するのが精いっぱいっス」
「つまり囮がいればいいんですね」
「それはそうっスけど、まさかウォフくん!?」
僕はナイフを抜いた。アガロさんのナイフ改だ。
「ビッドさん。頼みましたよ」
「ダメっス。ウォフくん。刃物は!」
近付くと水妖の踊り子が動き出す。
両腕をひろげて片脚で立ち、僕に顔を向ける。
「は、はじめまして」
なんとなく挨拶して一歩踏み込むと、水妖の踊り子は軽く半回転し跳躍する。
空中で捻って逆さになり、いつの間にか二本のナイフが僕の眼前に迫っていた。
直前で気付いて避けるとバク転回転し、蹴りを繰り出す。
【バニッシュ】でその蹴りを潰す。だがすぐに接着して回転し下がる。
こいつ。【バニッシュ】が効かない。そうか。水だからか。
水妖の踊り子はふわりと浮いて駒のように斜め回転し、僕の背後に回り込んだ。
僕の間合いに入り、ナイフを振るう。
僕は咄嗟にナイフを構える。
「ウォフくん。ダメっス!」
あっ、そうか水だから刃が通り抜け―――ガチンっという音がした。
水のナイフを受け止めている。どういうことだ?
弾いて離れる。水なのに刃が通らなかった。
水妖の踊り子は両手両脚を伸ばし縮み開き閉じ、アクロバティックに踊り舞う。
軽やかな動作で水のナイフを振り突き切りと巧みに繰り出す。
「っ!」
大した速さと身軽さと翻弄さ。それと息つき間もないほどの連撃だ。
でも魔女の方が速さも手数も多かったな。
レリック【静者】を使って冷静に見極める。
2本のナイフを避け、1本を受け、1本を切り結び、力を込めて弾いた。
水妖の踊り子が揺れる。
そこだっ! 僕は刹那の隙間を見抜き、水妖の踊り子の腕を切った。
水を切る。そのなんと無謀で愚かなことか。
しかし水妖の踊り子の水で出来た腕は切断されて落ちた。
やった。うまくいった。《《水のナイフを受けられるなら》》、腕は切れるはずだ。
「切った!? い、いったいなんなんっスか……!」
それはさすがに想定外だったのか、水妖の踊り子の動きが僅かに止まった。
チャンスだ。
「今ですっ! ビッドさんっっ!!」
「あーもうっ! 後で説明するっスよ!」
吠えながらビッドさんがクロスボウを放つ。一本の矢が【範囲射撃】で複数になる。
範囲内で増殖された矢が水妖の踊り子の両手両脚の核を全て撃ち抜く。
ボロボロになりながら水へと戻っていく水妖の踊り子。
しかしまだカタチは残っている。まさか核が……あっ、ここか!
「終わりだっ!」
僕は勢いよく水妖の踊り子の左胸にナイフを突き刺した。
水なのに柔らかい感触がして、核を突くと水妖の踊り子は完全に水溜まりとなった。




