第V級探索者③
とおく誰かが呼ぶ声が聞こえた。
(ウォフ。ウォフ……ウォフ)
だれ?
(ウォフ……目覚めなさい……今こそ目覚めるのです……)
「えっ、えっ? んあ、だ、なに?」
目を覚ますとそこは、どこ? なんか真っ白い……空間?
えっどこ? 夢?
(ウォフ。目が覚めましたね)
「だ、だれです? え? だれ?」
そこにポツンと居たのは、なんといっていいのか。
なにかこうある種の集大成みたいな神秘的な美女がいた。
キラキラと光る髪。銀色の瞳。不思議な衣を何枚も重ねて纏っている。
なんとなく刃物みたいだ。なんとなくだけど。
(ウォフ。私はナイフの女神です)
「へ。え?」
(私はナイフの女神です)
「…………」
なんだって?
(私はナイフの女神。ナイフを10本折ったりした者の元に現れます)
「なんだって……10本?」
いやナイフの女神って、そもそもなに?
この世界に神はいたとは思うけど、さすがにナイフの女神は唐突すぎない?
(はい。ウォフ。あなたは10本のナイフを最速で折ったりしました)
「最速……?」
(今までナイフを10本折ったりした者は数多おります。ですがこれほど早く10本に達成したものは未だかつておりません)
「そんなに?」
えっ待って。僕はそんなに折ったの?
(―――普通は20年や30年ぐらい掛けて消費するものです。しかも大体折るのはナイフを投げる職業の暗殺者やナイフ投げ師。他は狩人や盗賊や、酒場で意味もなく待ちなと言って主人公の鼻先の木の柱にナイフを投げて止めるチンピラや、その練習をするチンピラ。後はとにかく沢山のナイフを投げたい趣味のひと、ぐらいでした)
後半、急に雑になったな。
主人公ってなに?
(―――ウォフ。あなたは何故ナイフを扱うのですか―――)
「それはその、剣より重くないからです」
ぶっちゃけると僕もナイフより剣が好きだ。
ファンタジーの王道の王道。それは剣だ。ソード。ブレード。そしてKATNA。
アクスさんやアガロさんが羨ましく思う。
だけど初めて剣を持ったときあまりの重さにビックリした。
こんなに重いのか。ショックを受けて、だからナイフを武器にしている。
(わかりました。ですがナイフを10本折ったりしたのは事実)
ナイフの女神様はそう言うと石板を手にする。
そこには僕が折ったりしたナイフがずらりと並べられ……あれ?
「あの女神様」
(なんでしょう)
「この9本目なんですが、『ゴミ場でミネハが邪魔なナイフを【スパイラル】で破
壊】……これも僕の所為になるんですか?」
(……え?)
ナイフの女神様は石板を見た。(あっ)と小さく声をあげ、僕に微笑む。
慈愛に満ちたまさに女神の笑みだ。
(―――それでは10本折ったりしたとき、お会いましょう。良きマイナイフを)
「えっ、ちょっ!?」
僕は飛び起きた。
「……はぁーはぁー……はぁーはぁー……夢か」
なんて夢だ。ナイフの女神……まあ、夢だからな。
実在するわけがない。
この世界に神は居た。居るではなく、かつて居た。僕はそう思っている。
だがこの世界の多くの人たちは今も神が存在していると信じている。
「でも、ナイフの女神はないよな……ははは」
さすがになぁー。まっ夢だ。夢。それにナイフ9本?
そんなに折っているわけないだろ。はぁー嫌な夢だった。
本当に嫌な夢だ。ナイフを持つ理由とか思い出してしまった。剣か。
「……剣か」
剣か。そうだな……あれから2年。また手にしてもいいかもな。
そう考えると、ふわっとあくびをする。
まだ暗い。僕は二度寝した。
朝。
モソモソと起きて顔を洗って朝食の準備をする。
「ナ?」
「おはよう。ミネハさんは?」
ふらふらっと寝ぼけながらダガアがやってくる。
台所横にある机に降り立った。
「ナ?」
ダガアはミネハさんがいるときは彼女と一緒に寝ている。
たぶん布団代わりにしているんだろう。
いないときは僕のところで寝ている。
「呼んできてくれるか」
「ナ!」
ダガアはふらふらと塔へ飛んでいく。
僕は火石を割って火を付けてフライパンを置いて温める。
火石。属性石と呼ばれる使い捨てのレガシーだ。
色は赤。ダンジョンで大量に手に入るので安く手に入る庶民の味方だ。
属性石の使用方法は簡単。
割ると欠片がその属性になり消える。以上。
しかも石だからそんな簡単に割れないのもありがたい。
その間にベーコンを保存壺から取り出して薄く何枚か切った。
油壺を確認したが真っ黒だ。しまった。買い替えるの忘れていた。
「これはもう使えないな」
廃棄油を【バニッシュ】で消去して、ベーコンの脂を使うことにした。
先にベーコンの脂を入れ、温まったフライパンにベーコンと卵をふたつ入れる。
軽く揺するだけでベーコンと目玉焼きをつくる。次にパン豆を出して切る。
フライパンに放り、ベーコンの脂を絡ませながらパン豆を焼く。
キツネ色になったので取り出す。
パン豆を切ってペーコンと目玉焼きを挟む。
それをふたつ皿に並べて、まだミネハさんは起きないのか。
ダガア用に分厚いベーコンを焼いて、その間にお茶をつくる。
机の上には茶葉用の専用小壺が入った小棚がある。
新しく設置したものだ。いくつか取り出して混ぜて粉にする。
そして水と一緒に三日月の器に入れて、調合する。
茶葉は購入したり魔女に貰ったりしたものだ。
ダガア用のベーコンを取り出して専用皿に置く。
完成したお茶も僕とミネハさん用のコップに入れる。
今回は黒豆茶だ。セールで雑豆袋を買ってきた。
そろそろコーヒーとか挑戦してみるか。
「おはようぅ。いい匂い……」
寝間着姿のミネハさんがふよふよっとやってくる。
その後にダガアが続く。
「おはよう。ミネハさん」
ダガアは分厚いベーコンに齧りつく。ミネハさんも目玉焼きとベーコンを食べる。
食べていると目が覚めたのが僕に尋ねた。
「あんた。今日はどうするの」
「ギルドにいって、ちょっと依頼を受けてみようかなと」
FIREが頭を過ぎったのは事実だ。
でもせっかく色々な人たちの協力と魔女のおかげで探索者になれたんだ。
そういうのを無為にするのも僕らしくない。
それなら探索者生活をしてみるのもいいかなと思った。
僕も男だ。ダンジョン探索は男の浪漫だ。
もっともFIREするには145万オーロってどうなんだというのもある。
冷静に考えると遊んで暮らせる額じゃない。
働かず質素な生活ができるだけだ。
安心してFIREするには1000万オーロぐらいは、いや500万オーロ?
遊んで暮らすならもう少し必要な気がする。なのでFIREは頭から消えた。
まあそれはそれとして、僕は探索者になった。
だから簡単な依頼を受けてダンジョンに潜ってみることにした。
つまりはそういうことだ。
「ふーん。いいんじゃない」
「ミネハさんは?」
「んー、もうちょっとゆっくりするわ。あっ、グランギルマスの依頼するなら必ず呼ぶのよ。いいわね」
「わかってます」
まずはひとりゲット。
昨日、帰ってふたりと一匹だけでささやかなお祝いをした。
本当はパキラさんたちにも知らせたかった。
でも帰って来るのが遅くなるというのでまた後日、知らせようと思う。
なのでリヴさんにも言っていない。
まあ探索者になっただけだから大したことじゃないけど。
その祝いのとき詳しい経緯を伝えると、ミネハさんが申し出てきた。
断る理由はないのでこちらからもお願いした。残りふたりか。
まぁまだその依頼はやるつもりはない。
グランドギルドマスターの探索依頼か。
これは急いでやる必要が全くない依頼だ。
まずこの探索依頼には期限が全く無い。それに彼は失敗している。
たぶんアルハザード=アブラミリンは僕が探索依頼を解決する事を想定していない。
なんとなくわかる。これは何年も取り組むことを想定している依頼だ。
あるいは一生かかっても解けない依頼かも知れない。
いつ失敗したか分からない。
でもグランドギルドマスターになった第Ⅰ級探索者が果たせなかった。
この依頼のどこかに決定的な不可能に近い何かがあるんだろう。
何年何十年いいや一生かかっても解けない何かがある。
それを踏まえて、とりあえずファーストアタックでクリアするつもりはない。
だけどやれるところまではやろう。
というわけで準備と仲間探し。
でも今日は初めての探索者として初めての依頼をする。
ご飯を食べ終わりミネハさんは塔へ。僕は着替えた。
「ナ!」
「おまえは残るのか」
「ナ!」
「おいおい。またか」
僕は溜息をついてアガロさんのナイフ改を抜いて置いた。
刀身が青く燃えるように光る。ダガアは前足で刀身をつつく。
つつくたびに青く燃える。というよりも波紋ができる。
「……」
なんかこの波紋が出来る感覚。液晶パネルみたいだ。
まあ液晶パネルなわけないけど。
ダガアはこのナイフを見せて以来、踏むのが気に入ったのかよくやるようになった。
なにが楽しいのかさっぱり分からない。そもそもこいつがなんなのか分からない。
ちなみに屋敷の帰りにお腹が空いたのでシードル亭に寄る。
アガロさんが居たのでさっそく例のナイフを見せた。
飲みながらアガロさんは興味深そうに眺める。
僕は経緯を話して謝った。するとアガロさんは大笑いした。
聞けばフレイムタンも実は何回も折れて、そのたびに修復して今のようになった。
そのナイフもフレイムタンみたいになるかもなと言われて苦笑する。
あと探索者になった祝いだと酒を飲まされそうになったのは困った。
でも嬉しかった。
「よし。僕は行くけど、どうする?」
「ナ!」
ダガアはナイフになった。連れて行けってことだろう。
アガロさんのナイフ改を仕舞ってダガアナイフを仕舞う。
よし。いってきます。




