トルクエタムとウォフ②
思えばきっかけは彼女たちを助けたことだった。
あのときは……キマイラの亜種に【ジェネラス】使ったりしていたなぁ。
今ならあのキマイラに僕はそのまま勝てるのだろうか。
それはともかくパキラさんにバレていた。
だから他のふたりにバレているのは当たり前か。
前にルピナスさんから話しがあるとも聞いていた。
どんな話かも大体は想像ついていたけど、それが今とは誰も思っていなかった。
「ええーと、あの」
「最初から話をしたほうがいいのう。まず何故、気付いたのか」
「はい」
全員、気を失っていた。だからそこでバレるのは考えづらい。
「気付いたのはリヴじゃ。おぬしからエリクサーの匂いがすると言うてのう」
「え、エリクサーの匂い?」
匂い……しないよな。するの? ええっ? 匂い?
「ん……今もエリクサーの匂いが……ちょっとだけする」
「えっ……」
つい、くんくんっと自分の服や肌の匂いを嗅ぐ。わからん。
エリクサーって無味無臭では? パキラさんは微苦笑する。
「それはわらわたちも実は分からん。リヴの感覚じゃ」
「リヴ感覚とはよく言ったものですわ」
「ん。いい感じ……」
「あー……なんとなくわかりました」
いわゆるリヴのスペース的なあれか。
第六感とかそういう類のヤツ。この世界に人間にはないヤツ。
エリクサーの匂いというのは実際に匂いじゃないんだろう。
彼女が感じられる何かだ。
「じゃが最初は雇い仔じゃと思った」
「あなたには雇い主が居ると思ったのですわ」
「それはまあ」
確かにそのほうが説得力ある。
「ん……でも違った……」
「……なんで違うと思ったんですか」
「それはのう。こう言ってはなんだがのう」
パキラさんが困ったような顔をする。
「?」
「ウォフさん。あなたがパキラに渡したモノ覚えてますの?」
「ええっと、あっ……エリクサー……」
「ん……それでおかしいと思った……」
「あなたに雇い主がいてその指示というのも考えられましたわ」
「じゃがのう。そうすると何の為というのが考えられるわけじゃ」
「つまり目的ですね」
「ん……トルクエタム……助ける目的……分からない……」
そうだよな。目的と言われてもな。
「わたくしたちが目的かと思ったけれど」
「正直のう。エリクサーとわらわたちが釣り合うかというとのう」
「ん……そこまで……うぬぼれて……いない……」
「ですわ」
な、なるほど。
エリクサーを使用するほどの価値ということで考えると……ってわけか。
その辺はなんとも言えないのでスルーしたい。
命は何よりも尊くて重要だ。でもこの世界では命は儚くて価値が低い。
この辺だけは理解しているけど、どうしても許容できないんだよな。
「それで、おぬしが……その白状したからのう」
「まあ、はい」
「改めてお礼を申し上げますわ」
またルピナスさんが頭を下げて礼を言う。
僕は気恥ずかしくなった。
「いやそれは、その」
「ん……リヴも礼を言う」
「わらわもトルクエタムとして礼を述べよう」
「ありがとうございますわ」
「ん……ありがとう……」
「ありがとう」
三人の感謝の言葉に僕はどう答えていいか、その分からなかった。
礼を言われたいからやったわけじゃない。
助けられる命があるのに助けないのはおかしいと思ったから。
「………」
「それで不躾ですけれど聞きたいことがあるんですの」
「なんですか」
「どうしてわたくしたちを助けたんですの?」
「え、なんで?」
小首を傾げる。ルピナスさんは僕を不審な目で見る。
「エリクサーはわたくしたちと釣り合わない価値。それをご存知ですわよね」
「……死にそうなひとがいて、それを助けないというのは……僕の中には選択肢としてありませんでした。助けられる方法があるのに助けないのはおかしいです」
「いいえ。おかしくないですわ」
「そうじゃな」
「ん……」
あっさりとトルクエタムに否定されてしまった。思わず苦笑する。
「うーん。とにかく僕はそういう人間です。ただ僕も助けるひとは選びます。誰彼問わず助けるわけじゃないです」
さすがに敵意や殺意をもった相手は助けないぞ。
分別は弁えている。それと大事な事を付け加えておかないと。
「謝礼とか要りません。その為に助けたわけじゃないです」
シーンと変な空気になる。
「……」
「……」
「わかりましたわ」
ルピナスさんが頷いた。でも表情がどこかぎこちない。
納得はしないけど理解したってことか。
「やれやれ。なんともウォフらしいのう」
「ん……嫌いじゃない、ぜ……」
ふたりもようやく言葉を紡いだ。
まあ、僕らしいといえばそうかも知れない。
「それでは次ですわ」
「次?」
えっとこれで終わりでいいのかな。
なんでエリクサーを持っていたとかそういうのはないのかな。
あっても困るけど、するとルピナスさんは立ち上がった。
「あの?」
そしてソファから離れて床に直に座ると、いきなり土下座した。
「お大金をくださってありがとうございます!!」
「えええぇぇっっ!?」
思わず僕は立ち上がった。それは見事な土下座だった。
両手を前に三角形に添えて額を床に擦り付けている。
お大金……。
「6000万オーロもくださってありがとうございますっっ!!」
言いながら堂々とひれ伏すルピナスさん。
ええっと、命を救ってもらったときよりも感謝の度合いが違う。
僕は困ってパキラさんたちを見る。パキラさんたちも唖然としていた。
「な、なにをしておるのじゃ。ルピナス!」
「感謝ですわ」
「ん……さすがに土下座はやばい……」
「これはソイル・アンダー・オッカーラ。最上級の礼ですわ」
キッパリと真面目な顔で言うルピナスさん。
真剣度合いが違う。というかソイル・アンダー・オッカーラってなに?
最上級の礼……確かにそう言われるとそうだけど、でもなんか違う。
パキラさんが僕に謝る。
「すまぬのう。こやつ。実家を嫌っておってのう。実家の支援を取り付ける必要がなくなったので喜んでおるんじゃ」
「ん……歓喜するほど」
実家と仲が悪いのかな。
「はぁ……わかりました。ルピナスさん。顔をあげて立ち上がってください」
「わたくしの誠意は伝わりましたの?」
「は、はい。充分に伝わりました」
「良かったですわ」
さらりと優雅に立ち上がって髪を掻き上げて淡く微笑む。
とてもついさっき土下座していたエルフには見えない。
「まぁそれでも足りなかったんじゃがのう」
「そうなんですか」
「タサンの例の支援でなんとかってところじゃ。おお、そうじゃった。おぬしに見せたいものがあるのじゃ」
「見せたいもの?」
「ルピナス。もう用事は済んだじゃろう」
「ええ、もういいわ。ソイル・アンダー・オッカーラも出来たわ」
だからソイル・アンダー・オッカーラってなに?
「ならば案内しよう。こちらじゃ」
リビングルームを出てエントランスを通り、廊下の先を曲がると勝手口があった。
その勝手口は内向きだ。屋敷の中になるんだが。
「この屋敷は真ん中に中庭があるでのう」
「中庭もあるんですか」
なるほど。しかしオーバーハングといい。変な構造の屋敷だな。
パキラさんが勝手口を開ける。
真四角な緑の地。反対側に屋敷の窓などが見える。
その中庭の真ん中に塔があった。そんなに大きくはない石造りの塔だ。
んん?
「なんかどこか見覚えが……えっ、この塔!」
家にあるミネハさんが不法に住み着いている見張り塔!?




