死の墓⑩・ある兄妹の話。
あるのは絶望への道だけだ。それしかない。
死んだと思った。
今度こそ俺は死んだと、そうハッキリと感じた。
「お兄ちゃんっ!?」
薄暗い巨大な墓所。薄暗くなにもかも青銅色の異様な空間。
目の前には腐った巨人。確かサトゥルヌスだったか。
その十字になった四つの不気味な眼が俺を見て、巨大な手が伸びる。
ああ、俺も喰われて死ぬのか。
とうとう死ぬのか。
ごめんな。エリナ。
おまえをこんなところに連れて来てしまった。
兄ちゃんが馬鹿だった。おまえだけはなんとか幸せにしたかった。
両親が探索者だった。
だから俺も探索者になりたかった。
3年前。両親が依頼に行って帰って来なくなった。
それで街で一番のクーンハントの雇い仔になった。
奴隷みたいに扱われても、なんとか生活は出来た。
子供の兄妹がまともに食べる手段は殆どない。
ゴミ場だって300オーロを払わないと入れない。
例え入れても、生活できるぐらい売れるモノは殆ど見つからない。
その前に買ってくれるところがない。
あったとしても買い叩かれる。
だから厳しくても辛くてもクーンハントの雇い仔になるしかなかった。
幸い俺と妹にはレリックがあった。ひとつでも有ると無いとでは天地の差もある。
だけど少しでも実績を積みたくて稼ぎたくて……それがこの結果だ。
クーンハントの底辺の探索者たちに騙された。
あいつらは俺たちを囮にして逃げやがった。
でもこの死の墓から出られない。出たら死の供物になる。
どちらにせよ俺達もそうだ。
ボロ切れみたいな服装のまま無様に死ぬ。
死の墓。巨人墓所か。
墓所が死に場所とはツイているんだか無いんだか。
「お兄ちゃんっっ!」
さよなら。エリナ。
俺は死ん―――そのとき誰かが前に出た。誰だ。子供?
他の雇い仔か。そいつがサトゥルヌスに捕らわれる。
「た、助かったのか」
腰を抜かしてしまう。
誰か知らないが、助かった。助かった……助かった……助かった。
するとサトゥルヌスが何やら暴れている。
なんだと不思議に思っていると何かが落ちてきた。
「おわっ!」
なんだ。金属音が聞こえた。見ると白く光る……ナイフの刃がある。
「お兄ちゃん!」
「エリナ!」
ツインテールの妹が走り寄って来る。
「お兄ちゃん。無事なの?」
「ああ、平気だ。なんとか生きている」
「いったいなにが起きたの?」
「分からない。とにかく逃げよう」
チャンスだ。今のうちにここから離れよう。
「待って。お兄ちゃん。あのナイフの刃」
「えっ、あれがどうした」
「持っていきましょう」
「なんでそんなもの」
あんなの持って行くって、そりゃあ武器も何も今は無いが、だからってあんな破片。
「お兄ちゃん。あれは途轍もなく凄いモノよ。なんでこんなところにあんなものが」
「エリナ……ひょっとしてレリックか」
「うん。わたしのレリック【真眼】で見たわ。とにかく拾って」
エリナのレリック【真眼】は本質を見極めることができる。らしい。
本質というのは物事の……なんかよく分からない。
ただ凄いのは分かる。自慢の妹だ。
「でも刃物だぞ」
あんなのどうやって持てばいいんだ。
困惑するとエリナは言う。
「だいじょうぶ。あれは切れないから」
「はあ?」
「いいから早く、こんなところに留まっていられないわ。早く手にして!」
「わ、わかったよ」
妹の言う通りに俺はやたら白く光るナイフの刃を拾った。
そのとき指が刃に当たったが切れていない。
「ほら逃げるわよっ!」
「あ、ああ」
俺はグッと刃を握り締めてその場を離れた。
白い服を着たゾンビが襲い掛かってくる。
「うわああっっっ」
「お兄ちゃんっ刃を掲げて!」
「こ、こうか?」
刃が真っ白く光る。するとゾンビたちは恐れ戦くように下がった。
「な、なに!?」
「いいから今のうちに行くわよっ」
「ど、どこへ!」
「どこへでも、この墓所からは出たいわ」
「そ、そうだよな」
「こっちよ」
「お、おう」
やけに自信たっぷりにエリナが先導する。
俺は後をついていく。
途中でゾンビやスケルトンに遭遇するが、この刃を翳すと逃げていった。
そして狭い通路に入る。静かで魔物も居ない通路だ。
どこに繋がっているか分からないけど、安全は確保された。
「すげえ。ひょっとしてこれオーパーツか!」
「それを言うならレジェンダリーよ」
「そうなのか。なんかよく分からないんだよなぁ。レガシーとかさ」
ごっちゃになっててよく分からん。
エリナはムッとする。
「もう、そんなんだからダメなのよ」
「……うっ、そりゃあ、俺はおまえみたいに立派なレリックじゃねえし」
「そんなの関係ないわ。お兄ちゃんのレリックも使い方次第よ」
「そう言われてもなぁ」
俺のレリックは【合成】だ。一応ふたつの物体を合わせることが出来る。
でも大体はゴミが出来る。なんかうまくいかない。
「この刃もなんとかしたいな」
「お兄ちゃん。これ拾ってきたけど」
エリナがそう渡したのは折れた剣だ。
錆が浮いたボロボロの剣で、剣先が折れていた。
「おい。まさか」
「そのままだと武器として使えないでしょ」
「そ、それはそうなんだけど、でも今はこれを翳せばアンデッドは逃げていくから」
「お兄ちゃん。そんなのいつまでも通じるわけないでしょう。この先、何か危険なのがいる。武器がいるわ」
「それも【真眼】か?」
「うん」
「つまりこの【合成】で折れた剣と光る刃を合わせるのか」
「やらないと死ぬわ」
どっちにしろ。死の供物のレリックで俺達は今日、死ぬんだよな。
妹もそれは分かっているはずだ。
でもエリナは生きる希望を失っていない。
レリック【真眼】で何か生き残る道筋が見えているのか。
「……わかった」
俺は妹を信じる。
この錆びてボロボロの剣を左手に持ったまま、光る白い刃を右手に握る。
息を吸って少しずつ吐く。
マズイ。緊張してきた。
両手が震えてくる。どうしよう。失敗したらふたつとも台無しになる。
「お兄ちゃん」
そっとエリナが俺の両手にその小さな手を添えた。
「エリナ……」
「だいじょうぶ。お兄ちゃんなら、絶対に出来るから」
小さくて暖かい手。しかも震えていた。
エリナも不安なんだ。怖いんだ。
俺は自分だけが怖いと思っていた。
なにをやっているんだ。俺は兄なんだ。
「見ていろ。エリナ」
俺は折れたボロボロの剣と光る白い刃を重ねて【合成】させた。
剣先が折れたところに白い光る刃が融合し、それが刀身全体を白く染める。
ボロボロの錆びだらけの剣は白い剣に産まれ変わった。
拵えなどは変わらないが全体的に白くなった。僅かに光り輝いている。
「成功した」
「やったね。お兄ちゃん!」
「ああ、出来た。ホワイトソードだ」
「ううん。それはホーリーソードよ」
エリナはにっこりと笑って言った。ホーリー?
そして通路の先の部屋でファントムソルジャーの亜種が待ち構えていた。
手強かったが妹の指示でなんとか倒す。
そこは隠し部屋だった。宝箱があって中にはお金が入った袋があった。
それを手に入れて部屋を抜けると赤い廊下。左右に部屋がある。
なんだか屋敷みたいだ。
そこで俺達は部屋にあった服や防具などに着替える。
他の部屋には浴室もあった。
するとエリナが身体を洗いたいと言ったので使わせてもらうことにした。
俺も強引に洗わされて、ふたりとも身綺麗になる。
「なんだか見違えるようになったわね。お兄ちゃん」
「……そうだな」
俺は革の鎧を着ていた。本当は鉄の鎧を着たかったけど重くて無理だった。
エリナは赤いケープと黄色いのドレスを纏っている。
質素だが高級そうな感じがする。エリナも洗って随分と可愛らしくなった。
思えば薄汚れた姿しか見ていなかったから、妹が美少女だなんて知らなかった。
エリナはバトルベルトを巻いて後ろ腰にナイフとポーチを付けている。
それと属性使いじゃないのに杖を持っていた。赤い金属製の杖だ。
妹は喜んでいる。クルクル回ってはしゃいでいる。
確かに着替えたとき俺も興奮したけど、でも。
「どうしたの」
「こういう風に生まれ変わったように綺麗になっても……俺達は死の供物になる」
そうだ。結局はこの死の墓を解放しないと俺達は死ぬ。
だけど俺達では死の王をこれから倒すのはホーリーソードがあっても絶対に無理だ。
だがエリナは俺の愚痴を聞いても平然としていた。
「もう大丈夫よ。お兄ちゃん」
「なにがだよ」
「あと少し。誰かが死の王を倒す。そうしたらね。死の墓は崩れるわ。大きく地響きがした後、目の前の、あそこ。そこに転移陣が現れて外に出られるの。死の供物も消える。助かるのよ。わたしたち」
「なんでそんなことが分かるんだよ」
「それがわたしのレリック【未来視の真眼】よ」
「みらい……?」
なんだそれ。【真眼】じゃなかったのか。意味が分からん。
エリナはぺろっと舌を出して笑う。
「いいのよ。お兄ちゃん。わたしが居れば大丈夫よ。外に出たら探索者になろうね」
「えっ、俺は探索者になれるのか」
「ええ、なれるわ。わたしがついているから必ずね」
満面の笑顔。エリナってこんな笑顔ができたのか。
そうか。俺は探索者になれるのか。
「エリナ。俺は両親みたいな立派な探索者になる」
「それよりもっと立派な探索者になれるわ」
エリナは自信満々にまるで確信したように言う。
それを聞いたら本当にそうなる気がした。
少しして、大きな地響きがした後、本当にエリナが指差した場所に転移陣が現れた。
迷わず飛び込んで地上に帰還する。
俺たちはハイドランジアに戻らず、王都を目指すことにした。
エリナがそう教えてくれた。
その前に殺さないといけないヤツがいる。
目の前で血に濡れたサーベルをもって喚き散らしている男だ。
俺達をこんなところに連れてきたクーンハントのゴミクズ。
エリナの言う通りにすれば第Ⅴ級の探索者でも殺せる。
なんだか希望の道が開けた気がする。




