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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season2

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133/270

死の墓⑨・解放の祈り。


意外と5分は長い。

まだ経っていなかった。


紫の髪と瞳の僕。

白い髪と白い狼耳と白い尻尾をしたジューシイさん。


イメチェンと言われても確かに納得できる姿だ。

それでもアガロさんの第一声がまさかイメチェンとは苦笑してしまう。


一番のイメチェンは誰だか忘れているようだ。

それとこっちも聞かなければいけないことがある。


「ナ~~」


その前にぐったりしたダガアが力無く元の姿に戻った。

なので僕はジューシイさんに預ける。


「あのあの、あの、ダガアちゃん。大丈夫ですか」

「大丈夫ですよ。疲れたみたいなので、そのまま抱いててください」

「あのあの、ワン。はい。任せてください」


ジューシイさんの過度のスキンシップを止めるのにちょうど良かった。

ダガアには利用して悪い。

後で、まあ外に出たら何か沢山食わせよう。


「あー……まぁ、あれだなぁ……」


言いながらアガロさんはヒョウタン徳利を出して酒を口にする。

このひとにとって酒は百薬の長だな。

確か般若湯だっけ。ありがたい薬なんだよな。僕は遠慮するけど。


「あのあの、あの、アガロさん。あれはアマルテイアなんですか」

「ああ、そうだな」

「あのあの、それって飲んじゃいけないんですよね。知ってます」

「まぁな」


所持も禁止だ。僕はジト目で尋ねた。


「あんなの飲んで、大丈夫なんですか」

「二日酔い並みに頭が痛くなるのはつれぇな」


冗談交じりで答えるアガロさん。

僕はしっかり伝える。


「僕は前にあれを飲んだフォーンの末路をこの目で見ました」

「そうか。死んだかソイツ」

「はい。死にました」


厳密に言うと僕が手遅れになる前にトドメを差した。

アガロさんはヒョウタン徳利をあおる。


「ぷはっ、まぁ、あれはな。オレの切り札だ。おまえらのもそうだろ」

「そうですね」

「あのあの、ワン。ワワン。この【フェンリル】はとっておきです」

「……お、おう。だろ。まぁだからあれだ。ここはひとつ誰も何も見なかったってことにしようぜ」


そうなるだろうなとは思った。

それに関しては賛成だ。ジューシイさんも頷く。


「わかりました。僕は何も見ていません」

「あのあの、あたくしもです」

「よし。魔女も―――魔女?」


そこで僕達は気付いた。魔女が居ない。

僕は咄嗟に教会に視線を向ける。たぶん。あそこに行ったんだろう。


「抜け駆けかよ。さすが魔女だな」


アガロさんがぼやく。たぶん僕達が戦っているときに起きて、行ったんだろう。

あるいは最初から気絶していなかった。魔女なら有り得る。


「あのあの、わんっ、追い掛けましょう」


ジューシイさんは元に戻っていた。僕はもうちょっと掛かる。

いや解けばいいのか。【ジェネラス】から元に戻る。

篭手も【静神の篭手】から【静聖の篭手】に戻った。


そして僕達は橋を渡り丘の上の教会へ。そんなに距離はない。

アガロさんが飲みながら言う。


「おっかしいな。まだダンジョンが解放されてねえ」

「そうなんですか」

「ダンジョンの崩壊が始まってないんだよ」

「あのあの、ダンジョンが解放されたら、あたくしたちはどうなりますか」


そういえばそうだ。

崩壊するまでに自力で戻るのは、たぶん無理じゃないか。


「おう。問題ねえよ。崩壊が始まってしばらく経つと周囲に転移陣が現れる。それに入れば地上だ。なんか理屈があるがもう覚えてねえなぁ」

「その崩壊が始まっていない。ハーガンは倒したのに?」

「それはたぶんあそこに答えがあるんじゃねえか」


そうして教会に到着する。扉を押して開けた。

木製の長椅子が等間隔に並び、両端に綺麗なステンドグラスが飾られていた。


間取りや配置は地上にある教会の礼拝堂ままだ。

ただ向こうは埃まみれで錆びてて汚かったが、ここは外見と同じ真新しい。


不自然なほど埃ひとつない。

まあダンジョンの最深部だから不自然なのは当然か。


正面には赤い祭壇があり魔女がいた。

祭壇の奥には女神聖母像が祀られ……あれなんか違う。


「やあやあ、よく来たねえ。歓迎するねえ」


魔女は赤い祭壇に腰をかけて足を組み、ボスみたいなことを笑顔で言う。

杯を玩んでいた。真っ白い杯で金縁が引かれていて高級そうだ。


ただ、どこか見覚えがあった。

アガロさんがヒョウタン徳利を傾けて言う。


「おまえが実は黒幕っていうのはねえよな?」

「あのあの、魔女様が敵なんですか!」

「まさか魔女……」


僕達が一歩引くと魔女は慌てた。


「違う違う。そんなことあるわけないねえ。確かに抜け駆けしたのは事実だけど、そうする理由があるからねえ」

「魔女。その杯は?」

「あのあの、わかります。高そうです。お宝ですか」

「うんうん。ある意味でそうなんだねえ」

「それより死の墓が崩壊してねえぞ。どうなっているんだ」

「それはそれは、ハーガンがまだ完全に倒されていないからねえ」


なんてこと無いように魔女が言う。


「えっ、でも倒しましたよ。今度はコアを破壊しました」

「あのあの、確かに撃ち抜いて砕けました」

「それでもそれでも、完全に倒していないんだねえ」

「そうするとまた復活するんですか」

「だねだね。すぐにっていうわけじゃないけど、今も再生し続けていると思うねえ」

「おいおい。んなのどうやって倒せばいいんだ」


コアを破壊しても再生って本当に不死ってわけじゃないはず。

魔女は杯を器用に片手で回す。


「それはそれは簡単だねえ。この杯を壊せばいいんだねえ」

「あっ、それってまさか」


思い出した。あの廃村にあった杯にそっくりだ。


「あのあの、魔女様。どういうことですか」

「うんうん。アブラミリンのジジイが使った防衛機構そのものなんだねえ。この死の墓の犠牲者の魂をこの杯に集めてエネルギーとして、ハーガンに供給されていたんだねえ。だからハーガンは疑似的な不死になっているんだねえ」

「でも何も音は聞こえませんよ」


悲鳴と怨嗟が重複して笛の音みたいに聞こえていた。


「それはそれは、実はさっきまで聞こえていたんだけどねえ。たぶん空になったんだろうねえ。ほら」


魔女が杯の中身をみせてくれた。確かに空だ。


「だったらとっとと壊せばいいじゃねえか」

「あのあの、魔女様。わん。何か躊躇うことでもありましたか」

「うーんうーん。最初は仕組みに気付いて破壊しようとしたけどねえ。ウォフ少年はどうやってこれを壊したんだねえ」

「壊してないですね。浄化させました」

「おう。あの話マジだったのか。いやあの力だと当然か」

「あのあの、わん。わわん。やっぱりウォフ様は凄いです。素敵です!」

「いや、僕は別に」


あのとき僕は負けた。

いいやハーガンと戦って分かった。


勝敗以前だったんだ。

黒騎士は、アーサーさんは僕と本気で戦っていなかった。

何故か分からない。でもたぶんだけど解放されたかったのかも知れない。

感謝の言葉を僕は聞いたからだ。


「なるほどなるほど。浄化ねえ」


魔女は胸元から、なんでそんなところから小瓶を取り出した。

立ち上がると杯を祭壇の上に置いて、小瓶の中身を杯に垂らす。


粘度のあるキラキラした液体が杯に入る。

あれってエリクサーだよな。


僕が渡した小瓶はひとつでハーガンに使ったよな。

なんでふたつ目があるんだろう。


まぁ魔女だからいいか。

エリクサーが入った杯はキラキラとした光の粒子になって消えた。


「あのあの、あの、とっても綺麗です」

「そうですね」

「酒の肴になるな」


いや、無くても飲んでいるよな。

その直後、地響きが起きた。ハーガンが完全に倒された証だ。


「これでこれで死の墓も解放されるねえ。どうか安らかに」


魔女は小さく囁いた。まるで祈りのようだ。

僕も祈る。ジューシイさんも黙祷している。


あの光が冥福だといいな。


「あのあの、あの、魔女様。ここにはお宝とか無いんですか」


黙祷が終わるとジューシイさんが訪ねた。

侯爵令嬢なのにお宝が好きだよな。犬だからか。


「あー、なんかありそうだな」

「魔女。何か見つけましたか」

「そうだそうだねえ。死の入り口だった貯蔵庫に色々あったねえ。まだ時間があるから漁るなら今のうちだねえ」

「ジューシイさん。行ってみましょう」

「あのあの、わん。はい。ウォフ様!」


貯蔵庫に入ると、棚があって確かに色々置いてあった。

穀物の入った麻袋も積んであり、なんだろう。普通の貯蔵庫だ。


ダンジョンの建築物は実際にある建物のコピーだからそのままなんだろうな。

でも死のダンジョンの最深部なのに……こんなんでいいのか。


ジューシイさんは周囲を見回す。少し困惑していた。そうだよな。

僕も一応、棚を見てみる。

特に変わったモノは無いな。ガラクタばかりだ。


ちょっとナイフとかあるかなと期待していたら、あった。普通にあったよ。

棚の隅に短い刃物が置いてある。ナイフだ。


丸みを帯びた木製の柄。ソードガードは無い。抜くと片刃だ。

刃文は荒く波をうっている。


「……」


高そうでもなく特殊な感じでもない。普通のナイフだ。

本当に普通のナイフなんだろう。


「あのあの、あの、ウォフ様。それが欲しいんですか」

「これくらい貰ってもいいかなって思って」


ごく普通の貯蔵庫にしか見えない。

だからそこから黙って持って行くのは、なんだか盗んだみたいに思う。


「あのあの、いいと思います。思い出になります!」

「じゃあ貰っていきますね」


思い出か。僕はナイフを仕舞った。

こうして死の墓のダンジョンは解放され、例の森は今度こそただの森になった。


疲れた。











数日後。ハイドランジアのスラム街。

小路の途中。右側辺り。


唐突にぽっかりと地下へ続く階段がある。

その階段を降りて少し曲がると赤い半円アーチのドア。


ドアを開けるとコンサートホールみたいな空間になっていた。

そこに軽く見ても数十を超える本棚が並んでいる。


本棚にはキッチリと隙間なく書が収められていた。

本棚だけじゃない。周囲の調度品も壮麗である。


「来るなら、前もって連絡をしてくれたまえ」


灰色の髪の褐色肌の優男が苦笑する。

眼鏡を掛けていて、その脇には本が抱えられていた。


白いシャツと黒いズボン。普通の恰好だ。

ただその瞳は紫色だった。


紫の瞳がやや困ったように見据える。

本棚と本棚に白いテーブルと椅子が置いてあった。

ここにあるのはあまりに唐突で不自然である。


テーブル席には真っ白い少女が座っていた。

白薔薇が添えた丸い帽子も長い髪も眼も肌もケープもドレスもすべて真っ白だ。

少女が真っ白い唇を小さく動かす。


「死の闇。死の風が消えたわ」

「アンブロジウスと呼んで欲しいね。アンブロジウス=メルヌリスだ。死の光」

「シロよ。シロ=ホワイト=ヴァイス=ブランシュ=アルブム=セフィドよ」

「……」

「……」


死の光を司る王と死の闇を司る王はしばし沈黙する。

先に口を開いたのは死の闇を司る王。アンブロジウスだった。


「相変わらず長いね。シロ。死の風ってハーガンだろう。復活して数日で消えるのは、なんというか哀れだね。どちらにせよ。大したことは出来無かっただろう。あれは王の器じゃない。村長止まり。小物で実に愚かな男だったよ」

「知っているの」

「あの男を死の風の王にしたのは、なにを隠そう私だからね。あの男の願い通り死の風の王にしてやった。大規模討伐を使って自分の村人や家族も供物にしてね。なんとも愚かで醜いだろう」

「そうね」

「しかもその後、アブラミリンたちに防衛機構なるもので封じられて何も出来ず、でも最近になって復活したと思ったらもう消えてしまった。まさに風だったね」

「……そう」


アンブロジウスの皮肉にシロは特に何も思わなかった。

真っ白いティーカップを口につける。

中身はミルクだ。


「シロ。そんなどうでもいいことを伝える為にハイドランジアに来たのかい?」

「ええ、そうよ。死の王の情報共有はボクの役目」

「そういえばそうだったね。ご苦労様」

「どういたしまして。もっとも本当の用事は別にあるわ」

「へえ、興味ないから別にいいよ」

「アンブロジウス。本を買うわ」

「君が本を? 何の本を買うつもりかね」

「恋愛よ」

「………………君が?」

「なにか言いたいのかしら」

「まぁいいけれど、何かリクエストでもあるかい。それなりに恋愛ものはあるよ」

「しいていえばそうね。純愛かしら」

「……………………君が?」

「なにが言いたいのかしら」

「いやまあ、いくつかあるから選ぶといい」

「そうね。そうするわ」


シロは素っ気なく頷き、白いティーカップのミルクを飲み干した。





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