死の墓⑧・ジェネシスコンビネーション。
僕達に刃を向けていた3体のレッドパペットが黒い炎に包まれて消える。
いったいなにが……アガロさんはゆっくりと立ち上がる。
赤い髪が伸び、黒い角は太く長く枝分かれして四つになっている。
だが伸び放題じゃない。それなりで止まっている。
そして片方の瞳は燃えるような赤だった。
更に彼に握られたフレイムタンは長く膨らみ真っ黒い炎に包まれていた。
黒い炎の舌だ。
『何が……どうなって……いる』
「さっきからよぉ。うっせえんだよ。ガイコツ野郎っ!」
機嫌悪そうにアガロさんがフレイムタンを振り上げ、ハーガンに斬り掛かった。
『舐めるな。愚か者がぁっっ!』
ハーガンは赤い風の刃をクロスにして放つ。
その長大な赤い風は大地を削り死を招く烈風が如き威力を誇った。
だがその赤い死の烈風は、それを覆い喰わんと燃え広がる黒い炎に消えた。
「おらああっっ!」
フレイムタンの刃がハーガンの頭上に迫る。
『ヌウ!?』
ハーガンは赤い風を何十に重ねて盾にし、フレイムタンを防いだ。
しかしそれも一瞬だ。いとも簡単に割られる。
ハーガンは唸ると後ろに跳び下がり、赤い風の大鎌を現すと両手で握り構えた。
「逃げんじゃねえぞぉっ王様あぁっっ!!」
アガロさん。凄い迫力で突撃していく。
『こんな馬鹿な……』
ハーガンは大鎌でアガロさんの突撃を受け止めた。
だが、そこから赤い獣のように乱雑に猛攻され、大鎌がついに焼き切れた。
「―――滅剣業魔―――」
あっという間にフレイムタンでハーガンは一刀両断される。
『グオオオオオオオォォォッッッッッ』
真っ二つになったハーガンは叫びながら黒い炎と共に消滅した。
ハーガンを倒した。
するとアガロさんは、ざまあみろと笑ってその場に倒れた。
「アガロさんっ!?」
くっ、身体が動かないっ!?
ハーガンを倒して動けるようになると思ったが当てが外れた。
唯一、動ける魔女が倒れたアガロさんの様子を確認する。
「まったくまったく、無茶をするねえ」
魔女が苦笑しながらアガロさんに何かかけた。液体か。
見る見るうちにアガロさんの髪が縮む。同時に黒い角も元に戻っていく。
「魔女。アガロさんは……?」
「だいじょうぶだいじょうぶ。ちょっと無茶したけど、このくらいなら命に別状はないねえ」
「このくらいって」
「さてさて、この酔っ払いはいいとして。ウォフ少年。ここからが正念場だねえ」
「正念場?」
「ナ?」
「わふっ」
倒したのになんでだ? 魔女は僕を見下ろす。
「さてさて、ウォフ少年。なんで動けないのか分かるかねえ」
「さっぱりです」
「あのあの、あの、なんで動けないのでしょうか」
「うんうん。それは―――もう時間が無いのかい」
『フッフフフフフフフフフッッッッ……愚かな』
虚空にハーガンの声がして赤い風が集まって、ハーガンになった。
「ハーガン……!?」
「やはりやはり、風になったんだねえ。それともそういうレリックかレジェンダリーでもあるのかねえ」
風になって逃げたのか。
蘇生とかそういうのはなんか違うよな。アンデッドだから不死か。
やっぱり風になれるのが自然か。自然ってなんだ?
『愚かだ。少し驚いたが、やはりヒトには過ぎた力。愚か者の末路を知れ。だがもはや油断はせぬ』
ハーガンの身体が盛り上がって膨らんだ。
腕が四つに増えて黄色の衣がマフラーとフードのようになる。
当然と骨の身体が剥き出しになり、脚も偶蹄目の脚が増えた。
なんだかサトゥルヌスに似ている。
ただ髑髏の傷だけはそのままだ。髑髏の奥に赤い鈍く光る玉が浮いている。
赤い風が渦巻いて大鎌になった。
『我は死の風。死を流す風。死の風を司る王ハーガンである』
なんというか変な形態の死神って感じになった。
「これはこれは、第三形態ってところかねえ」
『愚かな魔女よ』
ハーガンの手が風になり、魔女の首を掴む。
「ぅぅっっ……!?」
もう片方の手がアガロさんの首を掴んだ。
そのまま持ち上げる。
「魔女っ! アガロさんっ!」
魔女はぐったりとした。
「ガルルルルルルっっっっ、ふたりを離せ!!」
ジューシイさんが吠え、髪も耳も尻尾も真っ白にして、《《立ち上がった》》。
『ほう。その姿……覚えがある』
疑似化神レリックの【フェンリル】だ。神々しいほど美しい神の白狼。
潤んだ紫の瞳でハーガンを睨む。
「ガルルルルルルルルっっっ、おまえは許さない」
『白の神狼の疑似化神者……タサンか。愚かな。その力は制限時間がある』
5分。クールタイムは1日。
「ガルルルルルルルっっっ、その前に殺す!」
『愚かな。タサンの女。人質がいるのを忘れたのか』
ジューシイさんが動いた。一瞬でハーガンに接近。
気付かれる前にハーガンの骨の両腕を爪撃で断ち、魔女とアガロさんを抱えて戻る。
その直前。ハーガンは赤い風の槍を持つレッドパペットを出した。
レッドパペットは槍の穂先を僕の背中に向ける。
「…………」
なんというか同じ手段を使われ、完全に僕はハーガンに舐められていた。
それと言動とか、ハーガンは王らしくない。
ピエス並みの小物だ。村長がお似合いだ。
それはいい。それはいいとして、僕は魔女とアガロさんの危機なのに動けない自分。
いいや動かなかった自分を恥じた。大いに恥じた。
アガロさんの行動に驚き、今は先程の独善的行動を思い出して躊躇してしまった。
どれも言い訳にもならない。
なんで動けないか今もさっぱりわからないが、動ける方法は分かった。
ジューシイさんがあっという間にふたりを取り返す。
ハーガンは驚いたがニヤリとした。それはそうだ。
僕という人質が居る。いや居た。だな。
『愚かな。そのふたりを取り返しても、こっちには我が風でまったく動けない哀れで脆弱な愚か者がいるのを忘れたのか』
「ワフっ、ワン。ウォフ様っ!?」
風? そういうことか。いや、どういうことなんだろう。
ひょっとして赤い風に触れたから? まともに浴びるとこうなるのか。
『これが愚か者の末路だ。死の供物となるがいい』
「ワワンっ、ウォフ様っっっ!!!!」
レッドパペットが勢いよく赤い風の槍で僕を刺すが、穂先が途中で消えた。
『なに……?』
更にレッドパペットが消失する。
「ワフっ、ウォフ様?」
『レッドパペットが消えた……だと』
何が起きたか理解できないハーガン。隙だらけだ。
僕はうつ伏せから膝を立てて身体を起こし、手を翳して言った。
「【ファンタスマゴリア】」
無数の【バニッシュ】がハーガンを強襲する。
『ヌオオオオオォオオオオオッッッッッ!?』
ハーガンが赤い風で防ぐ。
流動する風の盾が無数の【バニッシュ】を喰い止めている。
「……」
『舐めるなあぁぁぁぁっっっっ』
ハーガンが四つの両腕を思いっきり強く広げた。
赤い風の防壁が破裂し、僕はギリギリで避けた。
素早く立ち上がり、アガロさんのナイフを抜こうとすると。
「ナ!」
「ダガア!?」
ダガアが勝手に手の中に入った。するとダガアナイフが変化した。
シンプルでソードガードも無いが、もっとナイフらしくなって刃が伸びる。
『フザケルナ。なんだその姿は!? 紫の髪と瞳だと……許せん。愚か者が! 愚か者が! 愚か者がぁっ! 愚か愚か愚か愚かっっっ愚か者えぇぇっっっっ!!!!』
ハーガンは怒りに任せて赤い風の大鎌を振るう。
僕は冷静に慎重に回避する。
『愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚かアアァァァっっ!!』
大鎌がメチャクチャに振るわれると赤い風の刃が縦横無尽に飛び出す。
それを魔女の特訓で進化し、実用的になった横と縦のステップで避けながら進む。
僕は避けながらなんだか前世の記憶の死にゲーに似ているなと思った。
そういえばこのハーガンの異様な形態や使う技とか、そういうのも似ている。
だからといってこの世界がゲームというわけじゃない。
前世の記憶には似たような世界の記憶もある。
この世界は過酷で残酷だ。
人の命の価値は絶望的に低く死が常に身近で生とは隣り合わせだ。
いくら前世の記憶があっても大したことがない。
でもそれ以上に楽しく大切で暖かく、希望に満ち溢れている。
そう、どんなときも希望に満ち溢れているんだ。
避け進み、ハーガンが近くなっている。
「ナ!」
「えっ、なんだ。【バニッシュ】を?」
「ナ!」
「いいのか」
「ナ!」
「わかった。ダガア。行くぞ!」
「ナ!」
僕はダガアナイフに【バニッシュ】をエンチャントする。
その刀身が眩しく紫に光り輝く。僕は一気に接近した。
『愚か者めがぁつっっ!!』
「たあああああぁぁぁぁっっっっっ!!!!」
赤い風乱舞を避けて回避して避けて弾いて消して、目の前に来た。
『愚かなり。貴様の攻撃は通じぬぞ。愚か者!』
ハーガンが赤い風の防壁をつくる。これを待っていた。
僕は勢いよく跳躍し、アガロさんみたいにダガアナイフを振り下ろす。
この一撃に全てを込める。
「バニッシュスラッシュっっっっ!!!」
ハーガンの赤い風の防壁だけを切った。
そして切った瞬間、一本の煌めく矢がハーガンの割れた髑髏の奥に命中。
濁った赤い光の玉に突き刺さった。
『ガアアアアアアアアアアァァァァァァアァァァァッッ!?』
ハーガンは大絶叫すると濁った赤い光の玉が割れて弾けた。
『オロカカカカカカカカナナナナナアアアァァァァァァァァメメェェェ』
途端にハーガンはゆっくりと崩れ落ち、赤い風ではなく灰になった。
その灰は白い花びらの様にそよ風で舞い散った。
今度こそ死の風の王ハーガンを倒した。
「……ふう」
息をつく。そしてぐったりしているダガアナイフを見て気付く。
へっ、あれ篭手が!?
【静聖の篭手】の色合いはそのままだけど微妙にカタチが変化していた。
しかも左右非対称だ。
右は真ん中から割れて金属の輪で締め付けるようになっている。
左は肩まで覆っていた。
これひょっとして【ジェネラス】になったからか。そんな変化があるのか。
「……あっ、これか。【静神の篭手】というのは」
ジューシイさんが弓を背に付けて向かって来る。
立ち止まった。どうした。飛び掛かってくると身構えたのに。
「あのあの、あの……ウォフ様。ウォフ様……なのですか」
「はい。僕ですけど」
あっ、そうか。今の僕は紫の髪と紫の瞳をしている。
【ジェネラス】になっている。ついでに【静者】も使っていた。
だけどジューシイさんはなにも知らない。
「あの、ワン。その御姿は【ジェネラス】ですか。ウォフ様」
「……そうです」
「あのあの、あの、ウォフ様。あたくしに新しいレリックが出来ました。【ジェネシスコンビネーション】です!」
やっぱり。
完全同期ってことは相手にも同じレリックがあるはずだ。
思い返す。僕が【ジェネラス】になったときだ。魂に響く声がした。
【ジェネシスコンビネーション:疑似化神レリック発動時。【静神の篭手】装着時のみ使用可能:疑似化神者同士を完全同期させ、完璧なタイミングでコンビネーションを行うことが出来る:クールタイム7日間】
これを使ってジューシイさんと完全同期し、ハーガンを倒すことが出来た。
まずハーガンの髑髏の頭にある濁った赤い光の玉。かなり気になっていた。
あれはおそらくコアだ。
それを壊せば倒せると思った。
作戦はとてもシンプルだ。
最初に【ジェネシスコンビネーション】でジューシイさんと完全同期。
僕が赤い風の防壁を破る。その一瞬の隙にジューシイさんが弓でコアを撃ち抜く。
まんまカーススライムでやった作戦だ。
ただしふたりだけでやらなくちゃいけない。
だが普通に攻撃して倒してもハーガンは赤い風になってしまう。
コアも赤い風になる。だから実体化したときにしか効果がない。
それと赤い風のガードは強力だ。
現に【ファンタスマゴリア】でも防がれてしまった。
【宇宙の腕】は物理特攻。
アンデッドだと赤い風のダメージは殆ど無いか、倒して風にしてしまう。
赤い風の防壁をなんとか切るしかない。
僕はアガロさんのナイフを犠牲にしても防壁を破るつもりでいた。
そうしたら勝手にダガアが出て来た。しかも変化した。
しかも【バニッシュ】をエンチャントしろと心の声で伝える。でも躊躇する。
そのとき、ダガアに【バニッシュ】が効かなかったことを思い出した。
それでもダガアナイフに【バニッシュ】をエンチャントは、イチかバチかだった。
無事に成功してくれて良かったよ。僕は赤い風の防壁を切断できた。
くれぐれもハーガンに当てないように赤い風の防壁だけ切る。
この辺の精度は【静者】だ。何故か【サイレントムーヴ】は無かった。
後はジューシイさんがエリクサーコーティングされた弓で矢を放つ。
【フェンリル】の膂力で放たれた矢はまるで光みたいだった。
絶妙な絶対的なタイミングで見事コアを撃ち抜く。
これもレリック【ジェネシスコンビネーション】があったからこその討伐成功だ。
だが一番の功労者は僕でもジューシイさんでもない。
「あのあの、あの、ウォフ様。ウォフ様。ワン。ワワン。ワンワン!」
「ジューシイさん。ちょっと落ち着いて、落ち着いて!」
【フェンリル】のまま突っ込んできたが、そこは【ジェネラス】の僕だ。
見事受け止めるがそれでもはしゃぐジューシイさん。やはり犬か。
なんとか抑えて、よしよしと頭を撫でていると。
「なんだおまえら……最近流行りのイメチェンってやつかぁ……?」
一番の功労者アガロさんが起きて、寝惚けたことを言った。




