死の墓⑥・安らかに眠れ。
色々と心情的にも疲れたので、少し休憩することになった。
それで色々と事情を聞く。まず僕達がいるのはなんと石棺の中。その一部だ。
割れているところから入ったら何も無かったという。
僕はあのサトゥルヌスを倒した。だがサトゥルヌスは1体だけじゃなかった。
奥の方に何体も居て、わらわらと現れた。
アガロさんが2体ほど倒し、魔女も1体倒す。
その間にジューシイさんが僕を運んだ。
僕を助けるのに夢中でクーンハントの雇い仔たちがどうなったかは分からない。
ただアガロさんが確認したとき、彼等らしき死体は無かったという。
きっと無事に逃げたのだろう。そう信じたい。
それと僕が倒したサトゥルヌスは宝箱を持っていた。
その宝箱には例の三角柱が入っていた。
銀色だった。色違いだから複数あるのは間違いないか。あー集めてないぞ。
集める気もないよなあ。その証拠に魔女はそれを一度も言っていない。
それに魔女の性格から集めようとする気もないだろう。
僕も嫌だ。ああいう種類を集めるとかいうの。好きじゃない。
でも魔女は満足そうだ。
「これでこれで充分だねえ」
二つの三角柱を手にして、なにか悪い笑みをしている。
なにが大丈夫なのか。不安だ。
不安といえばひとつ残念な事がある。
エリクサーナイフが折れていた。繰り返す。エリクサーナイフが折れていた。
僕が強く握っていたエリクサーナイフは刀身が殆ど無かった。
真っ二つでも中程でポッキリ折れたんじゃない。
根元から斜めに大幅に折れていた。ごっそり刀身が無くなっている。
見ても信じられなかった。まさかこれが折れるなんて思わなかった。
エリクサーナイフはエリクサーでコーティングされている。
最上級の伝説の霊薬でコーティングされているんだ。
だからぜったい折れないと何故か思っていた。信じていた。
いいや折れる。折れるんだ。ナイフだから折れるんだ。
過信してはダメだ。折れるんだ。
ふと、【サイレントムーヴ】を使ったあのとき。
意識の奥で、何かが折れた音が聞こえた気がしたのを思い出す。
たぶんそれがエリクサーナイフだったんだろう。
きっとそうだ。そうに違いない。
「………………」
僕は折れたエリクサーナイフを静かに空の石棺に置いた。
ここが墓所で良かったとなんとなく思う。
エリクサーナイフ。安らかに眠れ。
休憩が終わり、石棺から出て僕達は巨人墓所を探索する。
途中でヨミドの信徒のなれの果てやサトゥルヌスと戦う。今度は協力して倒す。
黒い三つ目の犬を連れたネクロマンサーにも遭遇し、他にも墓守などとも戦う。
あと漂う女を見た。あれって通路の? いやまさか……怖ぁ。
そして巨人墓所の奥に着いた。
そこは死の王墓。
一際大きな真っ白い石棺が鎮座している。
唯一、その石棺だけは表面に紋章が刻まれていた。
禍々しい角の生えた八つの目の髑髏の紋章だ。
石棺の蓋の中心。紋章の中央に八角形を描くよう八つの台座が設置されていた。
台座には三角形のくぼみ。どう見ても三角柱を入れるへこみだ。
僕達はその紋章の中心に居た。ここしかない。
「おい。2個しかねえぞ」
「あのあの、あの、足りないです」
「魔女。どうするんですか」
僕達は魔女を見る。
魔女は、まず持っている三角柱を台座に填め込んだ。
当然、まったく足りないので台座は反応しない。振り返って僕達を見る。
「さてさて、アガロなら分かるだろうねえ。ダンジョンにはたまにこういう仕掛けがあるんだねえ」
「ああ、あるな。色々と面倒なのばかりな」
「そうそう。まずまず、こういう仕掛けが作動する原理はねえ。一致することなんだよねえ。そしてその一致する条件は大まかに分けて二つだねえ。波長と重量」
僕達は同時に首をかしげる。ダガアも首を傾げている。
アガロさんはヒョウタン徳利をあおる。
「ではでは、分かりやすい重量から説明するねえ。それは作動する条件の重さが設定されていて、その重さが一致すれば仕掛けが作動するってことだねえ」
「あー、つまり全部の重さが一致していて合っていれば動くってことだな」
アガロさんが自信無さげに言う。
「うんうん。その通りだねえ」
「おっマジか」
「あのあの、アガロさん凄いです!」
「まぁな」
「ちなみにここはその重さの仕掛けなんですか?」
僕が訪ねると魔女はニヤニヤする。
「うむうむ。重さの仕掛けでもあるねえ」
「ある?」
「わふっ」
「ナ?」
「あ?」
僕達は首を傾げる。
アガロさんはヒョウタン徳利をあおる。よく飲むなぁ。
「次は次は、波長だねえ。これも重さと同じで波長が一致すれば仕掛けが作動するんだねえ。波長というのは波動。うーん。分かりやすく言うとだねえ。音とか衝撃とかそういった周波の周期的な長さを波長というんだねえ」
「……?」
「ん? んん?」
「わふ」
「ナ?」
僕達は同時に首を傾げる。アガロさんも首を傾げた。
まあ実はちょっとだけ前世の記憶から知っている。
魔女の説明ヘタさについ傾げてしまった。
「とにかくとにかく。こういう仕掛けは条件を満たして一致することで作動するんだねえ。それを踏まえれば作動させることが出来るんだねえ」
「なるほど」
「仕組みは分かったが、結局どうするんだ」
「それはそれはだねえ。まずそれぞれのくぼみにこれを入れるんだねえ」
そうやって魔女は全部の台座のくぼみに何か黒く丸いモノを入れた。
なんだろう。なんかプニプニしている。
コーヒーゼリーみたいな色だ。というかこれどこかで見た覚えがある。
「それで次はどうするんだ?」
「ちっちっ、焦ってはダメなんだねえ。待つんだねえ」
「あのあの、あの、これはなんですか」
「うんうん。それはスライムなんだねえ」
「スライム?」
ハッと思い出す。これカーススライムの色だ。いやでも呪い文字が無い。
「あのあの、あの、これカーススライムの肉片なんですか?」
「うんうん。そうだねえ」
「あのとき拾ってたのかよ」
「そのスライムの破片をどうして入れて」
するとくぼみに入った黒いプルプルしたスライムが三角形になって伸びた。
黒い三角柱になる。これは!?
「わふっ、あのあの、変化しました!」
「おおっ」
「ナ!?」
「そうそう。スライムっていうのは不定形で面白い性質があるんだねえ。それはカタに填めると、そのカタチにピッタリとなるんだねえ。更に予め重さや波長も合わせておくとねえ」
そのときだ。
あの不気味な紋章が青緑色に光り輝き、僕達の姿は掻き消えた。
こうなるわけか。
あれは転移陣だったようだ。
青緑色の光が消えると僕達は見知らぬところにいた。
「ここが最深部か」
アガロさんが呟く。
ジューシイさんは狼狽え、魔女は興味深く見て、僕は眺めた。
天井と地面が同じゴツゴツと岩肌だ。だからここが洞窟だと分かる。
だがその天と地の幅はとても高い。
その空間は果てしなく広く、不思議と明るいのに遠くは黒で全く見えない。
妙な空間だ。地面には折れた剣や折れた斧や折れた槍など沢山の武器が落ちていた。
壊された鎧や割れた兜や錆びた篭手なども散乱している。
それ以外も色々と散らばっていた。それが視界に映る範囲すべてにあった。
「あのあの、これらはなんでしょう」
「ふむふむ。まるで戦の跡だねえ」
「あの、わん。戦の……」
「……戦場の跡ですか」
僕にはゴミ場のゴミ山をぶちまけたように思える。
ふと魔女が足元に落ちているモノを摘まんで拾う。
「ふんふん。ふふん。ふふん。なるほどねえ」
拾ったのはタグ? 随分と煤焦げている。魔女はそれをポイッと捨てた。
「なんだ?」
「うんうん。これらがなんだか分かったねえ」
「あのあの、あの、あれはなんだったんですか。魔女様」
「あれはあれはねえ。単なる認識票だねえ」
やはりタグか。
「それがどうしたってんだ?」
「わふっ」
「ナ?」
「うんうん。資料で見覚えがあるんだねえ。あの認識票はかなりの旧式。そして大規模討伐戦に参加した兵士の物。どうやら、ここは大規模討伐戦の戦場のようだねえ」
大規模討伐戦の―――見回すと赤い光が闇の中に一瞬だけ見えた。
あれはいったい。
「あのあの、あの、真っ直ぐ先に赤い光が見えます」
「ああ、俺にも見えた」
「おやおや、どうやら終点はそこみたいだねえ」
僕達は赤い光を目指して歩く。敵は居なかった。
ただ戦場の跡だけが静かに残っている。
「あのあの、あの、なんだか不気味で怖いです」
「敵がいねえっていうのが余計に不気味だよなぁ」
「これはこれは、嵐の前の静けさだねえ」
「……」
赤い光の先には墓地があった。
真っ白い花が一面に咲いていた。
風に流れ、白い花びらが舞って散っている。きれいだが。
「……」
ああ、灰の花だ。思い出させる。
白い花と共にいくつもの粗末な墓が丘へと並び、そこに教会があった。
僕は思わず叫んだ。
「例の森の教会!?」
そうだ。あれは例の森の橋の先の廃村にあった教会だ。




