死の墓②・カーススライム
早朝。僕達は廃村を出て枯れた草原を彷徨う。
空はずっと夕暮れ時で昼夜石が無ければ狂うところだ。
枯草が続く草原も退屈で面白くない。
ボーンウルフやボーンボアやボーンラビットなどを蹴散らす。
殆どジューシイさんがやっていた。骨を追うように率先して倒していた。
いつ咥えて持ってくるかちょっとハラハラする。
「食えないのばかりですね」
「まぁ食料は大量にポーチにあるからな」
アガロさんのポーチは倉庫ひとつ分入る。
でも半分以上が酒なんだよなあ。
「わかるわかる。気持ちは分かるねえ」
魔女の収納量不明のポーチにも入っている。
食料も入っているし赤と黒の尻尾に優しいソファも6個あるし、薬草とかもある。
他にも余計なモノやいらないモノも大量に入ってそう。何に使うのやら。
魔女には収集癖がある。実際アンデッドの骨とかそういうのも拾って入れていた。
やがて折れた塔が見えた。
何かの施設だった跡の塔は真ん中から折れ、その残骸が散乱している。
その塔の近くで何か巨大なモノが動いていた。なんだ。スライム?
半透明の黒い巨大なスライムが大量の髑髏やゾンビを取り込みながら蠢いている。
スライムの中には細かく赤い文字がうっすらと刻まれ、色々なモノが浮いている。
このスライムも収集癖があるのか。あるいは雑食か悪食か。
「スライム?」
「ナ?」
「あのあの、あの、アンデッドを食べてます!」
「ほうほう。おやおや。あれはカーススライムだねえ」
「呪われているっていうあれか」
「そうそう。アンデッドを養分にするヨミドの信徒が造り出したスライムだねえ」
「人造の魔物ですか」
「ほらほら、体内の文字を見てごらん。あれは呪いの文字。作成方法は簡単だねえ。普通のスライムに呪いのレリックが入ったレリックプレートを食べさせて、カーススライムにするんだねえ」
「レリックプレートを使うんですか」
それはまた贅沢過ぎる。
たぶんスライムだから可能なんだろうな。そう思った。
「ほぉー、しかし初めて見たな。カーススライム」
「アガロさんでも?」
意外だった。アガロさんは眼帯を指で掻く。
「当たり前だろ。なにせ。死の墓に入ったのも初めてだからな。だれがこんな最低ダンジョン。好き好んで入るかよ」
魔女を見て皮肉る。確かにそう。魔女は苦笑いを浮かべる。
「あのあの、あの、弱点が全く見えません」
「ジューシイさんより強いってことか」
ジューシイさんのレリック【弱点看破】は自分より弱くなければ弱点が分からない。
「にしてもにしても、あれはデカすぎるねえ。カーススライムは普通のスライムと同じサイズだから、あれはおそらくカーススライムの亜種だねえ」
「亜種かよ。てっきりあのサイズがカーススライムだと思ったぜ。おいおい。あんなの闘いたくないぞ。どう考えてもヤバイだろ」
「あっ……アガロさん。塔の中を見てください」
見てしまった。カーススライムがうろつく崩壊した塔はドアがない。
だから中に下へ続く階段があるのを見てしまった。
「……マジかよ」
「おやおや、あんなところに階段があるねえ」
降りる階段は他にも探せばあるが、この枯れた草原は思った以上に広い。
時間がない僕らはヘタに時間を浪費したくない。しかもここはまだ上階部だ。
「あのあの、あの、カーススライムの中に宝箱があります!」
「えっ、あっ本当だ」
「ナ!」
カーススライムの体内に箱がある。
装飾で飾られた金属製の箱だ。どう見ても宝箱に見える。
「おやおや、あんなところにねえ」
「階段もあるし宝箱もあるか……うーん」
一応、あの宝箱を【フォーチューンの輪】で確認する。おっと、驚いた。黄色だ。
最近、僕の中で物議を醸し出しているスーパーレアだ。
なので僕のテンションは下がる。ああ、メンドーな黄色か。
すると魔女が僕に娼婦みたいなウインクをした。なんすか。
ああ、そうか。レア度が知りたいのか。
「なかなか良い宝箱ですね」
「ウォフ。知っているのか」
「ええ、あれは良いモノですよ。黄色の光です」
「ほうほう。なるほどねえ」
「おう。金色じゃないのか? 装飾だけだが」
「あのあの、わん。あたくし。中身が楽しみです!」
「ナ!」
ジューシイさん。手に入れる前提なんだ。確かに中身は気になるところではある。
アガロさんは魔女に聞いた。
「カーススライムの弱点は知っているか」
「もちろんもちろん。聖水や回復系。ただしあまりに強過ぎると破裂するから、そこそこの聖水とポーションが推奨だねえ。ちなみに火は厳禁。爆発するねえ」
「アガロさん。ひょっとして倒すことにしたんですか」
「ああ、宝箱を見逃すのは探索者じゃねえからな」
「それからそれからねえ。並大抵の刃物も溶かされるねえ」
危ない危ない。エリクサーナイフならいけると思った。
というかエリクサーだと破裂するよな。
「じゃあどうすればいいんだ?」
「おやおや、【滅剣】のアガロ。スライムの基本的な倒し方を忘れたのかねえ」
「ああ? スライムはコアを破壊すれば……そういうことか。つまりあのカーススライムにもコアがあるってことか」
「あのあの、あの、コア見つけました。でも、わん。あのコアは厄介です」
「厄介……おいおい。あれがコアか?」
「ふむふむ。なるほどねえ」
「……なんで?」
「ナ?」
ジューシイさんが見つけたコアは僕達もすぐ分かった。
宝箱より上の方。髑髏が集まったところに、そのコアはあった。
ただし分厚い鎧の鉄板で絶妙に囲まれていた。あまりに絶妙な配置。
カーススライム自身でガードしているのか、それくらいの知恵はあるのか。
それとも単なる偶然か。
「なあ、魔女。爆発するってどのくらいの規模だ?」
「そうだねえ。そうだねえ。あの巨体ならこの辺りも確実に巻き込まれるねえ。しかもカースの場合は呪いの爆発。更に爆風で呪いが撒き散らされて、確実にこの草原全体が呪われるねえ。もちろん。コンたちも呪われるねえ。破裂はそこまでの規模じゃないけど、コンたちは呪われるねえ」
「終わってんじゃねえか」
「あのあの、あの、わん。カーススライムに触れたら呪われるということですか」
「うんうん。呪いに対抗できるレリックやレジェンダリーがあれば別だねえ。ちなみにコンは持っていない。聖水も解呪は出来ないからねえ」
「俺もだ」
「あのあの、あの、あたくしもありません」
「僕もないです」
アガロさんが落胆してつぶやく。
「……じゃあどうやって倒せばいいんだ」
どうやってか。
刃物も効かず。火は厳禁。強過ぎるエリクサーも破裂させる恐れあり。
おまけに触れたら呪われる。たぶんデバフレリックがひとつ増える。
弱点は聖水やポーションなどの液体系。あとコア。
しかし相手は鉄板でコアを守っている。
「…………」
鉄板も厄介だけど、身体自体が分厚いんだよな。あのカーススライム。
倒す方法……か。うーんそうだなぁ。
単純に分厚いスライムの身体を削って鉄板を剥き出しにする。
その鉄板を切断し、コアを射貫く。これしかないな。
削って剥き出しにするのは、困ったときの【バニッシュ】だな。
切断とコアを射貫くのは誰かにやってもらう。
「ほうほう。ウォフ少年。なにか思いついたかねえ」
「え? ええ、まあ、でも」
「いいからいいから、言ってみようかねえ」
「でも足りない要素があって」
「それでもそれでも、言えばなんとかなるかも知れないねえ」
「現状、八方ふさがりだ。あるならなんでもいい」
「あのあの、あの、ウォフ様のお知恵をお貸しください」
そうまで言われたなら話すしかない。
「ええっと、カーススライムの分厚い身体は僕がなんとか出来ます。後は鉄板を切れる人と遠くからコアを射抜ける人が必要です」
「あの呪いの身体をどうにかできるのか。ああ、レリックか」
「はい。レリックです」
まっすぐ伝えるとアガロさんは言った。
「じゃあ、鉄板は俺が切るか」
「後はコアを射抜く人ですね」
「と言ってもなあ」
「あのあの、あの、あたくし。弓、使えます」
「えっ」
「ふむふむ。聞いた事があるねえ。タサン侯爵家は狩猟の名家とねえ」
「そういえばレルさんも弓を使っていましたね」
「嬢ちゃんも使えるのか」
「あのあの、わん。はい。レル兄様ほどではありませんが扱えます。ただ自分の弓
と矢は持っていません」
「矢ならあるぞ」
「ふむふむ。弓ならコンが持っているねえ」
魔女は言いながら真っ白い弓をポーチから取り出す。
アガロさんも矢を何本か出す。
「これだけあれば足りるだろ」
「あのあの、ありがとうございます」
「おうよ」
「なんで矢なんて持っていたんですか」
「分からん。なんかよ。いつの間にか入っているんだよな。酒飲んで泥酔するたびに増えている気がする」
それって……なにか似たようなのがあったな。ああ、前世の記憶だ。
ブラック企業に勤めていたとき、1週間に1度ぐらいで飲み会が開かれていた。
もちろん強制参加だ。そのとき泥酔した課長。そう課長だ。
よくハンバーガーチェーン店の店頭マスコット人形を持ち帰ろうとしていたなあ。
もちろん止めたけど。なお課長の家には薬局のマスコット人形が3体もいるらしい。
他にも看板とかコーンとかポールとか。いや返せよって思ったなあ。
いや例え泥酔しててもどういう経緯で矢が増えているんだ。
この世界でも矢なんて道端にも落ちてないぞ。
「ほうほう。ふむふむ。うんうん。ふうむふうむ」
「あのあの、あの、わんわん。あの……?」
「ナ?」
なんだ。魔女がジューシイさんをジロジロと全身舐めるように凝視していた。
なにしてんだ。危険になったら止めようと思いながら見守る。
少しして魔女はジューシイさんから目を離し、出した弓の弦を外した。
「ねえねえ、ウォフ少年。この真ん中を切ってくれるかねえ」
「えっ、弓の?」
「そうそう。木製だからスパッと切ってねえ。調節するからねえ」
「いきますよ」
「ナ!」
僕は弓の真ん中をナイフで切った。例の二枚刃だ。やはり良い切れ味だ。
魔女は礼を言って、ポーチから何かをいくつも取り出す。
素材だ。それを近くの岩に置く。また取り出す。道具箱だ。
慣れた手つきで二つに割れた弓に道具箱の道具を使い、素材を掛け合わせていく。
なんとなく、なんとなくだけどコンポジットボウを造っている気がする。
カチャカチャ、カチャカチャして最後に弦を張って出来上がり。
「まあまあ、こんなもんかねえ」
そう魔女はジューシイさんに弓を渡す。
やや短くなり黒い線が入っていた。それと中心部に赤い布を巻いている。
それだけか。まあやれることは少ないよな。
ジューシイさんは礼を述べて受け取ると、弦をゆっくり引いた。
よく見ると最初は均等だった弓が今は上下で大きさが違う。上が短く下が長い。
あの短時間のカチャカチャで弓の形状を完全に変えた? どうやったんだ?
「あのあの、あの、引きやすいです」
「ふむふむ。そのまま構えて違和感をちょっとでも感じたら教えてねえ」
「あの、はい。わかりました。あの、少し上がブレます」
「おやおや、さっそくかねえ」
魔女は苦笑して調節する。それを三度くらい繰り返した。
そして試射。ジューシイさんの弓の腕前は見事だった。
放たれた矢は4本。
魔女が骨で造った即席の的の真ん中に全て命中した。
同じタサンだからか、弓の構えと雰囲気はレルさんを彷彿とさせた。
ただ違うところが唯一あるとすれば、思わず見惚れてしまう綺麗な構えだろう。
「これならいけるな」
「はい。そうですね」
「後は鏃に聖水をつければいいだろ」
それを聞いた魔女はニヤニヤした。
この笑みのときの魔女は何かイタズラする気満々だ。
「ウォフ少年。あれを貸してくれるかねえ」
「あれ?」
「あれあれ。あれこと例の卵の容器だねえ」
「えっ、あっ、でもそれを使ったら破裂しますよ」
「違う違う。どうせなら弓全体にコーティングしようと思ってねえ」
「コーティングですか……まあいいですけど」
魔女はではでは決まりだねえと言うと、ポーチから古い作業机を出した。
魔女が愛用している作業机だけど、ソファと同じ予備かな。
「えっ、おわっ!?」
「おおっ、なんだ」
「はいはい。わんこちゃん。ちょっと弓を借りるねえ」
「あのあの、わかりました」
ジューシイさんから弓を借りると作業机の上に置き、備え付けの器具で固定する。
次に薄いケースを出す。ケースの中には大小の筆が入っていた。
「ほらほら、ウォフ少年。卵を渡して欲しいねえ」
催促され、僕はポーチの一番奥から卵を出した。
本物のように精巧に造られた卵型の容器。
レジェンダリー・エリクサーの神聖卵だ。慎重に渡す。
魔女は受け取り蓋を開けると小さな筆にエリクサーをつけ、弓を塗り始める。
キラキラと光って粘度のある液体が弓をコーティングしていく。
「なに塗ってんだ?」
「えっと、魔女の秘伝のあれです。僕が預かっていました」
「ほぉー、秘伝のあれか」
「あのあの、綺麗です。キラキラしています」
ジューシイさんの瞳も同じぐらい輝いている。
「よし。今のうちに説明する。ふたりとも勝負は一瞬だ。ウォフが穴を開けて俺が鉄板を切って、嬢ちゃんがコアを射抜く。シンプルだが一発で決めないといけねえ。二度目はない。そのつもりでいいな」
「はい!」
「あのあの、わかりました!」
「ナ!」
魔女が弓を塗り終わった。二つ目のエリクサーコーティングされた武器だ。
ただしぶっかけた雑な僕のナイフと違ってしっかり丁寧にコーティングされている。
それと弓は矢の発射媒体なのでナイフとはまた違うのかもしれない。
魔女はジューシイさんに弓を渡す。受け取って感激するジューシイさん。
「あのあの、キラキラしています。あの、あたくし。絶対にカーススライムのコアを撃ち抜きます!」
ジューシイさんは決意を硬くした。その瞳がギラギラと燃えている。
よっしゃ。さあ、やるぞ。カーススライム。
「さてさて、どうなるかねえ」
「ナ?」
魔女は残る。
万が一があるのでダガアを預かってもらった。
「一気に行くぞ。ウォフ任せた!」
「はい!」
「あのあの、ウォフ様。すっごく頑張ってくださいっ!」
「はいっ!」
気合十分。まず僕が【バニッシュ】を最大にして拳に宿し、おもいっきり殴るっ!
「バニッシュナックルっっっっ!!!」
カーススライムに穴が空いた。




