例の森へ③・廃村の教会。
アガロさんが二日酔いで少し遅れたが集合して森へ向かう。
そして特に何事もなく例の森に着いた。
妙に開けた場所で、枯れた川に小さく粗末な橋がある。
「……」
橋を渡るとき僕は振り返った。ここであの黒騎士と僕は戦った。
灰となって消えて、なにも残っていない。それでも確かにここで僕は。
「わふっ、ウォフ様? どうしました?」
ジューシイさんがひょいと下から僕の顔を覗き込む。
「あ、いや、なんでもないです。行こう」
橋を渡った先は廃村だ。
廃村というが家屋はもう殆ど崩壊していた。
唯一建物として残っているのは教会だけだ。
あの教会から笛の音が聞こえてきたんだったな。
笛じゃなかったけど。
アガロさんは大きなヒョウタン徳利に口を付けて飲み、見回してつぶやく。
というかこの世界にもヒョウタン徳利……あるんだ。
「なんもねえな。酒場もねえ」
あったとしてどうするっていうんだこのひと。
「ふむふむ、残っているのはあの教会だけだねえ」
「あのあの、あの、廃墟の教会。妙な感じがします」
「あそこは……」
「んじゃあ、行ってみるか」
これだけ何もないとそれしかない。
教会は青銅色でステンドグラスも色褪せていた。
軋む音を立ててドアが開いた。
入るとすぐ礼拝堂になっている。
女神聖母像の真下。赤く埃が積もった祭壇があった。
アガロさんがヒョウタン徳利を傾け、色褪せた女神聖母像を見る。
「邪神崇拝って話だが」
「ほうほう。これはまたまた立派な女神聖母様だねえ」
女神聖母。セイホウ教の御神体だ。
僕は祭壇を見る。ここに怨嗟と悲鳴が渦巻く杯があった。もうその痕跡もない。
エリクサーによって浄化されたと僕は解釈している。
「ん?」
視界の端にドアが映った。
礼拝堂の右端。木製の何の変哲もないドアだ。
周囲の壁と同化していてちょっと分かりづらい。
あのときはさっさと帰ったから気付かなかった。
「あのあの、ウォフ様。どうかしましたか」
「あそこにドアがあります」
「おやおや、本当だねえ」
「物置きだろ」
アガロさんがヒョウタン徳利を飲みながら言う。
しかしこうまでヒョウタン徳利が似合うのはなかなか居ないぞ。
「たぶん。そうでしょうけど」
僕はドアに近付く。
「そうそう。調査するにあたってだねえ。色々と調べてみたんだねえ。そうしたら解放された後でも、やっぱりね。探索者が来ているみたいだねえ」
急に魔女が言う。それはそうだろう。
解放されたと噂か何かで聞いたら、ちょっと行ってみるか。何か宝はあるか。
そんな感じで安心感を持ってやってくる輩もいる。
「ああ、俺もちらほら行ってみるか。みたいなのは酒場で聞いたな」
「それでそれで、見ての通りなにも無いからねえ。失望したり怒ったりしてすぐ戻ってくるんだけどねえ。一部の探索者が、実は戻って来ていないんだよねえ」
僕はドアを開けた。小さな部屋だ。
隅っこに空の棚があって、空の木箱が置いてある。
「戻って来ないって、解放されているんだろ」
「あのあの、わん。それは、どういうことでしょうか」
「さあてさあて。ねえ」
「そういえば、この案件。ギルドじゃないんだよな」
「うんうん。アブラミリンのジジイの案件だねえ」
「あのあの、それって元ギルドマスターですよね。今はグランドギルドマスターをしている」
「おいおい。なかなかに、きな臭いじゃねえか」
なんか話している。
しかしこの部屋なにもないな。
本当に何もない。アガロさんの言う通りただの物置か。
「…………」
僕は、なんとなく【危機判別】を使った。
何も反応はない。
「……」
それならと流れで【フォーチューンの輪】を使う。
ほら、なにも―――え? 正面の壁が……緑色だ。
「なんだ?」
この壁がレアなのか。珍しい材質で出来ているとか?
あるいはこの壁が珍しい。
「あのあの、ウォフ様? なにかあったんですか」
「酒か? 酒樽でもあったか」
「おいおい。アガロ。あっても飲めないと思うねえ」
皆やってきた。
アガロさんがグビっとヒョウタン徳利で酒を飲む。
「なんもねえが……なんか怪しいな」
「あのあの、この小さな部屋。なにかあります」
「ふむふむ。あの壁だねえ」
魔女はレアの壁を面白そうに指差す。
凄いな。皆、分かるのか。
「んじゃあ、燃やしてみるか」
アガロさんの左手が真っ赤に燃える。
振りかぶって、壁を殴った。壁がへこみ燃え上がると壁が消える。
「おやおや、隠し壁だねえ」
「階段です」
壁が消えると階段が現れた。地下へ続いている。
「暗いな」
「あっ僕、リヴさんから貰ったのがありまして」
ポーチから光球を出す。スイッチを入れると浮かんで光った。
するとジューシイさんの瞳がキラキラと光って尻尾がワイパーみたいに激しく動く。
「あのあの、あの、あのあのっ」
「ジューシイさん。ダメですよ」
飛び掛かろうとしたのバレてますよ。
わふっとしょんぼりしてもダメですよ。魔女が光球をジッと見ている。
「ほうほう。これはこれは、とても面白いねえ」
「おう。便利だな」
そんなやりとりをして階段を降りると、似たような白い部屋があった。
ここには何もない。
「あのあの、床に何かあります」
「床?」
そのとき、床が青白く光った。あっこれ転移陣。
身体が何かドクンっと感じた。
【死の供物:死の墓から出ると死の供物となる。また4日後、死の供物になる】
え?
次の瞬間、転移した場所は真っ暗だった。すぐに光球が浮いて照らす。
「ここは?」
光の照らす範囲から何かとても広い空間だったのは分かった。
そして遠くで赤と青と黄の球体が無数に浮いている。淡い幽火のように揺れている。
その数は……百は軽く超えていた。ウソだろ。
【危機判別】を使わないでも分かるが一応使う。赤。真っ赤だ。敵だ。
僕の隣りにいたアガロさんがヒョウタン徳利を傾け飲んで言う。
こんなときでも飲めるのかこのひと。
「ん。ありゃあ、グローボか」
「魔物ですか」
「ああ、アンデッド系のゴーストだったか。それぞれの色は属性レリックだったな」
つまり火と水と雷のグローボってことか。それが数百近く。
「あのあの、つまりここはダンジョンなんですか」
「うんうん。そうだねえ。どうやら一部の探索者はここに入ったみたいだねえ」
そして戻って来なかったか。
「にしても多いな。グローボ」
魔女が虚空から何か取り出す。瓶だ。ああ、そうか。
「はいはい。コン特製の聖水だねえ。しばらくの間、光の効果が発揮するねえ」
「おう。ありがとうな」
「あのあの、あの、ありがとうございます」
「あっ僕は大丈夫です」
真っ白いナイフを抜く。対アンデッド最強にして切れないナイフ。
エリクサーナイフだ。
アガロさんが僕のナイフを見て言う。
「そういえばよぉ。ウォフの戦いを見るのは初めてだな」
「そういえばそ」
「わんっ、わわんっわんわんっ。わおぉーんっっ!!」
ジューシイさんは雄たけびを上げ、青色のグローボの群れを殴り飛ばした。
聖水効果で水のグローボはどんどん掻き消えていく。
どうやら我慢できなかったみたいだ。
ジューシイさんの奇襲を皮切りにグローボたちが僕達に襲い掛かる。
ゆらりと浮遊しながら火を飛ばし、水を飛ばし、雷撃を放つ。
1体ずつなら大したこと無いが、こんなに沢山居ると厄介過ぎた。
いいや、そうでもなかった。ぜんぜん厄介でも無かった。
まずアガロさん。酒を飲みながら片っ端から襲って来るものを雑に滅却する。
滅却はアンデッドを完全に焼き尽くしていく。
魔女から貰った聖水は使っていない。
じゃあなんで貰ったんだろう。
次にジューシイさん。片っ端から殴っていく。
身軽で素早く、グローボは追いつかない。聖水が付いた拳は白く輝いている。
そして魔女。高らかに指パッチンするとグローボが数十体ほど消えた。
なにをしたのかは分からない。まるで手品みたいに消失した。
それを3回ほど繰り返し、グローボの数を一気に減らしていく。
後は聖水瓶を逆さに指で三本ほど挟んで、ぼいぼいっと投げている。
最後に僕。近付くグローボをエリクサーナイフで切っていく。
一撃でグローボは霧散する。属性レリックを放つだけでそんなに強くないな。
殲滅するのに特に何事もなく終わり、そして何も残らない。
あるのは奇妙な静寂のみだ。
アガロさんがヒョウタン徳利をイッキ飲みして言う。
ホントよく飲むなあこのヒト。
「なんもねえと思ったんだがなあ」
僕もそう思いました。




