例の森へ②・ウォフ少年調査団。
例の森の調査当日。
僕は魔女に呼ばれ、探索者ギルド・ハイドランジア支部の1階にいた。
場所指定されているが探索者じゃないから、その場所が分からない。
とりあえず受付で尋ねてみるか。
「おう。ウォフ」
「アガロさん」
声を掛けたのはアガロさんだ。
赤髪でフォーンの男性。第Ⅱ級探索者。【滅剣】のアガロ。
「どうした。こんなところで珍しいじゃねえか」
「魔女に呼ばれたんです」
「おまえもか。そういえばおまえ。魔女の弟子なんだよな」
「は、はい。弟子です」
「おまえがなあ。まあ言われたらそうかもな」
それどういう意味なんだろう。ん?
「もかって、アガロさんも魔女に呼ばれたんですか」
「おう。第3会議室だろ。こっちだ。ついてこい」
さすが第Ⅱ級探索者【滅剣】のアガロさん。
実に堂々とした態度で受付に行って「おう。第3会議室ってどこだ?」と尋ねたぞ。
知らなかったのか。受付嬢はニッコリと案内してくれた。
第3会議室。
ギルドの2階の左から3番目にある。入ると無機質な空間だった。
真っ白い壁。正面には真っ白いボード。安物の長机に簡易な椅子が並んでいた。
他には何もない。まさに会議室。どこか懐かしさがある。
「失礼します」
「あのあの、ウォフ様!?」
「ジューシイさん?」
二度見する。手前にちょこんと行儀よく座る犬。
そしていま勢いよく立ち上がった犬。
間違いない。黒髪わんこの美少女ジューシイさんだ。
なんで彼女がここに? アガロさんが首を傾げる。
「おう。誰だ?」
「レルさんの妹です」
「レルの?」
「あのあの、あの、初めまして。ジューシイ=タサンです」
「アガロだ。タサンってあの侯爵家か?」
「あのあの、はい。そうです。あのタサンです」
「そうするとレルはタサンだったのか。驚いたなぁ」
アガロさんは苦笑して無精ひげを撫でる。
ジューシイさんは眼を見開いた。
「あのあの、レル兄様を知っているんですか」
「ああ、ちょっとした知り合いだ」
「あのあの、ビックリです! あの、アガロさん。よろしくおねがいします」
「ああ、よろしくな」
「ところで、なんでジューシイさんがここに?」
「あの、わん。魔女様に呼ばれました」
まあ、それはそうだけど……アガロさんとジューシイさん。
ひょっとして例の森調査のメンバーなのか。意外過ぎる人選だ。
相変わらず何を考えているんだろう。
「やあやあ、皆の衆。集まったみたいだねえ」
その魔女が颯爽と姿を現す。実に上機嫌だ。
「おう。魔女」
「あのあの、魔女様。こんにちはです!」
「おはようございます」
「ナ!」
「ん? なんだ」
アガロさんが訝しむ。ああ、知らないよな。
僕はダガアナイフを抜いた。
「ダガア」
「ナ!」
「おわっ、なんだっこいつ。魔物か」
ダガアが変化してアガロさんは一歩だけ後ずさりした。
あっフレイムタン抜かないで!
「ナ!?」
「こらこら、落ち着くんだねえ。アガロ」
ダガアは魔女の胸元に逃げた。よしよしと魔女が撫でる。
「なんなんだそいつ」
「僕のナイフというかペットというか」
実際は分からない。なんなんだろうな。
魔女のおっぱいで寝てるあれ。
「ウォフのか。そういえばお前のナイフが変化したな」
そうアガロさんはホッとしてフレイムタンを仕舞った。ジューシイさんが言う。
「あのあの、凄い剣です。わわん。見るだけで燃えてしまいそうです」
ジューシイさんが瞳を星みたいにキラキラさせる。
アガロさんはフッと笑う。
「へえ、嬢ちゃん。分かるのか」
「あの、はい。アガロさんって、もしかして。あの【滅剣】さんですか」
「そう言われているな」
「あのあの、あの、会えて嬉しいです!」
ひょっとしてファンかな。
するとジューシイさんは僕を見た。いや正確には腰元か。
「あのあの、ウォフ様が持っているナイフと似た空気を感じました」
「それってこのナイフですか」
ああ、これか。アガロさんから貰ったナイフをみせる。
ジューシイさんは大きく頷いた。
「あの、わん。それです!」
「へえ。嬢ちゃん。そいつは俺がウォフにあげたナイフだ」
「あのあの、そうだったんですか! 似た空気がありました」
「へえー、やるなあ。嬢ちゃん。魔女の人選は確かだな」
「うんうん。わんこちゃんは出来る子だねえ」
「立派な探索者になれるぞ」
「あのあの、ありがとうございます。ウォフ様。褒められました。嬉しいです!」
「ジューシイさん。よかったですね」
こう一々、僕に報告するところ。まさに実家の犬。
なんかあるとしきりに僕に持ってきたなあ。鼠の死骸はカンベンな。
「それじゃあそれじゃあ、始めようかねえ。全員、てきとうに座ってねえ」
魔女はダガアをテーブルに降ろす。僕はジューシイさんの隣りに座った。
ダガアは四つの耳を動かし、魔女の尻尾の揺れと合わせて尻尾を振る。
まさかと思ったらジューシイさんも合わせて振っていた。尻尾あるあるなの?
アガロさんがだらしなく座って聞く。
「魔女。例の森調査メンツはこれで全員か」
「うんうん。全員だねえ。猫も誘ったけど拠点関連で忙しくて断られたからねえ」
パキラさん。引っ越しやリフォームで忙しいとは聞いた。
「そうか。まあ、ウォフは知っている。嬢ちゃんの実力は確認した。少数精鋭。いいんじゃねえのか。調査団とか討伐とかあんまり多くてもな」
アガロさんは自嘲する。討伐っていうのは前のダンジョンの異変か。
「どうもどうもだねえ。他には何かあるかねえ。ないねえ。自己紹介は終わったから、それなら続けてまず一番最初に決めなければいけない大事な事からだねえ。ずばり団体名決めだね」
「ん? 団体名決め?」
なんぞそれ? 魔女は意気揚々とホワイトボードに大きく書く。
「はいはい。コンがお勧めるのは『ウォフ少年調査団』だねえ!」
「は?」
「ほう。悪くねえ」
「アガロさん!?」
「ウォフ少年ってところが特に気に入った」
「アガロさん!?」
って酒を飲み始めている!?
「あのあの、あの、『ウォフ様調査隊』とかどうでしょうか!」
ジューシイさん!?
「ほうほう。いいねいいねえ」
魔女が『ウォフ様調査隊』と書く。
「ほう。悪くねえ」
「アガロさん!?」
「ウォフ様っていうところが特に気に入った」
「アガロさん!?」
完全に酒を飲んでいる。
「ではでは、ウォフ少年。なにかあるかねえ」
「なにかって、そもそも……団体名決めってなんですか」
これが一番最初にしなければいけない大事な事なのか?
「あらん。それはね。ゲン担ぎの為に調査団は独自に名前を付ける伝統なのよ。例えば街のダンジョンを調査している調査団は『俺この調査が終わったらあの子にプロポーズするんだ調査隊』って言うのよ」
なんというフラグ。それ大丈夫か。って誰だ。
振り向くといつの間にか壁に男性が腕組みして寄り掛かっていた。
短い金髪に長く尖った耳をして、いくつかピアスを付けている。
金の瞳を細くして妖しく微笑む。スラリとした長身の体型で口紅と化粧をしていた。白いシャツと黄色のズボン。エルフの男性だ。
見覚えがある。確か……あれはダンジョンの異変から帰ったとき。
地下でメガディアさんと話をしていたエルフのオネエ。
「ギルドマスター!?」
「あらん。よく覚えていたわね。アランスよ」
アランスさんはくすくすっと笑う。
「う、ウォフです。改めて初めまして」
「あらん。あの魔女の弟子なのにまともなのね。それにカワイイ」
「ど、どうも」
ウインクされてちょっと引く。
「ふうむふうむ。アガロは何かないかねえ」
「ああ? あーそうだな。『ウォフ少年様調査団隊』ってどうだ」
「アガロさん!? ってそれふたつ混ぜただけですよね?」
「いいじゃねえか」
「意味が分からなくなってますよ」
「それがまたいいじゃねえか」
よくないよ。
ひょっとして、どうでもいいと思っていないか。
いや実際、どうでもいい気がする。ギルドマスターのアランスさんも笑う。
「あらん。いい加減ね。アガロ」
「まあ、こういうのもいいんじゃねえか」
「そうね」
「……」
いや良くないんですけど、僕は堪らず手をあげた。
「ええっと、『ダガア調査団』とかどうですか」
「ナ?」
「ふむふむ。ダガア調査団だねえ」
魔女はホワイトボードに書く。ってちっちゃい。字が小さい。
「それではそれでは、この三つから決めるねえ。ここは多数決で決めようねえ。良いと思ったら挙手だねえ。まずはウォフ少年発案の『ダガア調査団』。はい。ウォフ少年。ひとり。次はアガロ発案の『ウォフ少年様調査団隊』。はい。ゼロだねえ」
アガロさん!? 発案者が手を挙げないってどういうこと。
「次は次は、わんこちゃん発案の『ウォフ様調査隊』。はい。ゼロだねえ。それではそれでは最後にコンが発案の『ウォフ少年調査団』。はい。4人と1匹だねえ。はい決定だねえ!」
4人? ってギルマスなにしてんだっ!?
1匹ってダガア!? えっ、手を挙げている……おまえ。
つかジューシイさんも発案したのに手を挙げないって……さ。
なんなんだよもう。出来レースかよっ!
かくして例の森調査団体名は『ウォフ少年調査団』に決定した。
次は報酬について。今回はギルド依頼だが支部ではなく総本部。
つまりグランドギルドからの依頼となっていた。
探索者の階級別に報酬金が用意されている。
そうではない僕とジューシイさんの報酬は当然とんでもなく安い。
まあ分かっていたから少しでも貰えるならそれでいい。
その次は例の森についての説明。
例の森には廃村がある。邪神を崇拝する村だった。
探索者と騎士団による大規模討伐で滅んだことが魔女から語られる。
ここでギルドマスターのアランスさんから補足が入った。
何の邪神を崇拝していたのかはいくら調べても不明。
そのことからかなりのマイナーでマニアックな邪神だった可能性がある。
[あらん。でも村長の名前はあったわよ。ハーガンっていうの」
ハーゲン? いやハーガンか。
「ふむふむ。珍しい名前だねえ」
「あのあの、聞き覚えが無いです」
「おう。響きが北の地方っぽいな。ハヴガンとかアンヌヴとか」
「それじゃあ、ハーガンはハヴガンなんですか」
「わかんね」
ですよね。はは。
「あらん。それとギルドの保管庫には例の森と共鳴するレジェンダリーがあったの。それが鳴ることによって例の森に誰か入ったか分かるのよ」
「へえ、そういえばそんな噂を聞いたが事実だったのか」
「そうよ。分かったからと言ってもどうすることも出来ないけどね」
アランスさんは苦笑する。それはそうだよな。
ギルドとしては立ち入り禁止を言うだけで何か強制的に出来るわけじゃない。
そういえば一時期、近くに小屋を建てて見張りみたいなこともしていたらしい。
だが1週間も経たないうちに見張りが消えてしまったので以降は何もしていない。
「あのあの、そのレジェンダリーはどういうモノだったんですか。興味あります!」
「笛だろ」
「いいえ。違うわ。杯よ。それに鳴るというのは正しくないわね。あれは沢山の悲鳴や怨嗟が重なって笛の音みたいに聞こえていたのよ。解放されたとき壊れたわ」
そう。杯の中の悲鳴と怨嗟の叫びが遠く遠く笛の音みたいに聞こえていた。
おぞましいあれは今でもなんだったのか分からない。
ただ邪神崇拝に関係しているのは確かだ。
そしてそれを守っていたのがスケルトンの大群と……黒い騎士。
今でも時折、思い出しては身震いする。僕が初めて敗北した魔物。
あれから僕も強くなった……と思う。
今の僕はあの黒い騎士と【ジェネラス】無しでどれくらい戦えるだろうか。
「そもそもよ。なんでそんなもんがギルドにあったんだ」
アガロさんが疑問を口にする。確かになんであるんだろう。
「あらん。その杯はねえ。アルハザード=アブラミリン。今のグランドギルドマスターが、このギルドのマスターだったときに持ってきたと云われているわ」
「マジか。あの爺さん。ここのギルマスだったのか」
「そうだったんですか」
「ええ、あまり知る者はいないけどそうだったのよ」
ちょっと吃驚した。そういう縁があってだから直々に依頼したのか。
「まあまあ、こんなところだねえ。例の森の調査日程は今のところ3日間を予定しているねえ。なにかあれば伸びることも想定しているねえ」
「おう。聞いていた感じだと妥当じゃねえのか。なんも無ければそれはそれでいい」
「あのあの、はい。その通りです」
「そうですよね……」
例の森は僕が解放した。
だから何もないはずだ。なにもない。
フラグじゃないよねこれ。




