トルクエタム②
わたくしは思わず嘆息してしまいますわ。
「もっと早く思い出しなさい」
「……ごめん」
「それで少年と言うたかのう」
パキラは本を閉じて尋ねましたの。
「……うん。少年……成人にもなっていない……」
「その少年からエリクサーの匂いがしたんですの?」
「……うん」
「ふーむ」
隣の席に座るパキラにわたくしは聞いた。
「パキラ。どう考えますの」
「そうじゃのう。リヴ。ちなみにどんな少年じゃ?」
「……不思議な感じが……する」
「髪色とか服装はどんな感じですの?」
「名前は聞いたかのう?」
「…………覚えていない……聞いていない」
リヴは首を小さく降る。
まったく困りましたわね。
そもそもエリクサーの匂いとはなんなのか。
リヴの言うことは正しいのか。
これらの疑問はわたくし。自信を持って言えますの。
リヴは正しい。彼女が言うならそれは真実ですわ。
確かに普段からリヴは言動が不思議なところばかりですわ。
でもその剣の腕前と独特な感覚は絶対的に信用していますの。
わたくし。人を観る眼がありますの。
「じゃが、その少年が何かは分かったかも知れん」
「どういうことですの?」
「……?」
「そのエリクサーの匂いがする少年は雇い仔じゃ」
「雇い仔って、あの探索者の体のいい奴隷ですの?」
正直、わたくし。吐き気がしますわ。
雇い仔。成人していない子供を道具みたいに扱う。
「……奴隷……」
「ルピナス。人聞きが悪いぞ。問題もあるがあれは本来、師弟や騎士と従者みたいなものじゃ」
「あら、今では合法的な奴隷ですの」
「……少年が奴隷……」
「ルピナス! みろ。リヴが心配してしまったではないか」
「そういわれましても」
リヴはガクガクっと変に震え出しましたわ。
「リヴ。その少年が決して奴隷扱いとは、わらわはそう思わぬ」
「……ちがう?」
「そうですの?」
「昔ながらの師弟や従者みたいな雇い仔じゃと思う。その根拠がエリクサーの匂いじゃ。エリクサーはレリックアイテム。そう手に入るモノではない。大変に貴重なモノじゃ。匂いがしたということは、使用したその場に少年がおったと考えられる。つまり使用するのを見ておったはずじゃ。もし奴隷扱いならば貴重なエリクサーの使用を見ることも許可せんじゃろう。なによりルピナスの言う奴隷扱いは、ゴミ場の売り上げや宝を掠め取ることをいう。一緒に行動なぞせぬ」
「……つまり……?」
「少年は奴隷ではないってことですわ」
「そういうことじゃ」
「……よ、よかった……」
ホッとするリヴ。それにしても。
「パキラ。妙にムキになってましてたわ。あなたらしくない」
「……わらわは昔、雇い仔をやっておった」
「あらそうでしたの」
「師弟関係でのう。色々と大切な事を教わったものじゃ」
だからついムキになったと。
師弟関係。天才属性レリック使いの意外な過去ですわ。
「とにかく、その少年を探すことから始めますわ」
「……少年……見つけて……ルピナスどうする……?」
「御礼は当然じゃな」
「……うん。命……救ってくれた……」
「それもありますけれど、わたくし。気になっていることがあるんですの」
「……なに……」
「ふむ」
「わたくしたちを助けた理由。ずばり魂胆ですわ!」
例え善意あっても。
貴重なエリクサーを使ってまで助けた理由。
どうしても知りたいんですの。
「じゃが探すとなると、かなり難儀じゃぞ」
「そうですわね」
「……リヴ……少年と出会った場所……覚えている」
「あら何処ですの」
「……骨董屋……アリファ……のところ。ナイフさがしていた……」
「ほう。アリファさんのところか」
「まあ、アリファさんが何か知っているかも知れませんわね」
アリファさんは熟練の第Ⅲ級冒険者。わたくしたちの先輩ですわ。
駆け出しの頃に随分お世話になりましたの。
「なら決まりじゃな」
「ええ」
「……うん」
「そういえば、これは別件じゃがルピナス。『滅剣』がこの街におる」
「あら『滅剣』って、あの第Ⅱ級の?」
「そやつしかおらんじゃろう」
「……『滅剣』……レリック【滅】の使い手……」
「そして第Ⅱ級探索者ですわ」
「噂だとフォーンの男らしいのう」
「名前は確か―――アガロでしたわね」
「……アガロ……」
会ったことないですけど、会うこともあるのかしら。
ハイドランジアから少し離れた場所に川がある。小リーヴ川だ。
大リーヴ川の支川の中リーヴ川の支川だ。
この小リーヴ川は川岸で見晴らしのいい岩がいくつもある。
絶好の釣りポイントだ。
「……リールってどういう構造しているんだろ」
ぽつり呟いて竿を引いて振って、糸を水面に垂らす。
竿といっても棒の先端に糸を付けたモノだ。
こういうのって竹で作る記憶はあるが、この辺には竹林がない。
ただこの木の棒は竹みたいによくしなるビヨンの木の枝でつくられている。
先端に糸をくくり付けて釣り針は動物や魔物の骨で造られている。
餌はその辺の虫だ。
豊富にある。
「巻くから内部が回転するんだろうな……」
ダメだ。わからん。
そもそも釣りもこの世界で必要にかられて始めた。
前世ではやった経験はあれど趣味じゃなかった。
だからリール構造なんて知るわけがない。
だがリールが無いのでかなり不便だ。
魚が掛かっても押し引きが竿を振るしかない。
糸を巻いて近付けるということが出来ない。
押し引きしてタイミング良く一気に引かないと釣れない。
そして大体が失敗する。
最悪は竿が折れる。
「……リール。誰か発明してくれないかなぁ」
他力本願だ。
しょせん単なる一般の転生者。これといった趣味もない。
手先はそれなりに器用だけど。そういうレリックもない。
つまり自作リールとか無理。
あと魚ぜんぜん来ない。なんでだろう。
まぁ、いつもそんなにうまく釣れたわけじゃない。
「おっ、やってんな」
そんな声がして誰かが来た。
赤髪。翡翠色の目。無精ヒゲのオッサンか。
なんで徳利を片手に……赤ら顔で右目に金属製の黒い眼帯をしていた。
赤いジャケットに黒いシャツと白いズボン。かなりラフな格好だ。
長身で筋肉質の身体。髪の隙間から見えるのは黒い角。
フォーンだ。後ろ腰に大振りのサーベルをさげている。
「…………」
「おっと、怪しいもんじゃねえ。俺はアガロだ」
「どうも……ウォフです」
僕はぺこりと頭を下げた。




