猫と狐と犬③
僕達を眺めてからヴェレントさんが言う。
「おうよ。魔女。提案だ。レジェンダリーの点検が終わったら、ボウズの篭手とナイフの製造を手伝え」
「ふむふむ。報酬はいくらだねえ」
「点検費に色を付けて魔金も付ける。それでどうだ。おうよ。欲しいだろ。魔金」
「うむうむ。いいねいいね。ではコンも弟子の為に引き受けるとしようかねえ」
魔女は満足そうに笑う。愉悦という言葉が頭に浮かんだ。
そこにジューシイさんが魔女に尋ねる。
「あのあの、あの、魔女様。弟子のウォフ様の為に無償とかなさらないんですか」
「おやおや、わんこちゃん。それは逆だねえ。むしろ我が愛弟子ウォフ少年の為にしっかりと得るモノは得ないとねえ。いいかねいいかね。報酬は対価だけではなく、その責任も含まれているんだねえ。生半可なモノを造らないという覚悟という責任。
その表れが報酬というものなんだねえ」
魔女はそう言ってジューシイさんの頭を撫でた。
僕の為に無償でするのは簡単だ。でも魔女はそこに報酬という責任を背負った。
そうすることで真剣に製造をするという意志を込めたんだと思う。
「わふっ、プロフェッショナルです」
「おうよ。ああ見えても魔女は大陸で一番の職人だ」
「ほう。大陸一じゃと」
僕の誇れる自慢の師匠だ。
魔女はそわそわして三つの尻尾をゆさゆさと振る。
頬が赤い。照れているのか。
「困る困るねえ。そんなに言われたら照れるねえ。それじゃあ、鍛冶屋。さっそく始めようかねえ」
「まてまて。まずはボウズの手のサイズを計るところから」
そっか。オーダーメイドになるから僕の手とか腕のサイズを。
「それならそれなら必要無いねえウォフ少年のことなら身長体重から指のサイズと間隔から腕の太さと長さと肩幅から首や輪郭や耳の大きさ胴体サイズに腰回りから……のサイズと股関節に脚の太さと長さと足指と足裏までぜんぶぜんぶ知っているからねえってどうしたんだねえ皆そんなコンから引くように距離をとってだねえああああもちろん冗談だねえ魔女ジョークってやつだねえコンが知っているのはほんの指と腕の長さとサイズだけだねえ」
「…………」
訂正。自慢でもないし誇れもしない師匠だ。そして魔女。やはり魔女。
というか腰回りから……のサイズっていうのが物凄く気になるが絶対知りたくない。
「……これがあの魔女……なんじゃな」
パキラさんはドン引きしていた。僕もそうです。
「あのあの、あの、だ、大丈夫です! サマーニヤ姉さまがレル兄様とドヴァ姉様に似たようなことをしています!」
フォローにとんでもないことを口走るジューシイさん。
ガチのタサンの闇じゃん。パキラさんは更に引いた。ここからでもまだ引けるのか。
「何もぜんぜんまったくこれっぽっちも大丈夫じゃないんじゃが」
「いやいや、あのあの、コンのは単なる魔女ジョークだからねえ。魔女ジョークだからねえっ」
必死に失った好感度を取り戻そうとする魔女。
「あのあの、あの、冗談だったんですか。良かったです」
「そうだそうだねえ。冗談なんだよねえ」
「あの、わん。ビックリしました。魔女様だから有り得ると思ったです」
「あはは、あはは、そんなことないないねえ」
「……」
「……」
それ信じているのジューシイさんだけですよ。
「……おうよ。ま、まあ、分かるならそれでいい。にしても大変だな。ボウズ」
「は、はあ、でも悪いひとじゃないです」
それだけが唯一の救いだ。
「そうだな。あれでも魔女は性悪だが乙女だ」
「おとめ―――あのヴェレントさん。ひとつ気になることがあるんですが」
「おうよ。なんだ? 魔女が乙女のことか」
「いえ。それではなく金槌で叩いたとき、角の一部が青白い銀に変わりました。魔金もそういう風に色が変わるのですか」
「おうよ。そうだな」
「ねえねえ。鍛冶屋。ここはひとつ。魔金を見せてあげてくれるかねえ」
「ふむ。どんな色か興味があるのう」
「あのあの、あたくしも見たいです!」
「おうよ。折角だしそうだな。パキラ。角を出してくれるか」
「うむ……ジューシイ。頼む」
「あの、わん。はいです。よいしょっと」
角を一本ずつポーチから出す。
ヴェレントさんはその角の一本を手にし、小さな金槌で叩く。
キィーンという高い音がして、灰色の角の一部が青白く光る銀に変わっていった。
「まずこの変わっていったところが魔銀だ」
「は、はい」
「いつみても神秘的に深い色じゃのう」
「あのあの、とても綺麗です。この色、好きです」
「僕も好きな色です」
「うんうん。コンもこの色は惹かれるねえ」
「おうよ。この角の魔銀は質が良いな。質が良いと色がいい。では次が魔金だ」
金槌で黄色の光のモノケロスの角を打つ。
瞬間、ゴオォンという重低音と共に赤黒い発光の波紋が伝わり、角の先端から黄金の輝きが放たれた。
「これが……」
「魔金じゃな」
「あの、わん。圧倒的な輝きです……」
「そうですね」
確かに圧倒される壮大な輝きだ。
魔女が愉快に期待に満ちたように笑う。
「これはこれは、また濃縮された濃厚な魔金だねえ」
「おうよ―――パキラ」
「なんじゃ?」
「……これくらいなら、あったはずだな。おうよ。少し待て」
呟くとヴェレントさんは奥へ行ってしまった。
僕達はきょとんとすると、ヴェレントさんが戻ってきた。
なにやら頑丈そうな青銅色の箱の取っ手を握って持っている。
箱は見た目からどう考えても金属製だ。
青銅色で表面に鋲が打ってある重々しいデザインだった。
側面には左右に鍵穴がふたつある。宝箱か。
「金庫じゃな」
「あっああ、なるほど」
手提げ金庫ってやつか。前世の記憶だとダイヤルとか付いていた。
「あのあの、あの、金庫……エンネアちゃんが持っていました」
エンネアちゃん。たぶん姉妹だよな。
つまり侯爵令嬢が持っていた金庫か。
「おうよ。こいつは金庫だ」
レヴェントさんはカウンターの上に置くと二つの鍵穴に二つの鍵を入れて回す。
金庫が開くと、そこには王貨が大量ザクザクと入っていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
僕達の目が点になる。魔女の目も点になっていた。
レヴェントさんが言う。
「おうよ。6000万オーロある」
へ? ろくせ、6000……? 6000万!?
シーンと空気が止まる。
パキラさんは猫の目を見開いて、長短の総毛立った白い尻尾が迷走する。
あれは知っている。猫が予想外の出来事に遭遇したときの仕草だ。
ジューシイさんも尻尾をふらふらさせ、きょろきょろする。
あれは知っている。実家の犬が予想外の出来事に遭遇したときの仕草だ。
魔女は魔金をジッと見ている。
あれは知って、知るわけがない。狐なんて前世の記憶でも見た事がない。
そういえばダガア静かだな。チラっと見ても微動だにしない。
そこまでエンチャントで消耗したのか。まあ静かなのは助かる。
「おうよ。パキラ。受け取れ」
「……ま、ままま、待て。待て。6千万じゃとぉぉ……っ!?」
ようやくパキラさんが動いた。
「あのあの、あの、金額が凄すぎませんか。あたくしも見たことがない金額です」
「おやおや、わんこちゃん。公爵令嬢でもそうなのかねえ」
「あのあの、家の中に転がっている金額じゃありませんから無いです」
どんな家だよ。タサン侯爵家だよ。
「おうよ。この魔金の質と範囲なら、この金額になるな」
魔金の範囲は角の先端から半分程もあった。
しかも輝きが深い。魔女曰く濃厚な魔金らしい。
それで6000万か。魔銀より価格は高いというがいくらなんでも高過ぎた。
パキラさんはひどく困惑して、僕達を弱弱しく見た。
「じゃが…………じゃがのう。ウォフ。ジューシイ」
「なんですか」
「あのあの、なんです?」
「……本当にわらわが全額貰って良いのじゃな……?」
「ええ、はい。約束ですから」
あっさりと僕は言う。
凄いと固まったが、欲しいとは不思議と思わなかった。
金額が凄すぎて理解できていないのが大きいのかも知れない。
それに僕には篭手とナイフがある。それだけで今は充分だ。
前世の記憶で身に余る金額は不幸を招くだけだ。ましてこの世界は厳しい弱肉強食。
誰かを僕が殺したり僕が死ぬことも有り得る。
ジューシイさんも頷く。うんうんとうなづく。
「あのあの、わん。あたくしも必要ありません。パキラさんが使ってください」
パキラさんは王貨の山が入っている金庫を一瞥し、僕達に丁寧に頭を下げた。
「…………ふたりとも礼を言う。実はこれくらいの金額が必要なモノがあってのう。支援金とルピナスが実家から借金をする予定じゃったのじゃが、これならその必要もなくなる。改めて礼を言う。ありがとう。ウォフ。ジューシイ」
パキラさんは丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、使い道があるのなら良かったです」
「あのあの、何に使うのか聞いてもいいですか。興味があります」
「うんうん。わんこちゃんと同じでコンも気になるねえ」
実は僕もだ。パキラさんは隠すことではないのう。前置きして答えた。
「拠点じゃ。ウォフは覚えておるかのう。『ザン・ブレイブ』というパーティー」
「確かビッドさんが所属していて、解散したんですよね」
「おやおや、なかなかの実力パーティーだったのに解散したんだねえ」
「おうよ。あいつら辞めたのか」
「うむ。それであやつらが使っていた拠点を買い取ることになってのう」
「なるほど」
拠点って家を買うってことだよな。
それなら6000万を使うのは納得だ。
「なるほどなるほどねえ。それなら良かったねえ。うん。良かったねえ」
「う、うむ。それでは貰っておく」
パキラさんは金庫から王貨だけを取ろうとする。
「おうよ。パキラ。それごと持って行け」
「よいのか」
「おうよ。ほら鍵だ」
「……恩に着る」
ふたつの鍵を受け取り、パキラさんは金庫を閉めて鍵を掛け、ポーチに入れた。
パキラさんは僅かに震えていた。その表情もどこか緊張している。
猫の目がくわっと拡がり、猫耳は小さく動き、長短の白い尻尾は絡まっている。
「それじゃあそれじゃあ、さっそく始めようかねえ。鍛冶屋」
「おうよ。ボウズのことはおまえに聞けばいいか」
「えっ」
「もちろんもちろん。何でも聞いてくれていいねえ」
「あっいや」
「おうよ。というわけで今日は店終いだ。ありがとうな。おまえら。最高の素材が手に入った。久々に腕が鳴りそうだ。ボウズ。最高の逸品を造ってやる。楽しみに待っていろ」
「は、はい。待っています」
魔女から聞く僕の事か。心配だなあ。
「あのあの、あの、どのくらいで出来るのでしょうか」
「おうよ。魔女が手伝ってくれるなら1週間前後だな」
「たったそれくらいで出来るんですか」
もっと一か月近くは掛かると思っていた。
「おうよ。手伝ってくれるのは魔女だからな」
魔女。やっぱり凄いんだな。それ以外は酷いけど。
「あっ、忘れていました。ヴェレントさん。大魔刀の欠片です」
「おっとそうだった」
僕はレヴェントさんに大魔刀の欠片を渡す。
肝心要のモノを忘れていた。うっかりだ。
色々とあり過ぎてそのまま帰るところだった。
僕とヴェレントさんは苦笑する。
こうして僕は篭手とナイフを造ってもらえることになった。
不安はあるけど、楽しみだ。




