猫と犬④
次の日。
「……」
僕はちょっとソワソワする。
ここはハイドランジア中枢。戦勝英雄像のある噴水広場。
後ろには四階建ての大きな壁みたいな建物がある。
まるでどこかのヨーロピアン風老舗高級ホテルみたいな外見。
それが探索者ギルド・ハイドランジア支部。この辺境で二番目に大きい支部だ。
改めて見ると本当にでかい。僕はまるっきり初めてというわけじゃない。
ダンジョンの異変討伐が終わったとき、この建物の地下から出てきたことはある。
そういえばまだダンジョン異変に関して呼ばれていないな。
ダンジョンの調査団がまだ調査しているからそれが終わってからだろうか。
もっとも僕はあのとき何が起きたか知らない。
大活躍したらしいけど、あはもう僕にとってイッツ・ニューワールドだ。
「……そういえば」
結局、モノケロスの魔銀採取の依頼がどんなのか聞いていなかった。
あれから大変だったなあ。
ダガアをなんとかパキラさんのお尻と尻尾から引っ張って取ったらまさかなあ。
今度はあんなコトになるなんて―――僕は本当に無力だ。あんなことになるなんて。
「ウォフ」
「パ、パキラさん。おはようございます」
「うむ」
黒いローブ姿のパキラさんが駈け寄って来る。
昨日……あんなことになったけど今日もしっかり美少女だ。
昨日の白いローブはスリットが3だった。今日のは4だ。
長短の白い尻尾が後ろの二つのスリットからそれぞれ出ている。
「ジューシイはまだかのう」
「まだですね」
「ナ!」
「むう。きさま……おるのか」
パキラさんがムッとする。まぁそういう反応になるよなぁ。
「は、はい。その今日はミネハさん。依頼に行ってまして」
「そういえばビッドと最近、手を組んでおるようじゃのう」
「後もうひとりとトリオを組んでいるみたいですよ」
「ほお、それは初耳じゃのう」
「というわけで家に置いておくわけにもいかず……」
ダガアに留守番なんかさせられない。
「仕方がないのう。じゃが昨日みたいなのは、さすがのわらわも許さぬぞ。よいな」
「は、はい」
猫耳がピンっと立ってて小さく唸り、なにより目がマジだった。猫の目、怖い。
「ナ?」
「動くなよ。そのままジッとナイフのままで居ろ」
「ナ!」
本当に分っているのか。心配だ。
「あのあの、ウォフ様! パキラさん。わん。おはようごさいます!」
元気な犬が駆けてくる。ジューシイさんだ。
昨日と同じような格好に赤いケープを付けていた。
「お、おはようございます」
「元気な犬じゃのう」
猫からすれば犬の元気さは呆れるようだ。まあ猫からすればそうだよな。
走り回る実家の犬を塀の上から冷ややかな目で見ていた猫が居たのを思い出す。
「ナ!」
「あの、わんわん。ダガアちゃんもおはようです!」
ジューシイさんが屈んで僕の腰辺りを見て挨拶する。
「ナ!」
「あんまりナイフが鳴くなよ」
「ナ?」
「おまえ……」
「あのあの、わん。ダガアちゃん。しぃー、お静かにです」
指を一本立てて口元に当てる仕草。かわいい。
「ナ?」
「ええい。もうよい。よいか。ふたりと1匹。中では大人しくじゃぞ」
「はい。わかりました」
「あのあの、はい。わかりました。大人しくします!」
「ナ!」
「おぬしは黙ってナイフやっておれ」
「ナ?」
「……よく言い聞かせます」
「心配じゃのう」
「ナ!」
本当に心配だ。とりあえず僕達は探索者ギルドへ入った。
探索者ギルド。その1階はまさに壮観だった。
ずらりと並ぶ沢山の受付カウンターと受付嬢。
壁一面に天井近くまでも貼り付けられた依頼書。
そして受付カウンターの前にある待ち合いの為の長いベンチ。
朝早くからでも探索者はちらほらと居た。壁一面の依頼書を眺める者。
ベンチに座って酒を飲む者。壁に寄り掛かって酒を飲む者。床に座って酒を飲む者。
飲んでばっかだな。
ここはよくある酒場と併用では無いが、ギルド内は禁酒ではないみたいだ。
しかし、なんだ。この外観の空気というか雰囲気というか。
似たようなのを僕は知っている。前世の記憶に……えーとこの独特な空気。
うーん。もう少しで思い出せそうな―――そのときだった。
僕の近くの受付に立つギルドの受付嬢がリィーンとベルを鳴らして言った。
「35番札をお持ちの『酒浸りフォース』様。『酒浸りフォース』様」
「おう。俺らだ」
近くのいかにも強面の男たちがベンチから立ち上がって受付へ向かう。
凄い名前のパーティーだな。その恰好も盗賊と変わらない。
あのトゲの肩当。どこに売っているんだろう。
「お待たせしました。『酒浸りフォース』様。今回のタランチュラタラ討伐及びタランチュラタラの糸採取の依頼料となります」
「おう。確かに」
「それでは全員、探索者タグを提出してください」
「おう」
「はい。こちらタグの方に今回の昇級ポイントを入れておきました」
「おう。あと少しか」
「はい。お疲れさまでした。次回のご利用お待ちしております」
「おう。またな」
なんか淡々と終わった。見た目と恰好の割に丁寧だった『酒浸りフォース』様。
「それにしても随分とシステマティックなんだな。あっ!」
あっ、思い出した! そうか。これ病院とか銀行とか役所とかそういう空気だ。
番号札とか待ち合いベンチとか、まさにそんな感じだ。
それと酒を飲んでいても見た目が怖くても探索者たちは静かに大人しく待っている。
そういうところも懐かしさがある。ふと、アクスさんたち。雷撃の牙のギルド依頼。
あのダンジョンの依頼も僕に関してとかもしっかり手続きされているんだよな。
じゃないとギルドから僕にお金が入らない。
「なにをしておる。ウォフ。こっちじゃ」
「あっ、はい」
「あのあの、ウォフ様。ここが探索者ギルドなんですね。初めてで感激です!」
「そうですね……」
僕には急に随分と馴染み深く懐かしいところになってしまった。
左から3番目の受付に行く。受付の上に書かれていたのは『特殊依頼受付所』……?
「のう」
「いらっしゃいませ~、ご用件は~?」
間延びした感じで受付嬢が応答する。その受付嬢は珍しいフェアリアルだった。
受付嬢の制服を着て四枚の透明な羽根でどこかのったりと浮いている。
髪は黒と金のツートンカラー。白いシュシュを巻いてサイドテールにしていた。
赤く塗った唇が目立ち、ミネハさんとは違って小さくても大人の色気がある。
「トルクエタムのパキラじゃ。ヴェレントの鍛冶屋からモノケロスの魔銀採取の指名依頼があるじゃろ」
「指名依頼~ですねぇ~番号札04番を持って~ちょっとお待ちください~~」
受付嬢はのっそり飛んで受付カウンター奥へ。パキラさんは番号札04を手にした。
「では待つかのう」
「パキラさん。説明してくれませんか」
「あのあの、あの、特殊依頼ってなんです?」
「ふむ。そうじゃのう」
パキラさんはすぐ近くの待ち合いベンチに座る。僕達も座った。
「モノケロスというダンジョンの魔物がおる。銅等級の中位ぐらいかのう。太い角が生えた馬みたいなものじゃ。常に群れで行動するんじゃ」
「それが魔銀と、どう関係があるんですか」
「群れにごく僅かじゃが、その太い角が魔銀となっておる個体がいる。魔銀は用途が多岐に渡っており特にオーパーツの修復に必ず必要な鉱石じゃ。希少性もあってのう。大体1本辺り30万~50万オーロで取引されておる」
「1本がですか!?」
「あのあの、そんなにするのなら、わん。乱獲されてしまいます」
ダンジョンの魔物でも絶滅はある。
どういう原理かは不明だが乱獲すると、その個体は出なくなってしまう。
前に銀のスライムが純銀の塊を体内に生成していて、それで乱獲されてしまった。
以来ダンジョンに銀スライムは出没しなくなった。それでも乱獲は止まらない。
「それは心配無用じゃ。モノケロスは専用ダンジョンで生息しており、そのダンジョンはハイドランジア鍛冶組合に所属しておる鍛冶屋の許可が無いとのう。絶対入れないようになっておる」
「あのあの、それなら心配は無用です」
「まあ、それでも入ろうとする者はおるがのう。無駄じゃが」
「でもモノケロス全てが魔銀の角を持っているわけじゃないんですよね」
「そうじゃな。群れに百頭おっても魔銀は5頭というのも珍しくないと聞くのう」
「……それは希少性高いですね」
1本が30万~50万オーロも納得だ。
「あのあの、あの、角を獲っても平気なんですか? モノケロスが死んだりとかしませんか?」
「ナ?」
「心配はいらぬ。角を獲っても生え変わるから平気じゃ」
「あの、わん。良かったです」
「でも大量に獲りますよね」
希少性が高いなら死ななくても角を大量に獲らないといけない。
銅等級中位。ゴブリンと同じぐらいか。手間はかかる。
「それも心配はいらぬ。これで分ったじゃろう。わらわたちは、今からヴェレントの依頼でモノケロスのダンジョンに行ってモノケロスの魔銀を獲る。そして獲った分だけ報酬として支払われるじゃろう」
「それはわかりました。その魔銀をどのくらい獲るんですか?」
そもそもなんでこんな依頼をヴェレントさんはパキラさんに頼んだんだろう。
するとジューシイさんは栗色の瞳をキラキラと光らせて言った。
「あのあの、あの、ウォフ様。それはきっと100万オーロ分です」
「それって……まさか篭手の!?」
「そうじゃな」
「……パキラさん。ヴェレントさんはどうして?」
まるっきり初対面。少し話をしたぐらいだ。
それなのにどうしてここまでしてくれるんだ。パキラさんは僕を見て苦笑する。
「それはおぬしと同じ。お人良しなんじゃよ。まあマダンの素材を使いたいというのもあるじゃろう。最近はオーパーツの修復ばかりとぼやいておったからな。鍛冶師として何か造りたいのじゃろう」
「それでも僕にはお得過ぎます」
「それもそうじゃな。じゃが、それで良い。わらわはそう思うぞ」
「あのあの、それでいいと思います。ウォフ様お得であたくしも嬉しいです!」
「ナ!」
いいのかなって感じるけど、まあ悪いことじゃないし、ありがたく受け取ろう。
でもダガアナイフは黙ってて欲しい。今、鳴いたとき気付いたんだけど。
後ろを通り掛かった兎耳の女性探索者がビクっとして僕を凝視した。
「番号札04番~トルクエタムのパキラさん~受付へどうぞ~」
「呼ばれたのう」
受付に行くと、フェアリアルの受付嬢は大きくなっていた。




