猫と犬⓶
ジューシイさんはメイド姿ではなくゴミ場で会ったときの姿だった。
気品のある黒い上着。白いひらひらしたエプロンドレスだけど赤いスカート。
エプロンドレスには際立った赤いリボンタイがある。
まるでアイドルのステージで着る制服衣装みたいな恰好だ。
両手に指抜きグローブをしているが。
犬もとい狼耳をピンッと立たせて尻尾をブンブン振っていた。
僕を相変わらずキラキラした瞳でみつめる。
うれしいうれしいっと身体全体で訴えていた。
ああ、相変わらず犬だ。
「僕は篭手をつくりにきたんです」
「わん。あのあの、篭手ですか。ウォフ様にピッタリです!」
「そ、そうですか」
「あの、わん! とってもとってもピッタリです!」
尻尾が凄い勢いで風が舞うほど振っている。そんなに嬉しいのか。
「ウォフ様?」
急に冷えた声が聞こえた。
振り返るとパキラさんが凍るような冷たい瞳をしている。
こわい。
「えっ、あ、あの、彼女。ジューシイさんが言っても聞かなくて」
「あのあの、ウォフ様はウォフ様です!」
「ほう。ウォフ様か。それでおぬしはなんじゃ」
こ、こわい。猫独特の菱形の網膜が鋭くジューシイさんを見据えた。
「あのあの、わん。あたくしはジューシイ=タサンです」
「タサンじゃと……」
「あの、あのあの、ウォフ様。この猫……パキラさんとお知り合いです?」
「えっ、は、はい。お知り合いです」
「ウォフ。この犬。ジューシイとはどういう関係じゃ?」
「えっ、あっ、はい。お知り合いです」
「ほう」
「わふ」
怖い。なにこのふたり。怖いんですけど……なんか見えないバチバチがある。
なんで初対面でバチバチしているんだ? 猫と犬だから? んな馬鹿な。
「おうよ。なにしている。おまえたち」
助け舟がきた。ドワーフが訝し気な顔をしてやってきた。
モジャモジャと真っ白い髭を生やし、左目に大きな火傷跡がある。
ボロボロの作業着からでも分かる筋骨隆々の肉体。
ドワーフはパキラさんを見た。
「おうよ。パキラ来たか」
「ヴェレント。修復が終わったと聞いてのう」
ヴェレントさん。ヴェレントの鍛冶屋のヴェレント。店主だ。
「おうよ。あれを直すのは苦労したぜ。待っていろ。もってくる。それで、そっちは、ああ、タサンの……もう少し待っていろ。それでおまえさんは?」
ヴェレントさんは僕をジロリと見る。
「アリファさんの紹介で来ました」
紹介状を渡す。ヴェレントさんは紹介状を読んで鼻を鳴らした。
「おうよ。それで何を造って欲しいんだ」
「篭手です」
「おうよ。材料は?」
「これです」
僕はポーチから大魔刀の破片を出した。
ヴェレントさんはそれを見て、表情が変わった。
「おうよ。いいだろう。コイツで篭手を造ってやる」
「ありがとうございます」
「おうよ。それでウチは前金払いだ」
「いくらですか」
「100万オーロだ」
「ひゃっ……!?」
僕は言葉を失った。
100万!?
「ヴェレント。100万は高過ぎじゃろう」
「あのあの、あの、100万もするんですか」
パキラさんとジューシイさんも困惑していた。
ヴェレントさんは溜息をつく。
「まったく、ボウズ。大魔刀なんてマザンの素材をどこで手に入れたんだ」
「知人に貰ったんです。それで篭手を造ってもらえと言われました」
「呑気な言い草だ。いいか。ボウズ。あとパキラとタサンの。マザンの素材を使うには、それぐらい希少な他の素材を使わないと耐えられない。だから高くなっちまう」
「そういうことですか」
料理も高級食材を扱う場合、それに相応しい食材を使わないと味が落ちるのはある。
ヴェレントさんが言う。
「悪いな。こっちも商売だ」
「わかりました」
さすがにこれは諦めるしかない。
するとパキラさんが言った。
「―――ふむ。100万あれば良いのじゃな」
「パキラさん?」
鍛冶屋のカウンターにパキラさんはポーチから絹の小さな袋を出した。
ちょっとなにを……? 袋から硬貨を10枚出して並べる。
金色に輝く八角形の硬貨だ。
中心に……これって……ダイヤモンドが埋め込まれていた。
なんだ。これは硬貨なのか。こんなの見た事が無い。
ヴェレントさんが震える声で言う。
「王貨!」
「えっ」
「あのあの、間違いなく王貨です!」
ジューシイさんも言った。
こ、これがあの最高位の硬貨。
王貨って確か1枚10万オーロ。10万円。それが10枚。
100万だ。うっそだろ。
「これで足りるじゃろう」
「おまえ……足りるが……」
ヴェレントさんは戸惑っている。
僕もなにがなんだか分らない。
「ちょっ、ちょっと待ってください!?」
「なんじゃ。ウォフ」
「なんじゃっじゃなくて、パキラさん。いくらなんでも100万なんて!」
いくらなんでも、パキラさんでも、100万なんて貰えない。
そう声に出そうとしたとき。
「あの! あのあの、待ってください! あたくしもウォフ様の為なら出せます!」
そう言ってジューシイさんも王貨を10枚置く。
さすが侯爵令嬢。ポンっと100万オーロ出したぞ。って違う。
「おいおいおい。どうなっているんだっ?」
ヴェレントさんは頭を抱える。僕も抱える。
「ジューシイ。余計なことをするでない。わらわが出す」
「わん、あの、あたくしが出します。ウォフ様の為なら当然です!」
パキラさんとジューシイさんは互いに耳と尻尾を立てて睨み合う。
「ミヤアアァァァ」
「ガルルルルルっっ」
なんでこのふたり。こんなに張り合っているんだ。
いやそれよりも100万なんて、ここはひとつ男としてキッパリと断り。
「ふたりとも……さすがに」
「ウォフ!」
「ウォフ様!」
「えっ、なにっ?」
ふたりが一気に詰め寄る。
「わらわの100万オーロを使うんじゃろう?」
「ちょっ」
「あのあの、わん。あたくしの100万オーロですよね! そうです!」
「ちょっ、ちょっと僕はっっ!」
近いっ! ふたりとも近いっ!
「ナ?」
ナ? じゃないよっ!?




