猫と犬①
ダガアと名付けて5日が過ぎた。
結論から言うとダガアは『ナイフのようなモノ』になれるだけだった。
レリック【刀剣化】によって刀剣がなんなのかは理解しているみたいだ。
だから一応は切れる。それと最初はえらく持ち辛かった。
だけど他のナイフとかを見せて……喰われそうになったが……持ち辛さは解消した。
まあ、その辺は大したことじゃない。一番の問題は本人の気紛れさだ。
ナイフになったりならなかったりと好き放題。
これはまあ教えないといけないが、現状ダガアのナイフ。
略して『ダガアナイフ』が必要かというとそうじゃないから、まあのんびりやろう。
「ナ!」
「あっ、コラ、それはアタシの肉団子よっ!」
「ナ?」
「あんたねえ。そうやって可愛いきょとん顔をしていれば許されると思っているの。大間違いよっ! あっ、コラ、それはアタシの雑肉スープよっ!」
「ナ!」
ミネハさんがダガアに飛びつく。いやそれ僕のご飯なんだけど。
全部食べ終わったからって僕のご飯を勝手に食べるのはやめて欲しいなあ。
仕方なく残ったパン豆を食べる。うまい。
ちなみにダガアとミネハさんは背丈は同じだが、ダガアの方が体積は倍近くあった。
また僕の晩飯の取り合いをしているがこう見えてこの一匹とひとり。
たった5日間で一緒に寝たりダガアに騎乗して飛んだりと仲がとても良い。
それとミネハさん。ダガアの言っていることがなんとなく分かるらしい。
「おっと、そろそろ行かないと」
「ん? どこか行くの?」
「アリファさんに紹介された鍛冶屋に行くんです」
「そういえば、そんなこと言っていたわね」
「ナ!」
「え? あんたも行くの?」
「ダガア。来るのか」
「ナ!」
「―――鍛冶屋ということは剣の事を知ることが出来るから。それすなわち。うらの事を知るということである。ええ、確かにそうね」
「……本当にそんな長文を言っているのか?」
「ナ?」
ダガアは小首を傾げる。おい否定してないか。
ミネハはしれっと言う。
「なんとなくそう言っている気がするわ」
「ナ!」
ダガアは手をあげた。四つの耳がひろがって尻尾をふる。
なんとなくでその長文か。まあ、いいけど。
ちなみにレリック【静者】で試してみたダガアの心の声は(ナ!)だった。
「まぁ別にいいけど」
するとダガアはナイフになった。
「ナ!」
ナイフになったまま鳴く。これで持って行けってことか。
「途中で元に戻るなよ」
「ナ!」
僕はダガアナイフを握って専用の鞘に入れた。
そしてナイフ専用のバトルベルトに仕舞う。
ふとミネハさんが言った。
「ウォフ。ちょっといい」
「なに?」
「帰ってくるとき肉を買ってきなさい。いいわね」
「はいはい」
「じゃあ、気を付けていってらっしゃい」
「いってきます」
ひらひらと手を振るミネハさんに僕も軽く手を振って家を出た。
ハイドランジアのアリファさんの店がある方から中央貴族街を挟んだ反対側。
そこが工業区域だ。様々な職人の工房と工場が建ち並び、鍛冶屋通りも此処にある。
煙突から絶えず煙が出るので煤煙通りとも呼ばれていた。
細かい石が敷き詰められた坂道と階段の先にレンガ造りの建物が並ぶ。
その全てが鍛冶屋だ。
「工業革命時はこれの数百倍の煙突があったんだっけ」
前世の記憶の片隅に沢山の煙突が並んで黒い煙が空を覆っていた光景があった。
環境汚染とかこの世界では何千年後なんだろうな。
「ナ?」
「おっと、えーと紹介されたのは……」
「ウォフ? ウォフではないか」
「あっ、パキラさん」
呼ばれて振り向くと、パキラさんがいた。
私服姿ではなく探索者の恰好だ。
「珍しいところで会うのう」
「そうですね。ルピナスさんとリヴさんは?」
「ああ、あやつらは……ギルドの訓練場じゃな」
「訓練ですか」
「訓練というか。勝負じゃな。相手は魔剣の双牙じゃ」
「ナ?」
「む。今なにか」
「魔剣の双牙ですか!」
なんで鳴いた。
「そうじゃ。あのタサン侯爵家の護衛をしておる」
「それって、ひょっとしてシェシュさんですか」
「む。なんでおぬし知っておるんじゃ?」
「それは」
僕は指輪のことを掻い摘んで話した。
レルさんとジューシイさんのことは、まあそれはいいか。
「ほう。大切な指輪とはのう。なんともロマンチックじゃのう」
パキラさんはどこかうっとりしている。こういうの好きなんだな。
そういえば恋愛小説を愛読しているんだよな。
婚約指輪と知ったらもっと喜びそうだ。
「あれでも、どうしてシェシュさんとリヴさんたちが勝負を?」
接点あるのか。ルピナスさんが貴族だからその繋がりかな。
「うむ。タサン侯爵家が女性探索者の支援をやっておってのう。それに応募して今日が面接じゃったんじゃ。面接は少し話してすぐ合格したんじゃが、リヴが魔剣の双牙つまりシェシュに前から憧れておってのう。話をしたら勝負となったわけじゃ」
「なんか分かるような分らないような。ルピナスさんは?」
「立会人じゃ」
「なるほど。パキラさんは見に行かなかったんですか」
「興味はあったが、先約で修復を頼んでおったオーパーツがあってのう」
「オーパーツって修復できるんですか?」
「モノによっては可能じゃ。金は掛かるがのう」
「知らなかったです……」
レジェンダリーも修復できたりと知らない事が多いなあ。
「それで、おぬしは?」
「僕は篭手を造ってもらおうと思って、アリファさんに紹介してもらった鍛冶屋に行くところです」
「ほう。篭手か。素材は?」
「大魔刀ライノの破片です」
「なんじゃと!? それは大魔刀か」
「はい」
答えると耳も尻尾も総毛立つほどパキラさんは驚いた。
えっそんなに。
「どうやって手に入れたのじゃ……?」
「アクスさんから貰ったんです」
「雷撃の牙の……リーダーじゃったな。そういえばアガロと一緒にどこかへ行ったというのは聞いておったのう。まさか大魔刀ライノとは……うむ。ウォフ。それは良い素材を貰ったのう。マザン山脈地帯の素材は滅多に手に入らぬぞ。して、どこの鍛冶屋に行くのじゃ?」
「紹介状からここなんですけど」
僕はパキラさんに紹介状を見せる。
パキラさんは紹介状を見て、ニッと笑った。
「ちょうど良い。わらわが案内しよう」
「知っているんですか」
「うむ。わらわもそこに行くところじゃからな」
「ナ?」
「なんじゃ今の?」
「同じところなんですね」
「う、うむ。こっちじゃ」
釈然としない感じのパキラさんの後に付いていく。
僕はダガアナイフの柄にそっと触れ、囁いた。
「ダガア。説明が難しいから黙っててくれないか。後でしっかり紹介するから」
「ナ」
僕の囁き声と同じぐらいで返事する。本当に分ったのか。
するとパキラさんが振り返る。
「どうしたんじゃ?」
「いえ、なんでも」
「ほれ、ここら辺は迷うぞ。しっかりわらわについて来い」
「は、はい」
鍛冶屋がある通りはどれも同じレンガ造りの建物ばかりで、確かに迷いそうだ。
「看板を見れば、どの鍛冶屋かは一応分かるようになっておるのう」
「確かに、色々なカタチとデザインなんですね」
突き出し看板は青銅や鉄などで丸かったり四角だったりとカタチは様々だ。
火や鳥やフライパンや火掻き棒やハンマー等々、シンボルデザインも多種多様だ。
「フライパン?」
「鋳物専門の鍛冶屋じゃな」
「なるほど。あの鋏と包丁は」
「生活刃物の老舗じゃな」
「武器ばかりじゃないんですね」
「そうじゃのう。ほれ、あれとかも変わっておるぞ」
「コップ?」
大きな鉄製のコップが堂々と看板としてある。立体看板とはオシャレだ。
「鉄食器の鍛冶屋じゃ」
「ああ、そういう……珍しいですね」
「今は陶器が主流じゃからのう。ほれ、着いたぞ」
「ここが」
その看板は青銅製で何故か腕輪と杯が描かれていた。
レンガ造りの三階建ての建物で通りの一番角にあった。
「ヴェレントの鍛冶場」
両開きの扉の上の金属製の軒看板には古代文字でそう刻まれていた。
「たのもう」
パキラさんが扉を開けながら言う。
鍛冶屋は石床で、壁はレンガで覆われていた。
そして色々な武器や防具が所狭しと並び、奥から金槌の打つ音が聞こえる。
やや熱気が伝わって、それと先客が居た。
扉が開くと同時に振り返る。あれ、彼女は。
「わふっ? あのあの、先程の……トルクエタムのパキラさんです?」
「む。おぬしは確か案内のメイドの」
「わん! ウォフ様!?」
吠えると、いきなり僕の眼前まで近寄った。
腰下まで艶やかに流れる漆黒の髪。キラキラと光る栗色の瞳。
小さく愛らしい活発な顔立ち。大きな犬耳もとい狼耳とふりふりフサフサの尻尾。
「ジューシイさん。どうしてここに」
「ウォフ様?」
「ナ?」
「わんわん。ウォフ様。あのあの、どうしてここにいるんです?」
やっぱりジューシイさんだ。




