野郎四人討伐旅①
マザン山脈地帯。
ハイドランジアの後方に広がる高い山々の壁であるマザン山脈A。
そして隣国にも広がる高い山々の壁であるマザン山脈B。
ふたつのマザン山脈ABの隙間にある小さな地域のことだ。
その地域は永久中立地帯であり、厳しい環境地であり、魔物の宝庫でもある。
マザン山脈地帯。クルッタ高原。
見た目は山々が綺麗に見える穏やかな高原なんだが。
「いったど! アクス!」
ホッスが声をかける。
前方から角を生やした犬ぐらいの三つ目ウサギが血走った眼で俺を見た。
その刃みたいな八重歯を俺に見せつける。
あんなん咬まれたら致命傷どころじゃない。
「おう」
短く答え、剣を構える。銘はスタンダード。
そしてその外見は実にスタンダードだった。
今時珍しい木の柄に木製の真っ直ぐで四角いソードガード。
刀身は直剣の両刃。典型的なロングソードな我が愛剣である。
マッドエッジと呼ばれる銅等級中位のウサギが跳んだ。
俺に噛みつこうと口角と八重歯を上げる。
「勘弁してくれよ」
俺は苦笑し、マッドエッジを斜め下から滑らかに切った。
マッドエッジの下腹の肉に当たる感触が僅かにし、鮮やかに切り捨てる。
「ふう、こんなん食えるのかよ」
三つ目のウサギなんて食べたくもない。
その後方ではレルがちょっと出張った岩の上にいる。
一匹ずつ斜面下のマッドエッジを矢で仕留めていた。相変わらずクールだ。
「おい。ホッス。アガロさんは?」
「アガロなら巨大な四ツ目の牛の群れに突っ込んでいったべ」
「それってヘルホーンじゃねえか」
確か銀等級中位で【硬化】のレリックがある魔物の牛だ。
しかも大きさがちょっとした小屋ぐらいもある。
それの群れに突っ込むとか。命知らずか。
そう思っていたら強烈な火柱があがった。誰の仕業か分かる。
ホッスが眺めて言った。
「ヘルホーンって食えるべか」
「目が四つある牛なんて食べたくねえ」
俺はうんざりと言う。
ここいらの魔物は角が生えて多眼だ。そして凶暴で強い。
レルが俺達の元に戻ってきた。火柱を見て言う。
「まったく豪快だな。ところで10番目の姉は牛1頭を喰い尽くしたことがある」
「もはや大食いとかそういうレベルじゃねえべ」
「骨までしゃぶり尽し食べていたな」
「骨までかよ」
「確かに煮込めば柔らかくなって食えるんけど、それでも牛骨全部は異常だべ」
「そういえば、食べてすぐ寝ると牛になるという諺があるのを知っているか」
「あったな。そういえば」
「食べてすう寝ればベコになるんは、オラんところでもあっただ。それがなんだべ」
「9番目の姉はいつも寝ているから牛みたいな胸をしているんだなと納得した」
「それはまったく違うべ」
「食べてすぐ寝るぞ」
「というか実の姉の胸を牛に例えるなよ」
フッとレルは何も言わず眼鏡をくいっとあげる。おいおい。
にしても相変わらず愉快な姉妹たちだな。
そして関わり合いになりたくない。
「うぉーい。おめえら」
「アガロさん」
アガロがとても大きな黒光りする角を背負いながらこっちに向かって来る。
ヘルホーンの角か。どうすんだろうなあれ。
まっ、どうせアガロにはレジェンダリーの【収納庫ポーチ】がある。
あの中に入れるんだろう。
俺達がマザン山脈地帯に入って8日目になる。
ギルド依頼のダンジョン探索と色々あって巻き込まれたダンジョン異変の討伐。
これらの経験から俺達は目標の為、更に強くならないといけないと実感した。
そこで俺は恥も承知で魔女に頼んでみた。
すると魔女はアガロを紹介してくれた。
最初アガロは酔っていて、俺達を面倒くさそうに見ていた。
だが俺達が酒を交わして熱く語ると、アガロは快く引き受けてくれた。
アガロは強かった。俺達が3人がかりでも適わない。
しかも彼はレリックを一度も使わなかった。
さすが第Ⅰ級の試験資格を持つ【滅剣】と呼ばれる第Ⅱ級探索者。
俺達が目指す強さのひとりだ。
そんなアガロが俺達の為に引き受けた依頼。
それが今回のマザン山脈地帯の霧深い谷に潜む大魔刀ライノ討伐だ。
大魔刀ライノ。
頭の角が巨大な刃になった大きなライノである。
しかもその刃はオーパーツ。もちろん適応している。
金等級中位の魔物。
ちなみに小魔刀ライノや中魔刀ライノも居る。
こちらは銀等級の下位と上位の魔物だ。
中魔刀は大魔刀より一回り小さい。小魔刀はもっと小さい。
金等級中位の魔物か……俺達だけだったら絶対に無理だな。
今の俺達なら銀等級上位の魔物で精一杯だろう。金等級は下位でも難しいと思う。
「よし。今日はこの辺で泊まるか」
クルッタ高原にある巨岩の真下でアガロは言った。
巨岩は見上げるほど大きい。高原に入ったときからチラチラと見えていた。
アガロの用意した結界石を四方に設置し、大小のテントを立てて焚き火を用意する。
そしてアガロが出した丸太の椅子と四角い白い石二つ並べる。
「やっぱすごいべ。アガロの収納庫ポーチ」
アガロの腰にあるポーチは収納系のレジェンダリーだ。
本人曰く倉庫ひとつ分くらいの収納は出来るらしい。
殆ど酒しか入っていないという。
「おまえらも第Ⅲ級か俺と同じぐらいになれば手に入るぞ」
既にアガロは酒を飲んでいた。
ホッスは白い石を台所代わりに使って調理していた。
底の深いフライパンに材料を並べ水を入れて蓋をして焚き火にかける。
「沸騰したら蓋を外すべ」
「何の料理なんだ」
「蒸し料理だべ」
「蒸し……それで思い出したんだが」
「また姉妹だべか」
「今度は何番目の姉妹だ?」
レルは眼鏡をクイッとあげる。
「3番目の姉が肌荒れを気にしていてな。そういうのに詳しい12番目の妹に蒸気が肌に良いと聞いたんだ。それで早速、焚き火を焚いて出た煙に顔を突っ込んで盛大にむせていた。どうも蒸気と煙を一緒に考えていたらしい」
「単なるドジだべ」
「ほほえましいドジだな」
「確かに3番目の姉は、よく転ぶし、よく転ぶし、よくバケツを引っ繰り返して水を浴びたり池に落ちたり、地下墓所の落とし穴に落ちたりするが」
「地下墓所ってなんだべ?」
「なんだその落とし穴って」
「13番目の妹の自室だ。我が家に代々伝わる由緒正しい地下墓所にずっと引き籠っていてな。たまに姉や妹たちが様子見に行くんだ。そのときのトラップに3番目の姉と5番目の姉がよく引っ掛かっている」
「トラップって大丈夫だべか?」
「その前に地下墓所が自室のほうが気になる」
「トラップは非殺傷で殆ど落とし穴だ。怪我しないように厚めのクッションを置いてある。優しい妹だろう」
「それもうトラップの意味ないべ」
「優しいつーかなんかズレているよな。おまえの姉妹。地下墓所に引き籠っているところとか特に」
というかどんな妹だよ。
「がっはははははっっっ、面白れぇなあ。レルの姉妹」
アガロが大声で笑う。確かに面白いが、そうだ。
この際だ。聞いてみるか。
「なあ、レル。おまえの姉妹の中で一番怖いっていうか恐ろしいのは誰だ」
「ふむ。そうだな。1番目の姉だな」
「確か次期領主だったべな」
「ああ、今は領主代行だな」
「だから一番恐ろしいのか。厳格で厳しく真面目な性格だったか」
絵にかいた様な恐ろしいひとなんだろうな。ところがレルは小さく首を振った。
「いいや。真に恐ろしいのは酒を飲んだ後の1番目の姉だ」
「酔うと酒癖が悪くなるとかそういうのか?」
「そんなレベルじゃない」
「性格が変わるとかそういうのだべ」
「ああ、その通りだ。1番目の姉は酒を飲むと――――――聖母になる」
「は?」
「えっと、1番上の姉は結婚しているのか」
「いいや。33歳で今も独身だが?」
「どういう意味だべ」
「つかアラサーかよ」
「結婚する気配が一切ないが?」
「うちの姉貴と同じだな。30だが」
ぽつりとアガロが言う。まあアリファの姐さんはそうだよな。
「一度、姉妹たちが全員揃った晩餐会で聖母になったことがある。それ以来、姉妹たちは1番目の姉に絶対、逆らわなくなった。そのとき4番目の姉と7番目の姉と13番目の妹は泡を噴いて気絶していた」
「なにをどうしたらそうなるんだべ?」
「それ聖母なのか?」
「なんか怖ぇな」
ぽつりとアガロさんが言う。確かに怖い。
しかし、毎回思うんだがレルの家ってどうなっているんだろう。
親しき仲にも礼儀ありで興味はあるが何も聞いていない。
ロクな事にならないのは分っているので聞いていないのもある。
そして料理が出来る。魚の蒸し料理だった。実に美味かった。
ここのところ肉ばかりだったので魚は嬉しい。
食べ終わるとホッスは片付けをする。
レルは少し離れたところに即席の見張り台を作り、弓を手にして見張りに立つ。
俺とアガロは焚き火を挟んでゆっくりと飲んでいた。
飲み比べ勝負ばかりのアガロにしては珍しいなと思う。
「そういえば、おふくろさん。元気か」
「……元気ですよ。ひょっとしてアガロさん。知り合いなんですか」
「ああ、俺が駆け出しの頃に世話になった」
「初耳だ……」
「エミーさんに世話になった探索者は多い。姉貴もそうだ。感謝している」
「……あの、俺、ひとつ気になっていることがあるんです。おふくろ、母さんはなんで今も第Ⅱ級なんです。第Ⅰ級になっていてもおかしくないはず」
「そいつは……俺も前に会ったとき聞いたことがある。戒めだそうだ」
「戒め……」
「―――自分は大切なモノに向き合えず逃げてしまった。その戒めで第Ⅱ級のままでずっと続けるとな」
「…………」
「まっ、詳しくはおまえが直接訊けばいい。息子なんだからな」
「はい……会ったら必ず」
「そうしろ。まあその恩もあるが、やっぱり一番はおまえらの心意気だな。レリックが無くても頂点を目指す。面白いじゃないか。応援したくもなる。それに……羨ましいとも思った」
「羨ましい?」
どういうことだ。
アガロは酒をコップに注いで、それを見つめながら語る。
「別に今の俺が嫌とか、そういうんじゃねえ。ただよ思ったんだ。おまえらがレリックを所持できないように、俺もレリックを失うことは出来ねえ。だから俺はおまえらのような挑戦をすることができない。それを少し考えて、羨ましく思った」
そういう考え方もあったのか。
確かに言われると、少なくとも俺の知る範囲ではレリックを失うことが出来ない。
だからレリック無しにはなれない。考えたこともなかった。
そりゃあそうだろう。レリックを無くしたいなんて、そんなこと普通は思わない。
俺はなんだか面白くなってきた。ならもっと。
「アガロさん。もっと羨ましくなること話しますよ」
「なんだ?」
「レリックプレートって知ってます?」
「……おめえ」
「見つけて使っていいって渡されたんです。でも断りました」
「なに、断ったのか……!? おまえ。本当に? レリックプレートは滅多に見つからないんだぞ……! おまえらレリックが欲しくないのか」
「ないですよ。レリック無しが今の俺達の誇りです」
自信もって言える。俺は今の俺がとても良い。とても良いんだ。
するとアガロは揺らして見つめていたコップの酒を一気に飲み干した。
「ごくんっ……ぷはぁっ、参った。アクス。お前の言う通り……俺はおまえらが本気でもっと羨ましくなった、ぞ……!」
言ってアガロはまた酒を飲んで、ニヤリと笑う。
俺はふと空を見上げた。まるで今にも降ってきそうなほど星が煌めいていた。
おふくろ。いいや、母さん。
俺、今のレリックが無い俺が好きです。




