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それなり僕のダンジョンマイライフ  作者: 巌本ムン
Season2

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ナ!②


僕と魔女は唖然としながら、テーブルの上にある白紫色のナイフを見ている。

なんというか不格好なナイフだった。不完全といってもいい。


柄もソードガードもマーブルな白紫色で包むように丸まっている。

握り部分は小さく、刀身は真っ直ぐで切っ先が丸くなっていた。

なんかナイフになりきれてない気がする。


「これはこれは、ナイフだねえ」

「【刀剣化】なのにナイフなんですか」

「ふむふむ。おそらく身体が小さいからだろうねえ。今の身体だとこれが精一杯なんだろうねえ。ところでウォフ少年。この生き物はなんなんだねえ」

「わかりません」


僕は曖昧に笑う。本当にわかりません。


「ほうほう。ほう。全く見た事がないねえ。それなりに魔物を見てきたコンでも全く知らない魔物だねえ」

「見た事がないんですか」

「うんうん。ないねえ」

「ナ?」


ナイフからぐにゃりと元の生物に戻る。

そ、そうやって戻るのか。


「ほあほあ。これはこれは、またまた、かわいいねえ」


魔女は遠慮なく大胆に触れ、抱き抱えた。


「ナ!」


抵抗せず魔女の胸に顔を寄せて気持ち良さそうにする。なんてヤツだ。

アーモンド形の赤い瞳を瞬かせ、腕と顔をすり寄せ、魔女の胸元でじゃれつく。


「これこれ、落ち着くんだねえ」

「ナ? ナーナナー?」

「うんうん。よしよし。だねえ」

「ナ!」


魔女は優しくあやしている。


「魔女、慣れてますね」

「うんうん。こうやって赤ん坊を抱いたことがあるからねえ」

「ナ?」

「ほらほら、動かない動かないだねえ。そうそう。大人しく、良い子だねえ」


魔女が微笑んで甘く柔らかい声で言う。

人差し指を差し出すと、その指を丁寧に爪で触って撫でて笑う。


「ナ!」

「ふふ、ふふ、くすぐったいねえ」

「ナ?」

「うんうん。よしよし、よしよし、だねえ」


魔女はうまく優しく小さく揺すり、腕と手で大事に包み、胸で支えていた。

すると、あくびをかんでウトウトして魔女の胸をまくらに眠りにつく。

くすっと魔女は笑ってそのままソファに座る。


「……上手ですね」

「ふふ、ふふ、この子は大人しいねえ。本当に赤ん坊みたいだねえ」

「あー……まぁ、たぶん。概ね……それは間違っていないと思います。たぶん」

「ほうほう。聞かせてくれるかねえ」


僕は魔女に再開したゴミ場の顛末と、発見したモノの扱いについて語った。


「やれやれ、呆れたねえ。エリクサーをそんな扱いするのは、さすがのコンでも躊躇う行為だねえ」

「すみません。つい……」

「まあまあ、これはコンの心の中に仕舞っておくねえ」

「ありがとうございます」

「ふふ、ふふ、ふたりだけの秘密だねえ」

「それはかなりありますよ」


むしろ秘密だらけだ。


「おやおや、そうだったねえ。それにしても、ふむふむ。予想外の紫の光。ゴミ場の地下にそんなものがねえ。魔物が素体のままというのも奇妙だねえ」

「あそこはゴミ場と言っていいのかどうか」

「そしてそして、そこで見つけた白紫色の塊……」

「何か覚えがありますか」

「うむうむ。無いねえ。コンにも分からないねえ。ただ、そうだねえ。レジェンダリーだとは思うけどねえ」

「やはりそうなりますか」

「うんうん。大抵の怪しいことはレジェンダリーだからねえ」

「それは確かに……」


まあそれは薄々とは感じていた。

レジェンダリーだとしたら、でも【フォーチューンの輪】には引っ掛からなかった。

生物型のレジェンダリー……そんなのあるのか?


「ああ、ああ、ゴミ場といえば、ウォフ少年。こんな話を知っているかねえ。ハイドランジアのダンジョンは街がある前からずっと存在していて、数千年前からあるとも云われているんだねえ」

「そんな前からあるんですか」

「ナ? ナ……」

「おやおや、起きてしまったかねえ」


僕が聞くと、魔女の胸元で目を開けて小さく伸びをする。

魔女は軽く頭を撫でると目を閉じた。少し抱き直すと、スヤスヤと眠る。


「……寝ましたね」

「うんうん。良い子だねえ。そうそう。ハイドランジアが出来る前からあるのは確かだねえ。そうすると不思議なのは、ゴミ場はとっくに埋まっていてもおかしくないってことだねえ。探索者の歴史もまた古いからねえ」

「確かにいわれると……」

「でもでも、だけど埋まっていないんだねえ。そうするとゴミで埋まらないようになっていると考えられるねえ。ある程度溜まるとゴミの一部を消しているか、あるいはどこかへ運んでいるのか。興味はあるねえ」


ゴミ場が埋まらないように一部のゴミが消えている。

もし別の場所に集められているとするとだ。

秘密のゴミ場がダンジョンのどこかにあることになる。


「はい。興味ありますっ」


ひょっとしたらあの奥に進んだら、そこに辿り着けたのか。

いや分からない。でも……ワクワクしてきた。秘密のゴミ場か。

だけとダンジョンなんだよな。今の僕だと探索者が居ないと入れない。


「ふむふむ。しかしジューシイ=タサン。レルの妹だねえ」

「そうそう。レルさんの妹がわんこで―――いまなんて?」

「ん? ん? レルの妹だねえ。彼風に言えば14番目の妹だねえ」

「14番目って、えっ! 大人しい性格って聞いたんですが!」


あれで大人しかったら人類全員がサイレントナイトカーニバルだぞ。


「こらこら、大きい声を出さないでね。この子が起きてしまうねえ」

「す、すみません。レルさんの妹だったんですか」


そうするとレルさんってタサン侯爵家だったのか。なんか納得した。

ちなみにフェンリルのことは話していない。それは僕の秘密じゃない。

さすがに師の魔女でも他人の秘密は話せない。ごめんなさい。


「…………」


それにしても魔女は……こうしてみるとまるで母親みたいだ。

そういえば前世の記憶に、こういう風にリビングで赤ん坊を抱く母親を見た。


抱いているのは弟だ。僕はたわいのない話をして、母親は笑っていた。

今世の母は僕が小さい頃に亡くなったから思い出とか無いんだよな。


「ふむふむ。それにしても紫の光とはねえ」

「今までそんなことありませんでした。なにか魔女は知っていますか」

「そうだそうだねえ。稀にレリックは成長することがあるねえ」

「成長ですか。実は【危機判別】も少し変なんです。普通は単色で現れるんですが、赤黒いとか白赤とかで見えるときがあるんです」

「ほうほう。ほうほう。今はどう見えるのかねえ。試しにコンを見てみようねえ」

「わかりました」


僕はレリック【危機判別】を魔女に使った。

白だ。あっ、少し赤と黒がある。


「どうどう、ウォフ少年。どう見えるかねえ」

「殆ど白です。少しだけ赤と黒があります」

「ふむふむ。なるほどなるほどねえ」


魔女は少しズレてきたのか。ゆっくり抱き抱え直して撫でて頷く。

やっぱり慣れている。


「なにか分かりました?」

「おそらくおそらくだねえ。ウォフ少年のレリック【危機判別】は危機の度合いだけではなく、相手の感情を見ている可能性があるねえ」

「感情ですか」

「うんうん。あくまで推測だけどねえ。瞬時に相手の強さを感じる危険度合い。それとは別に相手の感情を感じ取っているかも知れないねえ」


感情を見る。それって要するに好感度じゃないのか。


「ナ~……?」

「よしよし。よしよし。すまないねえ。起こしてしまったみたいだねえ」

「ナ……」


魔女が優しくあやすと、うとうとしてまた寝る。


「す、すみません」

「ふふ、ふふ、やはりやはり、こうして可愛いものだねえ」

「……魔物なんでしょうか?」

「さてさて、少なくとも悪い子じゃないねえ」

「それはそうですね」

「ああ、ああ、そうだったそうだったねえ。例の森の調査。ようやっとアブラミリンのジジイから返事が来たねえ」

「決まったんですか」

「うんうん。コンの自由にやっていいという許可がやっと下りたねえ。ただ一度、探索者ギルドに行かないといけないねえ」

「探索者ギルドですか」

「おやおや。そういえば、ウォフ少年は探索者ギルドが初めてだったかねえ」

「いえ、ダンジョン異変討伐の帰還で一度だけ訪れています」

「なるほどなるほどねえ。ダンジョンの異変……そういえば聞いてなかったねえ。例の森。どうやって解放したんだねえ。折角だ。聞いてもいいかねえ?」

「―――それは…………わかりました。話します」


僕は何があったのか一部始終を語る。


「ふうむふうむ。その黒騎士はファントムロードかもねえ」

「ファントムロード?」


魔女は丁寧に抱え直す。たまに五本の爪を伸ばし、小さく息を吐く。


「おそらくおそらくねえ。本当はファントムナイトだけどねえ。やっぱり例の森はダンジョンの異変だったというわけだねえ」

「……そうですか」


やはりというかなんというか。なんともいえない気分になる。


「それでそれで、例の森にあったという村なんだけどねえ。あの村についての情報が実はあるんだよねえ」

「あるんですか」

「もちろんもちろん。それであの村はねえ。そのその、実は邪教の村なんだよねえ」

「じ、邪教……!?」


予想外の言葉に僕は息を呑んだ。

何か悲劇的な出来事がある村なのは察していた。だから被害者だと思っていた。

それが邪教の村―――加害者側だったのか。魔女は続ける。


「あれはあれは、随分と古い村なんだねえ。祀っている邪神も名前すら残っていないんだねえ。ところでところでねえ。例の森の話で気になったところがあるんだけど、村はかなり小さかったというのは本当かねえ」

「はい。家が数軒と教会があるだけでした」


そう。村というには小さい。


「ふむふむ。変だねえ。記録にあるのとはかなり違うねえ。記録だと100人以上が暮らせる規模だったとあったねえ」

「記録……あるんですか」

「うーんうーん。あるねえ。ただし《《討伐記録》》だねえ。その邪教の村もとい邪教集団は当時の探索者と騎士団の合同軍によって滅ぼされたんだねえ」

「…………そんな大規模だったんですか」

「うんうん。その邪教はアンデッドを操り、死の軍団を組織していたというねえ」

「……アンデッドの軍団」


覚えがある。スケルトンの大群。

まさに軍団だった。


「かなりかなりの大掛かりで被害も多く、それでも邪教の討伐は成功したねえ」

「でも例の森は」

「そうだそうだねえ。ウォフ少年に解放されるまで、例の森としてダンジョンの異変であり続けたねえ」


なんていうか。そこに再びの調査か。

解放したんだから何もないはずだよな。


「……不安だ」

「まあまあ、今も閉鎖はしているけど、不届き者が入って戻ってきているからねえ。何にもなければ、それに越したことはないねえ」

「そうですね。あの、魔女。話は変わるんですけど、実は昨日なんですが」


僕はピエス達とのひと悶着と結末を話した。


「まったくまったく、クーンハントはどうしようもないねえ。昨日の騒動ならコンの耳にも入っているねえ。というか不自然な黒雲と雷がここからも見えたねえ。それにしてもまさかアマルテイアを使うフォーンが居るとはねえ」

「それでそのアマルテイアのことなんですが、レジェンダリーで手に入りやすいって聞きました。本当なんですか」

「それはそれは、本当だねえ。魔角片は知っているかねえ」

「はい。アマルテイアもどんなものか聞きました」

「ほうほう。コンから言わせればどちらもフォーンに対しての毒薬だねえ。特にアマルテイアは致死する猛毒だねえ」

「毒ですか」

「そうだそうだねえ。そもそもねえ。魔角片もアマルテイアも所持と使用は禁止されているねえ。禁制品に指定されているねえ」

「そうだったんですか。ぜんぜん知りませんでした……」


禁制品。この世界にも麻薬や覚せい剤やアヘンはある。

それよりもヤバイ薬も沢山ある。

最も危険なのはそれに類するレガシーやレジェンダリーだ。

使えば一発で昇天するレガシー。永遠に戻ってこれないレジェンダリー。

それらは禁制品と呼ばれている。


「まあまあ、そのふたつはフォーンにしか作用しないからねえ。フォーンなら知っているはずだけどねえ。ウォフ少年は禁制品の扱いは知っているねえ」

「はい」


禁制品は発見次第、最寄りの衛兵詰め所か探索者ギルドに届ける義務がある。

それが故意ではないにしろ。所持が発覚すれば逮捕される。最悪はその場で処刑だ。


残酷だと思うが、《《故意ではない所持は有り得ない》》という理由がある。

何故なら禁制品は例外なくレガシーあるいはレジェンダリー。

それらは見るか持った瞬間、その効果が頭の中に文字として表示されるからだ。

知らなくても知ることができる。


「つまりつまり。おっとよしよしだねえ」


また抱えがズレて起きそうになったので、魔女は丁寧に直して眠らせる。

かなり対応に慣れている魔女。


「つまりつまり、そのフォーンの少年はアマルテイアを手にしたとき、それを禁制品と知っていて隠し持っていて、そして使ったということだねえ」

「……なんでそんな真似をしたんでしょうか」

「それはそれは、その問いはとても簡単だねえ。ウォフ少年。彼はね。無限の力を手に入れたかったんだねえ。何故なら無限の力を手に入れれば何者にも勝ることができるからねえ」


慈しむような眼差しで魔女は言う。


「でも無限なんて制御できないですよ」

「うんうん。人の身には余る力だねえ。だから使えば必ず死ぬんだねえ」


無限という名の猛毒か。

全て自業自得でも―――なんだか可哀想に思えた。


「ところでところで、話は変わるがねえ。ウォフ少年」

「はい?」

「ねえねえ、愛しこの子の名前はあるのかねえ」

「えっ……ないです」


考えてすらいなかった。魔女は苦笑する。


「こらこら、ダメだねえ。ウォフ少年。親なら、ちゃんと決めないとだねえ」

「お、親?」

「こらこら、当然だろう。どう考えても経緯からウォフ少年が親だねえ」

「そ、それは、そうですけど」


薄々と分かっていたけど僕が飼うのか。

まあその辺は抵抗がない。家には不法占拠の居候ミネハもいるし同居は慣れた。

それに……まあいいか。


「さあさあ、素敵な名前を付けてあげてねえ」

「名前……」


うーん。確かに名前が無いと不便だ。そうだなあ。

見た目的に……うーん。パープルとか? いやなんか違うな。

白紫? ホワイトパープル? ドーンパープル? ううーん。違う。なんか違う。


あっ、そうだ。ナって鳴くし、ナイフになれるからナイフ。

ナイフだ!

いやーでも、それはちょっと紛らわしい……だけどこの路線で……あっ、これだ!


「ダガア」


ダガーじゃなく、ダガア。


「ほうほう。ふむふむ。ダガア。うんうん。ダガア。なんて良い名前だろうねえ!」


魔女は微笑んだ。そしてまた小さく、ダガアと名前を噛み締めて笑う。

気に入ったみたいだ。


「……ナ?」

「おーおーよしよし。君の名前はダガアだねえ」

「……ナ~~ナ……ナ?」


またウトウトして魔女の胸に埋まるようにダガアは眠った。気持ち良いのか。

それにしても。


「魔女はまるでダガアの母親みたいですね」

「えっえっ、なっ、なっ、なにを言っているんだねえっ」


魔女は頬を赤くし、大きな狐耳が左右にひろがる。

それでも大きな声を出してないのはダガアに配慮してか。優しいなあ。


「ああ、すみません。ついそう思ったので口に出てしまいました」

「もうもう、急だから吃驚したねえ、もうっ」


魔女はなんだか照れているみたいだ。


「でも良い母親になれると思いますよ。あやすの上手じゃないですか」

「まあまあ、これくらいはねえ。ウォフ少年。それだけで判断するのは早計だねえ。良い母親。ううん。世の子を育てる母親はまさに賢者だねえ。今のコンはその足元にも及ばないねえ」


ダガアを見て微苦笑する。

でも魔女は良い母親になれると僕は思うんだよなあ。


ドヴァさんがメイドになったとき、魔女は結婚とか無理。

恋愛の概念が無いとか失礼な事を思ったけど、訂正しよう。


魔女も立派な女性だ。


「ナ~ナナーナナナ―――ナ~ナ? ナ!」


あくびもナかよ。ダガアが大きく伸びをして起きた。

魔女を見て、その頬をぺろっと舐める。


「ふふ、ふふ、よく眠れたかねえ」

「ナ!」

「ダガア」


僕は呼んだ。


「ナ?」


ダガアは小首を傾げ、四つの耳を小さく開く。


「ダガア。おまえの名前だよ」

「うんうん。ダガア。とっても素敵な名前だねえ!」

「ナ!? ナ!!」


気に入ったみたいだ。魔女から離れ飛んでテーブルの上でクルクルっと回る。

まるで喜びのダンスだ。僕と魔女は笑った。


よろしく。ダガア。


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