常に無表情な婚約者ですが愛されていたようです
「あ」
書庫室から精霊学の資料を二、三冊見繕って部屋に戻る途中のアリアドネは普段滅多に使用されない客室の扉が開いていると気付いた。使用人が掃除をしているのかと思うも、少し気になって室内を覗いたら寝台の上に見目麗しい男性が寝ていた。近付くとすっかりと熟睡しており、頬に触れても起きる気配がない。
「お父さんったら、眠いなら部屋で寝たらいいのに」
寝ているのはアリアドネの父ヴィルフレード。プラチナブロンドのサラサラな髪が鼻に当たって擽ったそうにしている。髪を鼻から退けると寝顔は穏やかになった。
「……」
今は昼を過ぎ、天気も良くて昼寝をするのには最適だ。寝ているヴィルフレードを見ているとアリアドネも眠気が湧き上がり欠伸を漏らした。両手に抱えていた本をサイドテーブルに置き、ヴィルフレードの隣に寝転んだ。客室用でも寝台は大きく、二人で寝ても広さに問題はない。無防備な体に抱き付くと抱き締められた。寝惚けているのだろうがヴィルフレードが大好きなアリアドネとしては嬉しいところ。
瞼を閉じているといつの間にか眠ってしまった。
アリアドネはダクウィーノ公爵家の令嬢。長い黄金の髪と紫色の瞳を持つ。
アリアドネの父ヴィルフレードはダクウィーノ小公爵。当主であり、ダクウィーノ公爵であるのは祖父ジェンナーロ。父も祖父もプラチナブロンドに紫の瞳を持つ非常に美しい青年の姿をしている。父はともかく、祖父までもが青年なのは理由がある。ダクウィーノ家は帝国建国時代より存在する由緒正しき公爵家。祖父ジェンナーロが誕生したのは今から約八百年も前の事。当時から帝国最強と名高い魔法士だった祖父は、死ぬ時まで若くいたいからと魔法で肉体の老化を停止する術を探した。
その結果、肉体の老化は止まった。但し、一切歳を取らない不老体質となってしまった。完成した魔法を暴走させたせいでどんな魔法を使ったか本人の記憶から抜け落ちているせいで世界で最も長生きな人間の魔法士となってしまった。この世界で三桁の寿命を生きるのはエルフや妖精族くらい。人間でジェンナーロと同じ時を生きる者は誰もいない。
不老体質になって以降、ダクウィーノ公爵家の当主はずっとジェンナーロが務めている。アリアドネの父であるヴィルフレードが誕生したのは今から約二百年前。時の皇帝に言われようと周囲にお膳立てをされようと妻を娶らなかったジェンナーロに突然息子が誕生した時、周囲は大層驚いた。女の影はあっても子が出来たという話は一切流れなかったから。
未だにヴィルフレードの母が誰なのかは、ヴィルフレードも含めて誰も知らない。ジェンナーロだけが知る。母親を恋しいと思った事がないから不便だとは思わないと何時だったか、不思議に感じたアリアドネが問うとそう返された。
帝国最強の魔法士の息子も人外級の力を持つ魔法士。そんな彼に娘が生まれたのが今から十七年前。異国の踊り子に惹かれ、お互いを愛し合うようになるとアリアドネが産まれた。だが、アリアドネの潜在魔力が高すぎた為、母体に多大な負担を掛けアリアドネを出産して半年後に母親は亡くなってしまった。
死ぬ間際、アリアドネを絶対に幸せにしてほしいと踊り子はヴィルフレードに頼み息を引き取った。
最愛の女性が遺した娘を必ず幸せにすると誓ったヴィルフレードの溺愛ぶりはもう少しで成人を迎える歳に成長しても変わらず。寧ろ、婚約者が出来てから溺愛の度が急上昇した。
「……ん」
寝ている父の姿を見て自分も寝たくなって隣に寝転び、すぐに眠ってしまったアリアドネが次に目を覚ますと父の姿はなかった。何気なく触れた場所は冷たく、アリアドネが起きるずっと前に起きたのだと悟る。ただ、眠る時は掛けていなかったデューベイがアリアドネの体に掛けられていた。
「お父さんが掛けてくれたのかな……」
お父様と呼ばれると背中が痒くなると言われて以降、公式の場以外ではお父さんと呼ぶ。本当はどんな場でもお父さんと呼んで欲しいそうだがダクウィーノ公爵令嬢としてそれだけは譲れなかった。貴族の世界で生きる必要はないとお茶会にも社交界にも顔を出さなくていいとアリアドネは言われてきたが、大陸一の怪物公爵と名高いダクウィーノ家に娘が生まれては周囲が黙っていない。歴代の皇帝とは程々の距離感で接し、今代の皇帝もアリアドネが生まれても怪物共の機嫌を損ねる方の被害の大きさを考え、皇子の婚約者にと推さなかった。但し、他は違った。我先にとばかりにアリアドネへ釣書を送り付けた。帝国全ての貴族家を脅して回ると何処も諦めた。ただ一つの家を除いて。
「アリアドネ」
「!?」
――この声は……
風邪を引かないようにとデューベイを掛けてくれた父の優しさにほっこりとしていると屋敷にはいない相手の声が自分を呼んだ。驚いて上体を起こしたら、綺麗な青の瞳を持つ青年がベッドに腰掛けているではないか。癖のある青みがかった黒髪と青い瞳の、氷の如く冷たく美しい青年はランベール=メイシー。アリアドネの婚約者で父と祖父に脅されてもアリアドネとの婚約を決して諦めなかったメイシー公爵家の跡取りだ。
常に無表情で何を考えているか付き合いの長いアリアドネでも読み取れない。今日は会う約束も訪問するという報せも受けていない。どうしているのか、というか、何故この部屋にいるのかと質問は山程あるのに寝起きの頭だと碌に働かない。
「今度の舞踏会で君に着てほしいドレスが完成したから届けに来たんだ。アリアドネをって頼んだら、此処で寝ているから帰れとヴィルフレード様に脅されてね」
「お、脅されたのに此処に入れたのですか?」
「うん。公爵がヴィルフレード様を暇潰しに付き合えと言って連れて行って下さったから」
「そう、ですか」
人外級の力を持つが故に祖父と対等に戦える魔法士は極僅か。その内の一人に入っている父は、よく暇になったからという理由で祖父に外へ連れ出され暇潰しの相手をさせられている。大抵父がボロボロで、祖父がすっきりとした顔で戻る。
「こンのくそじじい……っ」と文句を言うのもお馴染みだ。
「何故客室で寝ていたの? 寝るなら、自分の寝室が良いだろうに」
「えっと、寝ているお父さんを見ていたら私も眠くなってしまってつい……」
「そっか」
ランベールの前では父をお父さんと呼ぶ。一度、側に父がいる時お父さんと呼んでしまった。丁度その時ランベールと婚約者としてのお茶を飲んでいる最中だったのに、場所がダクウィーノ家の庭だからすっかりと油断していた。自分の失態に顔を真っ赤にして何も言えなくなったアリアドネをヴィルフレードが優しく抱き上げた。
『泣かないで。僕がそう呼べと言ったんだからリアは悪くない』
泣くのを堪えるので精一杯なアリアドネは、あの時ランベールがどんな顔をしていたか知らない。呆れられてないか、馬鹿にされてないか、それだけが心配だった。幸いにもランベールはお父さん呼びを気にしていなかった。手紙で訊ねるとヴィルフレード様がそう呼べと言ってアリアドネは従っているだけだから気にしていない、とだけ返された。そうなのだが淡々とした返事に少し戸惑った。
「ランベールは此処で何をしていたの?」
「リアの寝顔を眺めてた」
「え、わ、私の?」
人の寝顔を見て楽しいのだろうか。普段と同じ無表情で言われてもピンとこない。
「ドレスはリアの部屋に置いてもらった。当日は迎えに来るから、ちゃんと着てね」
「あ」
伝えたい言葉だけを紡ぐとランベールはベッドから離れ部屋を出て行った。ただドレスを届けに来ただけなら、寝ているアリアドネを放ってすぐに帰ればいいものを。
――侍従を連れて待機させてある馬車に乗り込んだランベールはメイシー家に戻れと御者に指示を飛ばすと窓へ視線を移した。
アリアドネの寝顔を初めて見た。無防備な姿ですやすや眠るアリアドネが可愛くて、娘を溺愛するあまりランベールを邪魔者の如く扱うヴィルフレードをジェンナーロが連れ出したのを良い事にアリアドネが目覚めるまで寝顔を眺め続けた。
初めてアリアドネを見たのは婚約者に決まった顔合わせの日、ではない。そのずっと前からアリアドネに一目惚れしていた。ヴィルフレードに抱っこをされて城の中を興味津々に見ていたアリアドネの無邪気な姿に、偶然目が合って驚いたランベールを気にせず大きな紫水晶の瞳を輝かせて笑顔を見せてくれたアリアドネに惚れてしまった。
相手が帝国最強の魔法士ジェンナーロ=ダクウィーノ公爵の孫と聞き、婚約するのは多分無理だと当時から悟った。ランベール自身にも第一皇女との婚約の打診が来ていて、皇帝も第一皇女もすっかりとその気になっていたから断るのは無理だと。しかし父、メイシー公爵は違った。何としてでも怪物公爵の孫を息子の婚約者にしたくて、何度断られようと無理難題を押し付けられようと絶っっっ対に諦めず、あまりのしつこさにヴィルフレードよりもジェンナーロが先に折れてアリアドネとランベールの婚約を許した。
母は皇族と繋がりを持ちたかったらしく、第一皇女を推していたが父の決定には逆らえず渋い顔をしていた。
アリアドネに送り届けたドレスを……舞踏会当日着てくれたらいいなあ、と窓越しから外を眺めるランベールであった。
●〇●〇●〇
年に二度、春と秋に開催される皇帝主催の舞踏会当日。三週間前ランベールが送り届けたドレスをアリアドネは着ていた。程好くフリルとリボンのついた桃色のドレスで膝から裾部分に掛けて青い薔薇の刺繍がある。装飾品はランベールの瞳の色と同じサファイアの首飾りと耳飾り。派手過ぎず、大き過ぎずなデザインでアリアドネのドレスとバランスも考慮されている。
姿見の前でおかしな部分はないかと侍女と確認を終え、玄関ホールへと向かった。まだランベールは来ておらず、その代わり家令がいた。
「お嬢様。ヴィルフレード様とジェンナーロ様は先に出発しました」
「お祖父様も? 普段は舞踏会や夜会には興味ないってすっぽかすのに」
「今夜はヴィルフレード様が無理矢理連れて行きました。この間、暇潰しの相手をさせられた報復でしょうね」
「そ、そっか」
満足気な祖父とボロボロの姿で戻った父の姿が頭に浮かんだ。
そろそろランベールが来る時間だと時計を確認するとタイミングよくランベールが到着した。正装に身を包んだランベールは帝国中の令嬢達の視線を釘付けにする美貌を惜しみなく披露しており、髪を耳に掛けているだけなのに色気が増している。ただし、氷のように冷たい瞳と無表情は変わらずだ。
「お待たせアリアドネ」
「ランベール」
「そのドレス、着てくれたんだ」
「ランベールから贈って下さった物ですから」
「そっか」
手を差し出されると無意識にランベールの手を取った。似合っているとか、いつもより可愛いとか、そんな言葉は期待していない。父は面白くなさそうに「リアに似合ってるな。折角代わりを用意していたのに」と零していた。苦笑しつつ、代わりのドレスは今度着ますとだけ言っておいた。
メイシー家の馬車に二人が乗り込むと城へ向かって発車した。
移動中の会話はない。ランベールは前を、アリアドネは窓を見ていた。
――何か話さないと……でも。
ちらっとランベールを見やってすぐに窓に視線を戻した。
今夜の舞踏会は皇帝主催。無論、皇子や皇女も出席する。第一皇女アウレリアーナはアリアドネと婚約したランベールを未だ諦められず懸想し続けている。皇女からの命令という事で何度かお茶会に呼び出されるがその度にアウレリアーナから延々と嫌味を言われ続けてきた。幸いにも、アウレリアーナに呼び出されると決まって顔色を悪くして戻るアリアドネを不審に思ったヴィルフレードが調べ皇帝を脅してからは呼び出しは無くなった。
アウレリアーナは皇帝にかなりきつく叱られたとだけ後から聞いた。
そんなアウレリアーナをランベールはどう思っているのだろう……。あくまで噂程度に過ぎないが、二人が密かに逢瀬を重ねているという話がある。皇女に呼び出されれば従わざるを得ないがランベール自ら皇女に会いに行っているという話もある。
馬車が城に到着。先に降りたランベールの手を借りてアリアドネも降りた。周囲からすぐさま刺さった視線。怪物公爵の孫娘というだけで様々な視線に晒されてきた。好意的なものは殆どない。殆どが好奇心か弱いアリアドネを蔑む視線ばかり。祖父や父と比べると圧倒的に弱いアリアドネだが、貴族学院ではトップクラスの成績を残している。摸擬戦においても毎回相手を圧倒して勝利している。比べられる相手が祖父と父になると圧倒的に弱くなるだけ。
入場のアナウンスを受けて二人は会場に足を踏み入れた。外で受けた数より視線が多くなった。殆どがランベールを虎視眈々と狙う令嬢達の視線であったり、アリアドネを懐柔してダクウィーノ公爵家とお近づきになりたい貴族の視線しかない。
はあ、と小さな溜め息を吐くと続いて皇族の入場となった。
皇帝、皇后、皇太子、第二皇子、第一皇女、第二皇女の順で皇族の入場は終わった。
「今宵は今年初めの舞踏会。存分に楽しんでいってくれ」
皇帝からの挨拶を皮切りに楽団の演奏が開始した。まずは皇帝と皇后のダンスで始まり、その後貴族達が踊り出す。
「私達も踊ろう、アリアドネ」
「はい」
ランベールに手を取られ、会場の中央へと移動している最中にそれはやって来た。
「ランベール」
美しく可憐な女性の声がランベールを呼び止めた。やっぱり来たかと内心溜め息を吐いたアリアドネの視線の先には帝国の第一皇女アウレリアーナ殿下がいた。煌めく白銀の髪を髪飾りで一つに纏め、今日の為に準備したであろうダークネイビーのドレスは皇女の美しさを最大限に引き出していた。
「ランベール。わたくしと踊って下さらない?」
手を差し出したアウレリアーナは断られるとは微塵も思っていない態度。翡翠色の瞳がアリアドネを邪魔だと言っており、例の噂で二人が秘密の逢瀬をしていると聞いているアリアドネはそっとランベールの手から離れようとした。が、逆に強く掴まれてしまいランベールを見上げた。
普段から無表情で冷たい青の瞳で氷のような人だと見ていたが……今は格段に冷気を増した瞳でアウレリアーナを見つめていた。
「皇女殿下。申し訳ありませんがアリアドネとまだ踊っていないので殿下のお相手は務められません」
「あら? 気を遣っているのランベール? わたくしと皇女宮で頻繁に会っているのだから、今更アリアドネ様を気にする必要なんてないじゃない」
ああ……やっぱりあの噂は本当だったんだ。
気付くと周囲の視線は三人に集中していた。玉座の方から皇帝が慌てて此方に来ているのを見掛け、アリアドネはランベールの手を振り払おうとするが全く通用しない。チラッと遠くの方に父と祖父の姿を見掛けた。側に皇太子がいて必死で何かを言っている気がする。多分、アウレリアーナについてだろう。
「ねえアリアドネ様。いい加減ランベールを解放してやって下さいませんか。ダクウィーノ公爵様や小公爵様と違って、貴女は何も出来ない無能ではありませんか。ランベールは筆頭公爵家メイシー家の嫡男。そんな彼に相応しいのは皇女であるわたくし以外誰がいると思いますの?」
「……少なくとも、それを決めるのは皇女殿下でないことは分かります」
「なっ」
「ただ、ランベールが殿下を選ぶなら私はランベールを止めません。お二人が秘密の逢瀬を重ねているのは噂で知っています」
だから、後はお二人で話を――と言いたかったのだが、隣から急に感じた冷気に吃驚して視線を移すと極寒の冷気を纏ったランベールがアウレリアーナを普段以上の無表情で見ていた、否、睨んでいた。
「アウレリアーナ! この様な場でこんな馬鹿な真似をするとは何事だ!」
「元々、ランベールと婚約するのはわたくしだったのにそれを……!」
「メイシー公爵がどんな無理難題をダクウィーノ公爵に押し付けられても期限までに全て熟したが為に二人の婚約は成立したんだ。当然、余も両家の婚約を認めた。これ以上の文句は許さんと以前言ったであろう」
「構いませんよ、皇帝陛下」
過熱し始める皇帝とアウレリアーナの言い合いを予期してか、黙ったままだったランベールが口を開いた。
「アウレリアーナ殿下。私が皇女宮に行っていたのは、皇太子殿下からあまりにしつこくアウレリアーナ殿下に会ってやってくれと頼まれたから行っていただけです。現に、皇女宮に行って殿下に会っても私は一言も言葉を発していなかったでしょう」
「そ、それは……」
「殿下の取り巻きがあることないことを広めてくれたお陰でアリアドネに誤解されていたと知りました。金輪際、皇太子殿下の頼みだろうと一切貴女に会わないとこの場で宣言します」
「な、そ、そんなのっあんまりよ! ランベールっ!」
翡翠色の瞳から悲しみのあまり大粒の涙が幾つも流れ落ちる。冷たい無表情のままアウレリアーナを見、軈てアリアドネはランベールに連れられてテラスへと移動した。
いつまでもアウレリアーナがど真ん中で泣いていては舞踏会の続行が不可能。音楽が再開されたのを聞く限り、アウレリアーナは退場させられたと見た。段々と貴族達がダンスを始めたのを感じる。
「……ごめん」
「ランベール……」
「リアの耳には入れないようにしていたのだけれど、噂というものは隙間があれば簡単に擦り抜けて行ってしまうものなんだね」
「てっきり、ランベールはアウレリアーナ殿下が良いのかなって思ってた」
「そんな馬鹿な」
珍しい。普段無表情なのに、今この時些かショックを受けたランベールを見られた。
「リア……リアは、私をどう思ってるの?」
声に含まれた微かな不安と怯えに気付くとアリアドネは初めて聞く声色に何故か安心してしまう。その感情があるという事は、少なからずアリアドネを好意的に見ている証であり、アリアドネもランベールを見上げて青の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ランベールは無口だし、表情も殆ど変わらなくて何を考えているのか全然分からないけれど……一緒にいると嬉しいって気持ちがある」
「リア……」
「私、ランベールと婚約するまでお父さんやお祖父様、屋敷の人以外と殆ど関わって来なかったから、身内以外の人を好きになるって気持ちはまだよく分からない。だけど、アウレリアーナ殿下とランベールが会ってるって聞いて嫌だって感じた」
亡き母の面影を色濃く残すアリアドネを溺愛する父とそんな父と孫を愛する祖父や愛情深い屋敷の面々に囲まれて育ったアリアドネにとって、恋がどんな物なのかはまだよく分からない。
だが、ランベールと一緒にいて嫌な気持ちに一度もなったことはない。アウレリアーナと会っていると聞いて嫌な気持ちとどこか諦めにも気持ちがあった。メイシー公爵が強く望み、粘り勝ちして成立した婚約をランベールが本心でどう思っているか訊ねるのが怖かった。
今がその時だとアリアドネは勇気を振り絞って訊ねた。
ランベールは間を空けず、すぐに答えてくれた。
「リアを初めて見たのは、君がヴィルフレード様に抱っこをされて城に来ていた時だ。城内を興味津々で眺めていた君は、偶々父に付いて登城していた私と目が合うと笑顔を見せてくれたんだ」
「そ、そうだったかしら?」
「ああ」
アリアドネ本人は覚えていない。ただ、父に抱っこをされて何度か城に行っていたのでその内のどれかでランベールを見たのだろう。
「とても可愛くて笑顔が綺麗な女の子だと思って、それからずっとリアの事が頭から離れなかった。父がリアとの婚約を粘り勝ちして掴み取った時は内心喜んだよ」
「ランベールでも喜ぶの……?」
「喜ぶよ。昔から感情を表に出すのが苦手なんだ」
喜んでいるランベールの姿がイマイチ頭に浮かばない。
「リア、ここでダンスを踊ろう」
「会場に戻らなくて良いの?」
「ああ。それにリアも人のいない場所で踊ってみたくない?」
「そうね……そうする」
お手を、と差し出されたランベールの手に自分の手を重ねたアリアドネ。
今着ているドレスも装飾品も全てランベールがアリアドネの為に考え手配した物。準備を始めたのは数か月前だと聞いて驚くも、同時に湧き上がるのは嬉しさだけ。
「いつか、ちゃんとランベールを好きになったって自覚するまで……待っててくれる?」
「ああ。私は粘り強いし我慢強いから何時でも待ってるよ。君に愛想を尽かされないようこれからも努力しよう」
「私もランベールに嫌われようないように頑張るわ」
一瞬、青の瞳を丸くしたランベールが珍しくてつい凝視していると……ほんのりと頬が赤くなった気がする。
「ないよ。私が好きなのは、何時だって君だけだよアリアドネ」
初めて言われた好きという言葉にランベール以上に顔を赤くしたアリアドネは、怪物公爵と名高い祖父と父を持つ自分も恋をして良いのだと改めて知ったのだった。
――会場にいた時、ランベールが内心「私がどれだけ苦労してヴィルフレード様の邪魔を掻い潜ってアリアドネに会ってきたと思っているんだ……」と毒吐き、長年の努力と苦労が全て水泡に帰していたら本人も何をしていたか分からない。あの場で宣言した通り、今後皇太子にアウレリアーナが泣き止まない、体調を崩し続けている、部屋から出て来ないと懇願されても絶対に話を聞かないと決めた。
読んで頂きありがとうございます。




