元聖女の事情
「聖女だったんですか?」
とマクシムが話しかけると女性はビクッと身を震わせた。
「ああ、申し訳ない。
仮にも聖女だった人がなんでこんなところで働いてるのかと思ってね。」
「こんなところで悪かったね!」
と料理を運んできた女将さんが言った。
どんっと料理の皿をテーブルに置いた女将さんだったが、ふと真面目な顔になると
「さっきの奴みたいなのもいるし、ほかにどこかいいところがあるといいんだけどねえ。」
と言う。
「そんな!行くところなんて無いんです!どうか追い出さないでください!」
元聖女は必死の形相だ。
「追い出すつもりなんてないよ。
あたしらは息子の病気を治してくれた聖女様に今でも感謝してるんだから。」
「ご家族とかはいらっしゃらないのですか?」
と聞く。
「私はもともと孤児だったので。」
「聖女として働いていたならそれなりの報酬もあったんじゃないですか?」
普通に考えれば一生暮らしていけるくらいの手当があるだろう。
「あたしらも驚いたんだけどね」
女将さんは事のいきさつを話し始めた。
この元聖女が神殿を出された時は10日も宿をとれば無くなる程度の金銭しか渡されなかったという。
「普通はそのまま嫁入りになるから金銭を渡す決まりが無い、
当座の生活費だけは持たせてやるって言われたってね。
たまたまでもうちに来てくれて良かったよ。
悪い奴に捉まってたらそれこそ売られてたかもしれないよ。」
『で、淫乱聖女とは?』
「その嫁入りっていうのもまるで売られるようですね。」
「そうだね。聖女に選ばれて神殿に行ったらもう自由は無いようなもんさ。
塔に閉じ込められてただ祈るだけ。出るときは決められた嫁ぎ先ってわけだよ。
だから閉じ込められる前にみんな逃げ出すのさ。」
次代の聖女候補に何度も逃げ出され、この元聖女が神殿に留め置かれる期間は延びて行ったのだという。
「もう何年も前から私には聖女の力は無くなっていましたが、
神殿としては形だけでも取り繕いたかったのでしょう。」
元聖女が呟いた。
『で、淫乱性女とは?』
「今回次代の聖女に選ばれた方はきっと私のことを慮って
私が神殿から出されるまで逃げ出すのを待っていてくださったのだと思います。」
「神殿はあなたを連れ戻しには来なかったのですか?」
「来ましたよ。」
「だからもう恋仲の相手がいる、諦めなって作り話してやったんだよ。
それがあんな噂になっちまってね。」
と女将さんがため息をついた。
「違うタイプの馬鹿が来るようになっちまったのさ。」
『性女じゃなかったぁ!』
クスっと元聖女は笑った。
「聖女の条件は純潔ですからね。
淫乱と言われても神殿に戻るよりはずっとマシです。」
元聖女が話す神殿での生活は窮屈なものだった。
神殿で女性が働くことが認められていないため、身の周りの世話も全て男性。
聖女とはこうあるべきと諭され、ただ祈りをささげる毎日。
それが12歳の時から15年も続いた。
む?27歳でもう婚期逃したってこと?
「でもあなたが力を失ったとはとても思えないのですが」
とマクシムが言う。
元聖女は悲しげに首を振った。
「祈りを捧げても小さな傷ひとつ治せないんです。」
うーんどうしてだろう。
教えて!先生!
『簡単に言えば我流は扱いが難しいってことだね。』
と言いますと?
『君だって習ってない魔法は使えないだろう?
聖女は神聖力を我流で使っているんだ。
体系立てていない魔法はとんでもない奇跡を生み出すこともあるが
たいていは不安定で、その感情に大きく左右される。』
それはつまり?
『なんの喜びもない環境に留め置かれて奉仕を強要されれば愛も枯れ果てるってことだね。』
じゃ神聖力が無くなったというより
『使う気が無くなったってことさ。深いところでね。』




