旅の誘い
扉を叩く音がして現れたのはリットさんだった。
「こちらでしたか。
お願いしたいことが有りますのでご同行願います。」
有無を言わさぬ雰囲気で引っ張られた。
そのまま連れてこられたのは王城の第三王子の部屋だった。
何度かお見舞いにも伺って、順調に回復しているような王子だったが
しつこい咳が治りきらないという。
「悪魔の腹の中に長く居たことで、深いところに穢れのようなものが入り込んでいるのだろうということなんだ。」
目を凝らして視ると確かに王子の胸の奥に黒い靄のようなものがある。
治癒魔法も浄化魔法も効果が見られないそうだ。
「僕はあそこで死んでしまいたいなんて思ってたからそのせいなのかな。」
王子が自嘲するような笑みを浮かべる。
他の学生たちは回復して元の生活に戻っているそうで
悪魔の腹の中にいた時の記憶は王子ほど無いという。
「それで、神聖国に行って浄化の儀式を受けてみることになったんだ。」
浄化の儀式を行えるのは神聖国にある浄化の女神を祀った神殿ということだ。
神聖国は大陸のほぼ中央、広大な森に囲まれた小さな独立国家で、大陸の国々の国教の総本山となっている。
バチカンみたいなかんじかな。
遥か昔、神々が統治を始めたとされる聖なる地で、幾柱もの神々の神殿が国中に点在しているということだ。
一神教ではないものの、精霊王を崇めるこの国とはそれほど仲が良くない。
「そんなわけだから、この国の王族として行くわけにいかなくて身分を隠しての旅になる。」
王子は少し言いにくそうに言う。
「それで、君についてきて欲しくて」
「私ですか?」
国外に出ていいの?国外でなくとも旅の誘いは魅力的だ。
「国王陛下はご存じなんですか?」
「うん。自分で口説けって言われたよ。
どうかな?」
『旅行!乗らない手は無いお!』
「行きたいです!御供させてください!」
「ありがとう。日程が決まったら報せるね。」
第三王子はにっこりと微笑んだ。
夜になって、私の部屋に訪ねてきた王に国外に出ることを確認する。
「お前の所属は三番の元に移った。
つまりお前に何かあれば三番の責任になるということだ。」
「はあ」
「もし仮にお前が姿をくらませば三番の立場はどうなるだろうなあ」
悪魔みたいな物言いだ。
「牽制されなくても行くところなんて無いですよ。
ちゃんと帰ってきます。」
王は私の言葉の真偽を視たのだろう、表情を緩めた。
「三番はまあ不憫、とは言いたくないが運の悪い奴でな。
生母の第一側妃はあいつを産んですぐ王都を離れて療養に入って、
あいつは生母の顔さえ覚えていないだろう。
師事していたとも言えるイリヌスには利用され
乳兄弟である侍従はあいつを見舞うこともなく離れていった。」
時折感じた第三王子の儚げな様子はそういう下地があったのか。
「忠誠を誓えとまでは言わないが裏切らないでやってくれ。」
第三王子と少し接しただけでも人柄が良いのはわかる。
穏やかで優しく実直。
それは為政者には向いていないのかもしれないけれど愛すべき人柄だと思う。
「もちろんです。
逆に私が御期待に沿えないかもしれませんが、せいいっぱい務めさせていただきます。」
他に護衛が数人付くようで、私のポジションは侍従ってところらしい。
なにより旅行が楽しみでそんなことどうでもいいような気分だった。




